アガサ編

旅から旅へ、私は今日も新しい街へ足を踏み入れました。今日はもう日が暮れましたし、どこか公園の大きな木の下にでも寝床を見つけるとしましょう。私が訪れた公園には、同業者と思しき芸人があちこちでごろごろ横になっていました。
みれば、大掛かりな楽器を抱えた人、小さなテントを張っているグループ、様々いるようです。
はて、明日、私の元に足を止めてくださる方はいらっしゃるんでしょうか……。

夜が明けて、眠たい目をこすりながら起き上ってみると、公園のそこかしこですでにいくつかのグループが見事な芸を披露していました。
まだ早朝です。観衆は多くなかったのですが、この競争率の激しさ、うかうかしていたら私の食費が稼げません。私は街の井戸水で顔を洗い、水を一口戴いて喉を潤すと、公園に戻り、とっておきの歌を披露しました。
結果は惨憺たるものでした。皆他の大道芸人や楽団に足を止め、私の前に足を止めてくださる方などいませんでした。昼下がりに区切りのいいところまで歌い終わると、私は諦めて他の大道芸人や楽団を鑑賞する側に回ることにしました。
欲を出して張り合っても勝ち目は無いように感じたので、それならば何か創作活動の参考になるような新しい刺激を受けたほうがいい、そう思ったのです。
体がぐにゃぐにゃに曲がる芸人、操り人形のような動きで踊る芸人、陽気な音楽を奏でる楽団、色んな芸人がいました。皆素晴らしいもので、しがない吟遊詩人の私は舌を巻きました。この街は何か、芸人の見本市のような街なのでしょうか。
そんな芸人たちや楽団たちの中で、一際異彩を放つ楽団を見つけました。
顔つきや音楽性から察するに、ジプシーなのかもしれません。
三人の綺麗な衣装を纏った美女たちが優雅に踊り、楽団が叙情的な音楽を奏でます。朗々と歌う歌は流浪の民の哀歌。私は一気にこの楽団のことが好きになりました。
歌が終わり、踊り子たちがさっとテントの中に下がってしまうと、観衆はわっと手を叩いて歓声を上げました。私の隣にいた男性は、「もう少しで踊り子の服がめくれたのに!」と、下品な嘆き声をあげていました。確かに、踊り子たちはすごく刺激的な衣装で舞っていましたが……。
楽団が道具を片付け始めたので、座長と思しき男性に声を掛けました。
「見事でした。この業界はもう長いんですか?」
長いくしゃくしゃのあごひげを蓄えた座長が、にこやかに返事してくれました。
「ええ、私が生まれるずっとずっと何代も前から、うちの楽団は旅から旅へ、歌と踊りを披露して歩いています」
座長は私が携えていたリュートに目を止めました。
「あなたも音楽をされているんですか?」
「はい、まだまだ駆け出しの吟遊詩人です。今日は他の芸人さんたちのレベルが高すぎて、さっぱりでした」
座長は「それは残念でしたな」と笑いました。
「この街は沢山の芸人が集まることで有名な街ですからね、駆け出しの方には厳しいでしょう」
そして、座長は親切に、私に今夜の食事と宿のお誘いをしてくださいました。
「今日は稼げなかったんでしょう?よかったらどうです?同じ芸人のよしみとして、今夜ご一緒しませんか?ご馳走しますよ。粗末な料理で申し訳ありませんが」
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