第十話 サイエンス武装

 どうやらファティマは追加の毒物試験紙も作成していたようで、試験紙を持ち歩いているポーチにはぎっしり試験紙が入っていた。
 「いつの間に作ったんだよ?」
 ヴィクトールが訊くと、
 「最初に化学薬品ショップで薬品のボトルいっぱい購入していたのを覚えていない?あれよ、あれ。あたしはいつでもあの薬品と工作用の紙を持ち歩いていないと安心できないの。もうライフワークね」
 と小さな胸を張って見せた。
 「ひょっとして武器を作ったのも、ファティマの薬剤師の知識なのか?」
 「まあ、薬剤師になるまでに色んな勉強するから。薬を扱うから色んな科学実験は一通りやってきたわよ」
 ヴィクトールは心の底からファティマを尊敬した。頭がいいというのは、生きる知恵があるということだ。この逃亡生活も、ファティマがいれば生き延びられるかもしれない。
 「すげえな、お前。いや、マジで尊敬した」
 「ふっふっふ。もっと尊敬なさい!」
 ヴィクトールは内心、「この高飛車なところが鼻につくけど、納得しちまうぐらい実際頭いいんだよなあ……」と複雑な心境になった。

 さて、男性恐怖症克服プログラムは「体に触れる」という段階に入った。まずは話しかけるときに肩を叩くというスキンシップから始める。
 「ファティマさーん」
 ヴィクトールがファティマの正面からファティマの肩を叩いて話しかける。
 「ひっ!」
 「ファティマさーん」
 エンリーケは背後からファティマの肩を叩いて話しかける。
 「ヒャッ!!」
 「そんなびっくりするなよ」
 「ぞわっとするの、ぞわっと!!」
 「じゃあ慣れるまで話しかけるときは触るからな」
 「ええええええええ?!」
 最初は嫌がっていたファティマだが、五日も経過するとだいぶ飛び上がらずに受け流せるようになった。
 「だいぶ慣れて来たみたいだな」
 ヴィクトールがファティマを褒めると、ファティマは少し頬を染め、照れているようだった。
 「ま、まあね。おかげさまで」
 だが、ファティマはハッと思い出したように釘をさす。
 「あ、でも、調子に乗って胸とかお尻とか触ったらぶっ飛ばすからね!それは許可しない!」
 「胸?」
 ヴィクトールは顎に手を当てて考える。ファティマの胴体に視線を落とす。なんの膨らみもない、まな板のように腹部と地続きになっている平らな胸。手の甲でその胸と思しき位置に軽く触れてみる。
 「お前男だから胸も腹も大して変わんねーよ。胸なんか全然ないぞ?どこにあるんだ?触ったって判断付かねーよ。気にすんな」
 すると突然顔面に石のような塊が飛んできて鼻を砕かれた。顔を上げた時に血の付いた握りこぶしを見て、初めて殴られたのだと気づいた。
 「何すんだよ!!」
 「今度胸のこと馬鹿にしたら殺すわよ」
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