第二十六話 行くな、アントン!

 ロゼッタは小さな手で猫っ毛のジェイクの頭をよしよしと撫で、「ごはん食べよう?」と朝食を促した。
 不思議とロゼッタの包容力に包まれて、ジェイクは落ち着きを取り戻していた。ハンカチで顔をぬぐい、朝食の準備に取り掛かる。
(アントンはちゃんと帰ってくるよ)
 ロゼッタに言われると、本当に帰ってきそうな気がする。ジェイクはロゼッタの言う通り、アントンが帰ってきたら告白しようと考えていた。
(そりゃそうだよな……あんなに何度もセックスしておいて、好きになってないわけないよな。そうか。俺、アントンのこと好きだったのか。アントンもしつこいくらい愛してるって言うし……。アントン。俺、やっぱりお前のこと、好きなのかもしんねえ)

 一方、長い列車旅の末、TP工房に到着したアントンは、社長から歓待を受けた。
「あなたがアントンさん?初めまして。社長のポーターです。お会いできて嬉しいです」
「初めまして。アントン・ニコルソンです。この度はお招きありがとうございます」
「いやあ、予想を裏切る美青年ですね。こんなに若い人が天才銃職人だとは思いませんでした。まあ、まずはお茶をどうぞ」
 アントンは社長と軽く銃について話を交わした後、工場見学に連れ出された。
 工場は、夢で見たようなベルトコンベア式ではなく、職人が各持ち場について黙々と作業していいた。一丁一丁手作りで、奥には溶鉱炉もある。想像以上に蒸し暑く、過酷な環境での作業のようだ。
「秋から冬は涼しいのでいいんですけどね。夏はちょっと暑いかな。職人の健康状態には気を配っています」
 社長は出来立てほやほやの新品の銃を一丁ケースから取り出し、アントンに見せてみた。
「これが、来年春までしか生産しない、最新の限定モデルです」
「うわあ、感動です!」
 社長はアントンに銃を持たせたまま、一つ一つ組み立ての工程を見せて回った。憧れの銃ブランドの作業工程が拝めて、アントンはメモを取る手が止まらなかった。
 工場見学が終わると、会議室でTP工房の歴史について学ぶ。アントンの知らない歴史まで詳細に語られ、アントンは「参加してよかった」と充実感に浸っていた。
(ジェイクはビビっていたけど、本当に普通の研修だったじゃないか。来てよかったなあ)
 だが、研修の二日目に、TP工房は本格的に動き始めた。
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