主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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私、ヨナ、ハク、ユンはイクスのもとを出発するとある場所を目指していた。
ただ途中村を通ったりする時はヨナを袋に入れてハクに担がせる事になっていた。彼女の赤い髪は目立ってしまうからだ。
ハクは大きな笠、私は外套を被り顔を隠す。
「おう、久しぶりだなボウズ。ボウズの薬待ってたぞ。」
「おじさん、米ある?」
ユンは近くの村で薬と米を交換してもらっていた。私とハクはユンの後ろに立っているだけ。
ハクは片手に大刀、もう一方にはヨナが入った袋を担いでいる。
私は剣が目立たないよう服で覆って隠していた。
「珍しいな、連れがいるなんて。誰だ?そっちのデカイ兄ちゃんと美形そうな姉ちゃん。」
「あぁ…」
『商売仲間ですよ。』
「ちょいと国境近くまで商売しに。」
山道に入ればヨナを袋から出す。
『大丈夫ですか、姫様。』
「ふぅ…新鮮な空気…」
「ここからは歩いて下さいね、姫さん。」
「言われなくとも!」
彼女はどこか怒っているようだった。
スタスタと歩き出す彼女を私達は追い掛ける。
「姫さん、姫さーん!何怒ってるんですー?袋に詰めて担いだ事?
袋に入ってるのは衣服だと言って乱暴に熱かった事?
袋に入ってるのをいいことに触りまくった事?」
「全部!!どうしてくれよう、この仕打ち。」
ヨナは騒ぎ、ハクは木に登って彼女をからかっていた。私とユンは溜息を吐くばかり。
『はぁ…』
「俺は衣類が入ってるはずの袋がもぞもぞ動いておじさんにバレないか心臓バクバク。」
『まずそこよね…』
「いーい、アンタ達?赤い髪のお姫様!野獣の元将軍!」
「雷獣だ。」
「甘い香りがする舞姫!天才美少年!目立つんだから大人しくしてよね。
そしてこの辺は火の部族と王都の近く。見つかればヤバイってわかるよね!?」
「「『はーい。』」」
「しかし神官といい四龍といいややこしい場所に住んでいやがる。」
ハクの言葉に私達はイクスのもとを去る時、彼から向かうべき先を伝えられた。
「神官様よ、四龍の手がかりはあるのか?」
「龍の血を継ぐ者は今はそれぞれ生活をし、移動しているので場所の特定が難しいのです。」
「「めんどくさ!」」
「ですが、一人だけ…」
イクスは古い地図を広げて私達に見せた。
「一人だけ神話の時代より霧深き山の上に住まい、ひっそりとしかし確実に血を守り続ける一族がいます。
どこの部族にも属さず他の者を決して受け入れない。」
『四龍の気配なら私も感じますよ。』
「「え!?」」
『黒龍として目覚めてから私の中に四龍の鼓動を感じられるようになりました。
はっきりした場所はわからずとも、位置はおぼろげにわかるのです。』
「へぇ…」
「他の龍達もお前の気配に気づいてるのか?」
『う~ん…四龍の繋がりは強いけど、黒龍との繋がりは格別強いわけではないわ。
だから私が黒龍として目覚めた事に気付いたとしても、きっとどこにいるかはわかってないと思う。』
「そういうものなのか。」
『その気配と神官様の仰ることを考慮したとしても、向かう先は国境近くですね。』
「はい。火の部族と王都の近くを横切るので危険ですが…」
「王都どころか戒帝国も近いわ。」
ハクはニヤリと笑いながら言った。
ユンはわくわくと胸を躍らせながら口を開く。
「俺はよーやく外に出られたからすげー楽しみ、幻の里。国中を旅したら見聞録書く。」
「む?どうした、目が赤いぞ。」
「うるさい!」
ユンはイクスとの別れで泣いていた為、まだ目が赤かったのだ。
『からかわないの、ハク。』
「また…襲って来るかな、兵士達。」
そのときヨナがふと呟いた。
「大丈夫ですよ。俺とリンが何とかします。」
「あ、俺も守ってよね。か弱いんだから。」
「私…覚えなきゃ、剣術。」
ヨナの言葉に私とハクは目を見開く。そんな言葉が彼女の口から発せられるとは思ってもいなかったからだ。
「ハク、教えてくれるって言ったよね?」
「言っとらんがな…」
「道すがらでも良いから教えて。リンも!誰が襲って来ても撃退できるように。」
「姫さん…あんたに人が殺せるのか?」
ハクの冷たい言葉にヨナは息を呑む。それでも私もハクも引かなかった。
『撃退といっても都合よく敵が逃げるわけではありません。
殺す…もしくは再起不能にしなければならないんです。
それが姫様、貴女に出来ますか?』
私とハクの問いにヨナは俯いてしまった。
「…あの時、剣を持っても全然使えなかった。
敵わなくても殺せなくても自分やハク、リンが逃げるスキを作るくらいはやりたい。」
「俺らはともかく…」
『護身用の剣術…』
「確かにそれは必要ですね。」
「教えてくれる?」
ハクは頭を抱える。ここでは私は口を挟まない。
ヨナの護衛はハクであり、私は同じ肩書きを持っていようともハクの従者に過ぎないから。
「…そうですね。では、これを。」
「弓?」
ハクは自分が背負っていた弓矢をヨナに手渡した。
『私達が前線で闘います。姫様は身を隠して敵を狙ってください。』
「はい。ねぇ、剣もちょうだい。」
「今は弓しか教えません。」
『…姫様、イル陛下は決して姫に武器を触らせなかった。私達は今陛下の命に背きます。』
「なぜ陛下が武器を嫌ったのか、よく考えてみて下さい。」
彼女は私達の真剣な目に弓をぎゅっと握る事しかできなかった。
私たちは歩きながら言葉を交わした。
「でもさ、山登りながら弓の訓練とかってどうするの?」
「旅の途中じゃなけりゃ、一日二百本以上射させるんだが。」
『…厳しい訓練の日々を思い出すわ。』
「とりあえず鳥や兎を弓で仕留めるかな。」
「一石二鳥、それ賛成。捕ったら夕食に困らないし。よろしく、お姫様。」
「えっ…」
それから一時間、ヨナは飛んでいる鳥を狙うがまったく当たる気配はない。
「ハク、リン…当たらない。どうすればいいの?」
「ん?リン、射落とせ。」
『は~い。』
私はヨナから弓と矢を一本貰って構えると頭上を飛ぶ鳥を射落とした。
それを拾ってユンに夕飯の材料として手渡す。
『はい。』
「材料確保!」
『美味しくしてちょうだいね。』
「誰に向かって言ってるの。」
『天才美少年のユン。』
「よくわかってるじゃん。」
「リンがやったみたいにするんです。」
「…どうやったの?」
「狙う。」
「…わからない。」
「何が?」
『…天才には出来ない人の気持ちがわからないんですよ。』
「ハクは師匠(せんせい)にはなれないわね。」
「待て待て。いいですか、根本的にあんたには力が足りない。」
ハクはヨナに弓を持たせ、彼女を支えながら共に弓を引いた。
「震えず弦を引く力をつけて…あとは身体で覚える。」
放たれた矢は鳥を射落とした。
それを回収してユンの荷物が増えていく。
「さばかなきゃ…」
『手伝うわ。』
「助かるよ。」
「姫さん、本当の弓の名手は目を瞑ってでも的に当てるらしいから、目に映るものに惑わされすぎないように。」
『今は真っ直ぐ矢を飛ばす事を考えてはどうでしょう。』
それからも私達の旅は続き、ユンの道案内と私の気配を辿る力で白龍の里を目指した。
夜になるとヨナは起きて弓の練習を続けた。昼間に歩いている途中でも練習はしているというのに。
夜に彼女が起きている事を私もハクも知っている。知っていながら何も言わず陰から見守っているのだ。
「今日は俺が見てる。リン、お前は寝てろ。」
『でも…ハクだってちゃんと寝てないでしょ。』
「フッ…少しは甘えとけ。」
私は彼の足元に座ると木にもたれて目を閉じた。
ユンはある夜、ヨナが練習しているのを目撃した。それまで彼は寝入っていて全く気付かなかったのだ。
朝になって朝食を作りながらユンはヨナに告げる。
私は2人の近くで剣を抱いて木に背を預けて座っていた。
「様になってきたんじゃない?弓を引く姿勢。」
「本当?ユンは弓出来る?」
「狩猟なら俺は罠派。弓もできなくはないけど。
…生半可な気持ちなら武器は持たない方がいいよ。」
「え?」
「人を殺すか殺さないかの話。
護身用とか言ってるけど、俺らのような力の無い人間が戦場に放りこまれて情けなんてかけられる立場?
