アガサ編

街から街への道中、辺りは何もない真っ暗な街道。私たちはテントを張り、野営をしていました。
皆が寝静まった、月も出ない夜。男性陣のテントから悲鳴が上がり、激しくもみ合う音が聞こえました。と、間もなくのことです。複数の男が今度は私たちの眠るテントに忍び込み、女性を乱暴にテントから引きずり出そうとしました。仲間たちの悲鳴がそこかしこから上がり、私は飛び起きました。
私は枕元に置いていた懐刀を手に取り、女性陣をテントから引きずり出そうとしたり、乱暴しようとする犯人に躍りかかりました。しかし、空は曇って星明りも無いような夜、真っ暗で何も判別がつきません。手探りで相手を掴むとあごひげに触れました。おそらくこれが敵です。私はその腹にナイフを突き立て、撃退しました。そこへ、「アルヤ!!助けて!!」と叫ぶ少女の悲鳴が聞こえました。
私は声を頼りに少女の元へ行き、少女に乱暴しようとする人影にナイフを突き立てました。敵は抵抗して私に攻撃してきますが、私もめくらめっぽうに攻撃したので、やがて敵は逃げてゆきました。
「アガサ?アガサですか?」
私は少女に問いました。
「アルヤ?アルヤなのね?あたしアガサ!!」
私はアガサの手を引き、テントの中に置いてきていた私の楽器と荷物を小脇に抱えると、彼女を連れて逃げ出しました。
私たちは近くの岩陰に逃れると、そこで息を潜めていました。テントでは男性陣の怒号、女性陣の悲鳴が鳴り響いていました。
「アガサはここにいてください。物音をたてないで」
アガサは私に縋り付きました。
「嫌よ、ここにいて。皆はきっと戦っているわ」
「そういうわけにはいきません!きっと戻ってきます!だからここで待っていてください!」
私はナイフを片手にアガサを置いて走り出しました。
しかし、私がたどり着いた時には、時すでに遅し、でした。
男性陣は皆死に絶え、女性陣の何人かは連れ去られたようでどこを探しても見つからず、何人かは死んでいました。生き残ったのは、私とアガサだけでした。
私はアガサが心配になり、岩陰に走って戻りました。アガサは無事でした。一人しくしく泣きながら私を待っていました。
「アガサ、残念ですが……私たちだけになってしまいました」
「そんな……!嘘よ!」
やがて空が白み始め、辺りの様子がはっきりしてきたので、私はアガサを連れてテントに戻りました。
テントの中は荒らされ尽していて、貴重品、路銀などはすべて奪われていました。
「座長……!おかみさん……!姉さま……!!みんな!ああ、ああ、どうしてこんなことに!!」
アガサは泣き崩れました。私がもっとしっかりしていれば、生存者はもっといたのではないか、そんな後悔が、私の胸を苛みました。
一つ幸いだったのは、衣装や化粧道具は無事だったことです。アガサは親しい人たちの形見の衣装道具や化粧道具を袋に詰め、涙をぬぐって私に言いました。
「アルヤ、あたしをアルヤの旅に連れてって。二人で旅をしよう。アルヤの歌の横で、あたし踊るよ。大丈夫、アルヤの歌とあたしの踊りなら、きっとうまくいく。皆が作り上げてきた、この芸を絶やしては駄目。いつか仲間を見つけて、また楽団をやり直そう」
私は力強く頷きました。亡くなった恩人たちのために、私だけ逃げることはできないと思いました。そして、アガサと私が生き残ったのも、何かの運命のような気がしたのです。
アガサは赤毛の長い髪を二つに分けて高く結い上げ、テントから見つけた装飾品でその髪を飾りたて、残されていた衣装を身に纏い、伝統的な化粧を顔に施しました。
しゃんと背筋を伸ばして前を見据えるアガサは、ジプシーの楽団の伝統を背負って、とても誇らしく見えました。
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