【番外】ちいさなこいのうた

 「姫、これは先ほど一緒に立ち寄った店で手に入れたものです。明日の朝には姫の枕元に置いておこうと思っていました。開けてください」
 グスグスとしゃくりあげながら、葵が包みを開けてみると、中にはセルフィドの透かし模様のリングが収められていた。
 「メリークリスマス、姫様。今夜は素敵な夜をありがとうございました。ギンモクセイは姫のお供ができて、幸せでございました。それは本当です」
 ギンモクセイは葵の手からリングを取り、葵の右手の薬指に嵌めた。
 「姫、貴女はまだ幼い。あなたの人生はまだまだこれからなのです。きっと人間世界の中で人間の友達に影響されて、焦っただけでしょう。何も焦って恋をしなくても、これから貴女に相応しい方がきっと現れます。私に貞操を預けるなどという、早まった真似はなさいませんよう」
 そうは言われても、葵の心は釈然としない。
 「左手の薬指が良かったわ」
 「左手の薬指は、いつか現れる誰かのために譲ります。ですから、私は右手の薬指を戴くことにいたします。それではご満足いただけませんか?」
 葵はギンモクセイの瞳を見つめた。ギンモクセイも見つめ返す。
 「今は姫だけのギンモクセイですよ」
 葵の顔が薔薇色に染まる。ギンモクセイはゆっくりと葵の体を布団の中に収め、腕枕をし、葵を包み込むように抱きしめた。
 「今度こそ、ごゆっくりお休みくださいませ、姫」
 「ありがとう。おやすみなさい、ギンモクセイ。メリークリスマス」

 25日。二学期の終業式に出かけた葵を見送ったギンモクセイの背に、葵の母、ひなげしが声をかけた。
 「昨夜は葵とずいぶん仲良かったみたいね」
 「陛下。いえ、何も間違いは起こしておりませんよ。ご安心ください」
 反射的にそう返してしまってから、ギンモクセイはしまったと思った。まるで何かあったと証明したようなものだ。
 「あら、まだ何も聞いてないのに、間違いだなんて。本当に何もないの?」
 「誓って、ございません」
 ひなげしは、血は争えないな、と思った。
 「私がまだ幼い時も、貴方は私に間違いを起こしてくれなかったわよね」
 「そんなこともございましたね」
 「相変わらずイケズなのね。親子そろって振るなんて」
 ギンモクセイは涼しい顔で微笑んだ。
 「私はあくまでも、グラジオラス家の執事ですので」

END.
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