俺らが生き残るには容赦なく急所を狙う一撃必殺の技か、卑劣な手段か、ココ…頭脳戦しかないってこと。」
ユンは自分の頭を指で示しながら淡々と話す。
「スキを作ったり手加減したりなんて器用なマネはあの雷獣さんや舞姫さんだから出来る事なんだよ。」
彼の言葉を受け止めまた私達は旅を続けた。
ヨナは途中小さな猪の子供を見つけた。それに向かって彼女は弓を引く。私とハクはそれを見て足を止めると背後から見守る。
―…可愛い。あの子が人であったとしても戦場ならば矢を当てなければ…
弓を引くということは命を奪い、奪われるということ…―
彼女が放った矢は猪の子を掠めたが射止めることはできなかった。
―父上…父上が嫌った痛み…
でも父上、奪わなければ私は今生きてゆけません…―
『惜しかったですね。』
「無駄にケガさせた。かえって残酷ね。」
「迷いがあるからでしょ。」
そのときヨナの顔がはっとした。私とハクはそれに気付きユンに言う。
『ユン、先に行ってて。』
「…早く来てよね。もうすぐイクスの言ってた場所だから。」
「あぁ。」
彼が行ってしまったのを見届けて私達はヨナに向き直る。
「…さて、どこまで上達したか師匠(先生)が見てあげましょう。」
『まずはこの木に向けて射ってください。』
私は近くの木を指さす。するとヨナは真っ直ぐと矢を当てた。
「おめでとーございます。さすがです。とりあえず当たってます。」
「なぜかしら、忌々しいわ。」
「あとは…そうだな…俺、狙って下さい。」
ハクはそう言いながら私に大刀を渡した。
私はそれを受け取って肩に担ぐと2人を見守ることにした。
「無理!」
「大丈夫、よけますから。動いてる物に当てる練習。」
『いいえ、人に当てる練習よ。』
「テキトーに動きますから射って下さい。」
「当たっても知らないから…!」
ヨナはハク目掛けて次々と矢を射る。私はそんな彼女を見て真剣な目をした。
「もうっ、ハク!ちょこまかしない!」
「まだまだ全然当たる気がしませんねー」
『姫様、相手を射る気があるのなら冷静に…ただ相手を射抜くことだけを考えてください。』
「そ、そんなこと…」
ハクは飛んできた矢を片手で掴むとパキッと折ってみせた。
「まだまだ殺気が足りない。」
「さ…殺気なんてあるわけないでしょ。」
『それならハクを追っ手だと思えばいいのです。
火の部族でも城の兵士でも…貴女を殺そうとする相手を想像してください。』
「そんな相手私にはいない!」
「そうかじゃあ…」
ハクは冷たい表情でヨナに向かって言い放った。
「俺をスウォンだと思って射て。」
するとヨナの目が鋭くなり哀しみに染まった。
そして放たれた矢はハクの頬を掠め背後にあった木に深々と刺さった。
私とハクは目を見開くが、彼女の表情にそっと顔を曇らせた。
彼女の中には憎しみと同時にまだ愛しさが残っていると感じられたからだ。
そして私やハクの胸の中にもまだスウォンとの楽しかった過去の記憶が刻まれていることも互いに気付いている。
「…お前のそういう所嫌いよ。
…それでも…お前達を守る為なら誰かを犠牲にしてでも武器を手にしたいと望むの。」
ヨナの強い言葉と儚い涙に私は顔を俯かせ、ハクは彼女を抱き寄せた。
抱き寄せた髪に軽く唇を寄せて彼はすぐにヨナから離れる。
「ハク…?」
「…守るとかそういう事言うな。」
「どうして…?」
「欲が出る。」
「…?」
『ハク…』
「とにかく守るのは俺らの仕事です。
俺達を道具だと思えって言ったでしょう。道具の心配はしなくていいんです。」
ハクは私の手から大刀を取り歩き出した。
私は顔を上げるとヨナの手を握り歩き出したのだった。
少し歩くと周囲が霧で染まり始めた。
「だいぶ視界が悪くなってきたな。」
「ユンどこまで行ったのかな。」
「こっちで本当にあってるのか、リン?」
『間違いないわ。白龍の気配が近付いてる。』
「霧深き幻の里…この辺だと思うが里なんてどこに…」
「ハク!リン!大変!!」
「『!?』」
「何も見えん…どこです?」
「ここ!」
『あっちだわ。』
ハクは私の位置を香りで判断したらしくこちらへ手を伸ばす。
私はその手を握ってヨナのもとへと彼を案内した。
私の場合は音と気配で判断できるため、霧が濃くてもあまり不自由しないのだ。
―第一、この辺は奇妙な気配がして仕方ない…
さっきからずっと誰かが見張ってるみたいだし…―
周囲から感じられる気配に気づいてはいるものの、彼らの存在は少し霧のようにはっきりせず私も人数を特定できずにいた。
「早く来て。ユンが…ユンが消えた…!」
彼女のもとへ行くと近くにユンの荷物が落ちていた。
『これはユンの荷物…』
「ユン、どこ!?返事して!!」
『…それよりそろそろ出てきたらどうかしら。』
「「?」」
『ハク、少し集中すればこの気配に気づくでしょ。』
「…っ!」
私とハクはヨナを庇うように立つと周囲に注意を払った。
「気付いてたのか、リン…」
『まぁね…ただ気配まで霧みたいにあやふやだったからはっきりしなくて。』
「いつからいた…?」
『わからない。』
「…そうか。」
「去れ…去れ…この地より即刻立ち去れ。」
「誰!?」
「これ以上踏み込めば天罰が下されるであろう。」
「下がって。」
『はぁ…姿も現さずにこれまた自分勝手なことを仰いますことで。』
「霧に隠れて天罰たぁ、さぞご立派な神なんでしょう…ねぇっ!?」
その声に合わせてハクは大刀を、私は爪を出して大きく空を斬った。すると霧が一瞬で晴れたのだ。
―この爪…いいわね…―
手を開いたり閉じたりしながら感覚を確かめ、満足すると私はニッと笑った。
晴れた霧の向こうには木々の上に白い衣を着た人々が弓矢でこちらを狙っていた。
「主ら何者…!?」
「一振りで我らの霧を晴らすとは…!」
『貴方方は龍の里の者ですね。』
「我々一族を知っているようだな。」
ハクはヨナを抱き寄せ庇っているし、私は爪を出したまま2人の前に立ち木々の上にいる人々を睨みつけた。
「ならばますます生きて帰すわけにはゆかぬ。」
「先程の小僧もお前らの仲間か?」
「ユンを連れて行ったのはあなた達!?ユンをどうしたの?」
「あの小僧は……!」
ヨナがハクの腕の中から顔を出し言い放つと、彼女を見た人々が敵意を失くしていった。
「そなた…」
「赤い髪…」
「赤い髪だ…」
「まさか…」
「しかし少女だ。」
「「『?』」」
「それにこの甘い香り…まさか伝説の…!?」
「黒き女…妙な爪を持っているぞ!!」
「神話にある美女か…?」
「黒龍だ…」
『姫様と私の事を言っているようですが…』
「うん…」
すると人々の内最も偉いであろう人物が木から降りて私達の前に立った。
「いずこより参られたか?赤い髪の少女よ。」
「…風の地。神官様のお導きにより四龍の戦士を訪ねて来た。あなたは四龍の血を持つ人?」
「おお…神官様だと…!?」
「…いいえ、我々は白き龍の守り人。ご案内しましょう、白龍の里へ。」
その頃、ユンはというと白龍の里の者達に捕まって両手両足を縛られると里の中心にある檻に入れられていた。
「ちょっと!出してくれない!?
いくら俺が美少年だからって縛って檻に入れるなんて悪趣味っ!
言っとくけど俺に何かあったら天罰下るよ。
この美貌は天に愛されてるんだからね。あと雷獣とか舞姫ともマブダチなんだからね。」
「天罰は我が龍がお決めになる事だ。」
―こいつらやっぱり龍の血を持つ一族…
さて、どうやって抜け出すか…
お姫さん達、捕まったりしてないだろうな…―
彼が真剣に考えている近くを私、ヨナ、ハクは里の者に案内されて歩いていた。
「あー、左に見えますのは白龍様の像で…」
その光景にユンは吹き出すしかなかった。
そして私達に向かって大声で叫んだ。
「ちょっと!!そこ、何でぶらり龍の里めぐり!?
美少年は檻の中!?特別扱いにも程があるでしょ!?」
「あっ、ユン。元気?」
「元気に縛られてるよ!!」
「これはお連れ様にご無礼を…これ、出して差し上げなさい。」
「しかし…」
「赤い髪のお客様だぞ。」
「ああっ、失礼しました。」
ユンは解放されて私とハクに問う。
どう見てもヨナを…というより赤い髪に対する信頼がおかしいように見えたからだ。
「…何なの?」
『さぁ…?』
「わからん。姫さんを見た途端、手のひら返したように…」
『いや、姫様というよりむしろ…』
「まぁ、黒龍がいるのにも気付いたみたいだし当分攻撃はされねぇだろ。」
ハクの言葉に私は肩を竦めながら苦笑した。
「先程は無礼をお許し下さい。」
里の人が私達に説明を始めたため、喋るのをやめて耳を傾ける。
「ここは神話の時代より戦乱の後、役目を終えた四龍の一人、白龍様が流れついた場所。
これまで山賊や白龍様の力を手に入れようとする不届きものを我々は全て排除してきた。
白龍様を守りその血を次に渡してゆく事が我が一族の使命であり誇り。
他所者を易々とこの地に入れるわけにはいかんのです。」
「あんたらの事情はわかったが…」
そう、彼が話している間に里の人間が次々に集まって来てヨナはハクに抱かれて庇われるし、私の肩を抱き寄せて自分の傍に隠していた。
『これは何…?』
「赤い髪…」
「赤い髪だ…」
「本物か?」
「なんと美しい…」
「ありがたや~」
「ハク、聞いた?美しいって!」
「髪が、ね。」
「確かに珍しいけど、何ここ…赤髪信仰か何か?」
『もしかして緋龍王と関係が?』
「流石黒龍様。そのとおり我々にとって赤い髪は特別な思い入れがあるのですよ。
初代白龍様は赤い髪の王に仕えておられたから。」
「私この髪嫌いだったのに、人と違うから。」
「そんな勿体ない!
貴女は緋龍王のような赤い髪で、その上神官様のお導きでこの地を訪れたという。
もしや…黒龍様も共におられるということは…貴方が…
もしや貴女こそが我々が待ち望んだ方かもしれない。…違うかもしれない。」
その言葉に私とユンはズルッとこけそうになったが、どうにか思いとどまる。
『違ったらどうするつもりですか?こんな秘境を知った私達ですよ?』
「……………ともかく白龍様にお会いになって下さい。」
「長い!間が長いよ!!ねぇ、雷獣…リン…守ってよね?もしもの時は守ってよね?」
「どうしよーかなぁー」
『ふふっ、わかってるわよ。ユンだって大切な仲間だもの。』
「俺、リンの傍にいる。」
ハクを信頼できないと判断したユンが私の横にすっと寄ってきて私はクスクス笑った。
「その白龍様ってのはどう特別なの?
