主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
千州
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※番外編9“お大事に”の続編です。
野宿をしていたある日、私達が天幕の中にいると顔色の悪いハクがふらふらしていた。
そこにヨナが顔を覗かせて目を丸くする。
「えっ、ハク風邪引いたの?」
「風邪…っつーか喉が痛い…ちょっとな。鼻水が出る…ちょっとな。」
『ハク…』
「それを世間では風邪と言うんだよ。」
ふらついているハクを私とジェハで引き止める。
そこにキジャが意気揚々と婆から貰った喉飴を手にして声を掛けてくる。
「なんだ、ハク。喉が痛むのか。
ならば良い飴があるぞ。私の婆がくれた…」
「『キジャ/キジャ君、だめっっ!!』」
その喉飴は以前ヨナ、キジャ、シンアを豹変させたもの。
そんなものをハクが食べると思うと恐ろしい。私とジェハが必死に引き止めるのも当然だろう。
「そんなもの雷獣に飲ませたら死人が出るよっ」
「そうだよ。ハクが暴れたら誰も止められる人いないからね?」
「ハクが暴走したら私とジェハでやっつければ良い。」
「『病人やっつけてどーする!』」
「なに…?何か良い薬あるならくれ。」
「いや!ないない。」
「なんにもないない。」
『何も持ってないない。』
私、ユン、ジェハは揃って手を横に振りながらハクに否定を示す。
シンアはアオを両手に乗せてハクに差し出す。
「ハク…アオがどんぐりあげるって。」
「…よしよし。気持ちだけもらっとく…
薬がねえなら気合いで治すしかねーな…」
ハクはアオの頭を撫でながらそう呟く。
ジェハはハクに休息を取るよう促した。
「今はゆっくり寝てなよ。それが回復への近道だよ。」
「嫌だ…寝るとオネェ口調のタレ目に追いかけられる夢見る…」
「君の中の僕は一体どうなっているのかな?」
「だから俺は今日は絶対寝ない…」
『仕方ないわね…』
「ゼノとお嬢が二度と動けない呪いをかけてやるから。」
そう言いながら立ち上がった私とゼノはヨナを天幕の中へ引き入れた。
「娘さん、ここ座って。」
「え?うん。」
そして座らせると私はハクの背中をぽんと押した。
『はい、ハクは姫様の膝で有難く寝なさい。』
「んん!?」
「えっ」
「はい、これで兄ちゃんは二度と動けねーから。」
ハクはヨナの膝に頭を預けて横になったのだが、身を起こす余裕はない。
「確かにこれは最強の呪いだね。」
「お前らは…恐ろしい技を繰り出してきたな…」
『ふふっ、流石でしょ?伊達に貴方の事を知ってないわよ。』
「じじいの言う事は聞いといた方がいいから。これなら寝れるな。」
「馬鹿…余計寝れるか…」
「眠れないなら白龍か緑龍が交代するといいから。」
ゼノの言葉にキジャとジェハが構える。それを見てハクは大人しくなった。
「心得た。」
「よ~し♪ハク、おいで!」
「おやすみなさい。」
『せめて私が良かったかしら?』
「それは僕が許さないけどね。」
ジェハの言葉に私が肩をすくめながら笑った。
「姫様、大丈夫ですか?」
「ヨナちゃん、足が痺れたら僕が交代するからね。」
「断る。」
「君には言ってないよ。」
『たまには姫様に甘えてみるのもいいんじゃない?』
「…」
ジェハの言葉に言い返したハクに対して私が笑いながら言うと、これには言葉を返せないようだった。
「俺の枕は俺が決める…」
「寝ないと言ってたくせに突如枕の種類に注文つけ始めるとは…」
『わがまま…』
「ユン、あやつ殴っていいか?」
「気持ちはわかるけど治ってからね。」
天幕から出て朝食の用意をしているユンにキジャは右手を構えつつ問いかける。静かな顔でハクに妬いているようだ。
私はキジャの複雑な心境に勘付いている為、ユンと顔を見合わせて苦笑した。
