第十七話 愛と憎の「憎」だけを
マノンと別れてほんの十年ばかりだ。子宮を摘出したマノンが子供を持てるわけがない。それに、見るからに青年はヴィクトールよりは年下に見えるが、成人した男だ。ヴィクトールの脳裏に、マノンに性的に虐げられていた時の記憶が蘇る。マノンは何も反省していない?また新しい男を性的に消費するために拾ったのか?
「てめえ、俺だけじゃ飽き足らずあれからもこんなことを繰り返していたのか。この男もお前は面白半分に……!」
「ちがう!それは違うわ、ヴィクトール。あれから私反省したのよ。後悔しているの。もうあなたにしたあんなことはこの子にはしていない。誓って、この子には手を出していないわ!新しい息子なの。拾ったのではないわ、ちゃんとしたところから里子として引き取ったの!」
「そんな戯言信じられるわけねーだろ!キチガイババア!お前の性根は腐りきってるんだよ!やっぱ生かしてはおけねーな」
口論する二人に、状況が飲み込めないマノンの息子。彼はとりあえず、話が解りそうなファティマに話しかけた。
「どうしたんですか、この人?あの、母は無事なんですか?」
「ええ、軽傷だったみたいですぐ帰れるみたいよ。この人は、その、あなたの……元お兄さん?かな?」
「お兄さん……なるほど。あの、お兄さん、立ち話もなんですから、家に寄っていきませんか?紅茶でも飲んで落ち着いてください。久しぶりに会ったんでしょう、母に?」
そして4人はマノンの息子のワゴン車に乗り込み、マノンの自宅へ向かった。
「お兄さん、母は、ずっとあなたのことを後悔していました。何度も僕に、彼を捨てたことを後悔している、だから、あなたにはまっすぐ育ってほしいと、繰り返し話していました」
紅茶を出しながら、息子――ルイスはマノンのことをヴィクトールに説明した。
ヴィクトールの心は嫉妬と羨望と憎悪と居心地の悪い様々な感情でぐつぐつ煮え立っていた。眉間にしわを寄せてマノンとルイスを交互に睨む。ファティマはその様子を見て、刃傷沙汰になりはしないかとハラハラしていた。
マノンはヴィクトールを捨てた真意について語った。
「ヴィクトール、あなたのことは、最初は本当に息子として育てるつもりだったの。でも、私もあの時まだ若かったから、子宮が無いのをいいことにあなたを誘惑してしまった。あれが間違いだったんだわ。あなたに勘違いさせてしまって、急に恐ろしくなったの。私みたいな女を捨てた人間が、あなたと結婚するなんて、そんなこと、許されるはずがないと考えた。だから、あなたに諦めてもらおうと、考えたんだけど、結局、怖くなって逃げてしまった。ごめんなさいね。ちゃんと、結婚はできないって、あなたにちゃんと、向き合えばよかった」
「ごめんなさい」とマノンは深々と頭を下げた。ヴィクトールは「そんなことだろうということはなんとなく察したけどな」と、低い声でつぶやいた。
「でも、母さん、よかったね。死ぬ前に、彼に謝ることができて」
「死ぬ前に?」
ヴィクトールが穏やかではない単語に反応すると、息子は力なく微笑んで、しばし沈黙し、やがて重い口を開いた。
「癌なんです。全身に転移していて、もう自力で歩けないんです」
そういえば、マノンは子宮癌で子宮を摘出していた。やはり全身に転移していたのか。
「保ってあと……何カ月だったっけ?5カ月?って、言われたわ。今会えなかったら、一生会えないままだった。運命だったのかもしれないわ」
マノンは目を伏せ、ヴィクトールとの再会をようやく喜べた。
「てめえ、俺だけじゃ飽き足らずあれからもこんなことを繰り返していたのか。この男もお前は面白半分に……!」
「ちがう!それは違うわ、ヴィクトール。あれから私反省したのよ。後悔しているの。もうあなたにしたあんなことはこの子にはしていない。誓って、この子には手を出していないわ!新しい息子なの。拾ったのではないわ、ちゃんとしたところから里子として引き取ったの!」
「そんな戯言信じられるわけねーだろ!キチガイババア!お前の性根は腐りきってるんだよ!やっぱ生かしてはおけねーな」
口論する二人に、状況が飲み込めないマノンの息子。彼はとりあえず、話が解りそうなファティマに話しかけた。
「どうしたんですか、この人?あの、母は無事なんですか?」
「ええ、軽傷だったみたいですぐ帰れるみたいよ。この人は、その、あなたの……元お兄さん?かな?」
「お兄さん……なるほど。あの、お兄さん、立ち話もなんですから、家に寄っていきませんか?紅茶でも飲んで落ち着いてください。久しぶりに会ったんでしょう、母に?」
そして4人はマノンの息子のワゴン車に乗り込み、マノンの自宅へ向かった。
「お兄さん、母は、ずっとあなたのことを後悔していました。何度も僕に、彼を捨てたことを後悔している、だから、あなたにはまっすぐ育ってほしいと、繰り返し話していました」
紅茶を出しながら、息子――ルイスはマノンのことをヴィクトールに説明した。
ヴィクトールの心は嫉妬と羨望と憎悪と居心地の悪い様々な感情でぐつぐつ煮え立っていた。眉間にしわを寄せてマノンとルイスを交互に睨む。ファティマはその様子を見て、刃傷沙汰になりはしないかとハラハラしていた。
マノンはヴィクトールを捨てた真意について語った。
「ヴィクトール、あなたのことは、最初は本当に息子として育てるつもりだったの。でも、私もあの時まだ若かったから、子宮が無いのをいいことにあなたを誘惑してしまった。あれが間違いだったんだわ。あなたに勘違いさせてしまって、急に恐ろしくなったの。私みたいな女を捨てた人間が、あなたと結婚するなんて、そんなこと、許されるはずがないと考えた。だから、あなたに諦めてもらおうと、考えたんだけど、結局、怖くなって逃げてしまった。ごめんなさいね。ちゃんと、結婚はできないって、あなたにちゃんと、向き合えばよかった」
「ごめんなさい」とマノンは深々と頭を下げた。ヴィクトールは「そんなことだろうということはなんとなく察したけどな」と、低い声でつぶやいた。
「でも、母さん、よかったね。死ぬ前に、彼に謝ることができて」
「死ぬ前に?」
ヴィクトールが穏やかではない単語に反応すると、息子は力なく微笑んで、しばし沈黙し、やがて重い口を開いた。
「癌なんです。全身に転移していて、もう自力で歩けないんです」
そういえば、マノンは子宮癌で子宮を摘出していた。やはり全身に転移していたのか。
「保ってあと……何カ月だったっけ?5カ月?って、言われたわ。今会えなかったら、一生会えないままだった。運命だったのかもしれないわ」
マノンは目を伏せ、ヴィクトールとの再会をようやく喜べた。