【番外】乙女心とライラック

ライラックはそのまま城をあとにしました。残されたスミレの心に、大きなわだかまりを残して。
スミレは今まで恋人などできたことがありませんでしたし、好きだと言われたことも無かったので、魔王と恋人になることができて、自分の幸せのことしか考えませんでした。ですから、誰かの幸せの陰には、誰かの涙が流れているものだということを今初めて知り、ひどく心が痛みました。
もっと早く教えてくれたなら、もっと違った今があったでしょうに。
呆然としながら、スミレは彼の幸せをただ祈ることしかできませんでした。
それからしばらく、スミレは複雑な想いで過ごしました。魔王に優しくされるたび、心がちくちく痛みます。
魔王とは結婚の約束をしていました。スミレは結婚の日を楽しみに思う反面、ライラックのことが気がかりでした。
そんなある日を境に、再び城の中でライラックの姿を見るようになりました。
スミレはドキッとして彼と顔を合わせることができず、隠れていましたが、どうやらハルジオンとよく話をしているようです。
気になったので、ある日、ハルジオンにそのことについて訪ねました。
ハルジオンは、
「ライラック?ああ、仲良くしとるよ。あたしたち、つき合うことになったんや」
と、あっけらかんと暴露しました。
「あたし、相手は人間でも魔族でも気にせんし。あの人、いい奴やんなあ」
スミレは驚愕しました。あれからそう何日も経ったわけではありません。何よりスミレはまだ心の傷が癒えていません。しかし、親友のハルジオンの幸せです。スミレは引きつった笑みに顔を歪め、
「そうだったのか、いや、おめでとう。お幸せにな」
と、喜んでみせるので精一杯でした。

廊下をつかつかと足早に歩き回り、スミレは胸の内に沸き起こった複雑な想いをどこにぶつけようかとイライラしていました。
ライラックの幸せはおめでたい。それが親友のハルジオンだということは喜ばしい。しかしどうにも釈然としません。
「わたしのことを好きだと言った、その舌の根も乾かぬうちに……あの野郎………!!」
スミレはライラックの気持ちが少し嬉しかったので、魔王とライラックに愛されるなんてどうしよう?と、迷うことが少し楽しかったのです。しかし当の彼はすぐに新しい幸せを見つけたのです。そんな迷いを意外な形で打ち砕かれ、裏切られた気持ちになったスミレは、そばにあったガーゴイルの銅像に八つ当たりしました。
「なんなんだあいつは!無茶苦茶じゃないか!わたしにどうしろというんだ!あの野郎!あの野郎!」
すると、魔王の手下のガーゴイル型の魔物に咎められました。
「ちょっとちょっと、やめてくれよ。その銅像、俺のお気に入りなんだ」
「あ、ああ……すまんな。ちょっと……な」
八つ当たりの対象を奪われ、スミレはまたイライラと廊下を歩き回りました。
「もう絶対口利かない。あの野郎。絶対許さん。なんかよく解らんがムッッカツクーー!!」
普段男のように振る舞っているスミレですが、複雑な乙女心も持ち合わせていたようですね。

おしまい。
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