第二十八話 幼い恋の話

「まずは、ここだ!ここから、この街が一目で見渡せるんだ!」
 ヨッケに促されて開けた場所にやってくると、そこからは秋の柔らかな日差しで輝く街が一望できた。冬至が近づき日照時間の短くなった昼下がりは、空も陽光も黄金色に輝いて、想像していたより美しかった。黄みがかった青空にはクリーム色のうろこ雲が天上を占めて、ちらほらと秋の虫が飛び交っている。
「綺麗……」
「だろ?とっておきの場所なんだ。それと、もう一カ所あるんだ」
「何なに?」
 ヨッケに手を引かれて山の裏側に足をのばすと、開けた場所には辺り一面ピンク色の釣鐘型の花が咲き誇っていた。――夢端草の群生地である。
「これ、この花……!」
「綺麗だろ?お気に入りの花なんだ」
「そうじゃなくて、この花夢端草だよ!あたし知ってるの!毒なんだよ!」
「え、知ってるのかこの花?」
「うん。多分、ここで寝たら毒にやられて死んじゃうよ。この甘い匂い、沢山嗅ぐと毒なんだって」
「えっ、やべえな。知らなかった。ありがとう」
 恐ろしい毒草には違いないが……それにしても、これだけ群生していると風に乗って甘いフローラル系の香りも濃厚に漂ってくる。風に吹かれる釣鐘型のピンクの花は、ざわめき、揺らめき、夢幻の世界のようで、吸い込まれそうな妖しさを放っていた。
 ふと、ロゼッタの脳裏にイメージが流れ込んできた。彼女が親に連れられて、ジェイクやアントン、ヨッケに別れを告げ、汽車に乗り込むシーン。おそらくこれは高濃度の夢端草が見せた白昼夢だ。近く現実になるに違いない。ロゼッタは、今のうちにヨッケに告げておこうと考えた。
 ロゼッタはヨッケの目の前に立つと、くるりと彼に向き直り、彼の眼を見据えて告白した。
「あたし、本当はロゼッタって名前じゃないの」
「えっ」
「ほんとの名前は、ルチア。ルチア・ウェイドッターっていうの。これからはあたしといる時だけ、ルチアって呼んで」
「ルチア……。解った。でも、なんで違う名前を名乗っていたんだ?」
「あたしね、家出してきたの。ほんとはしばらくしたら帰るつもりだったんだけど、帰り方がわからなくなって、それからもう7ヶ月ここにいるの」
「えっ……。お父さんお母さん心配してるんじゃ……?」
「そうかもね。だから、お父さんお母さんが見つかったら、帰らなくちゃいけないの。でも、家出したおかげでヨッケに出会えてよかったよ。ヨッケ、大好き」
 そういうと、ロゼッタはヨッケの唇に触れるだけのキスをした。
「いつかはわからないけど、あたしが家に帰っても、あたしのこと忘れないで。ずっと仲良しでいて。約束」
「わ……わかった」
 突然の告白と口づけに放心状態のヨッケだったが、差し出された小指を見て、誘われるように小指を絡めた。
「ずっと、忘れない」
 ロゼッタは、にこりと微笑んだ。

 そして、その日は遠からずやってきたのである。
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