籠の鳥編

「……そんなこともありましたね。でも、父上が死んだ今、私はもうこの街の主だ。自由なもんですよ」
フィリップ氏は、笑ってビールの入った盃をあおりました。
あれから十数年。フィリップ坊ちゃんはすっかりご立派な明主になられました。貴族の階級もご自身の力だけで成り上がり、今や子爵です。
「父上はあれから六年後に酒の飲みすぎで死にましたよ。最期の最期まで最悪なオヤジでした。父上の暴力癖は最後まで治りませんでしたね。寝床に伏せりながら、怒鳴り声ばかり」
フィリップ氏、いや、ブロンダン子爵は、隣村で歌を歌っていた私に声をかけてくださり、私を屋敷に招いてくださいました。久しぶりに足を踏み入れたお屋敷は、昔より少しばかり豪奢で立派になっていました。
「あの後のことですか?いやあ、そりゃあ殴られましたよ。でも、私が殴られるのは、慣れっこですからね。他人のアルヤさんを巻き込むことに比べたら全然平気でした。いいんですよ、お気になさらず。自分の父親ですからね」
ブロンダン子爵は目を伏せ、昔を思い出しているようでした。
「あれから……そうですねえ。いろんな女をとっかえひっかえしては、逃げられてましたね。気の弱い女の子は私が逃がしたりもしましたが。あのオヤジにはね、誰をあてがっても全然ダメ。よく私の母は我慢したもんだなあと思いますよ。私はああはなりたくないので。絶対。だから奥さんにはとびっきり優しくしてるんです」
ブロンダン子爵の横で微笑む奥方は、本当に幸せそうな顔で微笑みました。
「私、フィリップみたいに優しい夫に恵まれて、幸せですのよ、本当に」
「どうですか、アルヤさん。やっぱりあれからも、時々男に襲われたりとか、するんですか?」
私は何も言いませんでした。子爵がご心配くださるようなことではないと思ったからです。
「アルヤさんはあれから十数年もたつのに、まったく老けないでお綺麗ですね。本当に男だなんて信じられない。大人になった今なら、父上が夢中になった気持ちが、わからんでもないです」
奥方はむっとご機嫌を損ねました。
「あら、女の私より男のほうがお好きなの?」
「違うよ違うよテレーズ。もちろん君が一番きれいさ。でも、アルヤの美しさもわかるだろう?」
「まあ、そうね。男も女も、ほっとかないような顔をしていらっしゃるわ。まるで天使」
おだてても何も出ませんよ。
ですが、フィリップ坊ちゃんがご立派になられたなら、私は本当によかったです。ずっと心に引っ掛かっていた胸のつかえが、ほろりと取れました。
「まあ、今夜は久しぶりに屋敷にお泊りください。歓迎しますよ。さあ、もう一杯、久しぶりの再会に乾杯!」
フィリップ坊ちゃん。私は、あなたの願い通り、おじいさんになるまで歌い続けますよ。


La fin.
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