第十話 繊細族の朝市

 まだ夜明け前。ロゼッタが目覚まし時計を止めて二度寝しようとして朝市のことを思い出し、飛び起きた頃。ジェイクとアントンはすでに起きてリビングで朝食の準備をしていた。
「お、ロゼッタ。ちゃんと起きたみたいだな」
「ほんとに今日繊細族来る?」
「バッチリだ。外を見てみな」
 ロゼッタが窓を開けると、ひんやりとした湿った空気が流れ込んできて、窓の外は暗い水色に濁っていた。濃霧だ。
「霧だ!」
「さあ、軽く朝飯食って、出かけるぞ!買い物袋用意して行けよ!」

 三人が百合ヶ丘にたどり着いたころにはすっかり空が白んで、真っ白な濃霧に覆われていた。既にガヤガヤと人の声が聞こえてくる。
「僕はこっちから右回りに見て歩きますね」
「じゃあ俺は左回りに」
 アントンは二手に分かれることを告げて一人で歩いて行ってしまった。
「ロゼッタ。はぐれないようにしっかり俺の尻尾掴んでついてこいよ」
 ジェイクが背後のロゼッタに声をかけると、ロゼッタはジェイクの尻尾を握って「わかった!」と頷いた。
 濃霧で遠くまでは見渡せないが、歩いていくと突然ボウっと繊細族の露店が霧の中から現れる。ジェイクは一店一店立ち止まって、露天の品揃えを眺めていく。ジェイクが次々とすたすた歩いて行ってしまうため、じっくり物色はできなかったが、綺麗な宝石のアクセサリーや、美しく彩色された食器、袋に入った菓子など、実に様々なものが売られていた。店主の繊細族に若者の姿は少なく、年老いて萎んだ老人がほとんどだった。皆眠っているかのように目をつむり、じっと動かず折りたたみ椅子に腰掛けている。
 その中で、ロゼッタは見覚えのある商品を見つけ、「あっ」と声をあげた。それはセルロイド製の人形だった。当時発明されて間もないセルロイドをおもちゃに利用した商品は珍しく、ロゼッタたち女子小学生の憧れだった。友達がセルロイド人形を買ってもらったと自慢していたのを羨んで、ロゼッタも親にねだったが、当然買ってもらえず涙をのんだ。あの憧れの人形が陳列されている。状態もよく、新品のようだ。ロゼッタが思わず立ち止まって見入っているため、尻尾を引かれる形になったジェイクは気が付いて引き返してきた。
「どうしたロゼッタ。なんか欲しいもんでもあったか?」
「あ、ううん。何でもない」
 ねだっても他人のジェイクが買ってくれるわけがない。ロゼッタは遠慮して何でもないと嘘をついた。ジェイクは改めて品揃えを見て、奥に陳列されている人形に目を止めた。
「あの人形か?」
「えっ」
「欲しいなら買ってやるよ。いくらだおっさん?」
「三五〇ファルスです」
 ロゼッタは驚いた。決して安くない人形なのに、ジェイクは気軽に買ってくれるという。さすがにロゼッタも遠慮した。
「い、いいよ。高いよ?」
「そうか?そんなに高くないぞ。せっかくだから買ってやるよ。お前の誕生日がいつか知らないけど、前借りで貰っておけよ。ほらおっさん、三五〇!」
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