第一幕

魔界へ飛び出した魔王は、二~三時間もすると城に戻ってきました。その後ろに見慣れぬ一人の老婆を引き連れて。
「紹介しよう。我が妃のスミレだ。貴様は初めて見るだろう」
「おお、顔は知っておったが、お会いするのは初めてじゃ」
老婆はまるで魔法使いのお婆さんのような真っ黒いローブに身を包み、目深に被ったフードの奥かららんらんとした鋭い眼光を光らせた気味の悪い人物でした。
ですが、一応来客です。だらけた姿をしていたスミレは姿勢を正し、老婆に一礼しました。
「スミレ、こいつは千里眼の婆として魔界では有名な婆さんだ。こいつにかかればスミレの病気がなんなのかすぐに観てくれよう」
千里眼の婆と呼ばれた老婆は深々をスミレに礼をしました。
「お初にお目にかかります。千里眼の婆ことカトレアでございます。お妃様にはご機嫌麗しゅう……」
長々とした礼が始まりそうだったので、スミレはいいところでカトレアを止めました。
「ああ、いいよいいよ、わたしはそんな高貴な出じゃ無いから、気にしなくていい。わたしはスミレだ。あなたはわたしの病気を診にきてくれたのだな?それは遠路遥々ご苦労だった」
そう言って、スミレはカトレアにソファーに座るよう勧めました。本当は具合が悪くて堪らないので、ソファーに座って楽になりたかったのです。
「もう魔王から聞いたかもしれないが、わたしは最近調子が悪くてな、すまないが、もう、座ることにしよう。立っているのが辛いんだ」
そのとき、カトレアの目が急にカッと見開かれました。スミレは少しだけびっくりしました。
「ど、どうかなさったか?」
「……ふむ……いや……まあ、その話はあとじゃ」
カトレアは言葉を濁すと、ニヤニヤと笑みを浮かべました。スミレは気持ち悪いと思いましたが、魔族だから仕方ないと、我慢しました。
カトレアは勧められたイスに腰掛け、魔王はスミレのソファーに一緒に座りました。侍女がすかさず魔王たちに茶を出しました。魔王が茶を一口啜ると、話を切り出しました。
「で、だ。スミレはどんな病にかかっているのか、観てはくれまいか。スミレは死ぬかもしれんとまで言っているんだ。まさか死ぬようなことはあるまいな?」
すると、カトレアはカッカッカと高笑いをあげました。
「まあ、そうじゃのう、下手をしたら死ぬじゃろう」
魔王もスミレも侍女も、カトレアがとんでもないことを言うのでびっくりしました。
「わ、笑い事ではない!それは一体どんな病気なんだ?!」
魔王が今にも掴み掛からんばかりに怒鳴ると、カトレアはなおも高笑いをあげ、
「おめでたじゃよ」
と告げました。
スミレと侍女は絶句しました。魔王は言葉の意味が読めず、
「スミレが死ぬかもしれないというのに、めでたいだと?!」
と激昂しました。スミレは魔王の袖を引っ張り、首を振りました。
「違う、違う。めでたいんじゃなくて……おめでただ。つまり、わたしは………」
そこから先は恥ずかしくなって、スミレは黙りました。カトレアが察して言葉を継ぎました。
「スミレ様はご懐妊なさってるんじゃよ。お腹に、おぼこがおるんじゃ」
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