【番外】涙と滲む姿と秘めた恋と向日葵
しばし、沈黙が訪れました。
ライラックは悩みました。本当は、自分がもっと年上で身分もあったら、真っ先にスミレを娶りたかった。でも、彼にはまだそんな自由も選択権もありませんでした。だから、ただうつむいて、唇をかみました。
ライラックは、話を変えることにしました。何か、スミレが幸せになるような手がかりはないかと。
「スミレ、お前は誰か好きな人はいないのかよ?」
この質問はライラックにとってはとても辛い質問でしたが、どんな返答が返ってきても受け止めるつもりでした。すると、スミレはあっさりと、「いたよ」と答えました。
「だ……だれ?どんな人?」
「ふっ……、もう、いいんだ。終わったから」
『おわった』との答えは彼にとって予想外でした。どういう意味か訊ねると、
「もう、諦めたから、いいんだよ。ただ一方的に、ちょっと好きだっただけ。でも、どうせ私は道具だから叶わない。だから、もういいんだ」
それはとても悲しい答えで、彼はどう受け止めたらいいかわかりませんでした。
「俺の知ってる人?」
「いや、まったく関係ない人さ」
「好きだって、伝えたのか?」
「まさか」
ライラックが想像していた以上に、スミレは恋愛に悲観的になっているようでした。ライラックは思わず泣きそうになるのをぐっとこらえて彼女の嘆きに耳を傾けました。
俺がそいつだったら、君の気持ちなんていち早く気付いて、君と駆け落ちでもしてやったのに。
絶対に、幸せにしたのに。
しかし彼女の心は自分にはないということは感じていたので、そんな言葉は胸に秘めていましたが。
ライラックは人の話を聞くとき、目を合わせないで俯いたまま聞く癖がありました。話すときも、時々俯いてしまいます。それはよくない癖だとよく注意されるので、たまには意識して顔を上げるのですが、スミレが相手だと複雑な思いから、どうしても顔を上げることが出来ませんでした。スミレは彼のそんな癖は慣れていましたので、スミレも気にせず彼と目を合わせずに話しました。
「スミレは、どんな人だったら結婚してもいいと思う?」
彼は無難に質問しました。
「そうだな、やっぱり強い奴がいいな。あとハートも強くて男らしいほうがいい。もちろん美形に限る」
そこでスミレははじめてくすっと笑いました。ライラックもつられて俯いたまま笑いました。
「そこ重要だな」
「もちろん」
二人は笑いあいました。向日葵が風に吹かれてざわめきました。初めて空気が晴れた気がしました。
「スミレより強くないとだめ?かっこよくても?」
この質問に、スミレはライラックの目を見て苦笑いの形に顔をゆがめたまま答えました。
「わたしより弱い奴なんか尊敬できるかよ」
その一言が、何故だか彼の心を深く貫きました。
ライラックはいまだにスミレと戦って勝ったことがありません。ですから、その一言はそれそのものが、彼を恋愛対象外だという決定打になってしまったのです。
ライラックはまた目を逸らせて俯きました。傷ついている顔を見られたくなかったのです。そして苦し紛れに茶化して見せることで場の空気を散らしました。
「そんな怪物いるかよ。お前みたいな怪物女に勝てる奴なんて本物の化け物だよ」
「ははっ、かっこいい化け物だったら私は別にいいかもしれないな!」
ライラックはちらりとスミレの顔を見ました。どうやら、先程の苦しそうな顔はほぐれたようです。
「じゃあ、俺は帰って勉強しなくちゃ。……スミレが笑ってくれてよかった」
「ん?ああ、じゃあな」
立ち上がり、土手を登ろうとするライラックを見上げ、スミレは素直に感謝しました。
「……ありがとう」
ライラックは聞こえないフリをしました。
土手を登りきって街道に上がると、ライラックはいまだ彼女が寝転がる土手を見下ろしました。
その視界はいくら目をこすってもぼやけて、向日葵も大好きなあの子もにじんでよく見えませんでした。