この里の人間はだいたい皆白龍の子孫なんでしょ?」
「そうです、我々は白龍様の子孫…」
『でも白龍の力を持つのはたった一人…』
「リン?」
『感じる…右手に龍の力を宿した白龍の存在を…』
私がニッと笑うとその場の全員が息を呑んだのだった。
同じ頃、白龍は自らの屋敷で目を覚ましていた。
右手の疼きを感じその手を太陽にそっとかざす。
「白龍様、お目覚めになられたか?」
「…今朝は…何故だか妙に右手が疼くな…」
白龍のもとにやってきたのはばあやと呼ばれる年配の女性。
彼女は4人の従者に担がれた神輿のような物に乗っていた。
「出あえ出あえっー白龍様の御手がー!!」
「大事ない!大事ないから大袈裟にするなっ」
「心の臓が潰れるかと思ったわ。大事な御手にお怪我でもあったのかと。」
「そなた達は何でも大袈裟にしすぎだ。
幼い頃から私が病に冒されないよう、私の力が外部の人間の手に渡らぬよう守ってきた。
本来なら私がそなたらを守るべきなのに。」
「何をおっしゃいます。
白龍様は神の力を持つ御方。我々の誇り、生きる希望。
特に貴方達は歴代のどの白龍様より美しく輝いておられる。」
「私もその名に恥じぬようにする。
だがどうにももどかしい。この力はいつ何の為に使えばよいのかと。」
「白龍様…神話の時代より受け継がれているその御力はもしかしたらこの時代では不要なものかもしれぬ。
しかし次のさらに次の白龍様が神の力をきっと守るべき主の為にお使いになられる、貴方様の分まで。
貴方様は何も心配なさらず里にいてくださればよい。」
―次の白龍だと…?守るべき主とは?
いつ現れるのだ。この時代で不要な力ならば私はただ血を繋ぐだけの存在…
数日前黒龍は目覚めたようであるというのに…
早く会いたい…私を必要としてくれる主に…!!―
ばあやはお茶を受け取ってのんびり飲みながら言う。
「ところで白龍様。白龍様は御歳20歳におなりじゃったかの…?」
「…そうだが。」
「そろそろ奥方が何人かいてもおかしくない年頃だのぅ?」
「一人でよい一人で。」
「一人もおらんではにゃーか!!先日も良縁を破綻にしおって!
もう里には白龍様のお気に召す娘はおらんぞよ!!」
―早くっ…早く我が主よ!!―
ばあやの言葉に白龍は主に来てほしいと願う。
早く結婚してほしいというばあやの願望が白龍には重荷のようだった。
そのとき白龍は里がざわついていることに気付いた。
「ところで今朝は何やら騒がしいな。」
「ああ、外からの侵入者が出たようで。」
「何!?即刻排除せんか。」
「それがとても珍しい方らしくて、里の中心でちょっと騒ぎに…」
「侵入者を易々と里に招き入れたのか!?」
「でも可愛らしい女子だと聞いたがの…」
「それがどうした。女の刺客など最も油断ならんではないか。」
白龍は寝間着を脱ぎバサッと上着を羽織った。
「私が出る。」
「白龍様っ!」
―この力、せめて里を守る為役立ててみせる…侵入者め、思い知るがいい!―
私達は大きな木の根元に座って白龍が出てくるのを待っていた。
ヨナには外套を被せ赤い髪を隠させた。髪を見た民達が騒がしいからだ。
「どうした、姫さん。」
「…途方もないわね。白龍の力を持つ子が一族の中から生まれると程なくして先代白龍の力は失われるんだって。
そうしていつの日かまた龍の力が必要とされる時まで血を繋いでいかなきゃいけないのよね。」
『えぇ。黒龍に至っては里がないので世界のどこかで知らず知らずのうちに受け継がれていくようですが。』
「…そんな力を私借りに来たのね。」
「…やめとく?」
ハクはヨナに問うた。彼の口角は少しだけ上がっている。
きっと挑発的に訊いて彼女の反応を楽しんでいるのだろう。
だが、ヨナは笑っていた。その笑みはどこか私とハクを惹き付けるものがあった。
「ハク。」
「!?」
私達が目を丸くしている間に彼女はハクの懐から剣を抜いた。
「剣貸して。」
「!?」
『やられたわね、ハク。』
「不覚…」
「決めた事よ。後戻りなんてしない。」
ヨナはすっと立ち私達に剣を向け青空を背景に笑った。
「でも白龍がダメだったら私をもっと鍛えてね。」
私とハクは眩しいものを見るように彼女を見上げて笑うのだった。
白龍は龍の手をチラつかせながら侵入者である私達のもとへとやってくる。
そんな彼をばあやは追い掛けてくる。
「白龍様!白龍様、お待ちを。」
「侵入者はこっちか!?」
そのとき剣を私とハクに向けているヨナを見つけた。
その後ろ姿に敵意剥き出しで白龍は足を進める。
―む、あそこか…不届き者め、里を混乱に陥れるなど…
この爪で引き裂いてくれる!!―
「そこの女!!」
ヨナが振り返ると白龍の目に彼女の赤い髪が映った。
彼は目を見開き、すぐに彼の血は沸騰するように騒ぎ始めたのだ。
ヨナの隣にいた私には白龍の気配が強く感じられた。
―赤い髪…なんだ、腕が…血が…逆流するようだ…!!―
彼の身体の中で龍の声がする。
「四龍の戦士よ
これよりお前達は我々の分身
緋龍を主とし
命の限り
これを守り これを愛し
決して裏切るな」
彼が苦しみ悶えるのを私達はただ見守るだけ。
そして彼が苦しんでいるのがヨナを見て主だと判断した血の所為だと私は実体験もあって気付いている。
「うあぁああああああ」
彼は叫びながら倒れていった。
―あの龍の血が暴れる感覚は本当に耐えるのがつらいのよ…
ヨナから目を離せなくて、それでいて苦しくて…―
ヨナ、ハク、ユンは白龍の様子に目を丸くするが、私はその感覚を思い出し身をぶるっと震わせた。
―この御方こそ求め続けた我が主…―
倒れた白龍は自分の中に懐かしい声を聞いていた。
「キジャ、神話の時代四龍の戦士は緋龍王を守る為生まれた。
また再び王は現れお前の力を必要とするだろう。」
「いつですか、父上?いつになれば私の王は現れるのでしょう。」
「会えばわかる。お前の血が王を探し出す。
お前の白龍としての血が…お前は眩い光を見るだろう。
その時こそキジャ…いや、白龍よ。旅立ちの時だ。」
倒れた白龍に私達だけでなく民達も駆け寄った。
「白龍様!!」
私は彼の身体を起こし自分の膝を枕にして仰向けに寝かせた。
ユンがそっと白龍の額に手を当てて容態を確かめる。
「大丈夫!?」
「おお…見ろ、白龍様の御手が…」
民が言うように白龍の右手はシュウと音をたてながら服を焦がしていた。
その手は鱗と大きな爪がありまさに龍の手だった。
その鱗の形状は私の耳飾りとまったく同じだった。
白龍はそっと目を開き自分を覗き込むヨナを見上げる。
―あぁ、父上…血を守り一族を守り続けた歴代白龍達よ…感謝します…―
「あの…白…龍…?」
「…はい。」
白龍は身体を起こすとヨナに向けて深々と頭を下げた。
「私は古より受け継がれし白き龍の血を引く者。
お待ちしておりました、我が主よ。」
私とヨナは顔を見合わせながらとりあえず立ち上がり、ハクやユンと並ぶ。
「主?何の…こ…と…」
ただ民が全員こちらに向かって地に正座して頭を下げるため無下にもできない。
困惑する私達を差し置いて白龍は目を輝かせ、民達も嬉しそう。
「おめでとうございます、白龍様!」
「ようやく我らの王が現れたのですね!」
「王!?」
「古より守り続けた神の力…ようやく今日報われるのですね!」
盛り上がる白龍と民に私、ヨナ、ハク、ユンは立ち尽くす。
「なんか盛り上がってるね。」
「王って王族だから?」
「赤い髪だから緋龍王だと思ってんのかもな。」
『まぁ、私の中にいる黒龍も姫様を主と認めているようですが…』
「でも私緋龍王の血筋じゃないよ。
高華国の歴史の中で火や水の部族が王権握っていた時代もあるから緋龍王の血筋なんて残ってないと思う。」
「我が主よ。」
「えっ?」
「よろしければお名前を…」
「…ヨナ。」
「ヨナ…様。」
ヨナは白龍を見て息を呑む。輝く白銀の髪と白い肌、そして整った容姿。見惚れても仕方あるまい。
―わあ、この人が白龍…白銀の髪に透き通るような白い肌…人ではないみたい…―
「あなたキレイね。」
「はっ…とんでもありません。ヨナ様の方が神々しいお姿で。」
「龍は皆キレイなのかしら。」
「…と言いますと?」
「だって黒龍であるリンも高華国一の美女って言われるくらいなのよ?」
『そんな恐れ多い…』
「黒龍…そなたがつい先日目覚めた黒龍だとでもいうのか…」
『えぇ。私はヨナ姫様を主と認め黒龍としての力を得たばかりの未熟者。
姫様の護衛と相談役を任されているリンと言います。』
「龍同士仲良くやろうではないか。」
彼の言葉に私は笑みを零した。ヨナはそんな私達を見てそっと口を開いた。
「私…あなたの王でも主でもないわよ。
私は自分と仲間を守る為に神の力を欲しがる不届き者。」
彼女の言葉に私、ハク、ユンは目を丸くして言葉を失う。
「ちょ…黙っとこうよ、そういう事は。」
「他の3人の龍も手に入れようと旅をしてるの。
最初にあなたの力を借りたい。いいかしら?」
―最初…そう、黒龍である私は四龍の戦士ではない。
彼らを集めるために今は姫様を守り、私の香りで四龍を誘い出せればいいのだけれど…―
ヨナの真っ直ぐで偽りのない言葉にユンは顔を曇らせ、私とハクはニッと笑った。
彼女の純粋でありながらも欲望を丸出しにする様子が気に入っているからだ。
「光栄の極みにございます。」
白龍もヨナの様子に笑みを零しすべてを受け入れた。
「あなたが誰であろうとどんな目的があろうと、私は今からあなたの龍です。私の中の血がそう告げているのです。」
