【番外】或る忍者の血塗られた物語

一方地主であるアルストロメリアの父は、娘はもう死んだものと思って生きていました。彼女が帰ってくるようなことがあったとしても、追い返してやるつもりでいましたが、彼女のことが心配な気持ちもあり、複雑な気持ちで過ごしていました。
そんなところへ、娘が大きなお腹を抱えて帰ってきたのです、父は仰天しました。
「お義父さん、赤ちゃんができました。貴方の孫です」
「子供は実家で産んで、お父さんとお母さんに孫の顔を見せてあげたいと思ったの。だから、帰ってきたわ。今まで心配させて、ごめんなさい」
複雑な気持ちを裏切られた気分になった父は、頭に血が上り、娘を殴り飛ばしました。
「この恥知らずめ!お前なんかうちの娘じゃない!娘は何年も前に死んだんだ!娘の亡霊め、とっとと出ていけ!」
そしてあろうことか、アルストロメリアの大きなお腹を蹴り飛ばしました。
クレマチスは慌てて義父を止めに入りましたが、義父はクレマチスも強か殴りました。
騒ぎを聞きつけて母や召使が家から出てきましたが、アルストロメリアは危ない状態でした。大急ぎで馬小屋へ彼女を運ぶと、彼女は流産してしまい、それから何日もたたずに、彼女は亡くなりました。
クレマチスは絶望しました。暗黒に染まった彼の心には、復讐の炎がメラメラと燃え盛りました。
「殺してやる――殺してやる――絶対に、許さない。殺してやるぞ――」

ある夜、クレマチスは義父の寝室に忍び込みました。右手にナイフを携えて。
アルストロメリアの父は殺気を感じると、クレマチスに襲われる寸前で目を覚まし、彼の刃から逃れました。そこで二人は激しくもみ合い、二人とも血だらけになって戦うと、クレマチスのナイフが義父の首を掻き切り、義父は絶命しました。
全てが終わって血に染まった部屋に、クレマチスがぼうっと立っていたのを、別室から駆け付けた召使いや妻は、唖然として見ていることしかできませんでした。
そして操り人形のようにふらふらと彼が立ち去るのを、腰を抜かして見送ることしかできませんでした。

クレマチスは、もう何も失うものがありませんでした。
母は死に、育ててくれた老夫婦は死に、愛する恋人も、顔も見たことのない子供も失い、敵も討った。彼の心は空っぽになりました。
そして、死のう、と考えるのも自然な成り行きでした。
何度も死のうとしましたが、決まって彼は死ぬ間際に発見され、生きながらえてしまいました。
身の回りの大切な人たちはあっけなく死んでいったというのに、なぜ自分は死ねないのだろう。
彼はいつの間にかマロニエ王国にやってきました。そこで、偶然武術大会の噂を耳にしました。
彼は、「誰かが自分を殺してくれるに違いない」そう思ってエントリーしました。
彼にあったのは戦闘経験ではありません。幼いころから肉体を酷使させられ続けた、鍛え抜かれた筋肉しかありませんでした。だから、勝てるはずがない、と思っていました。
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