遠距離両片想い

 KENには家庭があったようだった。妻の自慢の料理の感想を写真付きでアップするKENの投稿に、Mayuはしばしば嫉妬する。
 「KENさん奥さんとラブラブなんだなあ……。まあ、私も旦那と子供いるしなあ。でも、見るの辛い」
 Mayuはささやかな仕返しとして、子供の顔をスタンプで消した写真をアップし、幸せをアピールする。
 「Mayuさん子供おるんか。まあ、うちにも子供おるけど、なんか辛いなあ。まあ、しゃーないわな」
 お互いがお互いの生活に抱く小さな嫉妬。しかし、共通の趣味の話になると、そんなものはどこかに吹き飛んでしまう。DMチャットで時間を忘れてメッセージを交わしていると、また昔のように楽しい時間が始まる。
 二人にとって、そんな時間がかけがえのない生きる希望になっていた。

 時は流れ、30年後。二人は時々電話やメールで連絡を取る関係を続けていた。SNSが何度も閉鎖し、何度連絡が途絶えても、二人は不思議とお互いを探し出し、連絡を取り続けていた。
 子供は大きくなり、孫もできた。そしてMayuの夫が他界して、Mayuは東京で一人生活していた。
 Mayuの老人向けスマートフォンに、一件のメールが届いた。
 ≪まゆさん、明日、東京に行きます。いかがですか、会いませんか?≫
 KENからだった。突然の「会いませんか?」の誘いに、Mayuは驚いた。
 ≪そんな、急に言われても困ります。頭は白髪だらけだし、顔はしわくちゃだし、がっかりしますよ。≫
 ≪僕もしわくちゃだし、つるっぱげです。笑 でも、せっかく東京に行くんです。まゆさんに会ってみたいな≫
 Mayuは大急ぎで美容院の予約を入れた。白髪と取れかけのパーマだけでも整えなくては。

 東京・巣鴨。Mayuがとっておきののワンピースに身を包んで待っていると、中折れ帽に灰色のスーツを着た老紳士が目の前に現れた。
 「まゆさんですか?」
 「はい……けんさんですか?」
 「初めまして。けんです」
 「初めまして……まゆです」
 40年以上昔からの知り合いなのに、「初めまして」と言うのがなんだか可笑しくなって、二人は笑った。
 「そうだ……これ、どうぞ」
 KENは細長い紙袋をMayuに差し出した。
 「何ですか、これ?」
 「”花筏”です。昔美味しいって喜んでいたから、また買ってきました」
 それはかつてKENが一度Mayuに送った日本酒・”花筏”だった。
 「あ……ありがとうございます!あのお酒の瓶、可愛いからまだ宝物なんですよ」
 「まだ持っていたんですか?ありがとうございます」
 KENはMayuが中身を確かめると、「重いですから、帰りまで僕が持ちますね」と、紙袋を持ち直した。
 「今日は私が東京をご案内しますね。あ、そうだ。映画も観に行きましょう」
 「よろしくお願いします」
 KENはMayuの手を握り、にっこり微笑んだ。
 MayuはハッとKENを見上げ、そのまぶしい笑顔に頬を染めると、うつむいて歩きだした。
 「熊さんが映画で団子を食べた団子屋さんに行きましょう」
 「おお、いいですね」
 そして二人は歩き出す。決して交わることのなかった二人の人生が、今ようやく一つに重なった。

END.
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