主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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白龍ことキジャと旅を始めて早々ハクは彼を弄り始めた。
「白蛇様、お疲れでしょう、慣れない旅は。」
「もう一度白蛇と呼べばその喉掻き切るぞ。これしきで疲れるか。」
「やー、そろそろ里が恋しくなった頃かなーと。」
「何を言う、姫様が私を望まれたのだ。もしもの時はそなたを守れとな。」
「箱入り坊ちゃんが闘えますかねぇ。」
2人はヨナを挟んで言い合っていて、彼女は呆れて拳を上に突き上げた。
それは見事にハクとキジャの顎にぶつかる。
「しずまれい。」
『姫様、お見事です。』
「これから一緒に旅するんだからモメないの。」
「申し訳ありません、姫様。」
「ハク!キジャは初めて外に出て不安でいっぱいなんだからいじめない!
キジャ!ハクのいじめっ子は趣味だから気にしない!」
『ハハハハッ、趣味だって。』
「リン…俺の拳が飛ぶぞ。」
『あら、怖い怖い。』
「キジャ、俺は天才美少年ユン。
他の龍の気配わかるんだよね?一番近いヤツ教えて。」
私が開く地図をユンが覗き込みながらキジャに問う。
彼の方が四龍の居場所については私より正確だろうから特定は彼に任せよう。
「最も近く感じるのは…おそらく青龍…」
「へぇ、誰がいるとかわかるんだ。どこ?」
「そうだな。向こうが何かもやっとする。」
「場所は見事に大ざっぱだね。」
『ごめんなさいね、ユン。私も青龍を感じてはいるけど、場所を特定するのは無理みたい。
白龍の時も里に入ってやっとここだって確信が持てたくらいだもの。』
「そうなんだ…」
「案ずるな。皆私の後をついてまいれ。」
「案ずるよ!生まれて初めて外出たヤツについてくのは案ずるよ!」
気配に従ってキジャが歩き始めると、ユンが不安そうに言い返した。
だが、キジャはそれが気に喰わなかったようだ。
「外に出ずとも外の事くらい知っている。
我が一族は各地に飛んで国の情報を集めていたのだから。」
その瞬間、彼は足を滑らせて小さな穴に落ちてしまった。
それほど深くはないが、穴の中にはたくさんの虫。
「なななな何だ、この者達は!誰の許しを得てこんな所に居を構えているのだ!?
ま、待て…よせ…それ以上は…あっ、いやぁあああああ!!!」
『はぁ…』
「白龍様は最後尾をのそっとついて来な。
気配を辿るのはリンに任せようかな…」
『私よりキジャの方が四龍に対する気配なら確実かもしれないけどね。』
私は溜息を吐きながら自らの両手の爪を解放した。そしてキジャが落ちた穴に歩み寄る。
『キジャ…刻まれたくなかったら一瞬だけ身体を屈めてじっとしなさい。』
「え…?」
私は彼を睨みじっとさせると手を振るい風で虫を散らした。その間に彼の手を掴んで引き上げる。
「た、助かったぞ…」
『情けない…』
「龍神様は虫より弱いんですねぇ。」
「ちっ違う!私はワサワサモサモサニュルニュルした物が嫌いなだけだっ!
我が力は誇り高き白き龍より賜りし神の力。常人のものと思うな。」
「まぁ、何でもいいさ。埃かぶった古の力なんぞアテにしてねェんで。」
「何っ…ならばこの場で試してみるか!?」
「ほぅ…」
穴から出た途端にキジャは元気になってハクに詰め寄っていく。
私がユンと共に呆れていると何かの物音を聞き取った。
「リン?」
『誰か来る…』
「え!?」
『ハク!キジャ!!』
「どうした。」
「焦ったように呼ばずとも聞こえている。」
『足音がする。数は50くらいかな…』
「黒龍はそこまでわかるのか…」
その頃になって漸くハクとキジャも気配に気付き戦闘体勢に入った。
「姫さん、隠れて。誰か来る。」
「誰かって誰さ?」
『品のいい足音ではないわね。』
「ヤバイよ。ここ火の土地のご近所さんなんだから。」
「火の部族は敵か?」
『まぁ、ほぼ敵ね。』
「ハク、弓使っていい?」
「師匠(先生)は許しません。隠れてなさい。」
ヨナとユンが木の陰に荷物を持って隠れたのを確認したそのとき、私達は背後から声を掛けられた。
「おい、こんな所にエモノがいたぞ。」
「なんだよ、大したモンは持ってなさそうだな。」
「…なんだ、山賊か。」
「なんだとはなんだ?」
『絡まれると面倒な連中よ、キジャ。さっさと片付けたいところね。』
すると山賊が隠れているヨナとユン、そして私を見てニヤリと笑う。
「あっちに女が2人…そのうえここにいる姉ちゃんはメッチャ美人だぜ?」
「この兄ちゃんなんか良い身なりだし売れそうなツラしてやがる。」
男が一人キジャの頬をナイフでぴしぴしと叩く。
私はハクの背後に隠されていた。彼はキジャのように私が絡まれるのから守ってくれているようだった。
「おい、まだそなたらの詳しい事情を知らんのだが…とりあえず刻んで構わんのだろう?」
「隠れてても構わんよ。」
「誰が。」
キジャは笑うと右手に力を込めた。
それを山賊は怖がって震えているのだと考えたらしい。
「ん?何だ、兄ちゃん。震えてんのか?
心配すんなって。大人しくしてりゃ殺したりしねーから。」
その男はキジャの右手に触れて、その熱さに悲鳴を上げた。
「うわッ!!」
「どうした?」
「わかんねーけどこいつの手、沸騰してるみてェに熱い。」
「はあ?何バカ言って…」
するとキジャが笑いながら顔を上げた。右手は脈打っているかのようだった。
「不用意に…触れぬほうがよいぞ。」
そして解放された右手はとても大きく人なんて簡単に握りつぶせそうだった。
「数千年…主を守る為に待ちつづけたこの力…私でさえ抑えがきかぬ。」
「うわぁあああ!?」
「何だあの腕!?」
「待たせたな、白き龍の腕。」
キジャは腕を振るって一瞬にして数人の山賊を切り裂いた。
「ば…化物だあぁああ!!」
血を撒き散らす姿に私達でさえ言葉を失う。だがすぐ私とハクは笑った。
―あれが龍の爪の力…!!―
「顔に似合わずエグイねぇ。」
『でもどこか美しい…流石白龍ね。』
「まだ…まだ足りぬ…それでハクとやら。姫のご命令通りそなたも守ろうか?」
「お構いなく。間に合ってるんで…!!」
ハクは大刀を覆っていた布を外し笑い、私は剣を握った。
「爪は使わないのか?」
『片手は爪でやる…この力はあまり使わなくていいでしょう?』
「ふぅん…」
『だって私にはイル陛下から戴いたこの剣があるんだから。
わざわざ人間相手に龍の爪を見せ付けなくてもいい、他の戦闘手段があるなら。』
そう言って私達は互いに笑みを交わすと敵に向かって行った。
豪快に大刀を振るうハク、そしてどこか優雅に剣で山賊を切りながら舞い踊る私。
「な…何だこいつら!」
「普通じゃね――っ!!」
「失敬な。普通じゃねーのはそっちの白蛇とお嬢だけだろ。」
『あら、失礼ね。』
そのときキジャの爪がハクの目の前を通り過ぎた。
「っと…どーこを狙ってますか、白蛇様。」
「もう一度白蛇と呼べば喉を掻き切ると言ったはずだ。」
「気にすんなよ、趣味なんだから。」
『それにしてもキジャ、ちょっと興奮しすぎじゃない?目立ちすぎ。』
「姫をお守りするのが至上の喜び。ハクとやら、そなたこそ大刀が邪魔だ。」
「四龍ってのは一途だねぇ。」
「ではそなたは何の為に姫を守るのだ。」
「…会ったばっかの他人に話すか、バカ。」
ハクはキジャに向けて舌を出した。
「バッ…バカだと!?」
『無駄口を叩かないで、キジャ!』
私とハクは足を踏み変えると互いに背を預けて目の前の敵を片付ける。
その様子にキジャも目を丸くした。まるで見惚れているかのように。
―こやつ非力な人間と思っていたがなんという力…
認めたくはないが…龍の腕と互角に近い威力では…!?
そのうえリンも…黒龍とは闘わない癒しの龍だと…
彼女から漂う香りには癒されるのは事実…だが、目の前にいるのが本当に黒龍か!?
あの男と互いを信頼して闘い舞い踊るこの女性が黒龍…なんと美しく強い…―
「あいつら変!絶対変!!