白龍や民が去ると私達4人は再び木の下に腰を下ろした。
「ああ、驚いた。イクスの予言通りだったけど、まさかあんなにすんなり仲間になってくれるとは。」
「姫だって話したら向こうもびっくりしてたしね。」
「…不届き者なんて言っちゃって。」
「本当だもの。彼に嘘は嫌だったし。」
「そしてコイツとリンがずっとニタニタしてて気持ち悪かった。」
『ちょっとユン!気持ち悪いとは何よ…』
「べつに。姫さんが神にケンカ売るよーな事言うから楽しくて♡」
「またハクの皮肉?」
「まさか。」
―不安で気ィ張ってるくせにバクチ打つ姿も悪くない…―
―悪くないどころか惹きつけられてしまう…
それは私が黒龍だからなのか、はたまた相手がヨナだからなのか…―
私とハクは並んで笑いながらそんなことを思っていた。
互いに思っていることは薄々予想ができるのだから不思議だ。
「こんな素直に白龍が手を貸してくれるなら旅もすんなりいくよね。」
その頃、白龍は屋敷で右手の疼きに耐えていた。
―まだ右腕が…体が熱い…
あの御方を見た途端、全身の血が沸騰し龍の声が魂に響いた…
幼い頃から伝えられていた一族の彼岸…
数千年の時を経て私に託された使命…
父上…どうか見守っていて下さい…―
そんな彼のもとにハクがやってきて壁を拳で打ち音で来訪を知らせる。
「失礼。」
「な…!無礼者っ!!白龍の城に無断で上がり込むとは…っ」
「あー、悪ィ悪ィ。武器とか食料とか調達しに来たんだが何かある?」
「何をしてる!」
ハクが近くの壺を覗き込むため白龍は呆れながら金貨が入った袋をハクに渡す。
「お♡気前いいね、白龍様。」
「これを持って里から去れ。」
「は?」
「これまでご苦労。これから先、姫は私が黒龍と共にお守りするゆえ帰って良いぞ。」
「あ?」
ハクと白龍は互いを睨みながら私達のもとへ戻ってきた。
「あ、戻ってきた。」
『んー?』
2人の後ろに龍と虎が見える。
「なんかすっげ雲行き怪しいよー」
「どうしたの?」
「姫さん、こいつはダメだ。他を当たろう。」
「そなたこそ、去れ。姫様は私と黒龍で十分だ!」
「温室育ちの坊ちゃんに外の世界なんてムリムリ。」
「姫様、なぞこのような粗暴な物が護衛なのですか!?」
『ちょっと…ハク、何をしたのよ。』
「白龍様は俺に金やるから帰れとおっしゃるんだ。」
ユンはハクの胸元にある膨らみに対してツッコむ。
「で?その腹のでっぱりは?」
「メタボかな。」
「姫様をお守りするのは四龍の役目。龍でもない者は帰…」
ヨナはハクの腕にしがみついた。
「嫌っ!ハクは私の幼馴染みで城を出てからも独りになってからも見捨てずそばにいてくれたの。大事な人なの。ハクは一緒じゃなきゃ嫌!!」
私もヨナの後ろで白龍を見ながら頷く。
『ハクがいないと意味がないの、白龍。』
「黒龍…そなたまで…」
「ふ…ふふふふふふふふふふふふふふふふ」
ハクは嬉しさのあまり照れた顔を隠すべく片手で髪を掻き上げる。
「まあ、ねえ。ホラ。つうわけよ、しょうがねぇなぁ。」
「…姫がそうおっしゃるなら…」
その間にヨナはハクの懐から金貨の入った袋を取って白龍に返却した。
「でもね、白龍も必要よ。だってこのままだとハクもリンも私を守って死んじゃうもの。
だから白龍は2人が死なないように守ってほしいの。」
「…ほぅ。何だそういう事でしたか!
この者が弱いから私に救いを?
お任せを!姫様は勿論この者共は私が守ってやります。」
白龍の言葉に私の隣でハクが苛立ちを顕わにしたのがわかった。
『はぁ…』
「結構だ。白蛇ごときに守ってもらう程落ちちゃいねェんで。
俺の背中はリンに任せてるからな。」
「白蛇!?そなたっ、神聖なる龍を蛇だとっ!?」
『ハクも白龍もそれくらいにしなさいな…』
「ねーもー…めんどくさいから早く行こー」
「ん。」
『そうね。』
私、ヨナ、ユンはハクと白龍を放置して出発準備を開始した。
里を出ようとすると民が皆待っていた。
「白龍様。」
「皆…見送りはせずともよいと申したはず…」
「そんな…あんまりです!」
「出発はせめて明日だと思っておりましたのに。」
「何を言う。お仕えする主が現れたのだぞ。
その方が我が力を必要とされているのだ、歴代白龍が今この時の為に残してきた力を。
旅立ちの日まで皆に甘えていては天罰が下ろう。」
民に駆け寄り白龍は優しく微笑んで告げる。
私達は彼が別れを告げ終わるのを静かに待つことにした。
「本当に…白龍様はご自分にもお厳しくてご立派で。」
「お美しくて…」
「お肌スベスベで…」
「髪サラサラで…」
「女泣かせで…」
「私先日破談になりましたのよ。」
女性達の言葉に白龍も苦笑気味。
「白龍様…」
そんな中私達を山の中で迎えた男性が膝をついて頭を白龍に向けて下げた。
「白龍様が戻られるまでこの里の守りは我らに。」
「うむ、頼んだぞ。里が安泰であれば、万が一私が死んでもまた新たな白龍の御子が誕生するであろうからな。」
「そんな事おっしゃらないで下さい―――っ」
「泣いちゃうぞ―っ」
「白龍様のバカ――っ」
「す、すまぬ。」
「白龍様。」
「婆…」
最後に彼に声を掛けたのは育ての親でもある婆…ばあやだった。
「このにぎり飯を持って行きなされ。
道中冷えるであろう。婆の作った外套と着替えじゃ。
あと薬十年分とその美貌を保つ為の美容液。
ええい、お供に一匹持ってけドロボー!!」
「婆っ、持てぬ持てぬーっ」
押し付けられそうになった女性をやんわり押し戻してから白龍は婆を呼んだ。
「婆よ。しばらく留守にする。叔父達に村の事は任せてあるから…」
先程里を任せたのは彼の叔父のようだ。
「む、ワシは何も聞いておらぬぞ。
留守を預かるのは里の長老である婆の役目であろう!?」
「しかし婆、また目を悪くしたと聞いたが…」
「ワシがこの里で一番のピチピチですぞっ」
「確かに元気は認めるが…今年で100歳であろう…」
「だが…張り合いがないわ…
明朝…白龍様を叩き起こす事が…もう出来んとは…」
婆は泣きながら頭を下げて白龍を送り出す。
「一族の悲願が叶ったというのにまさかこんなに…急だとは…」
「婆…顔をあげよ。婆は父上や母上より長く共に過ごし私の成長を見守ってくれた私の大切な婆だ。
遠く離れた地からでも私は皆と婆の幸せを願おう。
だから婆も身体を労って(いたわって)穏やかに過ごされよ。」
「聞き捨てならんっまるで婆があと数年で死ぬような言い様だの。
婆はまだまだ生き足りぬ。
白龍様がお役目を終えて戻られる時、ワシは先頭でお出迎えしますぞ。必ずしますぞ…」
白龍は泣きながらも笑顔を見せる強き婆をそっと抱き締めた。
「何年先でも、めしいた目でも…白龍様の輝きがワシには見えるのだ。
お役目を果たして必ず戻られよ。」
民に見送られ私達は白龍の里を出た。
山道に戻ると私達はこれからの方針を決める。
「それでこれからどっち行こうか。ユン、イクスから何か聞いてない?」
「何も。こっからは手がかりナシ。」
「どうした。目ェ赤いぞ。」
『さっき白龍の里での別れを見て泣いてたものね?』
「うっさい!」
私とハクはユンをからかって彼から逃げながら笑う。
「困ったな…」
「四龍をお探しですよね。」
「えぇ。」
「私四龍の力を持つ者の気配わかりますよ。」
「そういえば…リンもそんなことを…」
『はい。』
「微弱ではありますが、我々四龍は兄弟のようなものです。
古より遠く離れていても血で呼び合うのです。
黒龍は目覚めと共に我らの繋がりに加わりましたが、四龍でないために感じる気配はとても些細なもの…」
『私は四龍の気配がわかるのにね。』
「それはきっと黒龍は四龍を大切に思い、統括していたからでしょう。
もっとも私も四龍に会った事ないのですが…」
「わあっ、それすごい便利っ」
「よっしゃ、とりあえず山を降りるか。」
『うん!』
「白蛇様、方向はどっちデスカ。」
「白蛇ではないっ」
「ハク、いじめないの。白龍でしょ?」
そのときヨナはある事に気付いた。
「そういえば…ねぇ、白龍。あなたの名前は?白龍って名前ではないわよね。」
「え…」
「黒龍が呼び名でリンという名を持つように、白龍にも名前があるでしょう?名前で呼んでも構わない?」
「名は…」
―父上と母上しか呼ばない名は…もう呼ぶ者はいないと思っていた…―
「キジャ…とお呼び下さい。」
こうして旅に白龍…キジャが加わったのだった。
ただ途中村を通ったりする時はヨナを袋に入れてハクに担がせる事になっていた。彼女の赤い髪は目立ってしまうからだ。
ハクは大きな笠、私は外套を被り顔を隠す。
「おう、久しぶりだなボウズ。ボウズの薬待ってたぞ。」
「おじさん、米ある?」
ユンは近くの村で薬と米を交換してもらっていた。私とハクはユンの後ろに立っているだけ。
ハクは片手に大刀、もう一方にはヨナが入った袋を担いでいる。
私は剣が目立たないよう服で覆って隠していた。
「珍しいな、連れがいるなんて。誰だ?そっちのデカイ兄ちゃんと美形そうな姉ちゃん。」
「あぁ…」
『商売仲間ですよ。』
「ちょいと国境近くまで商売しに。」
山道に入ればヨナを袋から出す。
『大丈夫ですか、姫様。』
「ふぅ…新鮮な空気…」
「ここからは歩いて下さいね、姫さん。」
「言われなくとも!」
彼女はどこか怒っているようだった。
スタスタと歩き出す彼女を私達は追い掛ける。
「姫さん、姫さーん!何怒ってるんですー?袋に詰めて担いだ事?
