第十九話 生きる理由を他人に依存するな

 「必死に助けたのに、何で生きていることを喜べないのよ!生きててよかったじゃない!」
 エンリーケは窓の外へ視線を移し、ファティマを無視した。ファティマはヴィクトールを引っ張り、今日のところは帰ろうとした。
 「明日もまた来るから。死のうなんて考えちゃダメ!ゆっくり寝なさい。早く元気になって!」
 「行こう、ヴィクター」そう言って、病室を後にした。そして、廊下ですれ違った看護師に、「624号室のダニー、希死念慮があるから絶対に死なないように見張っててください。拘束しても結構です」と伝えた。
 案の定、それからエンリーケは何度も輸血の針を抜いたり、食事用のフォークで自傷したり、死に取りつかれて自殺未遂を繰り返した。病院はエンリーケを拘束し、強い抗鬱剤が投与された。
 何度も夢に見る、母とエマが死ぬ瞬間。母とエマが乱暴されるシーン。それが彼を苛め、彼は家族のところへ逝こうとした。
 「殺してくれよ……。俺なんてもう生きてても仕方ねえだろ……」
 病室にヴィクトールとファティマが見舞いに来ても、彼は心を閉ざしていた。
 「お前、何度も死ぬのやめないらしいな」
 「ほっとけよ。ほっといてくれたら俺は死ねるんだ」
 「なんでそんなに死にたいの?」
 エンリーケは拘束具を引きちぎらんばかりに暴れながら怒鳴った。
 「だから!!俺はもう生きる意味ねえんだって!!家族はもう死んだ!!俺の生きる価値なんかねえんだって!!」
 「生きる理由を他人に依存しないで!!」
 ファティマが急に怒鳴るので、エンリーケは動きを止めた。
 「あなたが生きるための心の支えを失ったのは、悲しい出来事だと思うわよ。でも、あなたは生きていた。死ななかった。あたしたちは間に合った。その意味についてもっとよく考えて!あなたにはまだ人生が残っていたの!心の支えなんて何でもいいのよ、失ったからって死ねるもんでもないわ!ならなぜ生きるのか?生きる理由を他人に依存すると、その人が居なくなったら支えを失うのは当然じゃない!人はいつまでも生きていないのよ?心の支えは、生きる意味は、自分の中に作るの!自分が生きるのにちょうどいい理由を、自分が生きるのに必要な分だけ、自分の中に作るのよ!」
 エンリーケはファティマの説得が一度では咀嚼しきれなかった。だが、その真剣な演説に、心を打たれた。生きる理由を、自分の中に作る……?
 ヴィクトールにはファティマの言いたいことがわかるような気がした。彼女は、実の親に傷つけられた。誰も助けてくれない人生を、必死に努力して自分の力で生き抜いてきた。自分の中に生きる理由を定めたからこそ、彼女は勉学に励み、天才と呼ばれ、若くして大学を卒業できたのだ。彼女は天才ではなかったのだろう。きっと血のにじむような努力の末に、天才の肩書を掴み取ったのだろう。それは、誰も助けてくれなかったから。彼女の中に、強く心の支えを立て、生きる理由を見出したから。
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