キジャはこの世のものとは思えないし、雷獣とリンも人間技じゃないよ、あの速さと威力…」
ユンはそう呟くと横にいるヨナに問う。
「役に立ちたい?」
「ハクがダメって言ったもの。ガマン。」
「…でも、こういう時の為に練習したんでしょ。」
するとヨナはそっと弓を構えた。ユンが狙いを定め彼女に指示を出す。
「俺の計算によれば今のあんたの飛距離ならあそこ…
リンを後ろから狙ってるヤツ。少し上に向けて…今だ!」
私は彼女の矢が飛んで来ることを気配で感じていたため、背後の敵を放っておいた。
案の定私の真横を通り過ぎた矢は背後の敵の腕に刺さり剣を弾いた。
「やった!」
「ユン、すごい。ハクより教え方上手。」
「人のだとわかるんだよなー自分だと上手く当たらない。」
「大人しくしてな、嬢ちゃん達。人質になってもらう…ぞ…っ」
ヨナとユンの後ろから近付いていた山賊がヨナの腕を掴もうとした瞬間、彼の肩に鋭利な爪と大刀の柄が食い込んだ。ハクとキジャが飛んできたのだ。
勢いに負けて倒れそうになったヨナをハクが抱き止める。
「「姫さん/姫様、無事か?/ご無事で?」」
「ありがとう。」
私はユンの背後の敵を爪で切り裂いてすっと着地するとヨナ、ハク、キジャの様子を見て苦笑した。
「ここまでくるとめんどくさいよ。」
『確かに…それより、ユンは大丈夫?』
「うん。」
『よかった。』
ユンは周りを見回して呟いた。そこには山賊がみんなボロボロで倒れていたからだ。
「あれ…もう終わった…の…?」
「…そなた何人倒した?」
「あ?覚えてねー」
『イチイチ数えないものね。』
「私は28だ。」
「じゃ、俺40。」
「嘘をつけ!覚えてないと言ったではないかっ
だいたいそんな人数いなかっ…た…」
クラッとしたキジャはその場に座り込んでしまう。
「キジャ!?」
「くっ…」
「キジャ大丈夫?」
「はい…少々暴れすぎました。もっと洗練された闘いを…お見せするはずだったのに。」
「いや、俺はいいと思うぜ。」
『えぇ。白き龍のその血腥い(ちなまぐさい)闘いっぷり…
垣間見える美しさに惹かれるものがある。』
「うれしいねぇ。城にいた頃は本気で俺について来れるヤツはリンくらいだったからな。一度手合わせ…願…」
そこまで言ってハクは意識を失って倒れてしまった。
「ハク!」
それとほぼ同時に私の身体がふらつき隣にいたユンが驚いた様子で支えた。
「リン!?」
『あ、ごめん…』
そのとき彼は私を支えた自分の手を見て声を上げた。彼の手が赤く染まっていたからだ。
「リン、背中の傷が開いてるでしょ!?それに左肩の抉られた傷も!!」
『そうかも…』
「そうかもじゃないよ…」
キジャはハクを見て真顔で言う。
「死んだか?」
「死んでないっ!」
「あー、バカ。こっちも傷開いちゃってるよ。
コイツもリンも本当は傷治ってないんだよ。
しれっとしてるけどボロボロなんだから。」
「こんな身体であんな動きを…?信じられん…化物か?」
「あんたに言われたくないと思うよ。」
気を失いそうな私はずっとユンに支えられどうにか立っていることができていた。
「日が傾いてきたね。どこか寝る場所探さないと。」
「ん?この辺に宿があるのか?」
「…野宿だよ。」
「のじゅく?」
「白龍様は最後尾をてれっとついて来な。って何してんの、お姫様!」
ヨナは倒れたハクを運ぶため髪を引っ張っていた。
そんなことをしたらハクが禿げてしまう…
「だってハク動けないのよ。運ばないと。」
するとキジャがひょいっと右手でハクを抱き上げた。
ちなみに左手は常人並。重い物を持つことはできない。
「キジャすごい!」
「龍の腕は常人の何十倍もの力がありますので。ユン、リンもこちらへ。」
「え、うん。でも2人も抱えられる?」
「大したことはあるまい。」
キジャはハクの上に私を乗せて軽々と抱え歩き出す。私はそれと同時に意識を手放した。
「リン…」
「もう限界だったんだろうね。気を失っちゃったよ。」
ヨナは私とハクをそっと撫でて心配そうに見つめる。
「…大丈夫ですよ、この者共は。」
「えっ…うん。ハクもリンも強いもの。
今は守られてばかりだけどいつかは私が守りたい。」
彼らは並んでユンを追い掛けるように足を進めながら話す。
「…姫はずっと城におられたのにお強いですね。」
「強くなんかないわ。」
「しかし山賊にもあまり動じておられなかった。」
「そうね…山賊は恐くない。あの夜以上に恐い事は私にはないの。」
一瞬だけ見せたヨナの儚く壊れそうな顔にキジャは言葉を失う。
「あ、ユンが呼んでる。行こ!」
「…はいっ」
彼女の背中を見つめてキジャはふと思う。
―これは…緋龍王を守る為与えられた白龍の血のせいだろうか。
支えて差し上げたい…
強くあろうとする泣き出しそうなか弱い背中を支えて差し上げたいと願ってしまった…―
少し開けた木々の間に腰を下ろすことに決めるとキジャに私とハクは降ろされユンによって手当てをされた。
私達は互いにもたれかかるように木に背中を預けて座らされて眠っている。
その間にユンは山菜を集めたりして夕飯の用意をする。
「…これは何だ?」
「夕食ですけど何か?」
「夕食?コレはさっき山道に生えていたまさかの雑草ではないか!」
キジャには目の前に準備された食事を理解できないようだった。
「雑草じゃないよ!ちゃんと食べれる山菜だから。
虫を入れなかっただけありがたく思いな。」
「虫!?そなた虫を食すのか!?」
「虫は栄養あんの。」
「姫様は…平気なのですか…?このような食事…」
「虫はまだ食べれないけどだいぶ慣れたわ。
だって私…嫌がってるヒマなんてなかったし。
でもユンが来てからかなり食事が美味しくなったんだから。」
彼女の言葉を聞いてユンが嬉しそうに隠れて拳を握る。所謂ガッツポーズだ。
「ハクやリンと旅してるときはヒドかったわ。
いつもハクが作ってくれるんだけどね…」
その言葉を聞いてキジャが涙を流す。
「あら、どうして泣いてるの?」
―姫様、よほど過酷な旅を…―
「俺のメシが何だって?聞き捨てなりませんね。」
「ハク、起きたの。傷大丈夫?」
「傷?何の事です?それより俺のメシが何ですって?」
「メシ?何の事?あ、お腹すいた?」
ヨナはハクの分の食事を持ってきた。
「ハクはじっとしてて。リンが起きちゃうから。」
「リン?」
「うん。」
「傷が開いてすごい出血だったんだよ。
雷獣もリンも少しは身体の状況を理解しておいてほしいね。」
「食べさせてあげようか?はい、口あけて。」
ヨナは食事をハクの口元へ運ぶ。だが、彼が口を開いた瞬間食事はヨナからキジャに移っていた。
「姫様っ、そのような雑用は私めが。」
いいところを邪魔されてハクは怒って立ち上がりキジャと睨みあう。
それによって私は倒れていきもうすぐ地面にぶつかるというときに、焦った様子のハクに抱き止められた。
「おっと…危ねぇ。」
「…そんなに黒龍の事が大切か。」
「ずっと一緒に育ったからな。妹みたいなもんだ、血は繋がってねぇけど。」
「…」
―それだけなのだろうか…
闘っているときの信頼感はもっと…何か同じ誓いを持っているような…―
キジャが考えているように私とハクはヨナを守るという使命を胸に抱いている事で繋がりをより強めていた。
私はハクに受け止められた時の衝撃で目を覚ましかけていた。
『キジャ…いい加減名前で呼んでちょうだいな。』
「リン、起きたか。」
『誰かさんが抱き止めてくれた時の衝撃が大きかったからね。』
「あー、悪い悪い。白蛇が邪魔すっからよ。」
『薄々予想は出来るけど。』
「リン、ご飯食べる?」
『食べる!ユンのご飯美味しいから食べ損ねてたらどうしようかと思ってたの。』
ユンは食事と地図を持って私の方へるんるんとやってくる。
食事が美味しいと言われたのが嬉しいのだろう。
ハクによって身体を起こされた私は再び木にもたれて座る。
ユンも私に寄り添うように座った。彼から受け取った夕食は美味しくて私はパクパクと食べ進める。
「さて、食べ終わったら青龍の居場所なんだけど。キジャ、青龍の気配は?」
「向こうが何かもやっと…」
「はい、お手数かけました。リン、青龍は白龍みたいに里にいるの?それとも一人?」
『う~ん…よくわからないわ。キジャの時だって気配だけでは里にいるのかどうかも分からなかったもの。』
「キジャもわからない?」
「すまぬ…各地にいる同胞からの情報だと、青龍の一族は昔地の部族の土地に隠れ住んでいたらしい。
だが、ある時を境に青龍の里はこつぜんと消え、一族も行方不明になってしまった。」
「消えた!?でも滅びてはいないんでしょ!?」
『青龍は存在してる。彼の鼓動を確かに感じるわ。』
私の隣でユンは真剣に考えるが、私と反対側に座るハクはどこかのんびりしていた。話し合いに参加する気はないようだ。
「イクスが白龍以外は移動してるって言ってた。
たぶん青龍一族は里ごとどこかに引っ越したんだ。
キジャやリンが示す方向は東北東…」
『そっちは火の部族の土地ね。』
「なら思い当たる里がありそうな場所は6ヵ所かな。」
「ユン、行った事あるの?」
「ないよ。でもこの辺りは彩火の都に次ぐ大きな町があるし、ここは商団が行き交う道や貴族の別宅があるからね。」
ユンは広げた地図を指で示しながら説明する。
「それ以外で目立たず人も通らない土地となると、6ヵ所くらいに絞られるってこと。」
『流石ね、ユン…』
「ユンって本当に何でも知ってるのね。」
「坊や扱いしないでくれる?一つしか違わないのに。」
16歳のヨナが15歳のユンの髪を撫でる様子さえ微笑ましかった。
「よし!野郎共。明日から本格的に青龍探しだ!
