変なお兄さんに捕まって逃げました

「待ってくださいましー!!」
葵が校門までやってくると、体育教師で風紀委員会顧問の斉藤が校門を閉めようと手をかけた瞬間であった。
「待った無ーし!」
ガラガラと校門を閉めようとする手。心無しか、勢いを緩めて猶予を作っているように見えるが、必死で駆ける葵には、無慈悲な所行にしか思えない。
葵を含め、数人の生徒が閉まりかけた校門をすり抜けた。
「締め切りー。ほら、本鈴まで時間がないぞ、走れ走れ!」
発破をかける斉藤の声の裏で、チャイムが鳴り響いた。予鈴である。
「あと五分かー!」
「間に合うかー?!」
校門に滑り込んだ生徒達は、息も絶え絶えに咳き込みながら弱音を吐いた。
呼吸を整えた葵は、もう一踏ん張り、と、再び駆け出した。校則により、本鈴がなり終わるまでに教室で着席していない者は、遅刻扱いになる。遅刻を重ねると単位を落とす為、毎朝戦争である。
葵が教室にたどり着き、席に倒れ込んだと同時に、本鈴が鳴り止んだ。担任の函部はこべは既に待ち構えており、咳き込む葵を一瞥すると、にやりと口をゆがめた。
「セーフにしといてやろう。おめでとう」
クラスのそこかしこで、くすくすと笑いが漏れた。
葵の斜め後ろの席で、親友の菊池 夕月きくち ゆづきが小声でささやいた。
(あおい!あーおーい!)
葵がそちらへ目をやると、夕月は小さくガッツポーズをして笑った。葵も微笑み返した。

滞り無く授業が終わり、皆散り散りに部活動や生徒会活動、帰宅の為に席を立った。
葵は合唱部に所属している。部室である第二音楽室に向かおうと、バッグに手をかけると、夕月が声をかけてきた。
「じゃあね、葵!また明日!バイバイ!」
夕月はそう言うと、部活用バッグをロッカーから引きずり出して、教室から出て行った。
「バイバイ」
それと入れ違いで、教室にもう一人の親友が入ってきた。隣のクラスの椿 真緋瑠つばき まひるである。彼女は葵と同じ合唱部である。合唱部の活動が忙しくない時期は、オカルト研究会にも顔を出している。真緋瑠は葵に近づき、声をかけてきた。
「葵さん、今週末は何かご予定あります?」
「真緋瑠さん。いいえ、今週末は予定はありませんわ」
真緋瑠はきゃーっと黄色い声を上げながら体を震わせると、
「では、土曜日ロリデ致しませんか?!」
と、誘ってきた。ロリデとは、ロリィタ服を着飾ってデートすることである。
「ええ、構いませんけど……私と真緋瑠さんだけ?」
「夕月ちゃんは土曜は部活ですわ。一緒に参りませんこと?二人で……」
真緋瑠の瞳が怪しく光った。背中に冷たいものを感じた葵は、
「では、日曜に夕月ちゃんと三人で参りましょう?」
と躱した。
真緋瑠の目つきは、時々背筋が寒くなる。
「あ……ああ………か、構いませんわ。三人で参りましょう?」
真緋瑠は顔を引きつらせて不器用に笑った。
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