【番外】君がいれば

 その時、真緋瑠の世界は灰色に染まった。葵に失恋した心の傷も癒えないうちに、新しく始めた恋もスタートダッシュで玉砕したのだ。店内BGMがちょうどサビの部分に差し掛かり、「片想いのままでもいいよ」とリフレインする。真緋瑠の心の中でもBGMに合わせて大合唱だ。
 「ちょっとこの店内BGM耳に痛いですわね。ハートにも痛いですわ。あはは~」
 夕月の心でも店内BGMは他人事ではなかった。
 「タイミング悪すぎるよ。あたし今一番この歌聴きたくないよ」
 物悲しい歌詞とメロディに触発されて、夕月は告白し始めた。
 「織田巻はね、小学校の頃から一緒だったんだ。小学校と中学校は一緒じゃなかったんだけど、スポ少が一緒でね。同じ道場で、一緒に剣道してきた……。でも」
 夕月はある日見てしまったという。織田巻が知らない女子と二人っきりで昼食を楽しそうに食べていたのを。
 夕月は嫉妬した。嫉妬する自分に気づいて初めて、織田巻のことが好きだと知ったという。
 夕月はいつも、彼氏の浮気に嫉妬する女子の愚痴をうんざりする気持ちで聴く側だった。
 自分はそんな醜い気持ちは抱かない。寛容で、さっぱりした関係が理想だ。そう思っていた。だから衝撃を受けたし、自己嫌悪したという。
 「あたしは嫉妬していい立場じゃないんだ。可愛くないし、女らしくないし、あいつにとって、あたしなんか、空気みたいな、その辺のゴミクズみたいな、何でもないやつのはずなんだ!でも!あたし……あたし変なのかな?どうしたらいいんだろう。あたし、自分が嫌だよ!」
 葵にはなぜ夕月がそんなに自分を責めているのかわからなかった。魔族の葵はまだ恋をするには幼すぎる。だから、親友にどう言葉を掛けていいかわからなかった。とりあえずそのあたりのことは詳しそうな真緋瑠の言葉を待つ。
 しかし、ダメージから立ち直っていない真緋瑠が的確なアドバイスをできるはずもなく。
 「織田巻君が駄目ならあたくしを……ブツブツ」
 お通夜のような真緋瑠の空気が読めない。仕方ないので葵は無難にアドバイスをしてみる。少女漫画の知識や、一般常識的に。
 「とりあえず告白してみてはいかがですの?はっきりしないうちから決めつけるのはよくありませんわ」
 夕月は力いっぱい首を横に振る。
 「無理無理無理無理!!そんなことができてたら悩んでないで行動してるよ!!だからダメなんだって!織田巻と喋ってた女の子、めっちゃ女子って感じだったし、あたしと正反対っていうか、だからあたし、絶対無理なんだって!」
 「あたくしに比べたらハードルひっくいですわよ……」
 人に聞こえない声で真緋瑠が抗議する。確かに、真緋瑠の恋はいつでもエクストラハードモードだ。
 「じゃあ、可愛くなってみればいいんですわ!」
 「あたし可愛いキャラじゃないって!可愛くないもん!小学校の頃のあたしのあだ名知ってる?『男』だよ?あたし男って呼ばれてたんだよ?今更無理だって!」
夕月は完全に女子をこじらせていた。自己評価が極端に低く、いつも強くなりたいと願い、剣の道を歩んできた夕月に、今更今時の可愛い女子になれなど、ハードルが高すぎる。しかし、葵も引き下がるわけにはいかない。
 「だからこそ、今から変わるんですわ!」
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