つーわけで、おやすみなさいー」
「おやすみ…って、えっここで!?」
「おやすみー」
『姫様、こちらにいらっしゃいますか?』
「行く~」
私は彼女を包み込むようにして大きな外套を掛けて目を閉じた。
「ちょっ…待…」
「うっせ、白蛇。」
『おやすみ。』
翌朝、キジャはよく眠れなかったらしく顔がげんなりしていた。
「きゃーっ、キジャ綺麗な顔が大変よ!?」
「あ…お見苦しいところを…」
「おい、背中に虫いんぞ。」
「きゃ――――!!!」
『ハハハハハハッ、キジャが元気になったわ。』
「キジャ!待ちなさい、ハクの嘘だからっっ」
はしゃぐ私達をユンは呆れながら見る。
「静かにしな、ゆかいな珍獣共。
いーい?これから人里に入るんだから。
しかも火の部族の土地だから目立つんじゃないよ。」
『…無理だと思う。』
赤髪の姫、元将軍、元将軍付人、白銀の髪と異形の手…目立たないわけがない。
ユンの案内で私達はある小さな集落に足を踏み入れる。
「キジャ、リン。」
私とキジャは並んで目を閉じるが青龍が遠くに感じられ首を横に振った。
「ここにはいない。」
『もっと遠くだわ…』
「そう簡単にはいかないか。じゃ次はここから十里先の…」
『あら、待って。そっちはダメよ。』
「どうして?」
「火の部族の軍の訓練場になってるはずだ。」
「えっ」
「じゃ、ここは?」
私とハクはユンの地図を覗き込んで情報を与える。
「そこは最近開拓されて…」
『それからこっちは…』
「うわ、行ったらヤバかったね。」
そんな私達の様子をキジャは寂しそうに見つめていた。
「キジャ、どうしたの?」
「いえ…」
「決まったよ。ちょっと歩くけど候補地は3つに絞れた。たぶんそこに里はある。」
「本当?」
「意外と詳しいね、雷獣もリンも。」
「ま、一応将軍でしたから。各部族の軍事とか変化には敏感なのよ。」
『私も会議に同席することが多かったからね。
ハクなんて面倒くさがって寝てることだってあったのよ?』
「そのときはリンが聞いてると思ってな。」
『はぁ…』
「今度教えてよ。じゃ、行こう。」
それから候補の3ヵ所を私達は巡る。
途中兵を見つけてハクがヨナの口を塞ぎ、私はユンを抱き寄せて庇い、キジャには目立つためしゃがんでいてもらうこともあった。
「どう?」
『ここもダメみたい…』
「向こうからもやっと…」
「え?まだ向こう?おかしいなーそれらしき所には行ったのに。
この先は戒帝国だよ?まさか青龍国境超えたんじゃないだろーな。」
『国内にはいると思うの。
きっと戒帝国に行っちゃうと龍の繋がりも感じられない気がして…』
「そっか…」
「鼻がつまってんじゃねーか、白蛇?」
「鼻で嗅ぎ分けてるのではないっ」
そのとき私達は岩に腰掛けて足を擦るヨナを見つけた。
「姫様、足を痛めたのですか?」
「…大丈夫。ちょっと疲れただけ。」
「飲んで。」
するとユンが飲み物をそっと彼女に手渡した。
「おいしい。何これ?」
「ビワの果実酒。飲むと疲労回復。ミツバを足に貼っとくから今日はもう休みな。」
「ユン、すごい~物知り~」
その晩は三日月の下で眠ることになった。
私、ユン、ヨナの順で横になりハクはヨナの向こう側に座って目を閉じている。
キジャは未だに野宿に慣れずに眠れないようだ。
―な…なぜこのような所で眠れるのだ…
皆疲れたのだ…何日も身を隠し周り道をしながら歩き続けたのだから。
私がもっとはっきりと四龍の居場所を感じる事が出来れば、姫様をあそこまで疲れさせてしまう事はないのに…
ハクやユン、リンの知識と知恵に頼るしかないとは…くやしい…
青龍よ、龍の血を持つ兄弟よ…
呼んでいるのだぞ、ずっとずっと…我々の主が探しておられるのだぞ…?
そなたもそこで待っているのだろう…?王を渇望しているのだろう…?―
私はキジャから感じる寂しげな感覚にそっと目を覚ます。
そしてユンを起こさないように身を起こすとキジャに歩み寄って肩を叩いた。
『キジャ…』
「リン…そなたまだ起きていたのか…」
『そう言うキジャこそ。…悔しい?』
「え…」
『そんな感じが流れ込んできた気がしたの。
それに旅の途中も浮かない顔してる。』
「…私にはそなた達のような知識もない。
そのうえ四龍の居場所も正確にわからないのだ。」
『役に立ててないって思う?』
「あぁ…」
『はっきり感じられないのは私も同じ。でも私は羨ましいわ。』
「羨ましい…?」
『四龍には確実な繋がりがある。
でも黒龍である私にはそんなはっきりした繋がりはない…
だからキジャも私が近付くまで黒龍の存在に気付かなかったんでしょ?』
「リン…」
『だから他の事をがむしゃらにやって少しでも助けになればって足掻いてるのよ。
私なんて四龍についてもまだまだ知らないことばかりで、闘うにしてもハクやキジャの方が強いから。』
「そ、そんなこと…そなたの闘い方は美しい…」
『あら、ありがとう。
だからね、キジャ。自分を追い込まないでね。
それから…四龍の事、いろいろ教えて?』
「私でよければ。」
そのとき私はキジャの隣にそっと腰を下ろすと、ずっと気になっていた事を尋ねた。
『ねぇ、早速だけどひとつ訊いてもいい?』
「なんなりと。」
『四龍の気配って誰かひとりだけ強く感じたり…特別な感覚の者がいたりするかしら?』
「特別な感覚…?そのようなものはない気がするが。
黒龍であるリンの気配はこれだけ近くにいるから感じることができ、他の龍とは異なっている。
だが、四龍の気配はどれもあやふやだが、兄弟のような安心できる繋がりでもある。
特定のひとりに対して別の感覚というわけではない。」
『そっか…』
「そなたは何か別の物を感じるのか?」
『うん…緑龍だと思うんだけど、何故だか彼だけどこか懐かしいの。
もちろん、キジャや青龍、黄龍だって感じられるし、安心できる繋がりなのはわかるんだけど…
緑龍だけはもっと別の愛しさというか…どうしてなんだろう…』
「ふむ…何か緑龍と黒龍には強い関わりがあったのではないか?」
『…私には歴代黒龍の記憶がある。でも初代の記憶だけはほとんどないの。』
「え…」
『それは彼女の大切な記憶だからって与えてもらえなかったのよ。
まぁ、私も関与する気はないから必要ないんだけど。』
「いずれ緑龍に会えばその疑問も解決するだろう。」
『そうね。』
私はキジャに笑顔を向けて静かに寄り添った。
彼の肩にもたれて目を閉じると彼は驚いたようだったが何も言わず私を振り払うこともなかった。
―この香り…そして温かいぬくもり…安心できるものだな、リン…―
彼もいつの間にか眠ってしまっていたのだった。
それから暫くして私は何かが動く気配を感じ目を開いた。
―姫様…―
キジャを起こさないよう立ち上がると、すっと私の背後でもうひとり腰を上げた。
『こんばんは、ハク。』
「お前も起きたのかよ。」
『気付くわよ、姫様の気配には特にね。』
「フッ…疲れてるなら寝てろよ。」
『いつもそうやってハクの方が寝てない癖に。』
そう小声で話しながら私達はヨナを追い掛け彼女が矢を射る練習をするのを見守る。
そうしていると矢の放たれる音にキジャが目を覚ました。
―何だ…?―
そしてやってきた彼が見つけたのは凛とした表情で弓を構えるヨナ。
―姫様!?こんな夜中に…―
「姫…」
声が発せられる寸前、ハクがキジャの口を背後から塞いだ。
そのまま木の陰に引っ張り込んで私はキジャに向けて唇に指を当てて笑う。
「な…」
『邪魔しないであげて。』
「…姫様はいつから弓を…」
「あんたに会う前からヒマさえあればな。多い時は一晩二百本。」
「にひゃ…」
「大声出すな。」
「なぜあのような無茶を?私がいるのだから武術など必要ないのに。」
「あぁ。俺やリンがいるからな。」
『ふふっ…』
「姫さんは何もしなくていいんだ。」
『でも姫様は己の無力を許さない。』
私とハクはヨナを見つめたまま淡々と言葉を紡ぐ。
「父を殺され、城を逃れ、それでもこの世界で生き抜く為に一人じゃ何も出来ない自分を恥じて何をすべきかもがいてる。」
「そなたらは止めぬのか?姫様に武器など…」
『最初は反対したし、闘わせたいわけでもない。』
「でも…見ていたいとも思う、困った事に。人間らしくあがく姿を…」
そう呟いたハクと隣に座る私はニッと同じような笑みを浮かべたのだった。
キジャはそんな私達を見て自分の無力さを悔いた。
―あの方の…お役に立ちたい!!あぁ、あの方も同じなのだ…―