そんな私達の近くでヨナはハクに声を掛ける。
「ハク、無理しないで。私ここにいるからゆっくり寝ていいよ。」
「…はい。」
「じゃ、俺らはご飯の支度するから。ヨナ、雷獣をよろしくね。」
「うん。」
『お手数お掛けします、姫様。』
「ううん、気にしないで。」
私はハクの頭を撫でてからジェハと共に立ち上がる。
「ハク、僕は邪魔しないからヨナちゃんと2人きりの幸せな夢でも見るがいいさ。」
笑みを零して私とジェハは先に天幕を出たユン、キジャ、シンア、ゼノの背中を追いかけた。
ジェハの言葉を聞いてヨナは小さく笑う。
「ふふ、わかってないわね、ジェハは。」
「え?」
「ハクが私と2人だけで幸せなわけないのに。
私もハクと2人だけなんて嫌だし。」
「…精神攻撃かな…?」
「だってゼノに蹴られて起きて、ユンがご飯だよって声かけてくれて、皆で焚火の前に座って、寒い時は手を握ってお腹の音に笑って…
2人だけじゃ考えられないよ、こんな事。
ね、私達2人だけじゃなくて良かったね。リンがいてくれても…やっぱりこうはいかなかったよね。」
「…俺も…そう思います…」
そう呟いたハクはすうっと目を閉じた。
私は彼らの言葉を微かに聞き取って笑いつつユンの手伝いを始める。
「何か聞こえたのかい?」
『うん。私と姫様、そしてハクだけだとこんな旅にならなかっただろうなって…』
「それはヨナちゃんが?」
『姫様とハクだけだと幸せなわけないし、私がいたとしても今みたいにはいかなかったって。』
「ハハハッ、ハクにとっては精神攻撃だね。」
『そうかもしれないけど…私も今みんなと一緒にいられる事が幸せよ。
きっと3人で旅をしていたら今みたいに笑えてなかったかもしれない。
生きていたかどうかも怪しいところよね。』
「リン…」
『つらい事もあるけど、この仲間と一緒なら何も怖くない気もしてくるわ。
ジェハ…貴方にも逢えたんだもの。悪い事ばかりじゃないでしょ?』
私の言葉にジェハは甘く微笑んで私を抱きしめ、他の仲間達も嬉しそうに笑った。
私がジェハの腕の中で笑いながら彼の胸に擦り寄っているとヨナが天幕から出て来た。
「あっ、ヨナ。雷獣どう?」
「今寝たとこ。」
「ようやくか。」
「まったく、頑ななんだから。」
『ハクらしいけどね。』
彼女を見て私とジェハは身体を離して彼女を振り返った。
「それがね、ハクったら皆がいてくれて良かったって言ってたのよ。」
「えっ、本当ですか?」
「なんだよ、ハクー。可愛いとこあるんだから。」
「弱ってると人間素直になるんだね。」
「しばらく弱っててくれるといいんだけどなー」
「然り。」
『でもこれが続くと調子狂うかもね。』
「あはははー」
「おい、ユン。」
そのとき背後で天幕が開き、ハクが暗い顔を出した。
「えっ、雷獣!?」
『まだ寝てなさいよ。』
「この飴、もらっていいか?喉痛くて…」
「うん、いいよ…」
ハクが虚ろな目でこちらへ見せたのは“喉飴婆”と書かれた袋。
『え…』
「って、雷獣その飴…ちょっと待…」
引き止めるより早くハクは袋から出した飴をがりっと噛んだ。
暴走し始めたハクによって周囲は砂埃に包まれる。彼が暴走を始めたのである…
それから暫くしてゼノはボロボロで道に倒れていた。
目を覚ましたが周囲には誰もいない。
「娘さーん、兄ちゃーん、お嬢ー!ボウズー!
白龍ー、青龍ー、緑龍ー!みんなどこ行ったー?」
ゼノは立ち上がると声を上げるが私達を見つける事は出来ない。
それに加えて自分がどうしてこんな場所に倒れていたのかさえ、検討がつかないようだった。
「俺なんでここで倒れてたんだっけ…」
―何があった…?誰かに襲われて全滅?そして俺だけ蘇った?…とか。それは困るなー―
その時ふと彼は自分の中に他の龍を感じた。
―いや、白龍達は生きてる。気配はバラバラ…皆一緒にはいないのか…
…待てよ、この三龍の気配は本当にあいつらなんだろうか?
