籠の鳥編

「息子や、面白い鳥を捕まえたぞ。美しい声で鳴く、面白い鳥だ」

ある日の街の昼下がり、私はいつものようにとある商業都市で詩を吟じておりました。
今日は初めてこの街に来たので、観客の心を掴もうと、小一時間で歌える短い歌を選びました。
そこへ、「道を開けろ!ブロンダン男爵のお通りだ!」と、貴族の使いのものが声を張り上げ、観衆を蹴散らしてこちらへやってきました。
私は歌を一時やめて、道を開けました。
馬車が私の前を通り過ぎようとした時、馬がいななき私の前で止まりました。
「先ほど甲高い声で鳴いていた詩人はどいつだ?」
低い、威厳のある声が響き渡りました。観衆がおずおずと、皆一様に私を指さします。そう、ですね。私しかいないと思います。
「私……でございます」
ちょっと声が裏返りましたが、私がそういうと、馬車から一人の中年の男性が降りてきました。
髭面で、かつらではなく地毛を刈り込んだ頭をしていました。痩せこけた皺の深い顔つきをして、威圧的な目つきをしています。
「聴いてやろう。続きを歌え」
私は軽く会釈をして、歌の続きを歌いました。
今まで聞いてくれていた聴衆は、何人か立ち去りましたが、幾人か残り、歌を聞いてくださりました。
詩が終わると、貴族の男は、パチパチと手を叩き、
「いい歌い手だ。よし、私の家にお招きしよう。私の息子のためにその歌声を披露してほしい」
といいました。すかさず下男が「宿無しの貴様に御馳走してやるって仰ってるんだ、来い!」と、主人よりも高圧的に命令してきました。
貴族に言われたら私のようなものは断れません。
「有難き幸せ。お言葉に甘えてお邪魔いたします」
と会釈しました。

馬車に同乗させていただき、小高い丘の上の屋敷に運ばれると、馬車を下ろされました。私も結構な階級の家の出ですが、私の実家よりは少し小さな屋敷でした。男爵ですから、そんなものなんでしょう。
屋敷に通されると、侍女が三人ほど出迎えました。三人とも結構年のいった侍女です。
「お帰りなさいませ、旦那様」
すると男爵が、「客人をお招きした。茶を用意せよ」と命じました。
私は小さな客室に通され、茶を一杯勧められました。
「実はお前を見込んで、考えたことがある」
男爵は言いました。
「うちにはまだ幼い一人息子がいるんだが、あいにく子供の母、私の妻は数年前に先立ってしまった。息子は母の面影を追って寂しがっている。お前に息子の教育係、母親代わりをやってもらいたいんだが。息子に、いくつか歌を歌ってやってほしい」
私は驚きました。母親って……。私は……。
「旦那様、私はこんな声と成りですが、これでも男でございます。去勢された男でございます。母親代わりなんて、出来かねます」
男爵は驚いたようでした。
「女ではないのか?」
「はい、男でございます。あれは、無いのですが」
「うう~~ん」と男爵は顎に手を当てて考え込みました。
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