ハクや私を守りたいと願うヨナ、そして彼女を守ると誓った私とハク。
それぞれが互いを想っている事を痛い程感じたキジャは翌朝、気合いを入れ直した。
―よし、今日こそ首根っこ引っ掴んでやるぞ、青龍め!―
そんなキジャの右手をヨナは優しく握った。
夜に矢を射って疲れているはずなのに、彼女はそんなことを微塵も見せない。
「キジャ、今日は眠れた?」
「えっ、あっ、あの…」
「疲れてるでしょ。野宿に慣れなくてずっと休んでないみたいだったから。
大事にして、キジャが元気じゃないと旅は進まないんだから。」
キジャはヨナの純粋な言葉に頬を染める。
「私は…お役に立てているのでしょうか。」
「当然。キジャのかわりなんていない。」
ヨナは強い眼差しをキジャに向けた。
それによって彼がきゅんと胸を痛めたなんて知らずに。
―なんだ?胸が苦しい…また龍の血が興奮しているのであろうか…?―
「わかった!」
「ユン?」
そのときずっと地図とにらめっこをしていたユンが声を上げた。
『どうしたの?』
「青龍の場所だよ。盲点だった、人なんか住めないと思ってたから。
でもやっぱりいたんだ、国境ギリギリあの岩山にね。」
私達は注意深く山道を進み岩山に入り込んだ。
あと少し行けば戒帝国という辺りに隠れるようにその集落はあった。
そこに近づいた瞬間、私とキジャは息を呑んだ。そして互いを見て頷く。
その間もハクとユンは感心したように岩山を見つめていた。
「まさかこんな所に人の住む村があるとは…」
「ね!一見ただの岩山に見えるもんね。
昔戦争から逃れた民が山の中に隠れ住むという物語をイクスが話してたっけ。ねぇ、キジャ、リン…」
「『いる…』」
私達は真っ直ぐ岩山を見据えた。
「青龍が近くにいる…」
「キジャ、それは確かなの?」
「はい、ここに…この中に青龍がいます。」
私でさえ強く感じる青龍の気配…それは岩山の奥から感じられるものだった。
私達はキジャを先頭に村に入っていく事になった。
『岩を掘り抜いて住んでるのね…』
「ちょっと!危険だよ。不用意に動き回るのは…」
「構わん!」
「俺、あんたの里に侵入して檻に入れられて殺されかけたんだけど。もっと慎重に…」
そのときザッと布で出来た幕を開くような音が聞こえ、私、ハク、ユンは咄嗟に振り返った。
「お客人か…」
―ここの住人…どう出る!?―
「ここに青龍をつれてまいれ!!」
「『直球すぎるわよ…/すぎだ…』」
キジャの言葉に私とユンは呆れる事しかできない。
もうその言葉はキジャの口から発せられてしまったのだから。
「セイリュウ…」
すると民同士がコソコソと話してから長老のような人物が私達の方へやってきた。
「そのような名の者、ここにはいません。」
「名ではない。龍の血を持つ者だ。
隠さずとも良いから、この御方がお待ちだと伝えよ。」
キジャはヨナを示し、長老はチラッと彼女を見た。
私はいつでも彼女を庇えるように周囲を警戒しつつ彼女とハクの後ろにいた。
ユンは少し不安気に私の横にいる。彼の手を握ってやりながら私は小さく笑ってみせる。
「リン…」
『大丈夫。』
すると彼も小さく頷いた。
「…何をおっしゃっているのかわかりませんが…
場所を間違えられたのではないですか?
ここは何もない小さな集落です。
貧しく何かと争いの多い火の部族から逃れた者達が静かに暮らす場所です。
あまり騒がしくされるのも困るのですが。」
「しかし…」
「ごめんなさい。」
まだ声を上げようとするキジャを長老との間にすっと身体を入れることでヨナは止めた。
「私達は人を探して旅をしていたのだけど、ここではなかったみたい。
でも長旅で疲れていてケガしてる者もいるの。」
ハクは彼女の声に従って服を肌蹴させ巻かれた包帯を見せる。
私も微かに服の隙間から包帯を見せてやった。
「少し休ませてもらっても良いかしら。」
「それは…難儀でしたな。見た通り貧しい集落ですので、何のおもてなしも出来ませんが…」
「構わないわ。ありがとう。」
ヨナの説得によって私達は村に入り込むことができた。
長老に案内される途中、不思議な面をした人々が多くいることに気付いた。
「あの面は何?」
「しきたりなのですよ。未婚の者はあまり人前で顔をさらすな…と。」
「面白い事するのね。」
「お客人からすれば驚かれる事でしょう。」
案内を終えた長老は私達を鋭く睨みながら言った。
「ああ、お客人…ここは迷路のように入り組んでおります。
あまりウロウロなさらぬよう。何があっても責任持ちませんよ。」
青龍の里と思われる場所で長老に案内された私達はある部屋で腰を下ろしていた。
私とハクは周囲から監視されている気配に気付いていながらも大人しくしている。
「ここって本当に青龍の里なのかな。」
「どうして?」
「白龍の里ではあんなに有り難がられたお姫様の赤い髪見ても反応ナシだもん。」
「姫…姫っ!確かに感じるのです、ここから青龍を…っ!」
「ばかね、キジャを疑ってなんかいないわ。」
「はっ…はいっ!」
「ばかね。」
ハクがヨナを真似て言うと言い合いになっていた。
『まぁ、何であれ青龍が近くにいるのは確かなわけよ。』
「うん。本人に会わなきゃ始まらない。人のいない今のうちに行くよ。」
「ここは迷路だって言ってたよ。大丈夫、ユン?」
「お姫様、俺は天才美少年だよ?
こんなトコついでに地図作って攻略してやる!
宝を探せ。壺と箪笥は片っ端からのぞけー」
「「のぞくぜー!」」
「のぞくぜ?」
『ちょっと違う…』
それから私達はユンの後を追うようにして洞窟の中を歩き始めた。
だが、すぐに行き止まりにぶつかってしまう。
「行き止まりだ!もうなんでいないのさ、青龍。」
「けしからんな、青龍…なぜ出てこない!?私が近くにいることはわかっているだろうに。」
「あんたが暑苦しいんだろ。」
「あ、そっか。青龍にも白龍がわかるんだっけ。
あまり出てきたくないのかな。それなら青龍は諦めても…」
「ダメですっ!諦めないで下さい…っ
青龍は私と同じように長い間血を繋いできた。
ならば待っているはずです。自分を必要としてくれる主を…あなたを…っ
四龍は本来その為だけに生まれ、それ以外何も望みなどなくて…」
―先代である父も主を待ち焦がれた…
だがついに求められる事はなく死へ向かった…―
「青龍もあなたに会えばきっと…」
「キジャ、私は緋龍王ではないわ。」
「…はい。」
―あなただと思ったのです…―
キジャはヨナの言葉に俯いてしまう。
「…緋龍王ではないけど、私はあなたが欲しい。勝手でごめんなさい。」
ヨナが無邪気に微笑むために彼はきゅんとして頬を染める。
「もっ…勿体ないです…っ」
「雷獣、顔歪んでるよ。」
『苦虫を噛み潰したみたいになってる…』
そのときユンが小さく身を震わせた。
「ねえ…それよりちょっと戻ろ。ここ何か嫌なカンジ…」
「何?」
「…誰かが見てる。でっかい目で俺らをじっと見てる…」
「…確かに妙な気配してたな。」
「ここの住人に見つかったかも。行こう。」
ユンに従いハクとキジャが歩き始め、私とヨナも後ろを追う。
そのとき私とヨナは何かの鳴き声を聞き取った。
私が聞き取るのは黒龍として当然だが、彼女にも微かに聞こえてきたらしい。
「鳴き声…?」
『…のようですね。』
彼女が壁に耳を当てるとそれと同時に何かを押してしまったらしい。
壁の仕掛けを彼女が作動させ、私達の目の前に通路が現れた。
「通路がある…」
『まさか壁に仕掛けがあったなんて…』
「あら♡かわいい!」
ヨナは目の前にいるリスを抱き上げた。
「リン、見て見て!!」
『えぇ。このような場所にも動物がいるのですね。しかし、姫様。危険ですので…』
通路に足を踏み入れた彼女を追って私も踏み込んだ瞬間、背後で扉が閉じた。
「白蛇様、お疲れでしょう、慣れない旅は。」
「もう一度白蛇と呼べばその喉掻き切るぞ。これしきで疲れるか。」
「やー、そろそろ里が恋しくなった頃かなーと。」
「何を言う、姫様が私を望まれたのだ。もしもの時はそなたを守れとな。」
「箱入り坊ちゃんが闘えますかねぇ。」
2人はヨナを挟んで言い合っていて、彼女は呆れて拳を上に突き上げた。
それは見事にハクとキジャの顎にぶつかる。
「しずまれい。」
『姫様、お見事です。』
「これから一緒に旅するんだからモメないの。」
「申し訳ありません、姫様。」
「ハク!キジャは初めて外に出て不安でいっぱいなんだからいじめない!