黒龍の気配は元々感じられない…お嬢は生きているんだろうか?
ひょっとしたらここは俺が考えている時代じゃなくて、龍達は別の白龍や青龍や緑龍で、それどころか緋龍王も本当は存在してなくて、俺の長い年月の願望が夢となって表れたのだとしたら…?―
「ありえる…耄碌(もうろく)したな、長く生きすぎると。
夢と現実の区別がつかなくなるん…だ…」
「ゼノくーん、おはよう。現実だよー」
ゼノがそう呟きながら歩いていると茨に絡まったジェハがいた。
だが薔薇が咲きそうな雰囲気を醸し出している為、ゼノはジェハを無視する事に決めた。
「白龍―青龍―お嬢―どこー?ひとりにしないでー」
「ゼノ君!緑龍にも興味持って!君はひとりじゃないよ!」
「現実だってわかって生きるのめんどくさくなったから。」
「頑張って!おじいちゃん。そして茨外すの手伝って。」
「それはお前の趣味だろ。」
「ちょっと楽しい気持ちになってたけど趣味じゃないよ。
記憶が定かじゃないんだけど、気がついたら茨に引っかかってて。」
「気がついたら引っかかってた奴の格好じゃないから。」
『賑やかね…』
ゼノがジェハを解放していると、私が近くの木で目を覚ました。
ただあまりに不安定な体勢だった為、目を覚ますと同時に身じろいだ事で木から落ちてしまった。
『え…』
「お嬢!」
「っ!」
ジェハはゼノに解放され、すぐに地面を蹴ると私を空中で受け止めた。
「ふぅ…」
『ありがとう…』
「君も近くにいたみたいだね。」
『ただ…どうしてあんな所に…?』
地面に下ろしてもらいながら私はジェハとゼノに問うが彼らも答えは分からないらしい。
「ゼノも起きる前の記憶曖昧だから。」
「一体僕らはどうしたんだろう?」
『何となく…だけど気絶する前に私は一瞬“死”を覚悟したような覚えがあるわ。』
「…やっぱ誰かに襲われたって事か?」
「だとしたらヨナちゃん達が心配だね。」
『ハクがいるから万が一って事はないだろうけど。』
その瞬間、私とゼノがはっと気配に気付き後ろを振り返った。
『シンア!?』
「青龍が近づいてくる。」
「えっ、シンア君無事だったんだ!?」
すると肩にほっそりとしたアオを乗せたシンアがいつもとは異なる口調でこちらへやってきた。
「アオの頬袋は消滅したのだぞ。」
『んー…?』
「どーしたー?しんあくーん。」
「青龍、どっか怪我したか?」
「我はシンアなのだぞ。」
「ユン母さーん、シンア君がカオスだよーっ」
『よく見たらアオの頬がしぼんでる…』
「ぷきゅ…」
「どんぐりはおいしいおやつなのだぞ!」
「そっかー、ぶっ飛んだ際にプッキューのどんぐり口から出ていったのか。よしよし。」
ゼノは全てを理解してシンアの頭を撫でてやる。私もアオを撫でつつジェハと話していた。
『ゼノ、どうして今ので通じるの…』
「ところでシンア君、その口調は誰かを思い出すけど…」
「そうなのだ。シンアはプッキューの頬袋が消えた哀しみで言語中枢が破壊されたので、私が言葉を教えたのだ。」
「『やっぱり君/貴方のせいか。』」
シンアをゼノがあやしている間に私、キジャ、ジェハは意見交換を始める。
「ひとりずつアオの頬袋にどんぐりを詰めるとよいのだぞ。そしたらふくふくアオになるのだぞ。」
『ゼノ、シンアの事ちょっと任せるわ。』
「わかったからー」
「そなた達、姫様を知らぬか?」
「今探してるとこだよ。」
『キジャもボロボロね。』
「気がついたら地面に埋まっていた所をしょんぼりシンアが助けてくれたのだ。」
「僕ら全員が記憶も身体も吹っ飛ばされるって…一体何があったんだろう…
リン、君はヨナちゃん達の気配を感じないかい?」
『微かに感じるんだけど…今のところハクが暴れてる感じもしないわ。
姫様も無事だと思う。私達に何が起きたかは思い出せないのよね。』
