第十幕

スミレが地下牢に降りていくと、牢屋番が彼女の前に立ち塞がりました。
「こら、ここから先は立ち入り禁止だ」
「ここに、確か今日、クレマチスという男が繋がれたはずだ。彼に会わせてくれないか?」
クレマチスが寵姫と姦通したという罪状は、牢屋番の耳にも入っていました。ですから、彼は「ダメだ」と強い口調で断りました。
「ひょっとして貴女がスミレ殿か?ならばなおのこと、クレマチスに会わせることは許されない。お引き取り下さい」
スミレは牢屋番を睨むと、強引に掴みかかりました。しかし、
「こら!暴れるな!何をしても駄目なものは駄目だ!」
牢屋番はそれなりに凶悪な犯罪者を逃がさないよう鍛えられていましたので、いくらスミレの力が強くても、彼には敵いませんでした。
「クソッ……!」
哀しいですが、諦めることしかできませんでした。スミレは大人しく地下牢を後にしました。しかし、いつかチャンスがあるのではないか、そんな気がしたスミレは、時期を見て再び地下牢に侵入しようと考えました。

翌日、日が高くなって間もなく正午という頃。クレマチスは処刑場に送られました。
処刑は市民の見世物の一つとして催されておりましたので、城の中の者達も、城下町の者達も、物好きな者たちは皆火刑場のある丘に集まりました。
クレマチスは白い木綿のズボンを穿かされ、上半身は裸のまま、いつもの仮面を外され、両手を縄でしばられて、火刑場のある丘まで歩かされました。刑を執行する為の番人や死刑執行人、司祭が彼を取り囲んでぞろぞろと付いてきます。皆無言で歩いていました。
いよいよ自分はこれから死ぬのだ。覚悟したクレマチスの脳裏に、今までの人生が走馬灯のように流れてゆきました。

クレマチスにはかつて、たった一人だけ恋人がいました。恋人の名はアルストロメリアといいました。二人は深く愛し合っていましたが、彼女の父が、クレマチスとの結婚を認めようとはしませんでした。クレマチスは両親を幼い頃に亡くし、非常に貧乏な生活をしていたからです。
それでも諦められなかった二人は、彼女の両親の目を盗み、密かに愛を育んでいました。
やがて、二人は駆け落ちし、遠く離れた町で酒場を経営して暮らしました。
そして、いつしか、アルストロメリアのお腹には、新しい命が宿りました。
既成事実を作ってしまったのだから、きっと父も結婚を許すに違いない。そう思ったアルストロメリアは、大きなお腹を抱えて、クレマチスとともに両親の家を訪ねました。
しかし、妊娠の知らせに父は喜ぶどころか、この恥知らずめ、とアルストロメリアの大きなお腹を蹴り、彼女は流産してしまいました。
そして、アルストロメリアもまた、流産のショックで死んでしまいました。
クレマチスはショックで荒れた生活をしていました。そこへ、マロニエ王国が武術大会を行うという知らせが彼の耳に入りました。優勝者はお城で働かせてもらえるということです。
クレマチスは死ぬつもりで大会に出ました。しかし、あろうことか、結果は準優勝でした。
その闘いぶりをヘンルーダに見出されたクレマチスは、素顔を隠し、ヘンルーダの忍び軍団の一人に迎え入れられることになりました。
2/4ページ
スキ