第二十六話 行くな、アントン!

 アントンはジェイクを刺激しないよう論理的に説明した。
「ジェイク、殺すつもりならもっと強引に刺客を送り込んでくるはずです。それに、今回の手紙には工場見学の詳しいスケジュールが書いてありました。取って食うつもりならこんなスケジュールなんて立てませんよ」
「じゃあどういうつもりだってんだよ?」
「多分今まで職人のいなかったジェイクの店に僕が入ったので、研修をして正しい銃の修理方法などをレクチャーしてくれるんでしょう。これはビジネスチャンスかもしれないんです。ジェイクにもいい話かもしれませんよ。僕がそれを確かめてきます」
「だからそんなわけねえって!危険だ!嫌な予感がする!行くなアントン!」
 アントンは冷静さを欠いて頑として「行くな」と引き留めようとするジェイクに、さすがに苛立ちを覚えた。
「何怯えてるんですか。あなたがこんなに頑固者だとは思いませんでした。ちょっと行って帰ってくるだけじゃないですか。僕は行きますよ。あなたに何と言われようと」
 従順だったアントンの初めての反抗に、ジェイクの青筋も切れた。
「俺が頑固者だと?!心配してやってるんじゃねえか!ああいいよいいよ、勝手にしやがれ!」

 勝手にしろと言われたので、アントンはお言葉に甘えてバーバーパパの元に行き、顔剃りをして髪を整え、旅行の支度を整えた。そして駅に行って切符の予約をすると、翌朝には出立の用意が完了していた。
 ジェイクは早々とふて寝してしまい、朝になっても起きてこない。アントンは早起きしていたロゼッタに、「ジェイクをよろしくね」と託け、早朝のうちにジェイクの店から旅立ってしまった。
 アントンがいなくなった工房のリビングに、ジェイクが降りてきた。泣き腫らしたのだろう、目ヤニで目の周りがガビガビになって、まるで病気の野良猫のような顔をしている。
「おはようジェイク……どうしたのその顔」
「ああ、なかなか眠れなくてな……。顔洗ってくる」
 ジェイクは顔を洗って目ヤニが取れても、まだウルッとこみあげてきて、なかなか涙が洗い流せなかった。
 リビングに戻ってきても、ジェイクは一人さめざめと泣いている。
「泣かないで、ジェイク。アントンはきっと無事に帰ってくるよ」
「そんなわけねえよ……嫌な予感しかしねえよ……」
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