「それなんだけど、俺ら四龍とお嬢がよってたかっても敵わない相手って1人しか浮かばないから。」
ゼノの言葉に私、キジャ、ジェハは同時に息を呑んだ。
「「『…』」」
「いやっ…いくらハクでも!」
「そうだ、我々が力を合わせればやっつけられるはず。」
『いや、やっつけちゃ駄目だから。』
「でも兄ちゃんが我を忘れて暴走してたら?」
「みんなアオにもっと興味を持つとよいのだぞ。」
少しシンアとアオが放置されて可哀想だった為、私はアオを手に乗せて撫でてやる。
だが意識は話し合いに向いているのは言うまでもない。
『我を忘れて…あ!でもあったわよね…
白龍の里のおばあさんがくれた暴走喉飴!』
「「!!思い出した…ッッ」」
ハクが風邪を引いて喉飴を食べたあの時…
彼は地面を蹴り割る程の暴走を見せ始め、私はヨナを抱き寄せて庇い、ユンは少し離れるように逃げた。
「よりによってハクが飴をっ…」
「早く止めてーっ」
「よしっ、ゼノ君。今こそハクの弱点又は恥ずかしい過去を暴露するんだ!!」
『ヨナの時はそれで治まったからね…』
「えー…あー、確か兄ちゃんは前に寝ている娘さん抱きよせ…て~~~っ」
「?」
ゼノが言い終えるより先にハクが彼の胸倉を掴んで投げ飛ばしてしまった。
私はゼノの言葉の意味がわからず首を傾げているヨナから離れて、彼女を庇うように前に立った。
隣にはジェハとユンがいる。少し離れた場所にはキジャとシンアも見えている。
『ゼノー!!』
「も~ゼノ君!!ちゃんと最後まで言ってから飛んでって!!」
「ジェハは雷獣の恥ずかしい話聞きたいだけでしょ。
でもこれで止める手段が断たれたね。ヨナに“ハク嫌い”って言ってもらうのはどうかな。」
『確かにショックが大きくて止まるかも。』
「いや…こじらせてるハクの事だ。“知ってましたけど何か?”ってスルーされるよ。
ヨナちゃん、ここは思いきって“ハク大好き♡”って言ってみたら?」
「なんで!?」
「ジェハってほんと冷やかし半分自虐半分でややこしい性格だよね。」
『うんうん。』
「リン、僕がそんな事あるわけないだろう?」
『本当かしら。姫様の事、好きな癖に。』
「君に向けてる好きとは違うけどね。」
「本当に面倒くさい性格…」
「何か言った、ユン君?」
「本当にめんd…」
「ほら、ヨナちゃん。」
ユンの言葉を遮ってジェハはヨナを笑顔で呼ぶ。
「だからなんで!?」
「ハクがびっくりして止まるかもしれないだろ。」
「こんなよくわかんないどさくさまぎれでそんな事言いたくない。」
「ヨナちゃん…」
『本当に可愛らしい…』
「え?」
ヨナに笑みを向けていると私とジェハの胸倉が掴まれ、同時にハクによって投げ飛ばされた。
「っ…」
『ハク!?』
「つべこべうるせーっ」
「『あぁあああ~~~っ』」
「ジェハ!リン!!」
キジャとシンアもその巻き添えでハクによって投げられる。
「な、何をするんだ、ハク!私とシンアは何も…!!」
「「あぁああああ~!!」」
「『…って吹っ飛ばされて今ここ!!』」
「大変だ!!ハクはまだ暴れているかもしれない。」
「娘さんとボウズが暴走した兄ちゃんの餌食に?」
「こうしてはいられぬ。姫様―!」
「ヨナちゃーん!!」
「娘さーん!!」
「どんぐりがないなら、ご飯粒を詰めるとよいのだぞ。」
『それは後でね?…って、だからハクは暴走してないって!!』
ヨナを心配して走りだした仲間達の背中を私は苦笑しつつも追いかけるのだった。
私は気配を追って指示を出しつつヨナのもとへと仲間達を案内し、暫くすると拓けた場所に赤い髪が揺れているのが見えた。
「あ、あそこに!」
『姫様!!』
「あっ、みんな!無事だった!?」
「姫様こそご無事で?」
「うん。今みんなを探しに行こうと思っていたの。」
「うわっ、珍獣達ボロボロ!
