第十九話 生きる理由を他人に依存するな

 次に視界に飛び込んできたのは、白い天井と、そびえ立つ輸血パックや点滴のポールだった。口には人工呼吸器を取りつけてある。
 (ああ、俺、生きてら……。母さんとエマのところに行きたかったな。誰か運びやがったな……?あいつらに電話しなきゃよかったな……)
 身体がずっしりと鉛のように重く、指一本動かせない。諦めたエンリーケは、再び夢の中に落ちていった。
 2週間で集中治療室から個室の病室に移されると、ファティマとヴィクトールが見舞いに来た。エンリーケは未だ回復しない全身のだるさのせいか、再会を素直に喜べなかった。
 「やっと面会できたな。生きててよかった、エンリーケ」
 「ずっと祈っていたの。どうか助かりますようにって」
 エンリーケは彼らを突き放す。
 「死ぬつもりだったのに、なんで助けた?」
 それを聞いてヴィクトールが憤慨気味に答える。
 「そう簡単に殺すかよ!お前には俺達を裏切った罪を償ってもらうぜ!めっちゃキレてっからな俺。よくも殺そうとしてくれたな」
 「許せるのか、俺を?」
 「完全回復して俺達とまた一緒に逃げるなら、許してやらんこともない」
 エンリーケは力なく笑った。
 「お前、どこまでも優しいよな。あれだけのことをしたのによ……」
 「お金の心配はしなくていいからね。医療制度いっぱい使って、あたしたちもお金いっぱい用意したから、何も心配しないでゆっくり治療して」
 「お前たちが治療費払ってくれてるのか……。悪ぃな」
 ヴィクトールはエンリーケにこれまでのことを訊いた。なぜ裏切ったのか、その間どうしていたのか。エンリーケはぽつぽつと話し出した。
 「あの日、買い物に行ったとき、車の窓越しに撃たれて、動けなくなったところを誘拐されたんだ。そして家族の写真をちらつかせられて、『家族を殺されたくなければ、ヴィクトールとファティマを殺せ』って言われた。悩んだよ。罠だと解っていたし。でも、俺さ、ずっと家族に仕送りし続けていたんだ。俺はずっと家族のために金を作って、家族のために生きてきた。だから、お前たちよりか、ギリ家族の命のほうが勝っちまってな。言うことを聞いたんだ。ああするしかなかった。でも、何とか、何とかして、お前たちも、家族も、両方救えないか、必死に考えていたんだ。でも俺、馬鹿だからよ。しくって、家族を殺されちまった。俺はキレて、奴らを皆殺しにした。そこからは、お前たちの知るとおりだ」
 ヴィクトールには家族がいないので、エンリーケの家族を想う気持ちは理解できない。だが、彼が家族のために生きていたことは知っていた。そこで、エンリーケの苦しい葛藤を理解できないまま、そのまま認めよう、赦そうと考えた。
 「解った。辛かったな。信じるよ、お前を。お前がそう簡単に俺達を裏切るわけないと、なんとなく感じてた」
 エンリーケはすうっと大きく息を吸い込み、盛大な溜め息をついた。
 「俺、生きる意味、亡くしちまったよ。あのまま死んでりゃよかったんだ。なんで助けたんだ」
 「なんでって……、大変だったんだぞお前。あと5分発見が遅かったら死んでたんだぞ」
 「むしろあのまま死にたかった」
 「エンリーケ!」
 ファティマはその態度に腹を立てた。
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