第十二話 見捨てられ恐怖症

 咄嗟にエンリーケから体を離すのが、エンリーケが引き金を引くよりわずかに速かった。ヴィクトールの鼻の頭に銃弾が掠め切り傷を作る。
 「チッ。殺れると思ったのに」
 ヴィクトールの脳裏に今朝の悪夢がよみがえる。嫌われた?なぜ?いや、困っているといったな?嘘?何が真実なんだ?なぜエンリーケが俺を殺そうとする?
 「お前が死ねば俺は助かるんだよ。安心しろ。ファティマも一緒にあの世に送ってやるから」
 そう言いながら、至近距離で銃を撃ってくるエンリーケ。ヴィクトールは後ろに左右に飛び退りながら、エンリーケの銃撃を辛うじて躱し続ける。
 ヴィクトールは必死で頭を回転させた。エンリーケの言っていることと行動の真意が読めない。裏切られた?エンリーケが裏切った?お前は絶対俺を裏切らないと約束したじゃないか。あの時、俺はお前と約束したはずだよな?ヴィクトールの絶望感がくるりと裏返され、途端湧き上がってきたのは裏切りに対する憤怒と憎悪だった。
 「てめえ……俺は裏切られるのがこの世でいっちばん嫌いだって、あの時お前に言ったはずだよなあ!!!」
 ヴィクトールはパーカーのポケットから銃を取り出すと、エンリーケを本気で殺すために引き金を引いた。
 「おっとあっぶねえ!へへ、そう来なくっちゃ面白くねえよな!」
 エンリーケはすんでのところで躱したが、頬をわずかに銃で切られた。そして始まったのが本気の殺し合いである。スーパーの駐車場で繰り広げられる撃ち合い。ファティマは車の陰から見ていることしかできなかった。
 「嘘……、ヴィクトールの夢って正夢?なんでエンリーケが裏切るのよ?!別に喧嘩もせず仲良くやってたじゃない……!」
 ヴィクトールは駐車場に停車している車の陰からエンリーケを確実に殺すために銃を撃ち続けた。裏切りは絶対に許さない。裏切られるぐらいなら、見捨てられるぐらいなら、嫌われるぐらいなら、殺してこの世から消してやる。もはや裏切りの理由などどうでもよくなっていた。裏切ったエンリーケは殺す。その殺意しか彼には残っていなかった。
 エンリーケは車の陰に隠れながらヴィクトールを撃ち、徐々に場所を変えていった。彼にとって殺すべき相手はヴィクトールだけではない。ファティマの隠れている車の陰に移動すると、ファティマの背後から襲い掛かり彼女を後ろ手に捻り上げて銃を突きつける。
 「おまえはすぐには死にそうもねえな!じゃあ、まずはこいつから始末させてもらうぜ!」
 「ヒッ!」
 仲良くしていた時のエンリーケに対して、拒否反応を克服していたファティマだったが、今は殺意のせいか、全身が総毛立った。何すんのよ!汚らわしい!!
 「やめろエンリーケ!」
 ヴィクトールの心はファティマを盾にとられたことで再びかき乱された。
 「ならお前も撃つのをやめろ!」
 「離しなさいよエンリーケ!」
 ファティマはズボンのポケットからスプレーを取り出し、目をつぶってエンリーケの顔めがけて噴霧した。先日出来たばかりの催涙スプレーである。
 「うわっ!何しやが……うえええ!!痛ってえ!!!」
 あまりの痛みにファティマを拘束する手が緩んだ。その隙にファティマは車に乗り込み、内側から鍵をかける。
 「ヴィクター!今のうちに!」
 「でかした!」
 ヴィクトールも車に乗り込み、スーパーを後にする。取り残されたエンリーケは、顔を覆って藻掻き苦しんだ。
 「そうだった……。あいつ、やべえ武器いっぱい持ち歩いていたんだった……!ファティマ、クッソお……!」
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