キジャ!ハクのいじめっ子は趣味だから気にしない!」
『ハハハハッ、趣味だって。』
「リン…俺の拳が飛ぶぞ。」
『あら、怖い怖い。』
「キジャ、俺は天才美少年ユン。
他の龍の気配わかるんだよね?一番近いヤツ教えて。」
私が開く地図をユンが覗き込みながらキジャに問う。
彼の方が四龍の居場所については私より正確だろうから特定は彼に任せよう。
「最も近く感じるのは…おそらく青龍…」
「へぇ、誰がいるとかわかるんだ。どこ?」
「そうだな。向こうが何かもやっとする。」
「場所は見事に大ざっぱだね。」
『ごめんなさいね、ユン。私も青龍を感じてはいるけど、場所を特定するのは無理みたい。
白龍の時も里に入ってやっとここだって確信が持てたくらいだもの。』
「そうなんだ…」
「案ずるな。皆私の後をついてまいれ。」
「案ずるよ!生まれて初めて外出たヤツについてくのは案ずるよ!」
気配に従ってキジャが歩き始めると、ユンが不安そうに言い返した。
だが、キジャはそれが気に喰わなかったようだ。
「外に出ずとも外の事くらい知っている。
我が一族は各地に飛んで国の情報を集めていたのだから。」
その瞬間、彼は足を滑らせて小さな穴に落ちてしまった。
それほど深くはないが、穴の中にはたくさんの虫。
「なななな何だ、この者達は!誰の許しを得てこんな所に居を構えているのだ!?
ま、待て…よせ…それ以上は…あっ、いやぁあああああ!!!」
『はぁ…』
「白龍様は最後尾をのそっとついて来な。
気配を辿るのはリンに任せようかな…」
『私よりキジャの方が四龍に対する気配なら確実かもしれないけどね。』
私は溜息を吐きながら自らの両手の爪を解放した。そしてキジャが落ちた穴に歩み寄る。
『キジャ…刻まれたくなかったら一瞬だけ身体を屈めてじっとしなさい。』
「え…?」
私は彼を睨みじっとさせると手を振るい風で虫を散らした。その間に彼の手を掴んで引き上げる。
「た、助かったぞ…」
『情けない…』
「龍神様は虫より弱いんですねぇ。」
「ちっ違う!私はワサワサモサモサニュルニュルした物が嫌いなだけだっ!
我が力は誇り高き白き龍より賜りし神の力。常人のものと思うな。」
「まぁ、何でもいいさ。埃かぶった古の力なんぞアテにしてねェんで。」
「何っ…ならばこの場で試してみるか!?」
「ほぅ…」
穴から出た途端にキジャは元気になってハクに詰め寄っていく。
私がユンと共に呆れていると何かの物音を聞き取った。
「リン?」
『誰か来る…』
「え!?」
『ハク!キジャ!!』
「どうした。」
「焦ったように呼ばずとも聞こえている。」
『足音がする。数は50くらいかな…』
「黒龍はそこまでわかるのか…」
その頃になって漸くハクとキジャも気配に気付き戦闘体勢に入った。
「姫さん、隠れて。誰か来る。」
「誰かって誰さ?」
『品のいい足音ではないわね。』
「ヤバイよ。ここ火の土地のご近所さんなんだから。」
「火の部族は敵か?」
『まぁ、ほぼ敵ね。』
「ハク、弓使っていい?」
「師匠(先生)は許しません。隠れてなさい。」
ヨナとユンが木の陰に荷物を持って隠れたのを確認したそのとき、私達は背後から声を掛けられた。
「おい、こんな所にエモノがいたぞ。」
「なんだよ、大したモンは持ってなさそうだな。」
「…なんだ、山賊か。」
「なんだとはなんだ?」
『絡まれると面倒な連中よ、キジャ。さっさと片付けたいところね。』
すると山賊が隠れているヨナとユン、そして私を見てニヤリと笑う。
「あっちに女が2人…そのうえここにいる姉ちゃんはメッチャ美人だぜ?」
「この兄ちゃんなんか良い身なりだし売れそうなツラしてやがる。」
男が一人キジャの頬をナイフでぴしぴしと叩く。
私はハクの背後に隠されていた。彼はキジャのように私が絡まれるのから守ってくれているようだった。
「おい、まだそなたらの詳しい事情を知らんのだが…とりあえず刻んで構わんのだろう?」
「隠れてても構わんよ。」
「誰が。」
キジャは笑うと右手に力を込めた。
それを山賊は怖がって震えているのだと考えたらしい。
「ん?何だ、兄ちゃん。震えてんのか?
心配すんなって。大人しくしてりゃ殺したりしねーから。」
その男はキジャの右手に触れて、その熱さに悲鳴を上げた。
「うわッ!!」
「どうした?」
「わかんねーけどこいつの手、沸騰してるみてェに熱い。」
「はあ?何バカ言って…」
するとキジャが笑いながら顔を上げた。右手は脈打っているかのようだった。
「不用意に…触れぬほうがよいぞ。」
そして解放された右手はとても大きく人なんて簡単に握りつぶせそうだった。
「数千年…主を守る為に待ちつづけたこの力…私でさえ抑えがきかぬ。」
「うわぁあああ!?」
「何だあの腕!?」
「待たせたな、白き龍の腕。」
キジャは腕を振るって一瞬にして数人の山賊を切り裂いた。
「ば…化物だあぁああ!!」
血を撒き散らす姿に私達でさえ言葉を失う。だがすぐ私とハクは笑った。
―あれが龍の爪の力…!!―
「顔に似合わずエグイねぇ。」
『でもどこか美しい…流石白龍ね。』
「まだ…まだ足りぬ…それでハクとやら。姫のご命令通りそなたも守ろうか?」
「お構いなく。間に合ってるんで…!!」
ハクは大刀を覆っていた布を外し笑い、私は剣を握った。
「爪は使わないのか?」
『片手は爪でやる…この力はあまり使わなくていいでしょう?』
「ふぅん…」
『だって私にはイル陛下から戴いたこの剣があるんだから。
わざわざ人間相手に龍の爪を見せ付けなくてもいい、他の戦闘手段があるなら。』
そう言って私達は互いに笑みを交わすと敵に向かって行った。
豪快に大刀を振るうハク、そしてどこか優雅に剣で山賊を切りながら舞い踊る私。
「な…何だこいつら!」
「普通じゃね――っ!!」
「失敬な。普通じゃねーのはそっちの白蛇とお嬢だけだろ。」
『あら、失礼ね。』
そのときキジャの爪がハクの目の前を通り過ぎた。
「っと…どーこを狙ってますか、白蛇様。」
「もう一度白蛇と呼べば喉を掻き切ると言ったはずだ。」
「気にすんなよ、趣味なんだから。」
『それにしてもキジャ、ちょっと興奮しすぎじゃない?目立ちすぎ。』
「姫をお守りするのが至上の喜び。ハクとやら、そなたこそ大刀が邪魔だ。」
「四龍ってのは一途だねぇ。」
「ではそなたは何の為に姫を守るのだ。」
「…会ったばっかの他人に話すか、バカ。」
ハクはキジャに向けて舌を出した。
「バッ…バカだと!?」
『無駄口を叩かないで、キジャ!』
私とハクは足を踏み変えると互いに背を預けて目の前の敵を片付ける。
その様子にキジャも目を丸くした。まるで見惚れているかのように。
―こやつ非力な人間と思っていたがなんという力…
認めたくはないが…龍の腕と互角に近い威力では…!?
そのうえリンも…黒龍とは闘わない癒しの龍だと…
彼女から漂う香りには癒されるのは事実…だが、目の前にいるのが本当に黒龍か!?
あの男と互いを信頼して闘い舞い踊るこの女性が黒龍…なんと美しく強い…―
「あいつら変!絶対変!!
