第三話 幼き家出少女ロゼッタ

 当てもなくルチアが歩いていると、彼女はいつの間にか繁華街に来ていた。ガス灯が煌々と輝いていて、昼間のように眩しい。派手な看板は色とりどりの魔法の光に照らされて、まるで夢の中のような美しさだ。
 あたりをキョロキョロしながらふらふらと歩いていると、突然何か布の塊にどしんとぶつかった。と、頭上から酒臭いにおいを漂わせた怒鳴り声が降ってきた。
「どこ見て歩いてんだガキ!」
 見上げれば猿のように真っ赤な顔をした猿族の男が、眉間にしわを寄せてルチアを見下ろしている。
「ご、ごめんなさい」
 すると男の横にいた数名のガラの悪い男たちがルチアに詰め寄った。
「嬢ちゃん、旦那骨折れたってよ。治療費持ってるか?」
「持ってねえなら体で払ってくれるか?ああん?」
 ルチアがすくみ上っていると、バシッという音とともに男たちの壁の一角が吹っ飛んだ。誰かが男を一人殴り飛ばしたのだ。
「こんな小さい子供に何集ってんだオッサン!」
 ルチアが見上げると、顔の右側を革製の仮面で覆った猫族の男が彼女を庇ってくれていた。
「何しやがんだ小僧!」
「死にてえのか!」
「死にたいのか、とは、こっちが訊きたいセリフですね」
 男の額に銃が突き付けられ、その腕を目で追うと、猫族の男の隣には毛むくじゃらの男が銃を突き付けていた。
「待て、ひょっとしてお前、その仮面の猫、武器屋のジェイクじゃねえか?」
「当たり。最新の銃の的になってくれるかい?」
 ギャーッと男たちは驚きすくみ上り、後ろも見返ることなく逃げ出した。
「その銃の威力試す絶好の機会だったのに惜しいな、アントン」
「残念ですねえ」
 ルチアには解った。この男たちは信用できる。この人たちについていこう。
「助けてくれてありがとう、おじさん!」
「お、おじさん?お兄さんと呼べ、まだそんな年じゃねえや。それより嬢ちゃん、お父さんとお母さんはどうした?」
 ジェイクがルチアに目を合わせて声をかけると、ルチアは気まずそうに俯いた。
「あ……あの……家出してきたの。お父さんとお母さん、いないの」
「い、家出ぇ?!どこから来たんだ?」
「知らない街」
「知らない街って……困ったな。帰り方とか駅名とかわかります?」
「よく……わかんない」
 ジェイクとアントンは顔を見合わせ、こんな夜中ではどうにもならないのでひとまず武器屋に連れて帰ることにした。
「ところで嬢ちゃん、名前は?」
 ジェイクが問うと、ルチアは暫時考えた。本名を言ったら連れ戻されてしまうかもしれない。知恵遅れのルチアにもそのぐらいの計算はできた。ルチアは飲み屋の看板に書いてあった『ロゼッタ』の文字を適当に読み上げて名乗った。
「ろ、ロゼッタ!あたし、ロゼッタっていうの!」
「よし、ロゼッタ。数日うちでゆっくりしていきな。お前さんの家、探してやるやるから、ほとぼりが冷めたら帰るんだぞ」
「ありがとうおじ……お兄さん!」
「ジェイクだ。よろしくな」
「アントンです。よろしく」
「よろしく、ジェイク、アントン!」
そして三人の生活が始まった。
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