魔族VS悪魔族
葵が新月の秘術を受けるほんの数日前のことである。墓場の下の居城に、一本の電話がかかってきた。侍従の一人が電話を受けた。
「はい、倉地でございます」
「もしもし、こちらジュブナイルコーポレーションの花蘇芳と申します。倉地葵さんは御在宅でしょうか」
侍従にも事情は通じている。侍従は母親のふりをして、電話を受けた。
「あいにくうちの葵は風邪で寝込んでおりますけど、どんなご用事でしょう?」
「お母様でいらっしゃいますか?実は、葵さんとご家族の方を交えて、ご相談したいことがございます。7月×日に、ジュブナイルコーポレーションにご来社いただけませんでしょうか」
「ああ、そうですの?ちょっと、お父さん、ちょっと家人に話をしますね、ちょっとお待ちください」
侍従は携帯電話で秋海棠に電話をした。返ってきた言伝のとおりに受け答えする。
「じゃあ、お父さんがお盆前で忙しいから、お盆明けにしてもらえませんか?それなら行けるんですけど、その前はちょっとねえ、私も忙しくて」
電話をかけてきた花蘇芳こと高根撫子は、そばの村主編集長に話を通した。
「お盆明けでないと会えないそうです。どうしますか?」
「いいわ、お盆明けの8/20を指定なさい」
「はい……。わかりました、それでは来月、8/20にご来社いただけますよう、お願いできませんでしょうか?……はい、……はい、それではよろしくお願いします。失礼します」
「おそらく葵ちゃんの家族は魔族を沢山引き連れてくるはずよ。葵ちゃんが一瞬でボディーガードを三人呼び出すくらいだからね。敵は多いはず。8/20は会社を休みにするわ。あんたたちは何も知らないことにしておいて」
声を潜めて、柳春樹も話に加わってきた。
「来月20日に、何やる気なんすか編集長?」
「大戦争よ。ひょっとしたら社屋が吹き飛ぶかもしれないわね。このことを知ってるのは撮影スタッフとあんたたち二人だけよ。絶対に口外しないでね」
柳と高根は無言でうなずいた。
真名を書き変える秘術は、急ピッチで進んでいた。一週間おきに施す予定の秘術を、毎日行わなければ間に合わない。仮死状態で精神世界をさまよう葵は、濁流に飲まれたようにエネルギーに流されていた。ものすごい勢いで、目に見えないエネルギーが、自分の魂を洗い流してゆく。名前のない魂は、やがて無数の光の玉が浮かんでは消える、亜空間に流れ着いた。
「え?今、なんて?」
言葉にならないささやきを聞いた気がして、名前のない少女は問い返した。
ざわざわと無数の声にならない声が彼女に話しかけてくる。それはやがて名前を訊いてくるのだと分かった。
「わからない。私に名前は無いの」
「名前を、消されてしまったの」
「私?私は、誰なのかしら?名前が欲しい。早く目を覚ましたい。私は今まで一体何を?」
無重力の亜空間を、少女は漂う。少女はただ、新しい名前を待っていた。
自分の記憶すらあやふやなことにも気づかずに。
「はい、倉地でございます」
「もしもし、こちらジュブナイルコーポレーションの花蘇芳と申します。倉地葵さんは御在宅でしょうか」
侍従にも事情は通じている。侍従は母親のふりをして、電話を受けた。
「あいにくうちの葵は風邪で寝込んでおりますけど、どんなご用事でしょう?」
「お母様でいらっしゃいますか?実は、葵さんとご家族の方を交えて、ご相談したいことがございます。7月×日に、ジュブナイルコーポレーションにご来社いただけませんでしょうか」
「ああ、そうですの?ちょっと、お父さん、ちょっと家人に話をしますね、ちょっとお待ちください」
侍従は携帯電話で秋海棠に電話をした。返ってきた言伝のとおりに受け答えする。
「じゃあ、お父さんがお盆前で忙しいから、お盆明けにしてもらえませんか?それなら行けるんですけど、その前はちょっとねえ、私も忙しくて」
電話をかけてきた花蘇芳こと高根撫子は、そばの村主編集長に話を通した。
「お盆明けでないと会えないそうです。どうしますか?」
「いいわ、お盆明けの8/20を指定なさい」
「はい……。わかりました、それでは来月、8/20にご来社いただけますよう、お願いできませんでしょうか?……はい、……はい、それではよろしくお願いします。失礼します」
「おそらく葵ちゃんの家族は魔族を沢山引き連れてくるはずよ。葵ちゃんが一瞬でボディーガードを三人呼び出すくらいだからね。敵は多いはず。8/20は会社を休みにするわ。あんたたちは何も知らないことにしておいて」
声を潜めて、柳春樹も話に加わってきた。
「来月20日に、何やる気なんすか編集長?」
「大戦争よ。ひょっとしたら社屋が吹き飛ぶかもしれないわね。このことを知ってるのは撮影スタッフとあんたたち二人だけよ。絶対に口外しないでね」
柳と高根は無言でうなずいた。
真名を書き変える秘術は、急ピッチで進んでいた。一週間おきに施す予定の秘術を、毎日行わなければ間に合わない。仮死状態で精神世界をさまよう葵は、濁流に飲まれたようにエネルギーに流されていた。ものすごい勢いで、目に見えないエネルギーが、自分の魂を洗い流してゆく。名前のない魂は、やがて無数の光の玉が浮かんでは消える、亜空間に流れ着いた。
「え?今、なんて?」
言葉にならないささやきを聞いた気がして、名前のない少女は問い返した。
ざわざわと無数の声にならない声が彼女に話しかけてくる。それはやがて名前を訊いてくるのだと分かった。
「わからない。私に名前は無いの」
「名前を、消されてしまったの」
「私?私は、誰なのかしら?名前が欲しい。早く目を覚ましたい。私は今まで一体何を?」
無重力の亜空間を、少女は漂う。少女はただ、新しい名前を待っていた。
自分の記憶すらあやふやなことにも気づかずに。