って、プッキュー!?すごいげっそりしてるよ、プッキュー!?ごはん食べる?」
「ぷっきゅー…」
「ほっそりしているアオもだんだんいいなと思いはじめてる自分がいるのだぞ。」
『それよりハクは…?』
私は周囲を見回していたが、ジェハに肩を叩かれ彼が指さす方を見た。
そこには大人しくハクが立っていた。
「ヨナちゃん、ハク大人しくしてるけど何か言った…?」
「うん、それが…」
こちらを振り返ったハクは爽やかな笑みを浮かべていた。
「やあ、お前ら。どうした、怪我しているじゃないか。喧嘩か?ははっ、やんちゃだな。」
「「「「『っ…』」」」」
これにはあのシンアでさえ目を見開いて絶句。私達も息を呑み目の前に広がる光景を理解出来ずにいた。
『えっと…』
「誰…?」
「“暴れるならもう口きかない”って言ったら暴走止まって爽やかになった。」
「キジャ、手当してやろうか。」
「初めて名で呼んだ!?」
「来いよ!」
「ちなみにこの人、まだ熱で朦朧としてるから。」
「なんだよ、ユン。熱なんかねえよ。」
「ハク…」
「どうした、シンア。アオがしょんぼりしてるじゃないか。可哀想に。
どんぐり一緒に探しに行くか。」
「…うん。でもハクは寝た方がいい…」
「ぷっきゅー…」
「あ…」
『シンアの口調戻った。』
ハクの熱が下がり、いつも通りの彼に戻るのは翌朝の事である。
野宿をしていたある日、私達が天幕の中にいると顔色の悪いハクがふらふらしていた。
そこにヨナが顔を覗かせて目を丸くする。
「えっ、ハク風邪引いたの?」
「風邪…っつーか喉が痛い…ちょっとな。鼻水が出る…ちょっとな。」
『ハク…』
「それを世間では風邪と言うんだよ。」
ふらついているハクを私とジェハで引き止める。
そこにキジャが意気揚々と婆から貰った喉飴を手にして声を掛けてくる。
「なんだ、ハク。喉が痛むのか。
ならば良い飴があるぞ。私の婆がくれた…」
「『キジャ/キジャ君、だめっっ!!』」
その喉飴は以前ヨナ、キジャ、シンアを豹変させたもの。
そんなものをハクが食べると思うと恐ろしい。私とジェハが必死に引き止めるのも当然だろう。
「そんなもの雷獣に飲ませたら死人が出るよっ」
「そうだよ。ハクが暴れたら誰も止められる人いないからね?」
「ハクが暴走したら私とジェハでやっつければ良い。」
「『病人やっつけてどーする!』」
「なに…?何か良い薬あるならくれ。」
「いや!ないない。」
「なんにもないない。」
『何も持ってないない。』
私、ユン、ジェハは揃って手を横に振りながらハクに否定を示す。
シンアはアオを両手に乗せてハクに差し出す。
「ハク…アオがどんぐりあげるって。」
「…よしよし。気持ちだけもらっとく…
薬がねえなら気合いで治すしかねーな…」
ハクはアオの頭を撫でながらそう呟く。
ジェハはハクに休息を取るよう促した。
「今はゆっくり寝てなよ。それが回復への近道だよ。」
「嫌だ…寝るとオネェ口調のタレ目に追いかけられる夢見る…」
「君の中の僕は一体どうなっているのかな?」
「だから俺は今日は絶対寝ない…」
『仕方ないわね…』
「ゼノとお嬢が二度と動けない呪いをかけてやるから。」
そう言いながら立ち上がった私とゼノはヨナを天幕の中へ引き入れた。
「娘さん、ここ座って。」
「え?うん。」
そして座らせると私はハクの背中をぽんと押した。
『はい、ハクは姫様の膝で有難く寝なさい。』
「んん!?」
「えっ」
