第三話 幼き家出少女ロゼッタ

 親が説得する横で、ルチアは俯いて足をプラプラさせていた。
「では、特別学級を作りますか……」
 特別学級という言葉に、ルチアは顔面蒼白になった。上級生に確か重度障害者だけを集めた特別学級が一クラスあった。ルチアは障害者扱いされてしまうのか。冗談じゃない!
「嫌!特別学級嫌!お家で自習にしよう?ちゃんと勉強するから特別学級は嫌!」
「でも、ルチア、あなた、人より成長が遅いのは障害者よ?特別学級ならあなたのペースで勉強出来るわ?」
 教師はすばりルチアを障害者認定してしまった。ルチアのか細い自尊心の火が吹き消された。彼女はショックのあまり心に深い傷を負った。
(あなたは障害者よ)
 教師の台詞がリフレインする。私は障害者?
「明日から空き教室を特別学級にします。そこに通ってきなさい。一年生の勉強のおさらいから始めましょう」
 ルチアの心がガラガラと崩れ、彼女は心を閉ざした。親に手を引かれて帰宅したが、道中どんな会話をしたか、どこを通って帰宅したか、何をして家にたどり着いたのか、まったく記憶になかった。呆然自失したまま、彼女はいつの間にか自室にいて、勉強机に向かって座っていた。
「消えたい。逃げたい。特別学級だけは絶対嫌」
 ただでさえクラスメートに馬鹿にされているのに、特別学級行きが決まったら虐めに発展するのはルチアにも計算できた。
「逃げなくちゃ。こんなところでは生きていけない。学校のないところまで逃げよう」
 彼女は陶器の貯金箱を割って今まで1ファルスも使わず貯め続けたお小遣いをすべて回収した。紙幣も結構な枚数があるし、もしかしたら見知らぬ土地まで行けるのではないだろうか。彼女には額が多すぎて数えきれない金額だったが、遠くまで行けそうな確信があった。
 巾着袋にお小遣い全額詰め込み、おやつや牛乳瓶、お気に入りのぬいぐるみや宝箱をリュックに詰め込み、彼女は家を抜け出して駅に向かった。
 地方都市のターミナル駅は歩いて一時間ほどのところにある。彼女は生まれて初めて自力で駅にたどり着き、生まれて初めて駅員に所持金全額を渡してありったけの距離を移動できる切符を購入し、生まれて初めて一人で汽車に乗り込んだ。致命傷を負った心の超新星爆発から始まった彼女の一世一代の大冒険。まだ見ぬ世界に胸膨らませ、彼女はいつまでも飽きずに車窓からの風景を眺めていた。

 うつらうつらうたた寝をしていると、聞き覚えのある駅名がアナウンスされた。確か駅員は言っていた。「クレマトリア駅で降りなさい」と。ルチアは慌てて汽車から飛び降り、クレマトリアの地に降り立った。だが、はて、クレマトリアの街とは、一体どこだろう?
 あたりはすっかり日が落ちて真っ暗だった。暗闇では何があるかわからない。ルチアは用心してクレマトリアの街を歩き始めた。
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