第十話 繊細族の朝市

 あれほどまでに欲しくて欲しくて、夢にまで見たセルロイドのお人形。高いからダメだと叱られて、買ってもらえなかったお人形。決して安くないことはロゼッタにも分かった。だが、それをこともなげにポンと買ってくれたジェイクが、男らしくて眩しく見えた。ジェイクから人形を手渡され、おずおずと手を伸ばして抱きしめる。予想に反してずっしり重かったそれは、まるで生きているような魂を感じた。運命の出会い。感動よりも戸惑いが先に来て、ロゼッタは呆然としていた。
「おっさん、この人形はどこ製の人形だ?この子、この人形のこと知ってる風だが?」
 ジェイクの問いかけに、店主は
「隣国のネルドランで制作されたセルロイド人形です。三年前に発売されたもののデッドストックですよ」
と答えた。
(ネルドラン……。ありうる。こいつの経済力じゃ、どんなに遠くてもネルドランぐらいの距離しか移動できないはず)
 ジェイクはロゼッタがネルドラン人なのではないかと推察した。
「ありがとう。ほら、ロゼッタ。尻尾掴め。行くぞ」
 そう言ってジェイクが立ち去ろうとするので、ロゼッタは慌ててジェイクの尻尾を掴んだ。
「あっ、ジェイク!」
「何だ?」
「……ありがとう」
 ロゼッタにはジェイクのすらりとした長身も、猫耳も、艶やかな黒髪も、細い尻尾も、何もかもが美しく見えた。
 初めて出会った時から輝いていた、仮面の猫族の男・ジェイク。その格好良さは、見間違いなどではなかった。気前が良く経済力もある大人の男。奢った恩着せがましさもなく、スマートにプレゼントするクールさ。
(あたし、この人のお嫁さんになりたい)
 この尻尾を手放したくない。ロゼッタはこの人に一生ついていこうと心に決めた。

 その後、珍しい武器を見つけたアントンと合流し、もう一周会場を三人で見て回る頃、にわかに霧が晴れてきて、あれほど沢山あった繊細族の露店が忽然と消えてしまった。まるで夢を見ていたような心地だが、両手に抱えた荷物の重さで、あれは現実だったのだと再確認する。
 戦利品は少数民族のナイフ、プレミア品の拳銃と猟銃、アントンの故郷の焼き菓子、そしてセルロイド人形といったところだ。
「結構珍しい武器手に入ったな。売れるぞー!」
「ナイフマニアが飛びつきそうでしたね。ロゼッタ、帰ったらこのお菓子三人で食べようね」
 ロゼッタは相変わらずジェイクの尻尾を握っていたため、ジェイクは「おい、そろそろ離せよ」と手から尻尾をするりと引き抜いた。
「ジェイク、ありがとうね。一生大切にする」
「おう」
 ジェイクは気にも留めていないようだが、ロゼッタは喜びを噛み締めていた。
「その人形?買ってもらったのかい?良かったね」
「アントンよりあたしの方がジェイクに大事にされてるから」
「?!」
 突然の勝利宣言に驚いて固まったアントン。斯くしてジェイク争奪レースは本格的に走り出した。果たしてジェイクと結ばれるのはアントンか、ロゼッタか、本命のモモか。
 ロゼッタはこの恩を何とかしてジェイクに返したいと、人形を抱きしめながらああでもないこうでもないと思案にふけるようになった。
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