第四章 奇跡使いと言霊使いの恋

 ミルドレッドは部屋を飛び出して駆け出した。ガイは慌ててそれを追う。
「ミルドレッド、落ち着け!誰もそこまでお前を追い詰めてない!!」
 クリスは面白くなってきたとばかりに喜々として追いかけた。ワンピースを頭からかぶり身支度を整えると、靴を履きながら駆け出す。
「予想以上の効果だわ!!ミルドレッド、いい感じに絶望してるじゃない。これは面白くなってきたわ!」
 ミルドレッドは屋上への階段を駆け上がった。階段の突き当りには鉄の扉に鍵がかかっている。
「封印の古霊クラウディティスよ、扉の封印を解け!」
 ミルドレッドの紡いだ言霊は扉の錠前を解除した。扉を開けて、屋上に飛び出すミルドレッド。
「まずい、あいつ何考えてるんだ。ミルドレッド!!待て!!」
 ミルドレッドは靴を脱ぐと、フェンスの金網をよじ登り、向こう側へ降りた。ビル風にあおられて体が飛ばされそうになる。だが、飛ばされてもかまわなかった。そのほうが思い切れて楽に死ねるだろう。
「ミルドレッド、落ち着け!!早まるな!誰もお前をそこまで追いつめてないぞ!」
「もう嫌なの!!!もう嫌なのよ!!!もう生きるのもうんざり!何もかも嫌!!みんなあたしが悪いっていうんでしょ?大人しく死んでやるわよ!!」
 クリスも追いついた。あの憎きミルドレッドがまさか身投げするとは、予想以上の効果だ。そのまま絶望の海に落ちて、命まで投げ出してしまえばいい。クリスは今か今かとワクワクしてきた。
 困ったのはガイだ。まさかミルドレッドがそこまで追いつめられているとは想像もつかなかった。イライラしているのは、時間が経てば直るものとばかり考えていたのに。
「ミルドレッド、落ち着け。話せばわかる。な?お前さん殺しても死なない自信だけは一流だったじゃないかよ。生きようぜ。時間が解決する。俺も協力するから。今朝は悪かったよ。俺が悪かったんだ。な?考え直せ?」
「貴方は悪くないわよ。あたしが悪いの。恨まれても仕方ないやつなの、あたしは」
 ガイがミルドレッドを刺激しないようにゆっくり近づく。しかし、ミルドレッドの意志は固かった。
「来ないで!死なせて!」
「早まるなって。な?」
 すると、マンションの下の道に人が集まってきた。
「おい、身投げだ。危ないぞ、警察に電話しろ!」
「早まるな!今警察呼ぶぞ!落ち着け!」
 ミルドレッドは舌打ちした。もたもたしているうちに死ににくくなってしまった。ミルドレッドはフェンスを伝い、人だかりのない道へ移動した。
「ミルドレッド。人が集まってきてる。みんな応援してるぞ。考え直せ」
「来ないで!」
 ミルドレッドの移動に合わせて人だかりも移動する。鬱陶しい。人がいたら巻き添えを食って余計な人まで死ぬじゃない。
 そうこうしているうちに警察と野次馬が屋上に駆け上がってきた。
「お嬢さん!早まるな!生きていればいいことがある!」
「無いから死のうとしてんでしょうが……!」
 その警察の説得がミルドレッドのためらいを刺激してしまった。
「放っておいて!巻き添え食っても知らない!あたしは死ぬ!」
 ミルドレッドが後ろ手に掴んでいたフェンスの金網から手を離した。その時。
「分かった!ミルドレッド!結婚しよう!!」
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