籠の鳥編
私はそれ以降、時々旦那様のお相手をしなければなりませんでした。
苦痛以外の何物でもありませんでしたが、住む家もご馳走も養って頂いている立場、抵抗はできません。本当は逃げ出したくてたまらなかった。平和だった坊ちゃんと私だけの時間に戻りたかった。
ですが、旦那様の一方的な恋情は加速してゆき、旦那様は愛情を暴力で表すようなお方になってゆきました。
私は時々籠の中のアンドレに嘆きを告白しました。
アンドレは首をかしげながら、ピヨピヨさえずるだけでしたが、私が話しかけると、変わった鳴き声で応えるようになりました。
「お前と私は同じ籠の鳥。いつか自由になる日まで、お互い生きましょう。ね、アンドレ」
自由になる日など本当にやって来るのか、この時は儚い夢のように思えました。
坊ちゃんとアンドレだけが、私の心の支えでした。
私はある日、坊ちゃんにお母上のことを訊ねました。
「お母様?優しい人だったよ」
そういうと、坊ちゃんはぬいぐるみを強く抱きしめて、「でもね」と語り始めました。
「お母様は、いつも優しかったけど、いつもお父様にいじめられていたんだ。僕、知ってる。お母様が毎晩お父様にいじめられて、キャアキャア悲鳴を上げて、朝になるとアザを作っていることがあった。可哀想だから、僕、お母様を守ろうとしたんだ。でも、『あっちに行きなさい』って追い出された。いつの間にか、死んじゃった」
その話が、今の私にはよく分かります。
「死んだ時にわかったんだ。お母様のお腹には、僕の弟がいたんだって。弟か、妹か、わかんないけど、いたんだって」
坊ちゃんは涙がこらえきれなくなって、顔をくしゃくしゃに歪めて、泣き出してしまいました。
「僕が殴られそうになった時も、お母様は僕をかばってくれた。ほんとはお父様なんか嫌いだ。大っ嫌いだ!!!」
うわあんと、坊ちゃまは声をあげて泣きました。
私はもらい泣きしてしまい、涙を流しながら坊ちゃんを抱きしめました。
そう、なんでしょう。旦那様はきっと、人をまっすぐ愛せない人なのでしょう。
愛の表現に迷うと、暴力に訴え、力で支配しようとする。今までは私への想いを隠していたから優しかった。でも、その想いを明らかにしてしまった今、もう、旦那様はご自身の暴走が止められなくなってしまったのでしょう。
その日の夜のことです。私はまた旦那様のお相手をしにご寝所に招かれました。
旦那様のベッドに上がり込もうとしたときです。坊ちゃんの声が廊下から聞こえてきました。
「アルヤ―。どこにいるの?一緒に寝かせてよー」
昼間あんな話をしたので、坊ちゃんは人恋しくなったのかもしれません。しかし旦那様のご寝所にいることがばれたら、坊ちゃんはまたショックに陥るかもしれません。
旦那様はベッドから起き上がり、部屋から出て、私を探す坊ちゃんに、
「アルヤは私にお歌を歌ってくれるそうだ。一人で寝なさい」
といいました。
「こんな時間に?嘘だ、アルヤを虐めるつもりでしょう!」
坊ちゃんは、可哀想に、真実を察してしまわれました。私はあわてて着衣を直しました。すると坊ちゃんが旦那様のご寝所に駆け込んできて「アルヤ!いじめられてない?」と私をご心配くださりました。危なかった。着衣が乱れていたら、坊ちゃんの教育によくありません。
「大丈夫ですよ、坊ちゃん。私は平気です。お部屋にお戻りください」
苦痛以外の何物でもありませんでしたが、住む家もご馳走も養って頂いている立場、抵抗はできません。本当は逃げ出したくてたまらなかった。平和だった坊ちゃんと私だけの時間に戻りたかった。
ですが、旦那様の一方的な恋情は加速してゆき、旦那様は愛情を暴力で表すようなお方になってゆきました。
私は時々籠の中のアンドレに嘆きを告白しました。
アンドレは首をかしげながら、ピヨピヨさえずるだけでしたが、私が話しかけると、変わった鳴き声で応えるようになりました。
「お前と私は同じ籠の鳥。いつか自由になる日まで、お互い生きましょう。ね、アンドレ」
自由になる日など本当にやって来るのか、この時は儚い夢のように思えました。
坊ちゃんとアンドレだけが、私の心の支えでした。
私はある日、坊ちゃんにお母上のことを訊ねました。
「お母様?優しい人だったよ」
そういうと、坊ちゃんはぬいぐるみを強く抱きしめて、「でもね」と語り始めました。
「お母様は、いつも優しかったけど、いつもお父様にいじめられていたんだ。僕、知ってる。お母様が毎晩お父様にいじめられて、キャアキャア悲鳴を上げて、朝になるとアザを作っていることがあった。可哀想だから、僕、お母様を守ろうとしたんだ。でも、『あっちに行きなさい』って追い出された。いつの間にか、死んじゃった」
その話が、今の私にはよく分かります。
「死んだ時にわかったんだ。お母様のお腹には、僕の弟がいたんだって。弟か、妹か、わかんないけど、いたんだって」
坊ちゃんは涙がこらえきれなくなって、顔をくしゃくしゃに歪めて、泣き出してしまいました。
「僕が殴られそうになった時も、お母様は僕をかばってくれた。ほんとはお父様なんか嫌いだ。大っ嫌いだ!!!」
うわあんと、坊ちゃまは声をあげて泣きました。
私はもらい泣きしてしまい、涙を流しながら坊ちゃんを抱きしめました。
そう、なんでしょう。旦那様はきっと、人をまっすぐ愛せない人なのでしょう。
愛の表現に迷うと、暴力に訴え、力で支配しようとする。今までは私への想いを隠していたから優しかった。でも、その想いを明らかにしてしまった今、もう、旦那様はご自身の暴走が止められなくなってしまったのでしょう。
その日の夜のことです。私はまた旦那様のお相手をしにご寝所に招かれました。
旦那様のベッドに上がり込もうとしたときです。坊ちゃんの声が廊下から聞こえてきました。
「アルヤ―。どこにいるの?一緒に寝かせてよー」
昼間あんな話をしたので、坊ちゃんは人恋しくなったのかもしれません。しかし旦那様のご寝所にいることがばれたら、坊ちゃんはまたショックに陥るかもしれません。
旦那様はベッドから起き上がり、部屋から出て、私を探す坊ちゃんに、
「アルヤは私にお歌を歌ってくれるそうだ。一人で寝なさい」
といいました。
「こんな時間に?嘘だ、アルヤを虐めるつもりでしょう!」
坊ちゃんは、可哀想に、真実を察してしまわれました。私はあわてて着衣を直しました。すると坊ちゃんが旦那様のご寝所に駆け込んできて「アルヤ!いじめられてない?」と私をご心配くださりました。危なかった。着衣が乱れていたら、坊ちゃんの教育によくありません。
「大丈夫ですよ、坊ちゃん。私は平気です。お部屋にお戻りください」