第一話 怪しい患者
女性はふっと表情を和らげると、優しい目で語った。
「でも、薬は困難に立ち向かうときに体や心を一時的に強くしてくれます。困難に直面して辛かったら、薬に盾になってもらって病気と闘えばいいんです。それが薬の本当の役割。病気を治すためではないんですね。薬は諸刃の剣だけど、上手に使えば病気と闘ううえで最強の武器になります。辛かったら頼っていいんですよ。病気を治すのは薬ではありません。あなた自身の心です。あなたの心が薬の作用で強くなれたら、きっと病気を倒せますよ」
ヴィクトールは驚いた。こんな言葉をかけてくれる人はそれまで存在しなかった。薬に頼るジャンキーは人間のクズだと思って見下していたし、病気を治すのは薬の作用だと思っていた。辛かったら頼っていい?今まで、そんな優しいセリフを聞いたことがない。ヴィクトールは心の奥底に埋葬した幼い頃のトラウマがホッと熱を持ったのを感じて、思わず涙ぐんだ。
「ありがとう……ございます……」
すると女性はサッと事務的な表情になり、「お会計は83.58ダラスです」と告げた。ヴィクトールは慌てて目尻をぬぐい、支払いを済ませる。
「あの……!」
会計が終わってからヴィクトールは思わず声を掛けた。
「貴女、名前は何て言うんですか?」
女性はきょとんとしながら、「ファティマです」と答えた。
「ファティマ……。ありがとうございます。来月、また」
ヴィクトールは自然と笑顔を浮かべていた。ファティマ。なんて素敵な女性だろう。
「お大事に」
ファティマは深く気にせず次の患者を呼び、次に用意した薬束をテーブルに広げた。
帰宅したヴィクトールは、部屋で出荷作業をするエンリーケに、「なあ」と声を掛けた。
「お帰り。どうした?」
「俺たち、患者の為になってるよな?」
エンリーケは口をあんぐりと開けて、浮かない顔をするヴィクトールを見つめた。
「何言ってんだお前?こんな仕事ジャンキー共相手の金もうけに決まってるだろ。慈善活動じゃねえだろ。金のため。さあ、馬鹿なこと言ってねえでカートに入力しろよ」
「おう……」
ヴィクトールは入力作業の間ずっと考えていた。矢継ぎ早に入る注文を受けて、納品書と宛名シールを次々印刷する。その間もずっと考え続けていた。
(俺のやっている仕事って……何の得があるんだ?なんでこんなに注文が入るんだ?こいつらはなんでこの薬を欲しがってるんだ?そんなに辛い目に遭っているのか?)
微笑むファティマの笑顔がちらつく。
(頼れる人……か……。ファティマ……ねえ……。可愛い、人だったな)
「エンリーケ」
「なんだ?」
「お前がいてくれて、俺は感謝してるぜ」
エンリーケは身震いした。
「何言ってんだお前。気持ち悪!頭でも打ったか?」
ヴィクトールはハアと一つ溜め息をついた。
「頭打つのと同じぐらい、びっくりすることがあったんだよ」
「でも、薬は困難に立ち向かうときに体や心を一時的に強くしてくれます。困難に直面して辛かったら、薬に盾になってもらって病気と闘えばいいんです。それが薬の本当の役割。病気を治すためではないんですね。薬は諸刃の剣だけど、上手に使えば病気と闘ううえで最強の武器になります。辛かったら頼っていいんですよ。病気を治すのは薬ではありません。あなた自身の心です。あなたの心が薬の作用で強くなれたら、きっと病気を倒せますよ」
ヴィクトールは驚いた。こんな言葉をかけてくれる人はそれまで存在しなかった。薬に頼るジャンキーは人間のクズだと思って見下していたし、病気を治すのは薬の作用だと思っていた。辛かったら頼っていい?今まで、そんな優しいセリフを聞いたことがない。ヴィクトールは心の奥底に埋葬した幼い頃のトラウマがホッと熱を持ったのを感じて、思わず涙ぐんだ。
「ありがとう……ございます……」
すると女性はサッと事務的な表情になり、「お会計は83.58ダラスです」と告げた。ヴィクトールは慌てて目尻をぬぐい、支払いを済ませる。
「あの……!」
会計が終わってからヴィクトールは思わず声を掛けた。
「貴女、名前は何て言うんですか?」
女性はきょとんとしながら、「ファティマです」と答えた。
「ファティマ……。ありがとうございます。来月、また」
ヴィクトールは自然と笑顔を浮かべていた。ファティマ。なんて素敵な女性だろう。
「お大事に」
ファティマは深く気にせず次の患者を呼び、次に用意した薬束をテーブルに広げた。
帰宅したヴィクトールは、部屋で出荷作業をするエンリーケに、「なあ」と声を掛けた。
「お帰り。どうした?」
「俺たち、患者の為になってるよな?」
エンリーケは口をあんぐりと開けて、浮かない顔をするヴィクトールを見つめた。
「何言ってんだお前?こんな仕事ジャンキー共相手の金もうけに決まってるだろ。慈善活動じゃねえだろ。金のため。さあ、馬鹿なこと言ってねえでカートに入力しろよ」
「おう……」
ヴィクトールは入力作業の間ずっと考えていた。矢継ぎ早に入る注文を受けて、納品書と宛名シールを次々印刷する。その間もずっと考え続けていた。
(俺のやっている仕事って……何の得があるんだ?なんでこんなに注文が入るんだ?こいつらはなんでこの薬を欲しがってるんだ?そんなに辛い目に遭っているのか?)
微笑むファティマの笑顔がちらつく。
(頼れる人……か……。ファティマ……ねえ……。可愛い、人だったな)
「エンリーケ」
「なんだ?」
「お前がいてくれて、俺は感謝してるぜ」
エンリーケは身震いした。
「何言ってんだお前。気持ち悪!頭でも打ったか?」
ヴィクトールはハアと一つ溜め息をついた。
「頭打つのと同じぐらい、びっくりすることがあったんだよ」