「はい、これで兄ちゃんは二度と動けねーから。」
ハクはヨナの膝に頭を預けて横になったのだが、身を起こす余裕はない。
「確かにこれは最強の呪いだね。」
「お前らは…恐ろしい技を繰り出してきたな…」
『ふふっ、流石でしょ?伊達に貴方の事を知ってないわよ。』
「じじいの言う事は聞いといた方がいいから。これなら寝れるな。」
「馬鹿…余計寝れるか…」
「眠れないなら白龍か緑龍が交代するといいから。」
ゼノの言葉にキジャとジェハが構える。それを見てハクは大人しくなった。
「心得た。」
「よ~し♪ハク、おいで!」
「おやすみなさい。」
『せめて私が良かったかしら?』
「それは僕が許さないけどね。」
ジェハの言葉に私が肩をすくめながら笑った。
「姫様、大丈夫ですか?」
「ヨナちゃん、足が痺れたら僕が交代するからね。」
「断る。」
「君には言ってないよ。」
『たまには姫様に甘えてみるのもいいんじゃない?』
「…」
ジェハの言葉に言い返したハクに対して私が笑いながら言うと、これには言葉を返せないようだった。
「俺の枕は俺が決める…」
「寝ないと言ってたくせに突如枕の種類に注文つけ始めるとは…」
『わがまま…』
「ユン、あやつ殴っていいか?」
「気持ちはわかるけど治ってからね。」
天幕から出て朝食の用意をしているユンにキジャは右手を構えつつ問いかける。静かな顔でハクに妬いているようだ。
私はキジャの複雑な心境に勘付いている為、ユンと顔を見合わせて苦笑した。
そんな私達の近くでヨナはハクに声を掛ける。
「ハク、無理しないで。私ここにいるからゆっくり寝ていいよ。」
「…はい。」
「じゃ、俺らはご飯の支度するから。ヨナ、雷獣をよろしくね。」
「うん。」
『お手数お掛けします、姫様。』
「ううん、気にしないで。」
私はハクの頭を撫でてからジェハと共に立ち上がる。
「ハク、僕は邪魔しないからヨナちゃんと2人きりの幸せな夢でも見るがいいさ。」
笑みを零して私とジェハは先に天幕を出たユン、キジャ、シンア、ゼノの背中を追いかけた。
ジェハの言葉を聞いてヨナは小さく笑う。
「ふふ、わかってないわね、ジェハは。」
「え?」
「ハクが私と2人だけで幸せなわけないのに。
私もハクと2人だけなんて嫌だし。」
「…精神攻撃かな…?」
「だってゼノに蹴られて起きて、ユンがご飯だよって声かけてくれて、皆で焚火の前に座って、寒い時は手を握ってお腹の音に笑って…
2人だけじゃ考えられないよ、こんな事。
ね、私達2人だけじゃなくて良かったね。リンがいてくれても…やっぱりこうはいかなかったよね。」
「…俺も…そう思います…」
そう呟いたハクはすうっと目を閉じた。
私は彼らの言葉を微かに聞き取って笑いつつユンの手伝いを始める。
「何か聞こえたのかい?」
『うん。私と姫様、そしてハクだけだとこんな旅にならなかっただろうなって…』
「それはヨナちゃんが?」
『姫様とハクだけだと幸せなわけないし、私がいたとしても今みたいにはいかなかったって。』
「ハハハッ、ハクにとっては精神攻撃だね。」
『そうかもしれないけど…私も今みんなと一緒にいられる事が幸せよ。
きっと3人で旅をしていたら今みたいに笑えてなかったかもしれない。
生きていたかどうかも怪しいところよね。』
「リン…」
『つらい事もあるけど、この仲間と一緒なら何も怖くない気もしてくるわ。
ジェハ…貴方にも逢えたんだもの。悪い事ばかりじゃないでしょ?』
