墓場の下の姫君

西暦1862年、魔界――
「アマランサス、いらっしゃい。早くこっちへ!」
「お前だけでも、生き延びてくれ。私たち一族こそが、正当なる王族の血筋なのだから」
「ギンモクセイ、娘を、頼みます」
「命に代えても」
「お母様、お父様、どうか、どうか生きていて―――!」
魔界に開いた時空の歪みは、姫と執事と数人の魔族を包み、やがて、音も無く閉じた。

「櫻国には、遺伝子的に近い種族が古来より息づき、神と崇められております」
「櫻国に亡命し、身分を隠せば、奴らから身を隠すことが出来るだろう」
若い執事は、まだ幼い姫の手を握り、同じ目線で話しかけた。
「櫻国にまいりましょう、姫。新しい名を名乗り、櫻国人に紛れて、生き延びるのです」
幼いながらに見つめ返す姫君の目は、全てを悟り切ったように澄んでいた。
「はい。まいりましょう、ギンモクセイ。いつか祖国を取り返すまで、私たちの戦いね」

時は流れ、西暦2012年、五月ーー。

豪奢な居室の姿見の前で、齢17の少女が忙しなく身だしなみをチェックしている。
「スカーフ、曲がってません?ツノ、隠れてます?」
執事が彼女の違和感に気付き、片膝をついてセーラー服のスカーフを結び直した。
「姫、スカーフが縦結びになっております。これでいいでしょう。さあ、お急ぎください」
「ありがとうギンモクセイ。では、もう参りますわ!」
姫と呼ばれた長い黒髪の少女は、廊下を駆け抜け、階段を駆け上がり、天板を押し上げた。
天板をどかした天井には、四角く切り取られた青空と、それを縁取る緑の草花。
「では、行ってまいりますわ!」
少女が地下から這い上がり、天板を元の位置に戻すと、そこは広大な墓地の一角の、草が生い茂る小さな空き地。そこから細い通路が網目状に張り巡らされ、辺りは一面墓、墓、墓である。
墓地を抜けると広く閑静な道路が通っており、道なりに進めば、ほどなく彼女の通う男女共学の私立高校がある。
「間に合うかしら?!お願い、信号が青が続きますように!」
少女は全速力で駆け出した。

少女の名は倉地 葵くらじ あおい。本名、マーガレット・マロウ・グラジオラス。
西洋の鬼族の大国の、王族の末裔。
2012年現在、高校二年生の青春真っ盛りである。
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