袋に入ってるのは衣服だと言って乱暴に熱かった事?
袋に入ってるのをいいことに触りまくった事?」
「全部!!どうしてくれよう、この仕打ち。」
ヨナは騒ぎ、ハクは木に登って彼女をからかっていた。私とユンは溜息を吐くばかり。
『はぁ…』
「俺は衣類が入ってるはずの袋がもぞもぞ動いておじさんにバレないか心臓バクバク。」
『まずそこよね…』
「いーい、アンタ達?赤い髪のお姫様!野獣の元将軍!」
「雷獣だ。」
「甘い香りがする舞姫!天才美少年!目立つんだから大人しくしてよね。
そしてこの辺は火の部族と王都の近く。見つかればヤバイってわかるよね!?」
「「『はーい。』」」
「しかし神官といい四龍といいややこしい場所に住んでいやがる。」
ハクの言葉に私達はイクスのもとを去る時、彼から向かうべき先を伝えられた。
「神官様よ、四龍の手がかりはあるのか?」
「龍の血を継ぐ者は今はそれぞれ生活をし、移動しているので場所の特定が難しいのです。」
「「めんどくさ!」」
「ですが、一人だけ…」
イクスは古い地図を広げて私達に見せた。
「一人だけ神話の時代より霧深き山の上に住まい、ひっそりとしかし確実に血を守り続ける一族がいます。
どこの部族にも属さず他の者を決して受け入れない。」
『四龍の気配なら私も感じますよ。』
「「え!?」」
『黒龍として目覚めてから私の中に四龍の鼓動を感じられるようになりました。
はっきりした場所はわからずとも、位置はおぼろげにわかるのです。』
「へぇ…」
「他の龍達もお前の気配に気づいてるのか?」
『う~ん…四龍の繋がりは強いけど、黒龍との繋がりは格別強いわけではないわ。
だから私が黒龍として目覚めた事に気付いたとしても、きっとどこにいるかはわかってないと思う。』
「そういうものなのか。」
『その気配と神官様の仰ることを考慮したとしても、向かう先は国境近くですね。』
「はい。火の部族と王都の近くを横切るので危険ですが…」
「王都どころか戒帝国も近いわ。」
ハクはニヤリと笑いながら言った。
ユンはわくわくと胸を躍らせながら口を開く。
「俺はよーやく外に出られたからすげー楽しみ、幻の里。国中を旅したら見聞録書く。」
「む?どうした、目が赤いぞ。」
「うるさい!」
ユンはイクスとの別れで泣いていた為、まだ目が赤かったのだ。
『からかわないの、ハク。』
「また…襲って来るかな、兵士達。」
そのときヨナがふと呟いた。
「大丈夫ですよ。俺とリンが何とかします。」
「あ、俺も守ってよね。か弱いんだから。」
「私…覚えなきゃ、剣術。」
ヨナの言葉に私とハクは目を見開く。そんな言葉が彼女の口から発せられるとは思ってもいなかったからだ。
「ハク、教えてくれるって言ったよね?」
「言っとらんがな…」
「道すがらでも良いから教えて。リンも!誰が襲って来ても撃退できるように。」
「姫さん…あんたに人が殺せるのか?」
ハクの冷たい言葉にヨナは息を呑む。それでも私もハクも引かなかった。
『撃退といっても都合よく敵が逃げるわけではありません。
殺す…もしくは再起不能にしなければならないんです。
それが姫様、貴女に出来ますか?』
私とハクの問いにヨナは俯いてしまった。
「…あの時、剣を持っても全然使えなかった。
敵わなくても殺せなくても自分やハク、リンが逃げるスキを作るくらいはやりたい。」
「俺らはともかく…」
『護身用の剣術…』
「確かにそれは必要ですね。」
「教えてくれる?」
ハクは頭を抱える。ここでは私は口を挟まない。
ヨナの護衛はハクであり、私は同じ肩書きを持っていようともハクの従者に過ぎないから。
「…そうですね。では、これを。」
「弓?」
ハクは自分が背負っていた弓矢をヨナに手渡した。
『私達が前線で闘います。姫様は身を隠して敵を狙ってください。』
「はい。ねぇ、剣もちょうだい。」
「今は弓しか教えません。」
『…姫様、イル陛下は決して姫に武器を触らせなかった。私達は今陛下の命に背きます。』
「なぜ陛下が武器を嫌ったのか、よく考えてみて下さい。」
彼女は私達の真剣な目に弓をぎゅっと握る事しかできなかった。
私たちは歩きながら言葉を交わした。
「でもさ、山登りながら弓の訓練とかってどうするの?」
「旅の途中じゃなけりゃ、一日二百本以上射させるんだが。」
『…厳しい訓練の日々を思い出すわ。』
「とりあえず鳥や兎を弓で仕留めるかな。」
「一石二鳥、それ賛成。捕ったら夕食に困らないし。よろしく、お姫様。」
「えっ…」
それから一時間、ヨナは飛んでいる鳥を狙うがまったく当たる気配はない。
「ハク、リン…当たらない。どうすればいいの?」
「ん?リン、射落とせ。」
『は~い。』
私はヨナから弓と矢を一本貰って構えると頭上を飛ぶ鳥を射落とした。
それを拾ってユンに夕飯の材料として手渡す。
『はい。』
「材料確保!」
『美味しくしてちょうだいね。』
「誰に向かって言ってるの。」
『天才美少年のユン。』
「よくわかってるじゃん。」
「リンがやったみたいにするんです。」
「…どうやったの?」
「狙う。」
「…わからない。」
「何が?」
『…天才には出来ない人の気持ちがわからないんですよ。』
「ハクは師匠(せんせい)にはなれないわね。」
「待て待て。いいですか、根本的にあんたには力が足りない。」
ハクはヨナに弓を持たせ、彼女を支えながら共に弓を引いた。
「震えず弦を引く力をつけて…あとは身体で覚える。」
放たれた矢は鳥を射落とした。
それを回収してユンの荷物が増えていく。
「さばかなきゃ…」
『手伝うわ。』
「助かるよ。」
「姫さん、本当の弓の名手は目を瞑ってでも的に当てるらしいから、目に映るものに惑わされすぎないように。」
『今は真っ直ぐ矢を飛ばす事を考えてはどうでしょう。』
それからも私達の旅は続き、ユンの道案内と私の気配を辿る力で白龍の里を目指した。
夜になるとヨナは起きて弓の練習を続けた。昼間に歩いている途中でも練習はしているというのに。
夜に彼女が起きている事を私もハクも知っている。知っていながら何も言わず陰から見守っているのだ。
「今日は俺が見てる。リン、お前は寝てろ。」
『でも…ハクだってちゃんと寝てないでしょ。』
「フッ…少しは甘えとけ。」
私は彼の足元に座ると木にもたれて目を閉じた。
ユンはある夜、ヨナが練習しているのを目撃した。それまで彼は寝入っていて全く気付かなかったのだ。
朝になって朝食を作りながらユンはヨナに告げる。
私は2人の近くで剣を抱いて木に背を預けて座っていた。
「様になってきたんじゃない?弓を引く姿勢。」
「本当?ユンは弓出来る?」
「狩猟なら俺は罠派。弓もできなくはないけど。
…生半可な気持ちなら武器は持たない方がいいよ。」
「え?」
「人を殺すか殺さないかの話。
護身用とか言ってるけど、俺らのような力の無い人間が戦場に放りこまれて情けなんてかけられる立場?