私の言葉にジェハは甘く微笑んで私を抱きしめ、他の仲間達も嬉しそうに笑った。
私がジェハの腕の中で笑いながら彼の胸に擦り寄っているとヨナが天幕から出て来た。
「あっ、ヨナ。雷獣どう?」
「今寝たとこ。」
「ようやくか。」
「まったく、頑ななんだから。」
『ハクらしいけどね。』
彼女を見て私とジェハは身体を離して彼女を振り返った。
「それがね、ハクったら皆がいてくれて良かったって言ってたのよ。」
「えっ、本当ですか?」
「なんだよ、ハクー。可愛いとこあるんだから。」
「弱ってると人間素直になるんだね。」
「しばらく弱っててくれるといいんだけどなー」
「然り。」
『でもこれが続くと調子狂うかもね。』
「あはははー」
「おい、ユン。」
そのとき背後で天幕が開き、ハクが暗い顔を出した。
「えっ、雷獣!?」
『まだ寝てなさいよ。』
「この飴、もらっていいか?喉痛くて…」
「うん、いいよ…」
ハクが虚ろな目でこちらへ見せたのは“喉飴婆”と書かれた袋。
『え…』
「って、雷獣その飴…ちょっと待…」
引き止めるより早くハクは袋から出した飴をがりっと噛んだ。
暴走し始めたハクによって周囲は砂埃に包まれる。彼が暴走を始めたのである…
それから暫くしてゼノはボロボロで道に倒れていた。
目を覚ましたが周囲には誰もいない。
「娘さーん、兄ちゃーん、お嬢ー!ボウズー!
白龍ー、青龍ー、緑龍ー!みんなどこ行ったー?」
ゼノは立ち上がると声を上げるが私達を見つける事は出来ない。
それに加えて自分がどうしてこんな場所に倒れていたのかさえ、検討がつかないようだった。
「俺なんでここで倒れてたんだっけ…」
―何があった…?誰かに襲われて全滅?そして俺だけ蘇った?…とか。それは困るなー―
その時ふと彼は自分の中に他の龍を感じた。
―いや、白龍達は生きてる。気配はバラバラ…皆一緒にはいないのか…
…待てよ、この三龍の気配は本当にあいつらなんだろうか?
黒龍の気配は元々感じられない…お嬢は生きているんだろうか?
ひょっとしたらここは俺が考えている時代じゃなくて、龍達は別の白龍や青龍や緑龍で、それどころか緋龍王も本当は存在してなくて、俺の長い年月の願望が夢となって表れたのだとしたら…?―
「ありえる…耄碌(もうろく)したな、長く生きすぎると。
夢と現実の区別がつかなくなるん…だ…」
「ゼノくーん、おはよう。現実だよー」
ゼノがそう呟きながら歩いていると茨に絡まったジェハがいた。
だが薔薇が咲きそうな雰囲気を醸し出している為、ゼノはジェハを無視する事に決めた。
「白龍―青龍―お嬢―どこー?ひとりにしないでー」
「ゼノ君!緑龍にも興味持って!君はひとりじゃないよ!」
「現実だってわかって生きるのめんどくさくなったから。」
「頑張って!おじいちゃん。そして茨外すの手伝って。」
「それはお前の趣味だろ。」
「ちょっと楽しい気持ちになってたけど趣味じゃないよ。
記憶が定かじゃないんだけど、気がついたら茨に引っかかってて。」
「気がついたら引っかかってた奴の格好じゃないから。」
『賑やかね…』
ゼノがジェハを解放していると、私が近くの木で目を覚ました。
ただあまりに不安定な体勢だった為、目を覚ますと同時に身じろいだ事で木から落ちてしまった。
『え…』
「お嬢!」
「っ!」
ジェハはゼノに解放され、すぐに地面を蹴ると私を空中で受け止めた。
「ふぅ…」
『ありがとう…』
「君も近くにいたみたいだね。」
