第一幕

ある夏の日のことです。スミレは城の一室のソファーに体をあずけ、ぐったりしていました。そのみっともない姿に、同じ部屋にいた魔王は目を覆って諌めました。
「スミレ……お前の女らしさなんて今更求めんが、そのだらけた姿はなんとかならんか。みっともない。仮にもお前は私の妃なんだぞ?」
ソファの背もたれに頭をあずけ、口をだらしなくぽかんと開けて天井を見ていたスミレは、ゆっくりと顔を起こしました。
「そんなこと言われてもな……ここ数日気持ち悪くて死にそうなんだ。ほとんど何も食ってない」
「お前は最近それしか言わないな。お前の為に料理も変えてやったのだが、それでも駄目か?」
数日前、スミレが不調を訴えたので、城の料理人たちはスミレの為に魔界の食材を使うのをやめ、村でとれた新鮮な食材を使うようにしました。それでもスミレの不調は治らなかったので、料理人たちは困り果て、スミレに少しでも食べてもらおうとあの手この手を使ったのですが、スミレはこの有様なのです。結局スミレはここ数日キャベツしか食べていませんでした。
「わたしは胃腸の病気にかかったのだ。もうすぐ死ぬかもしれん」
スミレが死ぬ。それを聞いて魔王は慌てました。
「スミレ?!死んでしまうのか?!」
「このままだと確実に死ぬな。餓死だ」
大切なスミレが死んでしまうかもしれない。魔王は青くなって魔界への扉を開きました。
「待っていろスミレ!お前を死なせはしない!魔界からいい奴を連れてきてやる!死ぬなよ?!待ってろよ?!いいな?!」
魔王は指を指して念を押し、魔界への扉をくぐりました。
「医者に診せても何の異常もなかったんだ。魔族に何ができるんだ……」
スミレはまたぐったりと頭を背もたれにあずけました。この姿勢をしていると、吐き気が少しまぎれる気がするのです。

魔王とスミレが出会った村人の失踪事件。あの事件が解決してから二年ばかりの間に、実に沢山の出来事がありました。
第一に城は村役場になり、今では村の人間たちが城で魔族たちと一緒に働いています。
第二に、魔王とスミレは結婚をし、スミレは正式に魔王の妃になりました。
第三に、村はセコイア王国から半分独立し、メタセコイア自治区として魔王の土地として認められました。この件については後に詳しくお話ししましょう。
他にも様々、色んな出来事があり、魔王たちは忙しい毎日を送っていました。
魔王とスミレは出会った頃に比べたらずっと穏やかになりましたが、相変わらず仲が良すぎてしょっちゅう喧嘩ばかりしていました。そして喧嘩したことを後悔する度にまた一段と仲が良くなるのです。
こののどかな幸せが、ずっと続くかに思えました。誰もが皆、そんな幸せを望んでいました。
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