渡り鳥の眠る時編
私たちはお互いの空白の時間を語り合いました。いくら語っても話が終わりませんでした。彼女は途中で夕食の支度をしながら、共に夕餉を食しながら、それでも話が終わりませんでした。
彼女はあれから、一人の貴族と結婚したそうです。そんなに楽しい人生ではなかったけれど、子供も二人生まれ、長男は戦争で失い、長女は遠くの国に嫁いだそうです。
五年前に旦那様は亡くなり、今はクロエ一人の人生を謳歌しているそうです。
「長男を失った時は世界を呪ったもんだけど、娘は幸せにしてるし、あたしも自由に絵を描いてるし、まあ、まずまず幸せさね」
「それは波乱の人生でしたね。でも、ご結婚されてお子さんもいるなら良かったです。私と別れてよかったでしょう」
私はほんの少し嫉妬を交えたのですが、クロエはそれに気づいたのでしょうか?
「何がよかったもんかい。そんなに楽しい人生ではなかったって言ったの、聞こえてたかい?」
と、謙遜しました。
「あんたと結婚してたらどうだったんだろうねえ。養子でももらったんだろうかね?」
「結婚してみたかったですか?」
クロエは恥ずかしそうに、
「そうだねえ、結婚してみたかったねえ」
と、言いました。私は、少し嬉しくなりました。そんな自分の気持ちに気づいて、私はやっぱりクロエがほんとに好きだったのだ、惜しいことをした、と思いました。
「あんたは結局独身だったのかい」
「そうですねえ。自由に生きたかったですからねえ」
暫し、沈黙が訪れました。堪りかねて私が切り出そうとすると、
『あのさ』
声が重なりました。
「な、なんだいレオナルド?」
「クロエこそ、お先にどうぞ」
「あたしはさんざん喋ったから、あんたどうぞ」
譲り合い、しばし睨み合うと、私が根負けして話すことにしました。
「クロエ、あなたが今独り身なら、死ぬ前に少し、私と結婚してくれませんか?」
クロエは目を零れそうなほど見開きました。
「あたし……あたしも今、そう言おうかと」
「本当ですか!?ああ、ああ、クロエ……!」
私はボロボロ泣き出してしまいました。
彼女も顔をくしゃくしゃに歪め、顔を両手で覆い、
「こんなことって……!神様、ああ、神様……!」
と、泣きだしました。
私たちはわっと抱きしめ合い、泣き合いました。
それから、私達は一緒に暮らし始めました。
彼女の描いた絵を一緒に画商に売りにゆき、私は街角で歌のない音楽を爪弾いて小銭を稼ぎ、のんびりした幸せな日々が訪れました。
帰る家があるって、暖かなベッドがあるって、こんなにも心穏やかに暮らせるものなのですね。
私は彼女に感謝しました。
彼女は遠く離れたところへ嫁いだ娘さんに、手紙を書きました。
「じいさんが死んで五年経ったから、昔好きだった人と結婚することにしたよ。今更兄弟が増えるようなことはないから、安心しな」
すると、娘さんが娘婿と孫達を連れて血相を変えてやって来ました。
「おばあちゃん!結婚なんて急に決めないで!あたし、びっくりして飛んできちゃった!」
そこで私は初めてクロエの家族と出会いました。
娘さんはクロエの若い頃よりだいぶ年をとっていましたが、よく似ていました。孫達はクロエにそっくりです。娘婿は優しそうな男性で、幸せそうで何よりでした。
私達は小さな結婚式を挙げました。
街に根付いた画家のクロエは、街の人たちから第二の人生を祝福されました。私も暖かく迎え入れられ、私達は遅すぎる春を謳歌しました。
誰かと一緒の床に就く日々は、なんと幸せなものでしょう。
クロエは老いても変わらず美しい女性でした。
私達は街に楽団がやってくると、広場に出ていって、一緒にダンスを踊りました。
街の人たちは、爺婆の新婚さんだと冷やかしました。クロエはその度に、「うるせえよこの野郎!」と、昔の調子で言いかえしていました。
彼女はあれから、一人の貴族と結婚したそうです。そんなに楽しい人生ではなかったけれど、子供も二人生まれ、長男は戦争で失い、長女は遠くの国に嫁いだそうです。
五年前に旦那様は亡くなり、今はクロエ一人の人生を謳歌しているそうです。
「長男を失った時は世界を呪ったもんだけど、娘は幸せにしてるし、あたしも自由に絵を描いてるし、まあ、まずまず幸せさね」
「それは波乱の人生でしたね。でも、ご結婚されてお子さんもいるなら良かったです。私と別れてよかったでしょう」
私はほんの少し嫉妬を交えたのですが、クロエはそれに気づいたのでしょうか?