キジャはこの世のものとは思えないし、雷獣とリンも人間技じゃないよ、あの速さと威力…」
ユンはそう呟くと横にいるヨナに問う。
「役に立ちたい?」
「ハクがダメって言ったもの。ガマン。」
「…でも、こういう時の為に練習したんでしょ。」
するとヨナはそっと弓を構えた。ユンが狙いを定め彼女に指示を出す。
「俺の計算によれば今のあんたの飛距離ならあそこ…
リンを後ろから狙ってるヤツ。少し上に向けて…今だ!」
私は彼女の矢が飛んで来ることを気配で感じていたため、背後の敵を放っておいた。
案の定私の真横を通り過ぎた矢は背後の敵の腕に刺さり剣を弾いた。
「やった!」
「ユン、すごい。ハクより教え方上手。」
「人のだとわかるんだよなー自分だと上手く当たらない。」
「大人しくしてな、嬢ちゃん達。人質になってもらう…ぞ…っ」
ヨナとユンの後ろから近付いていた山賊がヨナの腕を掴もうとした瞬間、彼の肩に鋭利な爪と大刀の柄が食い込んだ。ハクとキジャが飛んできたのだ。
勢いに負けて倒れそうになったヨナをハクが抱き止める。
「「姫さん/姫様、無事か?/ご無事で?」」
「ありがとう。」
私はユンの背後の敵を爪で切り裂いてすっと着地するとヨナ、ハク、キジャの様子を見て苦笑した。
「ここまでくるとめんどくさいよ。」
『確かに…それより、ユンは大丈夫?』
「うん。」
『よかった。』
ユンは周りを見回して呟いた。そこには山賊がみんなボロボロで倒れていたからだ。
「あれ…もう終わった…の…?」
「…そなた何人倒した?」
「あ?覚えてねー」
『イチイチ数えないものね。』
「私は28だ。」
「じゃ、俺40。」
「嘘をつけ!覚えてないと言ったではないかっ
だいたいそんな人数いなかっ…た…」
クラッとしたキジャはその場に座り込んでしまう。
「キジャ!?」
「くっ…」
「キジャ大丈夫?」
「はい…少々暴れすぎました。もっと洗練された闘いを…お見せするはずだったのに。」
「いや、俺はいいと思うぜ。」
『えぇ。白き龍のその血腥い(ちなまぐさい)闘いっぷり…
垣間見える美しさに惹かれるものがある。』
「うれしいねぇ。城にいた頃は本気で俺について来れるヤツはリンくらいだったからな。一度手合わせ…願…」
そこまで言ってハクは意識を失って倒れてしまった。
「ハク!」
それとほぼ同時に私の身体がふらつき隣にいたユンが驚いた様子で支えた。
「リン!?」
『あ、ごめん…』
そのとき彼は私を支えた自分の手を見て声を上げた。彼の手が赤く染まっていたからだ。
「リン、背中の傷が開いてるでしょ!?それに左肩の抉られた傷も!!」
『そうかも…』
「そうかもじゃないよ…」
キジャはハクを見て真顔で言う。
「死んだか?」
「死んでないっ!」
「あー、バカ。こっちも傷開いちゃってるよ。
コイツもリンも本当は傷治ってないんだよ。
しれっとしてるけどボロボロなんだから。」
「こんな身体であんな動きを…?信じられん…化物か?」
「あんたに言われたくないと思うよ。」
気を失いそうな私はずっとユンに支えられどうにか立っていることができていた。
「日が傾いてきたね。どこか寝る場所探さないと。」
「ん?この辺に宿があるのか?」
「…野宿だよ。」
「のじゅく?」
「白龍様は最後尾をてれっとついて来な。って何してんの、お姫様!」
ヨナは倒れたハクを運ぶため髪を引っ張っていた。
そんなことをしたらハクが禿げてしまう…
「だってハク動けないのよ。運ばないと。」
するとキジャがひょいっと右手でハクを抱き上げた。
ちなみに左手は常人並。重い物を持つことはできない。
「キジャすごい!」
「龍の腕は常人の何十倍もの力がありますので。ユン、リンもこちらへ。」
「え、うん。でも2人も抱えられる?」
「大したことはあるまい。」
キジャはハクの上に私を乗せて軽々と抱え歩き出す。私はそれと同時に意識を手放した。
「リン…」
「もう限界だったんだろうね。気を失っちゃったよ。」
ヨナは私とハクをそっと撫でて心配そうに見つめる。
「…大丈夫ですよ、この者共は。」
「えっ…うん。ハクもリンも強いもの。
今は守られてばかりだけどいつかは私が守りたい。」
彼らは並んでユンを追い掛けるように足を進めながら話す。
「…姫はずっと城におられたのにお強いですね。」
「強くなんかないわ。」
「しかし山賊にもあまり動じておられなかった。」
「そうね…山賊は恐くない。あの夜以上に恐い事は私にはないの。」
一瞬だけ見せたヨナの儚く壊れそうな顔にキジャは言葉を失う。
「あ、ユンが呼んでる。行こ!」
「…はいっ」
彼女の背中を見つめてキジャはふと思う。
―これは…緋龍王を守る為与えられた白龍の血のせいだろうか。
支えて差し上げたい…
強くあろうとする泣き出しそうなか弱い背中を支えて差し上げたいと願ってしまった…―
少し開けた木々の間に腰を下ろすことに決めるとキジャに私とハクは降ろされユンによって手当てをされた。
私達は互いにもたれかかるように木に背中を預けて座らされて眠っている。
その間にユンは山菜を集めたりして夕飯の用意をする。
「…これは何だ?」
「夕食ですけど何か?」
「夕食?コレはさっき山道に生えていたまさかの雑草ではないか!」
キジャには目の前に準備された食事を理解できないようだった。
「雑草じゃないよ!ちゃんと食べれる山菜だから。
虫を入れなかっただけありがたく思いな。」
「虫!?そなた虫を食すのか!?」
「虫は栄養あんの。」
「姫様は…平気なのですか…?このような食事…」
「虫はまだ食べれないけどだいぶ慣れたわ。
だって私…嫌がってるヒマなんてなかったし。
でもユンが来てからかなり食事が美味しくなったんだから。」
彼女の言葉を聞いてユンが嬉しそうに隠れて拳を握る。所謂ガッツポーズだ。
「ハクやリンと旅してるときはヒドかったわ。
いつもハクが作ってくれるんだけどね…」
その言葉を聞いてキジャが涙を流す。
「あら、どうして泣いてるの?」
―姫様、よほど過酷な旅を…―
「俺のメシが何だって?聞き捨てなりませんね。」
「ハク、起きたの。傷大丈夫?」
「傷?何の事です?それより俺のメシが何ですって?」
「メシ?何の事?あ、お腹すいた?」
ヨナはハクの分の食事を持ってきた。
「ハクはじっとしてて。リンが起きちゃうから。」
「リン?」
「うん。」
「傷が開いてすごい出血だったんだよ。
雷獣もリンも少しは身体の状況を理解しておいてほしいね。」
「食べさせてあげようか?はい、口あけて。」
ヨナは食事をハクの口元へ運ぶ。だが、彼が口を開いた瞬間食事はヨナからキジャに移っていた。
「姫様っ、そのような雑用は私めが。」
いいところを邪魔されてハクは怒って立ち上がりキジャと睨みあう。
それによって私は倒れていきもうすぐ地面にぶつかるというときに、焦った様子のハクに抱き止められた。
「おっと…危ねぇ。」
「…そんなに黒龍の事が大切か。」
「ずっと一緒に育ったからな。妹みたいなもんだ、血は繋がってねぇけど。」
「…」
―それだけなのだろうか…
闘っているときの信頼感はもっと…何か同じ誓いを持っているような…―
キジャが考えているように私とハクはヨナを守るという使命を胸に抱いている事で繋がりをより強めていた。
私はハクに受け止められた時の衝撃で目を覚ましかけていた。
『キジャ…いい加減名前で呼んでちょうだいな。』
「リン、起きたか。」
『誰かさんが抱き止めてくれた時の衝撃が大きかったからね。』
「あー、悪い悪い。白蛇が邪魔すっからよ。」
『薄々予想は出来るけど。』
「リン、ご飯食べる?」
『食べる!ユンのご飯美味しいから食べ損ねてたらどうしようかと思ってたの。』
ユンは食事と地図を持って私の方へるんるんとやってくる。
食事が美味しいと言われたのが嬉しいのだろう。
ハクによって身体を起こされた私は再び木にもたれて座る。
ユンも私に寄り添うように座った。彼から受け取った夕食は美味しくて私はパクパクと食べ進める。
「さて、食べ終わったら青龍の居場所なんだけど。キジャ、青龍の気配は?」
「向こうが何かもやっと…」
「はい、お手数かけました。リン、青龍は白龍みたいに里にいるの?それとも一人?」
『う~ん…よくわからないわ。キジャの時だって気配だけでは里にいるのかどうかも分からなかったもの。』
「キジャもわからない?」
「すまぬ…各地にいる同胞からの情報だと、青龍の一族は昔地の部族の土地に隠れ住んでいたらしい。
だが、ある時を境に青龍の里はこつぜんと消え、一族も行方不明になってしまった。」
「消えた!?でも滅びてはいないんでしょ!?」
『青龍は存在してる。彼の鼓動を確かに感じるわ。』
私の隣でユンは真剣に考えるが、私と反対側に座るハクはどこかのんびりしていた。話し合いに参加する気はないようだ。
「イクスが白龍以外は移動してるって言ってた。
たぶん青龍一族は里ごとどこかに引っ越したんだ。
キジャやリンが示す方向は東北東…」
『そっちは火の部族の土地ね。』
「なら思い当たる里がありそうな場所は6ヵ所かな。」
「ユン、行った事あるの?」
「ないよ。でもこの辺りは彩火の都に次ぐ大きな町があるし、ここは商団が行き交う道や貴族の別宅があるからね。」
ユンは広げた地図を指で示しながら説明する。
「それ以外で目立たず人も通らない土地となると、6ヵ所くらいに絞られるってこと。」
『流石ね、ユン…』
「ユンって本当に何でも知ってるのね。」
「坊や扱いしないでくれる?一つしか違わないのに。」
16歳のヨナが15歳のユンの髪を撫でる様子さえ微笑ましかった。
「よし!野郎共。明日から本格的に青龍探しだ!
