第一幕

魔王は驚きのあまり固まりました。スミレもそばに侍していた侍女も驚きのあまり言葉が出ません。
魔王もスミレも、人間と魔族の間に子供ができるとは思っていなかったので、子供の件については諦めていました。魔王は魔族。寿命が長いので、世継ぎはスミレの寿命が終わったあとにでも後妻を貰ってできればいいと、二人はお互いに確認していました。ですから、まさかこんなに早く子供ができるとは夢にも思いませんでしたし、スミレの身体のほうも、一ヶ月以上月の知らせが来なかったことを少しも不思議に思っていませんでした。ですから、今になって初めて自分の身体の変化に思い当たることが沢山思い起こされて、スミレは成る程と両手を打ちました。
「なるほどな……合点がいった。そうか……よかった。未だあまり実感がないが、よかった……な、魔王?」
思わず口がほころぶのを抑えられないスミレは、恥ずかしそうに魔王を見やりました。魔王は未だ固まっています。固まっていますが、目線だけは下を向いているようです。何か考えているのでしょうか?
「おい、魔王。喜べよ。諦めていた世継ぎだぞ?……嬉しくないか?」
スミレが肘で小突くと、漸く魔王の時が動き出しました。
「う?うん……そうか……私は、父親になるのか………悪くないな……」
魔王は徐々にニヤニヤし始め、嬉しさを噛み締めているようでした。
スミレは初めての悪阻というものに自信がなく、カトレアに色々と質問しました。
「なあ、カトレア。わたしは全く食欲がなくて、このままでは餓死しそうなんだ。どうにかならないか?」
カトレアはカッカッカと笑い、
「それはおそらく、食べないから気分が悪いのじゃよ。何でもええ、食べられそうなものを片っ端から食べてみよ。スミレ様は食べたほうがええ」
と、意外なアドバイスをしました。
「え?だって……本当に何も食べられないんだが……」
「葡萄でもトマトでも、何でも食べたほうがええ。聞いたことはないかな?酸っぱいものが食べたくなるものじゃ。今まで苦手だったものでも食べ始められたらええ」
スミレは今になって、母親や友人たちの出産経験の話を避けてきたことを後悔しました。初めて聞くことだらけで、戸惑いました。
「そうか……ならば、これから調理場にいって色々試してみよう。いや、貴重な話をありがとう、カトレア」
「子を持つ母親などいくらでもおるじゃろう。妊娠出産は十人十色。色々話を聞いてみられることじゃ。きっと上手くいくはずじゃよ。どんなお辛いことがあってものう……」
カトレアには、何か未来が見えているようでした。ですが、そんな含みのある言葉も、今の喜びに満ちた魔王たちには届きませんでした。
「お、男か、女か、判らぬか?!」
「それは秘密にしときますじゃ」
「つれないな、カトレア。重要なことだろう?」
カトレアは立ち上がり、
「スミレ様の母体のケアをする者を雇われるといいじゃろう。きっと力になるはずじゃ」
そう言うと、「儂はそろそろ失礼しますじゃ」と、魔界に帰っていきました。
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