第六幕

「アスター。貴様やってないだろうな?」
「滅相もございません。魔王家に仕えて二百年。私が魔王様に罪を着せるなど考えたこともございません」
「うーん……だろうな。アスターがやるわけがない」
魔王の城では、魔王に濡れ衣を着せた犯人探しが行われていました。魔王の城には二百ほどの魔族や魔物が棲んでいましたが、引っ越しの時、魔王は気の置けない下僕だけを集めて連れてきたつもりだったので、見覚えのないもの、怪しいものは居ないはずでした。ですから、いくら探しても怪しいものは見つかりませんでした。
「第一、魔王様が村を襲って誰が得をするのです?魔王様は人間の肉がお好きではない。そんなことはこの城のものなら周知の事実です」
ジギタリスという魔物が、指摘しました。
「そうなんだ。私は村一つ襲っても何も面白くない。奴隷にも困ってないし、食用にもならんし。いたぶって遊ぶのは楽しいかもしれんが…」
「だが、この城に居ないとしたら何を疑えば良いのだ?村人が失踪しているのは事実だぞ?」
スミレはあくまでもこの城の魔物を疑いました。魔王が現れるまでこの辺りは平和で、失踪事件の噂など聞いたことがなかったからです。
「誰か嘘をついているものが居るんだ」
「では訊くが、スミレ、村人が魔物に襲われたところを見たことがあるのか?見たことがあるならどんな姿かで犯人がわかるが、見たのか?」
魔王に訊かれて、スミレは言い返せませんでした。
「いや、見たことはない……やつらは見えないところで動いているんだ。居なくなったものがいる、という話はよく聞くのだが……」
「それでは探しようがない」
ジギタリスは一つため息をつき、
「では、最近村に降りたものが居ないか、改めて聞いて回りましょう」
と、部屋を出て行きました。
「魔王。貴様は人間を食べないというが、魔物の中に人間を食べるものがいるんじゃないか?」
スミレの疑問に、魔王は難しい顔になりました。
「確かにいないわけではない。だが、魔界から送らせている食料でこの城の消費は完全にまかなえていると思っている。そんなに飢えているものがいるだろうか?」
スミレは驚きました。そういえば自分がここ数日で食べてきた料理の材料はなんだったのでしょう。ですが、とてもおいしい料理だったので、考えるのをやめました。
「真実を知ったら吐いてしまいそうだ」
「ん?何か言ったか?」
「なんでもない。そうだな。おいしい料理だし、わざわざ人間を襲うほうがおかしいよな」
魔王は「とりあえずジギタリスの報告を待とう」と、難しい顔で玉座に座り直しました。
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