つーわけで、おやすみなさいー」
「おやすみ…って、えっここで!?」
「おやすみー」
『姫様、こちらにいらっしゃいますか?』
「行く~」
私は彼女を包み込むようにして大きな外套を掛けて目を閉じた。
「ちょっ…待…」
「うっせ、白蛇。」
『おやすみ。』
翌朝、キジャはよく眠れなかったらしく顔がげんなりしていた。
「きゃーっ、キジャ綺麗な顔が大変よ!?」
「あ…お見苦しいところを…」
「おい、背中に虫いんぞ。」
「きゃ――――!!!」
『ハハハハハハッ、キジャが元気になったわ。』
「キジャ!待ちなさい、ハクの嘘だからっっ」
はしゃぐ私達をユンは呆れながら見る。
「静かにしな、ゆかいな珍獣共。
いーい?これから人里に入るんだから。
しかも火の部族の土地だから目立つんじゃないよ。」
『…無理だと思う。』
赤髪の姫、元将軍、元将軍付人、白銀の髪と異形の手…目立たないわけがない。
ユンの案内で私達はある小さな集落に足を踏み入れる。
「キジャ、リン。」
私とキジャは並んで目を閉じるが青龍が遠くに感じられ首を横に振った。
「ここにはいない。」
『もっと遠くだわ…』
「そう簡単にはいかないか。じゃ次はここから十里先の…」
『あら、待って。そっちはダメよ。』
「どうして?」
「火の部族の軍の訓練場になってるはずだ。」
「えっ」
「じゃ、ここは?」
私とハクはユンの地図を覗き込んで情報を与える。
「そこは最近開拓されて…」
『それからこっちは…』
「うわ、行ったらヤバかったね。」
そんな私達の様子をキジャは寂しそうに見つめていた。
「キジャ、どうしたの?」
「いえ…」
「決まったよ。ちょっと歩くけど候補地は3つに絞れた。たぶんそこに里はある。」
「本当?」
「意外と詳しいね、雷獣もリンも。」
「ま、一応将軍でしたから。各部族の軍事とか変化には敏感なのよ。」
『私も会議に同席することが多かったからね。
ハクなんて面倒くさがって寝てることだってあったのよ?』
「そのときはリンが聞いてると思ってな。」
『はぁ…』
「今度教えてよ。じゃ、行こう。」
それから候補の3ヵ所を私達は巡る。
途中兵を見つけてハクがヨナの口を塞ぎ、私はユンを抱き寄せて庇い、キジャには目立つためしゃがんでいてもらうこともあった。
「どう?」
『ここもダメみたい…』
「向こうからもやっと…」
「え?まだ向こう?おかしいなーそれらしき所には行ったのに。
この先は戒帝国だよ?まさか青龍国境超えたんじゃないだろーな。」
『国内にはいると思うの。
きっと戒帝国に行っちゃうと龍の繋がりも感じられない気がして…』
「そっか…」
「鼻がつまってんじゃねーか、白蛇?」
「鼻で嗅ぎ分けてるのではないっ」
そのとき私達は岩に腰掛けて足を擦るヨナを見つけた。
「姫様、足を痛めたのですか?」
「…大丈夫。ちょっと疲れただけ。」
「飲んで。」
するとユンが飲み物をそっと彼女に手渡した。
「おいしい。何これ?」
「ビワの果実酒。飲むと疲労回復。ミツバを足に貼っとくから今日はもう休みな。」
「ユン、すごい~物知り~」
その晩は三日月の下で眠ることになった。
私、ユン、ヨナの順で横になりハクはヨナの向こう側に座って目を閉じている。
キジャは未だに野宿に慣れずに眠れないようだ。
―な…なぜこのような所で眠れるのだ…
皆疲れたのだ…何日も身を隠し周り道をしながら歩き続けたのだから。
私がもっとはっきりと四龍の居場所を感じる事が出来れば、姫様をあそこまで疲れさせてしまう事はないのに…
ハクやユン、リンの知識と知恵に頼るしかないとは…くやしい…
青龍よ、龍の血を持つ兄弟よ…
呼んでいるのだぞ、ずっとずっと…我々の主が探しておられるのだぞ…?
そなたもそこで待っているのだろう…?王を渇望しているのだろう…?―
私はキジャから感じる寂しげな感覚にそっと目を覚ます。
そしてユンを起こさないように身を起こすとキジャに歩み寄って肩を叩いた。
『キジャ…』
「リン…そなたまだ起きていたのか…」
『そう言うキジャこそ。…悔しい?』
「え…」
『そんな感じが流れ込んできた気がしたの。
それに旅の途中も浮かない顔してる。』
「…私にはそなた達のような知識もない。
そのうえ四龍の居場所も正確にわからないのだ。」
『役に立ててないって思う?』
「あぁ…」
『はっきり感じられないのは私も同じ。でも私は羨ましいわ。』
「羨ましい…?」
『四龍には確実な繋がりがある。
でも黒龍である私にはそんなはっきりした繋がりはない…
だからキジャも私が近付くまで黒龍の存在に気付かなかったんでしょ?』
「リン…」
『だから他の事をがむしゃらにやって少しでも助けになればって足掻いてるのよ。
私なんて四龍についてもまだまだ知らないことばかりで、闘うにしてもハクやキジャの方が強いから。』
「そ、そんなこと…そなたの闘い方は美しい…」
『あら、ありがとう。
だからね、キジャ。自分を追い込まないでね。
それから…四龍の事、いろいろ教えて?』
「私でよければ。」
そのとき私はキジャの隣にそっと腰を下ろすと、ずっと気になっていた事を尋ねた。
『ねぇ、早速だけどひとつ訊いてもいい?』
「なんなりと。」
『四龍の気配って誰かひとりだけ強く感じたり…特別な感覚の者がいたりするかしら?』
「特別な感覚…?そのようなものはない気がするが。
黒龍であるリンの気配はこれだけ近くにいるから感じることができ、他の龍とは異なっている。
だが、四龍の気配はどれもあやふやだが、兄弟のような安心できる繋がりでもある。
特定のひとりに対して別の感覚というわけではない。」
『そっか…』
「そなたは何か別の物を感じるのか?」
『うん…緑龍だと思うんだけど、何故だか彼だけどこか懐かしいの。
もちろん、キジャや青龍、黄龍だって感じられるし、安心できる繋がりなのはわかるんだけど…
緑龍だけはもっと別の愛しさというか…どうしてなんだろう…』
「ふむ…何か緑龍と黒龍には強い関わりがあったのではないか?」
『…私には歴代黒龍の記憶がある。でも初代の記憶だけはほとんどないの。』
「え…」
『それは彼女の大切な記憶だからって与えてもらえなかったのよ。
まぁ、私も関与する気はないから必要ないんだけど。』
「いずれ緑龍に会えばその疑問も解決するだろう。」
『そうね。』
私はキジャに笑顔を向けて静かに寄り添った。
彼の肩にもたれて目を閉じると彼は驚いたようだったが何も言わず私を振り払うこともなかった。
―この香り…そして温かいぬくもり…安心できるものだな、リン…―
彼もいつの間にか眠ってしまっていたのだった。
それから暫くして私は何かが動く気配を感じ目を開いた。
―姫様…―
キジャを起こさないよう立ち上がると、すっと私の背後でもうひとり腰を上げた。
『こんばんは、ハク。』
「お前も起きたのかよ。」
『気付くわよ、姫様の気配には特にね。』
「フッ…疲れてるなら寝てろよ。」
『いつもそうやってハクの方が寝てない癖に。』
そう小声で話しながら私達はヨナを追い掛け彼女が矢を射る練習をするのを見守る。
そうしていると矢の放たれる音にキジャが目を覚ました。
―何だ…?―
そしてやってきた彼が見つけたのは凛とした表情で弓を構えるヨナ。
―姫様!?こんな夜中に…―
「姫…」
声が発せられる寸前、ハクがキジャの口を背後から塞いだ。
そのまま木の陰に引っ張り込んで私はキジャに向けて唇に指を当てて笑う。
「な…」
『邪魔しないであげて。』
「…姫様はいつから弓を…」
「あんたに会う前からヒマさえあればな。多い時は一晩二百本。」
「にひゃ…」
「大声出すな。」
「なぜあのような無茶を?私がいるのだから武術など必要ないのに。」
「あぁ。俺やリンがいるからな。」
『ふふっ…』
「姫さんは何もしなくていいんだ。」
『でも姫様は己の無力を許さない。』
私とハクはヨナを見つめたまま淡々と言葉を紡ぐ。
「父を殺され、城を逃れ、それでもこの世界で生き抜く為に一人じゃ何も出来ない自分を恥じて何をすべきかもがいてる。」
「そなたらは止めぬのか?姫様に武器など…」
