第七幕

「そう言えば、お前、名前は?」
スミレの問いに、男は、
「申し遅れました。俺は、クレマチスといいます」
と、名乗りました。
「もしかしてお前、あの時私と戦おうとしなかった奴か?」
スミレはやっと声と記憶が結び付きました。あの時棒立ちで麻薬の香を焚いて見守っていた男が、確かこんな声だった、と。
「はい。貴女のお腹が大きいことが分かったら、戦えなくなりました」
スミレの警戒心はいつの間にか解けていました。男は、ほんの思い付きを話し出しました。
「あの、もし、もしも、本国に帰る手段があったとしたら、スミレ様は……」
そこまで言うと、スミレは空いた片手でクレマチスの手首をガシッと掴み、
「なに?!本国へ、帰れるのか?」
と声を被せました。本当はクレマチスは、「もし帰る方法が見つかったなら、自分を許してくれるかどうか」それだけ聞きたかっただけだったのですが、スミレに真剣な目で見つめられたら、なんだか気圧されてしまい、
「か、確証は持てませんが、探してみます。……いつか必ず帰れるよう、俺が何とかいたしましょう」
と、約束してしまいました。
「何とか、できるのか?」
「……やれると思います。俺は、忍びですから」
クレマチスは、流れで約束してしまったものの、それが自分にできる精一杯の罪滅ぼしかもしれないと思いました。

サイプレス城の寝室で伏せる魔王は、意識があるうちは黒真珠の耳飾りに話しかけ、スミレの声を聴いていました。
「あの下衆め……!クソッ!スミレ、スミレ……!!!」
魔王の会いたい気持ちは、胸が張り裂けんばかりでした。
愛しい女が寝取られる様を、指をくわえて聴くことしかできない。
でも、スミレの声が聞こえるから。
魔王は耳飾りを外すことができず、寝床で涙を流し続けていました。
許せん、ヘンルーダ。絶対に許さんぞ。この世で一番むごい方法で、永遠に苦しめてくれる……!
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