第四章 奇跡使いと言霊使いの恋

 時はガイとクリスの再会の夜から一週間ほど前のこと。クリスはミルドレッドに確実に復讐しようと、大技の言霊を練った。
「運命の古霊ファトゥムよ、私を苦しめたミルドレッドに絶望的な運命を与え給え。ミルドレッドが人生を悔やみ、己の罪を後悔して絶望の海に落ちますように」
 クリスはあらん限りの憎しみを込めてミルドレッドを呪った。その呪いの言霊は蛇のように虚空をうねり旋回すると、ミルドレッドの元へ飛んで行った。
「絶望に苦しむがいいわ、ミルドレッド様。いいえ、ミルドレッド。何もかも貴女が悪い。貴女が私の人生に影を落としたのよ……」

 クリスがここまでミルドレッドを憎むのには訳がある。あれはミルドレッドの元に入門した時のこと。言葉の意味や正確な使い方を誤解していたクリスは、ミルドレッドから教わった言霊を暴発させて、失敗ばかりしていた。
「みんなもちゃんと辞書を読んで、言葉の正確な意味を覚えなさい。そして沢山本を読むこと。現代の乱れた言葉に慣れた子は、言霊使いになれないわ。クリスみたいになるわよ」
 クリスにとって、まるで馬鹿の見本のように侮辱されることは耐え難い屈辱だった。クリスは学生時代優秀な成績を鼻に掛けていたのだ。みんなのアイドルで、勉強の相談にもよく乗っていた。それが、ミルドレッドには馬鹿にされ、エラとニナにはわらわれ、無能者だと虐められた。
「私が悪いんじゃない。ミルドレッドが無闇に小難しい言葉遣いをするからよ。もっと易しい今風の言葉に言い替えることもできるのに、古臭い厳めしい言葉で言霊を教えるから」
 完全なる逆恨みであるが、クリスの中では自分を責めて反省するという殊勝な心掛けは存在しなかった。自分が失敗するのはいつも誰かのせい。私は何も間違っていない。可愛くて頭の良い私が失敗するわけがない。私はやればできる。誰よりも私は私自身を信じる。
 クリスは荷物をまとめるとミルドレッドの屋敷から飛び出した。ミルドレッドの屋敷にいたのはほんの一か月ほどのことである。しかし、クリスにとってその一か月は心が壊れるのに十分すぎる、地獄のような時間だった。
 クリスはアレキサンドライトの屋敷に入門すると、生まれ変わったように明るくなった。
「クリスはお姫様みたいに可愛いね。頭もいいし」
 そんな風に持ち上げられるものだから、アクセサリーショップでおもちゃのティアラを買って身に着けた。
 クリスは優秀な言霊使いとしてアレキサンドライトに溺愛された。すべて順調だった。だのに。彼女らは再びクリスを脅かしに現れた。
「見てなさい、ミルドレッド、エラ、ニナ。あなたたちの事務所が二度とやっていけないようにしてやる」
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