アガサ編

アガサとの二人旅も何ヶ月と共にして、私とアガサはすっかり打ち解けていました。もともとアガサは人懐っこい少女で、最初から私に好意的でしたが、一緒にいる時間が長くなると、なかなか話しにくい話題も自然と話せるようになるもので。
私は自分の生い立ちを彼女に話して聞かせました。彼女は私の人生を我が事のように悲しんでくれました。
「そっかぁ、自分からやりたがったんじゃなく、無理やり手術されたんだね……。辛かったね……」
「でもそのおかげで今の人生があるのです。私はオペラ歌手になるより、今の人生のほうが幸せですよ」
「アガサにも出会えましたしね」そう言うと、アガサは顔を紅潮させ、「えへへ」とはにかみ、俯きました。

街道を歩いていて、木陰で休憩を取っていたときのことです。私がリュートを爪弾いて歌のない曲を演奏していたときのことです。アガサはそれを聞いて、目に涙を浮かべて、「お母さん……」と呟きました。
私は演奏の手を思わず止めてしまいました。
「えっ、なんでやめちゃうの?」
「貴女、いま、お母さんって言いませんでした?」
彼女は頷きました。私は背筋がゾーッと寒くなりました。
「貴女のお母様って、確か幼いころ亡くなられたんじゃありませんでしたっけ?まさか、『御出でになった』とかいうんじゃないでしょうね?!嫌ですよ、私は幽霊を信じますが、信じるからこそ苦手なんですから!」
彼女は慌てて否定しました。
「違う違う!お化けじゃないよ、お母さんを思い出しただけだよ!」
私はそれを聞いてほっと胸をなでおろしました。
「あー、びっくりしました……。なんですか、お母様も楽器をされていたんですか?」
するとアガサは自分の身の上を語り始めました。
「あたしのお母さんも、アルヤみたいにリュートやフルートを演奏する人だったの。すっごく小さい頃だからあんまり覚えてないんだけど、いつもアルヤの演奏みたいな優しい音色で、演奏して歌ってくれた……」
すごく幼いころ、彼女は今とは違うジプシーの楽団で生まれ育って、両親も祖父母も兄弟も、旅から旅への生活だったと言います。ですが、ある日、誤って毒キノコを食してしまった家族が次々と倒れてしまいました。
まだ幼かったアガサは苦しむ母から食事を取り上げられ、「これは毒、絶対に食べちゃダメ」といいつけられ、そのまま、何もわからないまま家族は他界してしまったそうです。
運よく一命をとりとめた楽団員は幼いアガサを連れて旅をし、やがて先日全滅してしまったあの楽団に迎え入れられたということです。
アガサにとって命の恩人だった、生まれる前からから世話になっていた楽団員も、先日の夜襲で亡くなったといいます。
二度も所属する組織を失い、アガサは自分の不運を呪っていました。どうして私だけ生き残ったんだろう、と。
私はアガサに諭しました。
「それは幸運と呼ぶべきなのではないですか?きっと神様が、アガサは幸せになる運命だとお決めになったのです。きっとこれから先も、貴女はもっと幸せになる運命が待っているのですよ」
「そうだといいけど」とアガサは呟くと、急に真面目な顔になり、
「あの楽団の人たちはあたしの命の恩人だった。沢山の身寄りのない人たちを助けて、芸を教えて養ってくれた。あたしはあの人たちが教えてくれた芸を、あの人たちの優しさを、伝えていかなきゃならない。それが亡くなった仲間たちへの恩返しなんだと思ってるの」
私は頷きました。アガサは逞しいなと感心しました。私よりずっとずっと若いのに、芸人として誇り高く生きている。私はアガサのそんなまっすぐな性格が好きになりました。
「アルヤ、私の夢を手伝ってくれるよね?楽団の仲間を見つけて、また大きな演目ができるように、一座を一緒に支えてくれるよね?」
私は頷きました。
「もちろんです。応援しますよ」
アガサは満面の笑みを浮かべました。
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