俺らが生き残るには容赦なく急所を狙う一撃必殺の技か、卑劣な手段か、ココ…頭脳戦しかないってこと。」
ユンは自分の頭を指で示しながら淡々と話す。
「スキを作ったり手加減したりなんて器用なマネはあの雷獣さんや舞姫さんだから出来る事なんだよ。」
彼の言葉を受け止めまた私達は旅を続けた。
ヨナは途中小さな猪の子供を見つけた。それに向かって彼女は弓を引く。私とハクはそれを見て足を止めると背後から見守る。
―…可愛い。あの子が人であったとしても戦場ならば矢を当てなければ…
弓を引くということは命を奪い、奪われるということ…―
彼女が放った矢は猪の子を掠めたが射止めることはできなかった。
―父上…父上が嫌った痛み…
でも父上、奪わなければ私は今生きてゆけません…―
『惜しかったですね。』
「無駄にケガさせた。かえって残酷ね。」
「迷いがあるからでしょ。」
そのときヨナの顔がはっとした。私とハクはそれに気付きユンに言う。
『ユン、先に行ってて。』
「…早く来てよね。もうすぐイクスの言ってた場所だから。」
「あぁ。」
彼が行ってしまったのを見届けて私達はヨナに向き直る。
「…さて、どこまで上達したか師匠(先生)が見てあげましょう。」
『まずはこの木に向けて射ってください。』
私は近くの木を指さす。するとヨナは真っ直ぐと矢を当てた。
「おめでとーございます。さすがです。とりあえず当たってます。」
「なぜかしら、忌々しいわ。」
「あとは…そうだな…俺、狙って下さい。」
ハクはそう言いながら私に大刀を渡した。
私はそれを受け取って肩に担ぐと2人を見守ることにした。
「無理!」
「大丈夫、よけますから。動いてる物に当てる練習。」
『いいえ、人に当てる練習よ。』
「テキトーに動きますから射って下さい。」
「当たっても知らないから…!」
ヨナはハク目掛けて次々と矢を射る。私はそんな彼女を見て真剣な目をした。
「もうっ、ハク!ちょこまかしない!」
「まだまだ全然当たる気がしませんねー」
『姫様、相手を射る気があるのなら冷静に…ただ相手を射抜くことだけを考えてください。』
「そ、そんなこと…」
ハクは飛んできた矢を片手で掴むとパキッと折ってみせた。
「まだまだ殺気が足りない。」
「さ…殺気なんてあるわけないでしょ。」
『それならハクを追っ手だと思えばいいのです。
火の部族でも城の兵士でも…貴女を殺そうとする相手を想像してください。』
「そんな相手私にはいない!」
「そうかじゃあ…」
ハクは冷たい表情でヨナに向かって言い放った。
「俺をスウォンだと思って射て。」
するとヨナの目が鋭くなり哀しみに染まった。
そして放たれた矢はハクの頬を掠め背後にあった木に深々と刺さった。
私とハクは目を見開くが、彼女の表情にそっと顔を曇らせた。
彼女の中には憎しみと同時にまだ愛しさが残っていると感じられたからだ。
そして私やハクの胸の中にもまだスウォンとの楽しかった過去の記憶が刻まれていることも互いに気付いている。
「…お前のそういう所嫌いよ。
…それでも…お前達を守る為なら誰かを犠牲にしてでも武器を手にしたいと望むの。」
ヨナの強い言葉と儚い涙に私は顔を俯かせ、ハクは彼女を抱き寄せた。
抱き寄せた髪に軽く唇を寄せて彼はすぐにヨナから離れる。
「ハク…?」
「…守るとかそういう事言うな。」
「どうして…?」
「欲が出る。」
「…?」
『ハク…』
「とにかく守るのは俺らの仕事です。
俺達を道具だと思えって言ったでしょう。道具の心配はしなくていいんです。」
ハクは私の手から大刀を取り歩き出した。
私は顔を上げるとヨナの手を握り歩き出したのだった。
少し歩くと周囲が霧で染まり始めた。
「だいぶ視界が悪くなってきたな。」
「ユンどこまで行ったのかな。」
「こっちで本当にあってるのか、リン?」
『間違いないわ。白龍の気配が近付いてる。』
「霧深き幻の里…この辺だと思うが里なんてどこに…」
「ハク!リン!大変!!」
「『!?』」
「何も見えん…どこです?」
「ここ!」
『あっちだわ。』
ハクは私の位置を香りで判断したらしくこちらへ手を伸ばす。
私はその手を握ってヨナのもとへと彼を案内した。
私の場合は音と気配で判断できるため、霧が濃くてもあまり不自由しないのだ。
―第一、この辺は奇妙な気配がして仕方ない…
さっきからずっと誰かが見張ってるみたいだし…―
周囲から感じられる気配に気づいてはいるものの、彼らの存在は少し霧のようにはっきりせず私も人数を特定できずにいた。
「早く来て。ユンが…ユンが消えた…!」
彼女のもとへ行くと近くにユンの荷物が落ちていた。
『これはユンの荷物…』
「ユン、どこ!?返事して!!」
『…それよりそろそろ出てきたらどうかしら。』
「「?」」
『ハク、少し集中すればこの気配に気づくでしょ。』
「…っ!」
私とハクはヨナを庇うように立つと周囲に注意を払った。
「気付いてたのか、リン…」
『まぁね…ただ気配まで霧みたいにあやふやだったからはっきりしなくて。』
「いつからいた…?」
『わからない。』
「…そうか。」
「去れ…去れ…この地より即刻立ち去れ。」
「誰!?」
「これ以上踏み込めば天罰が下されるであろう。」
「下がって。」
『はぁ…姿も現さずにこれまた自分勝手なことを仰いますことで。』
「霧に隠れて天罰たぁ、さぞご立派な神なんでしょう…ねぇっ!?」
その声に合わせてハクは大刀を、私は爪を出して大きく空を斬った。すると霧が一瞬で晴れたのだ。
―この爪…いいわね…―
手を開いたり閉じたりしながら感覚を確かめ、満足すると私はニッと笑った。
晴れた霧の向こうには木々の上に白い衣を着た人々が弓矢でこちらを狙っていた。
「主ら何者…!?」
「一振りで我らの霧を晴らすとは…!」
『貴方方は龍の里の者ですね。』
「我々一族を知っているようだな。」
ハクはヨナを抱き寄せ庇っているし、私は爪を出したまま2人の前に立ち木々の上にいる人々を睨みつけた。
「ならばますます生きて帰すわけにはゆかぬ。」
「先程の小僧もお前らの仲間か?」
「ユンを連れて行ったのはあなた達!?ユンをどうしたの?」
「あの小僧は……!」
ヨナがハクの腕の中から顔を出し言い放つと、彼女を見た人々が敵意を失くしていった。
「そなた…」
「赤い髪…」
「赤い髪だ…」
「まさか…」
「しかし少女だ。」
「「『?』」」
「それにこの甘い香り…まさか伝説の…!?」
「黒き女…妙な爪を持っているぞ!!」
「神話にある美女か…?」
「黒龍だ…」
『姫様と私の事を言っているようですが…』
「うん…」
すると人々の内最も偉いであろう人物が木から降りて私達の前に立った。
「いずこより参られたか?赤い髪の少女よ。」
「…風の地。神官様のお導きにより四龍の戦士を訪ねて来た。あなたは四龍の血を持つ人?」
「おお…神官様だと…!?」
「…いいえ、我々は白き龍の守り人。ご案内しましょう、白龍の里へ。」
その頃、ユンはというと白龍の里の者達に捕まって両手両足を縛られると里の中心にある檻に入れられていた。
「ちょっと!出してくれない!?
いくら俺が美少年だからって縛って檻に入れるなんて悪趣味っ!
言っとくけど俺に何かあったら天罰下るよ。
この美貌は天に愛されてるんだからね。あと雷獣とか舞姫ともマブダチなんだからね。」
「天罰は我が龍がお決めになる事だ。」
―こいつらやっぱり龍の血を持つ一族…
さて、どうやって抜け出すか…
お姫さん達、捕まったりしてないだろうな…―
彼が真剣に考えている近くを私、ヨナ、ハクは里の者に案内されて歩いていた。
「あー、左に見えますのは白龍様の像で…」
その光景にユンは吹き出すしかなかった。
そして私達に向かって大声で叫んだ。
「ちょっと!!そこ、何でぶらり龍の里めぐり!?
美少年は檻の中!?特別扱いにも程があるでしょ!?」
「あっ、ユン。元気?」
「元気に縛られてるよ!!」
「これはお連れ様にご無礼を…これ、出して差し上げなさい。」
「しかし…」
「赤い髪のお客様だぞ。」
「ああっ、失礼しました。」
ユンは解放されて私とハクに問う。
どう見てもヨナを…というより赤い髪に対する信頼がおかしいように見えたからだ。
「…何なの?」
『さぁ…?』
「わからん。姫さんを見た途端、手のひら返したように…」
『いや、姫様というよりむしろ…』
「まぁ、黒龍がいるのにも気付いたみたいだし当分攻撃はされねぇだろ。」
ハクの言葉に私は肩を竦めながら苦笑した。
「先程は無礼をお許し下さい。」
里の人が私達に説明を始めたため、喋るのをやめて耳を傾ける。
「ここは神話の時代より戦乱の後、役目を終えた四龍の一人、白龍様が流れついた場所。
これまで山賊や白龍様の力を手に入れようとする不届きものを我々は全て排除してきた。
白龍様を守りその血を次に渡してゆく事が我が一族の使命であり誇り。
他所者を易々とこの地に入れるわけにはいかんのです。」
「あんたらの事情はわかったが…」
そう、彼が話している間に里の人間が次々に集まって来てヨナはハクに抱かれて庇われるし、私の肩を抱き寄せて自分の傍に隠していた。
『これは何…?』
「赤い髪…」
「赤い髪だ…」
「本物か?」
「なんと美しい…」
「ありがたや~」
「ハク、聞いた?美しいって!」
「髪が、ね。」
「確かに珍しいけど、何ここ…赤髪信仰か何か?」
『もしかして緋龍王と関係が?』
「流石黒龍様。そのとおり我々にとって赤い髪は特別な思い入れがあるのですよ。
初代白龍様は赤い髪の王に仕えておられたから。」
「私この髪嫌いだったのに、人と違うから。」
「そんな勿体ない!
貴女は緋龍王のような赤い髪で、その上神官様のお導きでこの地を訪れたという。
もしや…黒龍様も共におられるということは…貴方が…
もしや貴女こそが我々が待ち望んだ方かもしれない。…違うかもしれない。」
その言葉に私とユンはズルッとこけそうになったが、どうにか思いとどまる。
『違ったらどうするつもりですか?こんな秘境を知った私達ですよ?』
「……………ともかく白龍様にお会いになって下さい。」
「長い!間が長いよ!!ねぇ、雷獣…リン…守ってよね?もしもの時は守ってよね?」
「どうしよーかなぁー」
『ふふっ、わかってるわよ。ユンだって大切な仲間だもの。』
「俺、リンの傍にいる。」
ハクを信頼できないと判断したユンが私の横にすっと寄ってきて私はクスクス笑った。
「その白龍様ってのはどう特別なの?
