【番外】NEW YEAR PANIC!

漆沢竜胆は自宅に帰ると、父である神主・漆沢 梯梧うるしざわ でいごに夕月の話を伝えた。
「父さん、やばいよ。倉地さん家の椚谷神社、受験に受かったやつがいてみんなあっちにお参りに行くって話で持ち切りだった。今年うちも何とかしないとまずいんじゃない?」
梯梧は顔をしかめて息子の話を聞いた。
「なに?椚谷神社?奴め、神通力を使いおったな?うーむ。まずい。今から攻勢をかけておかないと、初詣の参拝客に関わる」
梯梧は立ち上がると、本殿の中で眠るご神体に声をかけた。
木蓮もくれん様、木蓮様。お願いがございます」
すると、本殿の格子戸を開けて、狐のような耳と、狐の尻尾を持った、狩衣姿の細面の若者が現れた。長い金色のまっすぐな髪を軽く振り、しなを作る。
「何事か。今日のお勤めは終わったぞ」
「は、お休みのところ誠に申し訳ありません。しかし、お耳に入れておきたいことがございまして候」
「申せ」
木蓮と呼ばれた狐男は、扇を開くと口元を隠しながら促した。
「は。先ほど倅から聞いたところによると、椚谷神社の輩が、倅の同級生を大学に合格させたそうで、倅の学校は椚谷神社の株が上がっているそうです。今から攻勢をかけておかないと、初詣の参拝客が向こうに流れる恐れが」
「椚谷神社……升麻しょうまの神社か。秋海棠め、そうきたか」
升麻とは、秋海棠の旧姓であり、椚谷神社のご神体の鬼の名である。木蓮は唇を噛んだ。
「よろしい。明日からのお勤めには少しばかり神通力を強めて様子を見ましょう」
「何卒、畏み、畏み申す……!」
梯梧は深々と頭を下げた。

すると、近隣の住民で、漆沢神社に詣でてロトくじを買ったものが、500万円当選したという噂が流れた。
すると、漆沢神社には一獲千金を夢見る者達が熱心に参拝するようになった。
椚谷神社の神主・満天星 津々治どうだん つつじは、漆沢神社の噂を聞きつけると、秋海棠を呼んだ。
「秋海棠様。最近漆沢神社に参拝したものが、願い事が叶うという噂で持ち切りです。このままでは初詣の参拝客が漆沢に奪われてしまいます。なんとかなりませんか?」
秋海棠は渋い顔をした。というのも、神通力は秋海棠の力だけではどうにもならない。願い事を叶えるかどうかは、秋海棠の先祖・升麻の決定に依るのである。
「うーん……そういわれましても……。それは親父殿にお伺いを立てないと、私にはどうすることも……」
すると、本殿がにわかに光り輝きだし、津々治と秋海棠の心に、升麻の言葉が響き渡った。
「秋海棠よ、津々治よ、善い。許す。此度は木蓮が動き出しておる。我が神社の信仰心が揺らぐ有事である。戦じゃ!漆沢に目に物見せてやるのじゃ!!」
ここに、初詣の参拝客の信仰心と賽銭を賭けた、二つの神社の熾烈な戦いの火ぶたが切られた。
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