おしまい。
ライラックは悩みました。本当は、自分がもっと年上で身分もあったら、真っ先にスミレを娶りたかった。でも、彼にはまだそんな自由も選択権もありませんでした。だから、ただうつむいて、唇をかみました。
ライラックは、話を変えることにしました。何か、スミレが幸せになるような手がかりはないかと。
「スミレ、お前は誰か好きな人はいないのかよ?」
この質問はライラックにとってはとても辛い質問でしたが、どんな返答が返ってきても受け止めるつもりでした。すると、スミレはあっさりと、「いたよ」と答えました。
「だ……だれ?どんな人?」
「ふっ……、もう、いいんだ。終わったから」
『おわった』との答えは彼にとって予想外でした。どういう意味か訊ねると、
「もう、諦めたから、いいんだよ。ただ一方的に、ちょっと好きだっただけ。でも、どうせ私は道具だから叶わない。だから、もういいんだ」
それはとても悲しい答えで、彼はどう受け止めたらいいかわかりませんでした。
「俺の知ってる人?」
「いや、まったく関係ない人さ」
「好きだって、伝えたのか?」
「まさか」
ライラックが想像していた以上に、スミレは恋愛に悲観的になっているようでした。ライラックは思わず泣きそうになるのをぐっとこらえて彼女の嘆きに耳を傾けました。
俺がそいつだったら、君の気持ちなんていち早く気付いて、君と駆け落ちでもしてやったのに。
絶対に、幸せにしたのに。
しかし彼女の心は自分にはないということは感じていたので、そんな言葉は胸に秘めていましたが。
ライラックは人の話を聞くとき、目を合わせないで俯いたまま聞く癖がありました。話すときも、時々俯いてしまいます。それはよくない癖だとよく注意されるので、たまには意識して顔を上げるのですが、スミレが相手だと複雑な思いから、どうしても顔を上げることが出来ませんでした。スミレは彼のそんな癖は慣れていましたので、スミレも気にせず彼と目を合わせずに話しました。
「スミレは、どんな人だったら結婚してもいいと思う?」
彼は無難に質問しました。
「そうだな、やっぱり強い奴がいいな。あとハートも強くて男らしいほうがいい。もちろん美形に限る」
そこでスミレははじめてくすっと笑いました。ライラックもつられて俯いたまま笑いました。
「そこ重要だな」
「もちろん」
二人は笑いあいました。向日葵が風に吹かれてざわめきました。初めて空気が晴れた気がしました。
「スミレより強くないとだめ?かっこよくても?」
この質問に、スミレはライラックの目を見て苦笑いの形に顔をゆがめたまま答えました。
「わたしより弱い奴なんか尊敬できるかよ」
その一言が、何故だか彼の心を深く貫きました。
ライラックはいまだにスミレと戦って勝ったことがありません。ですから、その一言はそれそのものが、彼を恋愛対象外だという決定打になってしまったのです。
ライラックはまた目を逸らせて俯きました。傷ついている顔を見られたくなかったのです。そして苦し紛れに茶化して見せることで場の空気を散らしました。
「そんな怪物いるかよ。お前みたいな怪物女に勝てる奴なんて本物の化け物だよ」
「ははっ、かっこいい化け物だったら私は別にいいかもしれないな!」
ライラックはちらりとスミレの顔を見ました。どうやら、先程の苦しそうな顔はほぐれたようです。
「じゃあ、俺は帰って勉強しなくちゃ。……スミレが笑ってくれてよかった」
「ん?ああ、じゃあな」
立ち上がり、土手を登ろうとするライラックを見上げ、スミレは素直に感謝しました。
「……ありがとう」
ライラックは聞こえないフリをしました。
土手を登りきって街道に上がると、ライラックはいまだ彼女が寝転がる土手を見下ろしました。
その視界はいくら目をこすってもぼやけて、向日葵も大好きなあの子もにじんでよく見えませんでした。
おしまい。