『最初は反対したし、闘わせたいわけでもない。』
「でも…見ていたいとも思う、困った事に。人間らしくあがく姿を…」
そう呟いたハクと隣に座る私はニッと同じような笑みを浮かべたのだった。
キジャはそんな私達を見て自分の無力さを悔いた。
―あの方の…お役に立ちたい!!あぁ、あの方も同じなのだ…―
ハクや私を守りたいと願うヨナ、そして彼女を守ると誓った私とハク。
それぞれが互いを想っている事を痛い程感じたキジャは翌朝、気合いを入れ直した。
―よし、今日こそ首根っこ引っ掴んでやるぞ、青龍め!―
そんなキジャの右手をヨナは優しく握った。
夜に矢を射って疲れているはずなのに、彼女はそんなことを微塵も見せない。
「キジャ、今日は眠れた?」
「えっ、あっ、あの…」
「疲れてるでしょ。野宿に慣れなくてずっと休んでないみたいだったから。
大事にして、キジャが元気じゃないと旅は進まないんだから。」
キジャはヨナの純粋な言葉に頬を染める。
「私は…お役に立てているのでしょうか。」
「当然。キジャのかわりなんていない。」
ヨナは強い眼差しをキジャに向けた。
それによって彼がきゅんと胸を痛めたなんて知らずに。
―なんだ?胸が苦しい…また龍の血が興奮しているのであろうか…?―
「わかった!」
「ユン?」
そのときずっと地図とにらめっこをしていたユンが声を上げた。
『どうしたの?』
「青龍の場所だよ。盲点だった、人なんか住めないと思ってたから。
でもやっぱりいたんだ、国境ギリギリあの岩山にね。」
私達は注意深く山道を進み岩山に入り込んだ。
あと少し行けば戒帝国という辺りに隠れるようにその集落はあった。
そこに近づいた瞬間、私とキジャは息を呑んだ。そして互いを見て頷く。
その間もハクとユンは感心したように岩山を見つめていた。
「まさかこんな所に人の住む村があるとは…」
「ね!一見ただの岩山に見えるもんね。
昔戦争から逃れた民が山の中に隠れ住むという物語をイクスが話してたっけ。ねぇ、キジャ、リン…」
「『いる…』」
私達は真っ直ぐ岩山を見据えた。
「青龍が近くにいる…」
「キジャ、それは確かなの?」
「はい、ここに…この中に青龍がいます。」
私でさえ強く感じる青龍の気配…それは岩山の奥から感じられるものだった。
私達はキジャを先頭に村に入っていく事になった。
『岩を掘り抜いて住んでるのね…』
「ちょっと!危険だよ。不用意に動き回るのは…」
「構わん!」
「俺、あんたの里に侵入して檻に入れられて殺されかけたんだけど。もっと慎重に…」
そのときザッと布で出来た幕を開くような音が聞こえ、私、ハク、ユンは咄嗟に振り返った。
「お客人か…」
―ここの住人…どう出る!?―
「ここに青龍をつれてまいれ!!」
「『直球すぎるわよ…/すぎだ…』」
キジャの言葉に私とユンは呆れる事しかできない。
もうその言葉はキジャの口から発せられてしまったのだから。
「セイリュウ…」
すると民同士がコソコソと話してから長老のような人物が私達の方へやってきた。
「そのような名の者、ここにはいません。」
「名ではない。龍の血を持つ者だ。
隠さずとも良いから、この御方がお待ちだと伝えよ。」
キジャはヨナを示し、長老はチラッと彼女を見た。
私はいつでも彼女を庇えるように周囲を警戒しつつ彼女とハクの後ろにいた。
ユンは少し不安気に私の横にいる。彼の手を握ってやりながら私は小さく笑ってみせる。
「リン…」
『大丈夫。』
すると彼も小さく頷いた。
「…何をおっしゃっているのかわかりませんが…
場所を間違えられたのではないですか?
ここは何もない小さな集落です。
貧しく何かと争いの多い火の部族から逃れた者達が静かに暮らす場所です。
あまり騒がしくされるのも困るのですが。」
「しかし…」
「ごめんなさい。」
まだ声を上げようとするキジャを長老との間にすっと身体を入れることでヨナは止めた。
「私達は人を探して旅をしていたのだけど、ここではなかったみたい。
でも長旅で疲れていてケガしてる者もいるの。」
ハクは彼女の声に従って服を肌蹴させ巻かれた包帯を見せる。
私も微かに服の隙間から包帯を見せてやった。
「少し休ませてもらっても良いかしら。」
「それは…難儀でしたな。見た通り貧しい集落ですので、何のおもてなしも出来ませんが…」
「構わないわ。ありがとう。」
ヨナの説得によって私達は村に入り込むことができた。
長老に案内される途中、不思議な面をした人々が多くいることに気付いた。
「あの面は何?」
「しきたりなのですよ。未婚の者はあまり人前で顔をさらすな…と。」
「面白い事するのね。」
「お客人からすれば驚かれる事でしょう。」
案内を終えた長老は私達を鋭く睨みながら言った。
「ああ、お客人…ここは迷路のように入り組んでおります。
あまりウロウロなさらぬよう。何があっても責任持ちませんよ。」
青龍の里と思われる場所で長老に案内された私達はある部屋で腰を下ろしていた。
私とハクは周囲から監視されている気配に気付いていながらも大人しくしている。
「ここって本当に青龍の里なのかな。」
「どうして?」
「白龍の里ではあんなに有り難がられたお姫様の赤い髪見ても反応ナシだもん。」
「姫…姫っ!確かに感じるのです、ここから青龍を…っ!」
「ばかね、キジャを疑ってなんかいないわ。」
「はっ…はいっ!」
「ばかね。」
ハクがヨナを真似て言うと言い合いになっていた。
『まぁ、何であれ青龍が近くにいるのは確かなわけよ。』
「うん。本人に会わなきゃ始まらない。人のいない今のうちに行くよ。」
「ここは迷路だって言ってたよ。大丈夫、ユン?」
「お姫様、俺は天才美少年だよ?
こんなトコついでに地図作って攻略してやる!
宝を探せ。壺と箪笥は片っ端からのぞけー」
「「のぞくぜー!」」
「のぞくぜ?」
『ちょっと違う…』
それから私達はユンの後を追うようにして洞窟の中を歩き始めた。
だが、すぐに行き止まりにぶつかってしまう。
「行き止まりだ!もうなんでいないのさ、青龍。」
「けしからんな、青龍…なぜ出てこない!?私が近くにいることはわかっているだろうに。」
「あんたが暑苦しいんだろ。」
「あ、そっか。青龍にも白龍がわかるんだっけ。
あまり出てきたくないのかな。それなら青龍は諦めても…」
「ダメですっ!諦めないで下さい…っ
青龍は私と同じように長い間血を繋いできた。
ならば待っているはずです。自分を必要としてくれる主を…あなたを…っ
四龍は本来その為だけに生まれ、それ以外何も望みなどなくて…」
―先代である父も主を待ち焦がれた…
だがついに求められる事はなく死へ向かった…―
「青龍もあなたに会えばきっと…」
「キジャ、私は緋龍王ではないわ。」
「…はい。」
―あなただと思ったのです…―
キジャはヨナの言葉に俯いてしまう。
「…緋龍王ではないけど、私はあなたが欲しい。勝手でごめんなさい。」
ヨナが無邪気に微笑むために彼はきゅんとして頬を染める。
「もっ…勿体ないです…っ」
「雷獣、顔歪んでるよ。」
『苦虫を噛み潰したみたいになってる…』
そのときユンが小さく身を震わせた。
「ねえ…それよりちょっと戻ろ。ここ何か嫌なカンジ…」
「何?」
「…誰かが見てる。でっかい目で俺らをじっと見てる…」
「…確かに妙な気配してたな。」
「ここの住人に見つかったかも。行こう。」
ユンに従いハクとキジャが歩き始め、私とヨナも後ろを追う。
そのとき私とヨナは何かの鳴き声を聞き取った。
私が聞き取るのは黒龍として当然だが、彼女にも微かに聞こえてきたらしい。
「鳴き声…?」
『…のようですね。』
彼女が壁に耳を当てるとそれと同時に何かを押してしまったらしい。
壁の仕掛けを彼女が作動させ、私達の目の前に通路が現れた。
「通路がある…」
『まさか壁に仕掛けがあったなんて…』
「あら♡かわいい!」
ヨナは目の前にいるリスを抱き上げた。
「リン、見て見て!!」
『えぇ。このような場所にも動物がいるのですね。しかし、姫様。危険ですので…』
通路に足を踏み入れた彼女を追って私も踏み込んだ瞬間、背後で扉が閉じた。