怪しい人とうまい話にご用心

その日、葵は333に立ち寄る用事は特になかった。たまたまその近くの喫茶店で勉強をしようと思って通りかかっただけであった。
333にはもうさすがに警戒し、あまり近寄らなくなっていたのだが、333の周りに行けば、遊びも暇つぶしも買い物も何でもできてしまう。必然的にその周辺に向かうことになってしまうのである。
離れた区の繁華街に出かけるという選択肢もないわけではないが、都会はどこに行ったとしても危険がない場所などない。ならば歩きなれた333周辺のほうが……というわけである。
少し離れていた喫茶店だが、やはり葵の私服はすべてゴスロリ系ハイブランド。存在感というか、オーラというか、ミエナイチカラが離れていても判ってしまう。
Devilteen編集者、高根は、333近辺でゴスロリ少女が現れるのを待ち続けていた。
フリフリでモコモコのドレスを着た少女を、写真と照合しながら観察していた。そして、不意に空の陽が陰ったかと思うと、ただならぬ闇のオーラを遠方に感じたのである。
高根は走った。ずり落ちた眼鏡を引き上げて目を凝らすと、間違いない、写真の長髪のゴスロリ少女である。高根は適度な距離を取って足を止め、偶然を装って少女に近づいた。
「こんにちは!素敵なお洋服ね!かわいい!」
しかし、さすがの葵も警戒心が身についた。顔をひきつらせ、身を固くして、「こんにちは」と小さく会釈した。
「そのお洋服どこのブランド?セルフィド?」
「は……はい……」
「実はお姉さんね、雑誌の編集してるんだ」
葵はさっと顔色を青ざめ、踵を返そうとした。そこへ、あわてて高根は引き止める。
「あ、待って!恥ずかしがらなくていいのよ!お姉さん、ジュブナイルコーポレーションなの。知ってるかな?綺羅っていう雑誌の!」
綺羅…綺羅とは、個性的なファッションを愛する若者の聖書ともいうべき雑誌である。もちろん葵は小学生のころから愛読していた。
「え……綺羅?ほんとに?」
「本当本当。今名刺差し上げるわね」
見るとそこには確かに「ジュブナイルコーポレーション 綺羅編集部 花蘇芳 美樹はなずおう みき」と書かれている。信用してもよさそうだ……。
「とりあえずさ、スナップだけ撮らせてもらってもいい?採用されるかどうかは、編集部にもっていかないとできないんだけど……。写真だけ」
「え……で、では、写真だけ……でしたら……」
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