この里の人間はだいたい皆白龍の子孫なんでしょ?」
「そうです、我々は白龍様の子孫…」
『でも白龍の力を持つのはたった一人…』
「リン?」
『感じる…右手に龍の力を宿した白龍の存在を…』
私がニッと笑うとその場の全員が息を呑んだのだった。
同じ頃、白龍は自らの屋敷で目を覚ましていた。
右手の疼きを感じその手を太陽にそっとかざす。
「白龍様、お目覚めになられたか?」
「…今朝は…何故だか妙に右手が疼くな…」
白龍のもとにやってきたのはばあやと呼ばれる年配の女性。
彼女は4人の従者に担がれた神輿のような物に乗っていた。
「出あえ出あえっー白龍様の御手がー!!」
「大事ない!大事ないから大袈裟にするなっ」
「心の臓が潰れるかと思ったわ。大事な御手にお怪我でもあったのかと。」
「そなた達は何でも大袈裟にしすぎだ。
幼い頃から私が病に冒されないよう、私の力が外部の人間の手に渡らぬよう守ってきた。
本来なら私がそなたらを守るべきなのに。」
「何をおっしゃいます。
白龍様は神の力を持つ御方。我々の誇り、生きる希望。
特に貴方達は歴代のどの白龍様より美しく輝いておられる。」
「私もその名に恥じぬようにする。
だがどうにももどかしい。この力はいつ何の為に使えばよいのかと。」
「白龍様…神話の時代より受け継がれているその御力はもしかしたらこの時代では不要なものかもしれぬ。
しかし次のさらに次の白龍様が神の力をきっと守るべき主の為にお使いになられる、貴方様の分まで。
貴方様は何も心配なさらず里にいてくださればよい。」
―次の白龍だと…?守るべき主とは?
いつ現れるのだ。この時代で不要な力ならば私はただ血を繋ぐだけの存在…
数日前黒龍は目覚めたようであるというのに…
早く会いたい…私を必要としてくれる主に…!!―
ばあやはお茶を受け取ってのんびり飲みながら言う。
「ところで白龍様。白龍様は御歳20歳におなりじゃったかの…?」
「…そうだが。」
「そろそろ奥方が何人かいてもおかしくない年頃だのぅ?」
「一人でよい一人で。」
「一人もおらんではにゃーか!!先日も良縁を破綻にしおって!
もう里には白龍様のお気に召す娘はおらんぞよ!!」
―早くっ…早く我が主よ!!―
ばあやの言葉に白龍は主に来てほしいと願う。
早く結婚してほしいというばあやの願望が白龍には重荷のようだった。
そのとき白龍は里がざわついていることに気付いた。
「ところで今朝は何やら騒がしいな。」
「ああ、外からの侵入者が出たようで。」
「何!?即刻排除せんか。」
「それがとても珍しい方らしくて、里の中心でちょっと騒ぎに…」
「侵入者を易々と里に招き入れたのか!?」
「でも可愛らしい女子だと聞いたがの…」
「それがどうした。女の刺客など最も油断ならんではないか。」
白龍は寝間着を脱ぎバサッと上着を羽織った。
「私が出る。」
「白龍様っ!」
―この力、せめて里を守る為役立ててみせる…侵入者め、思い知るがいい!―
私達は大きな木の根元に座って白龍が出てくるのを待っていた。
ヨナには外套を被せ赤い髪を隠させた。髪を見た民達が騒がしいからだ。
「どうした、姫さん。」
「…途方もないわね。白龍の力を持つ子が一族の中から生まれると程なくして先代白龍の力は失われるんだって。
そうしていつの日かまた龍の力が必要とされる時まで血を繋いでいかなきゃいけないのよね。」
『えぇ。黒龍に至っては里がないので世界のどこかで知らず知らずのうちに受け継がれていくようですが。』
「…そんな力を私借りに来たのね。」
「…やめとく?」
ハクはヨナに問うた。彼の口角は少しだけ上がっている。
きっと挑発的に訊いて彼女の反応を楽しんでいるのだろう。
だが、ヨナは笑っていた。その笑みはどこか私とハクを惹き付けるものがあった。
「ハク。」
「!?」
私達が目を丸くしている間に彼女はハクの懐から剣を抜いた。
「剣貸して。」
「!?」
『やられたわね、ハク。』
「不覚…」
「決めた事よ。後戻りなんてしない。」
ヨナはすっと立ち私達に剣を向け青空を背景に笑った。
「でも白龍がダメだったら私をもっと鍛えてね。」
私とハクは眩しいものを見るように彼女を見上げて笑うのだった。
白龍は龍の手をチラつかせながら侵入者である私達のもとへとやってくる。
そんな彼をばあやは追い掛けてくる。
「白龍様!白龍様、お待ちを。」
「侵入者はこっちか!?」
そのとき剣を私とハクに向けているヨナを見つけた。
その後ろ姿に敵意剥き出しで白龍は足を進める。
―む、あそこか…不届き者め、里を混乱に陥れるなど…
この爪で引き裂いてくれる!!―
「そこの女!!」
ヨナが振り返ると白龍の目に彼女の赤い髪が映った。
彼は目を見開き、すぐに彼の血は沸騰するように騒ぎ始めたのだ。
ヨナの隣にいた私には白龍の気配が強く感じられた。
―赤い髪…なんだ、腕が…血が…逆流するようだ…!!―
彼の身体の中で龍の声がする。
「四龍の戦士よ
これよりお前達は我々の分身
緋龍を主とし
命の限り
これを守り これを愛し
決して裏切るな」
彼が苦しみ悶えるのを私達はただ見守るだけ。
そして彼が苦しんでいるのがヨナを見て主だと判断した血の所為だと私は実体験もあって気付いている。
「うあぁああああああ」
彼は叫びながら倒れていった。
―あの龍の血が暴れる感覚は本当に耐えるのがつらいのよ…
ヨナから目を離せなくて、それでいて苦しくて…―
ヨナ、ハク、ユンは白龍の様子に目を丸くするが、私はその感覚を思い出し身をぶるっと震わせた。
―この御方こそ求め続けた我が主…―
倒れた白龍は自分の中に懐かしい声を聞いていた。
「キジャ、神話の時代四龍の戦士は緋龍王を守る為生まれた。
また再び王は現れお前の力を必要とするだろう。」
「いつですか、父上?いつになれば私の王は現れるのでしょう。」
「会えばわかる。お前の血が王を探し出す。
お前の白龍としての血が…お前は眩い光を見るだろう。
その時こそキジャ…いや、白龍よ。旅立ちの時だ。」
倒れた白龍に私達だけでなく民達も駆け寄った。
「白龍様!!」
私は彼の身体を起こし自分の膝を枕にして仰向けに寝かせた。
ユンがそっと白龍の額に手を当てて容態を確かめる。
「大丈夫!?」
「おお…見ろ、白龍様の御手が…」
民が言うように白龍の右手はシュウと音をたてながら服を焦がしていた。
その手は鱗と大きな爪がありまさに龍の手だった。
その鱗の形状は私の耳飾りとまったく同じだった。
白龍はそっと目を開き自分を覗き込むヨナを見上げる。
―あぁ、父上…血を守り一族を守り続けた歴代白龍達よ…感謝します…―
「あの…白…龍…?」
「…はい。」
白龍は身体を起こすとヨナに向けて深々と頭を下げた。
「私は古より受け継がれし白き龍の血を引く者。
お待ちしておりました、我が主よ。」
私とヨナは顔を見合わせながらとりあえず立ち上がり、ハクやユンと並ぶ。
「主?何の…こ…と…」
ただ民が全員こちらに向かって地に正座して頭を下げるため無下にもできない。
困惑する私達を差し置いて白龍は目を輝かせ、民達も嬉しそう。
「おめでとうございます、白龍様!」
「ようやく我らの王が現れたのですね!」
「王!?」
「古より守り続けた神の力…ようやく今日報われるのですね!」
盛り上がる白龍と民に私、ヨナ、ハク、ユンは立ち尽くす。
「なんか盛り上がってるね。」
「王って王族だから?」
「赤い髪だから緋龍王だと思ってんのかもな。」
『まぁ、私の中にいる黒龍も姫様を主と認めているようですが…』
「でも私緋龍王の血筋じゃないよ。
高華国の歴史の中で火や水の部族が王権握っていた時代もあるから緋龍王の血筋なんて残ってないと思う。」
「我が主よ。」
「えっ?」
「よろしければお名前を…」
「…ヨナ。」
「ヨナ…様。」
ヨナは白龍を見て息を呑む。輝く白銀の髪と白い肌、そして整った容姿。見惚れても仕方あるまい。
―わあ、この人が白龍…白銀の髪に透き通るような白い肌…人ではないみたい…―
「あなたキレイね。」
「はっ…とんでもありません。ヨナ様の方が神々しいお姿で。」
「龍は皆キレイなのかしら。」
「…と言いますと?」
「だって黒龍であるリンも高華国一の美女って言われるくらいなのよ?」
『そんな恐れ多い…』
「黒龍…そなたがつい先日目覚めた黒龍だとでもいうのか…」
『えぇ。私はヨナ姫様を主と認め黒龍としての力を得たばかりの未熟者。
姫様の護衛と相談役を任されているリンと言います。』
「龍同士仲良くやろうではないか。」
彼の言葉に私は笑みを零した。ヨナはそんな私達を見てそっと口を開いた。
「私…あなたの王でも主でもないわよ。
私は自分と仲間を守る為に神の力を欲しがる不届き者。」
彼女の言葉に私、ハク、ユンは目を丸くして言葉を失う。
「ちょ…黙っとこうよ、そういう事は。」
「他の3人の龍も手に入れようと旅をしてるの。
最初にあなたの力を借りたい。いいかしら?」
