【番外】君がいれば

 10月某日。街はハロウィングッズが溢れ、街路樹の枯れ葉が舞い、乾燥したひんやりとした空気に、冬が近づいているのを感じる。
 葵、真緋瑠、夕月の三人は、休日にハロウィンお茶会と題した小さなパーティーを開いた。ちょっぴり高級な喫茶店に予約を取り、ケーキセットを注文する。
 「葵さんの黒赤コーデ素敵ですわ!!裾の絵柄はもしや、セルフィドのヴァンパイア・トワイライト柄?」
 「そうですの!ちょっと高かったけど、絶対売り切れちゃうと思って奮発して定価で買いましたわ!真緋瑠ちゃんは珍しくプーランシーブスのマッドネスパーティー柄ですのね!」
 葵と真緋瑠は相変わらず舌を噛みそうな名前のワンピースの柄を褒め合う。年中ハロウィンのような風情の夕月は、ロリィタブランドの情報に疎く、何時も異国の会話を聴いている気分になる。
 「よくドレスの柄見て名前がわかるよね。いつも感心しちゃうなあ」
 「あら、基本知識ですわ。まあ、夕月ちゃんはそんなこと知らなくていいんですのよ。夕月ちゃんは誰にも真似できない世界観がありますから」
 葵も真緋瑠も夕月の世界観は認めている。だが、夕月には少し置いてけ堀になった気持ちが拭えない。
 「二人とも可愛いからそういうコーデ似合っていいよね。あたしは可愛い系じゃないから、真似したくてもできないなあ」
 真緋瑠が「とんでもない!」と夕月を元気づける。
 「あたくし夕月ちゃんがロリィタ着たとこ見てみたいですわ!背が高いからロングドレスが似合うし!勿体ないですわよ、そういうの!」
 葵も夕月をプロデュースしようと、色々提案した。
 「アトリエクラウンのロングドレスとか絶対似合いますわ!マーメイドスカートとか、ロングシャツとロングスカートのコーデもいいですわよ!」
 そうは言われても、夕月はいまいち食指が動かない。自分に自信が持てない。少しいじけた自己評価は、夕月の心に燻る、ある想いが余計焚き付けていた。
 「ねえ、真緋瑠と葵は、好きな人いる?」
 唐突に話題を変えた夕月に、二人は何か重い空気を感じ取った。
 「真緋瑠は?」
 「あ、あたくしは……」
 ちらっと葵を見るが、店内BGMが悪いタイミングで片想いソングを流し始めた。大人気ヴィジュアル系バンドの、しっとりとした女々しい片想いのバラード。そう、真緋瑠は今年の夏に葵に失恋したばかりで、今必死に夕月を好きになろうとシフトチェンジを図っているところだ。歌詞が心を抉る。
 「いませんわ……。失恋しましたの。ええ、ちょっと」
 「葵は?」
 「二次元には脳内彼氏がいますわ!卓プリの高梨君は私の初恋!」
 「あれ?俺餓えの花水木君は?」
 「私は高梨君が本命ですの。花水木君は……今ちょっと浮気というか……。本命は高梨君一途ですから!」
 浮気している時点で一途ではないような気がする。真緋瑠は実は葵が浮気性だという事実を知って地味にダメージを受けていた。
 (葵さんって浮気性だったんだ……。葵さんと結ばれなくてよかったかもしれませんわ……)
 「そんな話をするということは、夕月ちゃん、今恋をしてますの?」
 恋心の機微を知らない葵がストレートに夕月に訊くと、夕月は語りだした。
 「あたし……。あたしは……。あのね、二人は黙ってくれるから話すけど。あたしは……。織田巻が好きなんだ。織田巻 勝おだまき まさる。同じ部活の……」
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