「何がよかったもんかい。そんなに楽しい人生ではなかったって言ったの、聞こえてたかい?」
と、謙遜しました。
「あんたと結婚してたらどうだったんだろうねえ。養子でももらったんだろうかね?」
「結婚してみたかったですか?」
クロエは恥ずかしそうに、
「そうだねえ、結婚してみたかったねえ」
と、言いました。私は、少し嬉しくなりました。そんな自分の気持ちに気づいて、私はやっぱりクロエがほんとに好きだったのだ、惜しいことをした、と思いました。
「あんたは結局独身だったのかい」
「そうですねえ。自由に生きたかったですからねえ」
暫し、沈黙が訪れました。堪りかねて私が切り出そうとすると、
『あのさ』
声が重なりました。
「な、なんだいレオナルド?」
「クロエこそ、お先にどうぞ」
「あたしはさんざん喋ったから、あんたどうぞ」
譲り合い、しばし睨み合うと、私が根負けして話すことにしました。
「クロエ、あなたが今独り身なら、死ぬ前に少し、私と結婚してくれませんか?」
クロエは目を零れそうなほど見開きました。
「あたし……あたしも今、そう言おうかと」
「本当ですか!?ああ、ああ、クロエ……!」
私はボロボロ泣き出してしまいました。
彼女も顔をくしゃくしゃに歪め、顔を両手で覆い、
「こんなことって……!神様、ああ、神様……!」
と、泣きだしました。
私たちはわっと抱きしめ合い、泣き合いました。
それから、私達は一緒に暮らし始めました。
彼女の描いた絵を一緒に画商に売りにゆき、私は街角で歌のない音楽を爪弾いて小銭を稼ぎ、のんびりした幸せな日々が訪れました。
帰る家があるって、暖かなベッドがあるって、こんなにも心穏やかに暮らせるものなのですね。
私は彼女に感謝しました。
彼女は遠く離れたところへ嫁いだ娘さんに、手紙を書きました。
「じいさんが死んで五年経ったから、昔好きだった人と結婚することにしたよ。今更兄弟が増えるようなことはないから、安心しな」
すると、娘さんが娘婿と孫達を連れて血相を変えてやって来ました。
「おばあちゃん!結婚なんて急に決めないで!あたし、びっくりして飛んできちゃった!」
そこで私は初めてクロエの家族と出会いました。
娘さんはクロエの若い頃よりだいぶ年をとっていましたが、よく似ていました。孫達はクロエにそっくりです。娘婿は優しそうな男性で、幸せそうで何よりでした。
私達は小さな結婚式を挙げました。
街に根付いた画家のクロエは、街の人たちから第二の人生を祝福されました。私も暖かく迎え入れられ、私達は遅すぎる春を謳歌しました。
誰かと一緒の床に就く日々は、なんと幸せなものでしょう。
クロエは老いても変わらず美しい女性でした。
私達は街に楽団がやってくると、広場に出ていって、一緒にダンスを踊りました。
街の人たちは、爺婆の新婚さんだと冷やかしました。クロエはその度に、「うるせえよこの野郎!」と、昔の調子で言いかえしていました。