―最初…そう、黒龍である私は四龍の戦士ではない。
彼らを集めるために今は姫様を守り、私の香りで四龍を誘い出せればいいのだけれど…―
ヨナの真っ直ぐで偽りのない言葉にユンは顔を曇らせ、私とハクはニッと笑った。
彼女の純粋でありながらも欲望を丸出しにする様子が気に入っているからだ。
「光栄の極みにございます。」
白龍もヨナの様子に笑みを零しすべてを受け入れた。
「あなたが誰であろうとどんな目的があろうと、私は今からあなたの龍です。私の中の血がそう告げているのです。」
白龍や民が去ると私達4人は再び木の下に腰を下ろした。
「ああ、驚いた。イクスの予言通りだったけど、まさかあんなにすんなり仲間になってくれるとは。」
「姫だって話したら向こうもびっくりしてたしね。」
「…不届き者なんて言っちゃって。」
「本当だもの。彼に嘘は嫌だったし。」
「そしてコイツとリンがずっとニタニタしてて気持ち悪かった。」
『ちょっとユン!気持ち悪いとは何よ…』
「べつに。姫さんが神にケンカ売るよーな事言うから楽しくて♡」
「またハクの皮肉?」
「まさか。」
―不安で気ィ張ってるくせにバクチ打つ姿も悪くない…―
―悪くないどころか惹きつけられてしまう…
それは私が黒龍だからなのか、はたまた相手がヨナだからなのか…―
私とハクは並んで笑いながらそんなことを思っていた。
互いに思っていることは薄々予想ができるのだから不思議だ。
「こんな素直に白龍が手を貸してくれるなら旅もすんなりいくよね。」
その頃、白龍は屋敷で右手の疼きに耐えていた。
―まだ右腕が…体が熱い…
あの御方を見た途端、全身の血が沸騰し龍の声が魂に響いた…
幼い頃から伝えられていた一族の彼岸…
数千年の時を経て私に託された使命…
父上…どうか見守っていて下さい…―
そんな彼のもとにハクがやってきて壁を拳で打ち音で来訪を知らせる。
「失礼。」
「な…!無礼者っ!!白龍の城に無断で上がり込むとは…っ」
「あー、悪ィ悪ィ。武器とか食料とか調達しに来たんだが何かある?」
「何をしてる!」
ハクが近くの壺を覗き込むため白龍は呆れながら金貨が入った袋をハクに渡す。
「お♡気前いいね、白龍様。」
「これを持って里から去れ。」
「は?」
「これまでご苦労。これから先、姫は私が黒龍と共にお守りするゆえ帰って良いぞ。」
「あ?」
ハクと白龍は互いを睨みながら私達のもとへ戻ってきた。
「あ、戻ってきた。」
『んー?』
2人の後ろに龍と虎が見える。
「なんかすっげ雲行き怪しいよー」
「どうしたの?」
「姫さん、こいつはダメだ。他を当たろう。」
「そなたこそ、去れ。姫様は私と黒龍で十分だ!」
「温室育ちの坊ちゃんに外の世界なんてムリムリ。」
「姫様、なぞこのような粗暴な物が護衛なのですか!?」
『ちょっと…ハク、何をしたのよ。』
「白龍様は俺に金やるから帰れとおっしゃるんだ。」
ユンはハクの胸元にある膨らみに対してツッコむ。
「で?その腹のでっぱりは?」
「メタボかな。」
「姫様をお守りするのは四龍の役目。龍でもない者は帰…」
ヨナはハクの腕にしがみついた。
「嫌っ!ハクは私の幼馴染みで城を出てからも独りになってからも見捨てずそばにいてくれたの。大事な人なの。ハクは一緒じゃなきゃ嫌!!」
私もヨナの後ろで白龍を見ながら頷く。
『ハクがいないと意味がないの、白龍。』
「黒龍…そなたまで…」
「ふ…ふふふふふふふふふふふふふふふふ」
ハクは嬉しさのあまり照れた顔を隠すべく片手で髪を掻き上げる。
「まあ、ねえ。ホラ。つうわけよ、しょうがねぇなぁ。」
「…姫がそうおっしゃるなら…」
その間にヨナはハクの懐から金貨の入った袋を取って白龍に返却した。
「でもね、白龍も必要よ。だってこのままだとハクもリンも私を守って死んじゃうもの。
だから白龍は2人が死なないように守ってほしいの。」
「…ほぅ。何だそういう事でしたか!
この者が弱いから私に救いを?
お任せを!姫様は勿論この者共は私が守ってやります。」
白龍の言葉に私の隣でハクが苛立ちを顕わにしたのがわかった。
『はぁ…』
「結構だ。白蛇ごときに守ってもらう程落ちちゃいねェんで。
俺の背中はリンに任せてるからな。」
「白蛇!?そなたっ、神聖なる龍を蛇だとっ!?」
『ハクも白龍もそれくらいにしなさいな…』
「ねーもー…めんどくさいから早く行こー」
「ん。」
『そうね。』
私、ヨナ、ユンはハクと白龍を放置して出発準備を開始した。
里を出ようとすると民が皆待っていた。
「白龍様。」
「皆…見送りはせずともよいと申したはず…」
「そんな…あんまりです!」
「出発はせめて明日だと思っておりましたのに。」
「何を言う。お仕えする主が現れたのだぞ。
その方が我が力を必要とされているのだ、歴代白龍が今この時の為に残してきた力を。
旅立ちの日まで皆に甘えていては天罰が下ろう。」
民に駆け寄り白龍は優しく微笑んで告げる。
私達は彼が別れを告げ終わるのを静かに待つことにした。
「本当に…白龍様はご自分にもお厳しくてご立派で。」
「お美しくて…」
「お肌スベスベで…」
「髪サラサラで…」
「女泣かせで…」
「私先日破談になりましたのよ。」
女性達の言葉に白龍も苦笑気味。
「白龍様…」
そんな中私達を山の中で迎えた男性が膝をついて頭を白龍に向けて下げた。
「白龍様が戻られるまでこの里の守りは我らに。」
「うむ、頼んだぞ。里が安泰であれば、万が一私が死んでもまた新たな白龍の御子が誕生するであろうからな。」
「そんな事おっしゃらないで下さい―――っ」
「泣いちゃうぞ―っ」
「白龍様のバカ――っ」
「す、すまぬ。」
「白龍様。」
「婆…」
最後に彼に声を掛けたのは育ての親でもある婆…ばあやだった。
「このにぎり飯を持って行きなされ。
道中冷えるであろう。婆の作った外套と着替えじゃ。
あと薬十年分とその美貌を保つ為の美容液。
ええい、お供に一匹持ってけドロボー!!」
「婆っ、持てぬ持てぬーっ」
押し付けられそうになった女性をやんわり押し戻してから白龍は婆を呼んだ。
「婆よ。しばらく留守にする。叔父達に村の事は任せてあるから…」
先程里を任せたのは彼の叔父のようだ。
「む、ワシは何も聞いておらぬぞ。
留守を預かるのは里の長老である婆の役目であろう!?」
「しかし婆、また目を悪くしたと聞いたが…」
「ワシがこの里で一番のピチピチですぞっ」
「確かに元気は認めるが…今年で100歳であろう…」
「だが…張り合いがないわ…
明朝…白龍様を叩き起こす事が…もう出来んとは…」
婆は泣きながら頭を下げて白龍を送り出す。
「一族の悲願が叶ったというのにまさかこんなに…急だとは…」
「婆…顔をあげよ。婆は父上や母上より長く共に過ごし私の成長を見守ってくれた私の大切な婆だ。
遠く離れた地からでも私は皆と婆の幸せを願おう。
だから婆も身体を労って(いたわって)穏やかに過ごされよ。」
「聞き捨てならんっまるで婆があと数年で死ぬような言い様だの。
婆はまだまだ生き足りぬ。
白龍様がお役目を終えて戻られる時、ワシは先頭でお出迎えしますぞ。必ずしますぞ…」
白龍は泣きながらも笑顔を見せる強き婆をそっと抱き締めた。
「何年先でも、めしいた目でも…白龍様の輝きがワシには見えるのだ。
お役目を果たして必ず戻られよ。」
民に見送られ私達は白龍の里を出た。
山道に戻ると私達はこれからの方針を決める。
「それでこれからどっち行こうか。ユン、イクスから何か聞いてない?」
「何も。こっからは手がかりナシ。」
「どうした。目ェ赤いぞ。」
『さっき白龍の里での別れを見て泣いてたものね?』
「うっさい!」
私とハクはユンをからかって彼から逃げながら笑う。
「困ったな…」
「四龍をお探しですよね。」
「えぇ。」
「私四龍の力を持つ者の気配わかりますよ。」
「そういえば…リンもそんなことを…」
『はい。』
「微弱ではありますが、我々四龍は兄弟のようなものです。
古より遠く離れていても血で呼び合うのです。
黒龍は目覚めと共に我らの繋がりに加わりましたが、四龍でないために感じる気配はとても些細なもの…」
『私は四龍の気配がわかるのにね。』
「それはきっと黒龍は四龍を大切に思い、統括していたからでしょう。
もっとも私も四龍に会った事ないのですが…」
「わあっ、それすごい便利っ」
「よっしゃ、とりあえず山を降りるか。」
『うん!』
「白蛇様、方向はどっちデスカ。」
「白蛇ではないっ」
「ハク、いじめないの。白龍でしょ?」
そのときヨナはある事に気付いた。
「そういえば…ねぇ、白龍。あなたの名前は?白龍って名前ではないわよね。」
「え…」
「黒龍が呼び名でリンという名を持つように、白龍にも名前があるでしょう?名前で呼んでも構わない?」
「名は…」
―父上と母上しか呼ばない名は…もう呼ぶ者はいないと思っていた…―
「キジャ…とお呼び下さい。」
こうして旅に白龍…キジャが加わったのだった。