無性の天使編

 そんな旅から旅への気ままな生活に、遂に終わりの時がやってきました。
 とある貴族が彼女のパトロンになり、彼女にアトリエと称した屋敷を買い与えたのです。
 彼女は有頂天になって私に話して聞かせました。そして、私にこんな要求をしてきました。
 「レオナルド、俺と結婚して、ここで一緒に暮らそう!あんたがいれば、俺達自由気ままに暮らしていけるよ!」
 これに、私は困りました。私は旅ができなくなってしまいます。私は旅の吟遊詩人。旅ができなくなったら、籠の中の鳥です。
 「クロエ、私は吟遊詩人です。定住はできませんし、したくありません」
 「なんだって?あんな辛い旅生活を、一生続けるのか?」
 「私はそれでも、旅の吟遊詩人なんです。自由気ままな鳥でいたいです」
 私たちは初めて喧嘩しました。クロエも結婚して定住しようと譲りませんでしたし、私も旅をやめたくないと譲れませんでした。
 「もう、終わりだな、俺達」
 クロエが言いました。
 「あんたがこんなに頑固者だとは思わなかった。なんかあんたの絵を描く気無くなったよ」
 「私もあなたがこんなに奢り高ぶるとは思いませんでした。がっかりです。私もあなたのような人に描かれたくありません」
 その日私たちは初めて別々に宿を取って眠りました。
 そして、私達は別れを決意しました。

 クロエが貴族に買い与えられた屋敷に住むことになった日、私は彼女の新居にお別れを言いに行きました。
 玄関の前で仏頂面で佇む彼女。私もできるだけ冷たい態度で、後腐れの無いようにドライに別れを言うつもりでした。
 「じゃあな、レオナルド」
 「それじゃあ、クロエ。お元気で」
 軽く握手を交わし、私が彼女に背を向けると、私の背中に何かがドシンとぶつかってきました。それはクロエでした。彼女が、私に抱きついてきたのでした。
 「やっぱりやだよ!!別れたくねえよ!!あんたがいなくちゃ、俺は絵を描けねえよ!!行かないでくれよ!!やっぱりここで一緒に住もうぜ!!」
 しかし、私はそれに応えられません。
 「諦めてください、クロエ」
 「俺が悪かったよ。俺、確かにちょっと天狗になってたよ。それは謝る。これからは素直になって、あんたのいい奥さんになるよ、だから」
 「何を言ってももう後戻りはできないんです。あなたはここに住んで、絵を描き続ける。私は世界を旅して、歌を歌い続ける。住む世界が違うんです」
 クロエは泣いていました。私は毅然として、彼女を振り切ろうとしました。しかし。
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