『ただ…どうしてあんな所に…?』
地面に下ろしてもらいながら私はジェハとゼノに問うが彼らも答えは分からないらしい。
「ゼノも起きる前の記憶曖昧だから。」
「一体僕らはどうしたんだろう?」
『何となく…だけど気絶する前に私は一瞬“死”を覚悟したような覚えがあるわ。』
「…やっぱ誰かに襲われたって事か?」
「だとしたらヨナちゃん達が心配だね。」
『ハクがいるから万が一って事はないだろうけど。』
その瞬間、私とゼノがはっと気配に気付き後ろを振り返った。
『シンア!?』
「青龍が近づいてくる。」
「えっ、シンア君無事だったんだ!?」
すると肩にほっそりとしたアオを乗せたシンアがいつもとは異なる口調でこちらへやってきた。
「アオの頬袋は消滅したのだぞ。」
『んー…?』
「どーしたー?しんあくーん。」
「青龍、どっか怪我したか?」
「我はシンアなのだぞ。」
「ユン母さーん、シンア君がカオスだよーっ」
『よく見たらアオの頬がしぼんでる…』
「ぷきゅ…」
「どんぐりはおいしいおやつなのだぞ!」
「そっかー、ぶっ飛んだ際にプッキューのどんぐり口から出ていったのか。よしよし。」
ゼノは全てを理解してシンアの頭を撫でてやる。私もアオを撫でつつジェハと話していた。
『ゼノ、どうして今ので通じるの…』
「ところでシンア君、その口調は誰かを思い出すけど…」
「そうなのだ。シンアはプッキューの頬袋が消えた哀しみで言語中枢が破壊されたので、私が言葉を教えたのだ。」
「『やっぱり君/貴方のせいか。』」
シンアをゼノがあやしている間に私、キジャ、ジェハは意見交換を始める。
「ひとりずつアオの頬袋にどんぐりを詰めるとよいのだぞ。そしたらふくふくアオになるのだぞ。」
『ゼノ、シンアの事ちょっと任せるわ。』
「わかったからー」
「そなた達、姫様を知らぬか?」
「今探してるとこだよ。」
『キジャもボロボロね。』
「気がついたら地面に埋まっていた所をしょんぼりシンアが助けてくれたのだ。」
「僕ら全員が記憶も身体も吹っ飛ばされるって…一体何があったんだろう…
リン、君はヨナちゃん達の気配を感じないかい?」
『微かに感じるんだけど…今のところハクが暴れてる感じもしないわ。
姫様も無事だと思う。私達に何が起きたかは思い出せないのよね。』
「それなんだけど、俺ら四龍とお嬢がよってたかっても敵わない相手って1人しか浮かばないから。」
ゼノの言葉に私、キジャ、ジェハは同時に息を呑んだ。
「「『…』」」
「いやっ…いくらハクでも!」
「そうだ、我々が力を合わせればやっつけられるはず。」
『いや、やっつけちゃ駄目だから。』
「でも兄ちゃんが我を忘れて暴走してたら?」
「みんなアオにもっと興味を持つとよいのだぞ。」
少しシンアとアオが放置されて可哀想だった為、私はアオを手に乗せて撫でてやる。
だが意識は話し合いに向いているのは言うまでもない。
『我を忘れて…あ!でもあったわよね…
白龍の里のおばあさんがくれた暴走喉飴!』
「「!!思い出した…ッッ」」
ハクが風邪を引いて喉飴を食べたあの時…
彼は地面を蹴り割る程の暴走を見せ始め、私はヨナを抱き寄せて庇い、ユンは少し離れるように逃げた。
「よりによってハクが飴をっ…」
「早く止めてーっ」
「よしっ、ゼノ君。今こそハクの弱点又は恥ずかしい過去を暴露するんだ!!」
『ヨナの時はそれで治まったからね…』
「えー…あー、確か兄ちゃんは前に寝ている娘さん抱きよせ…て~~~っ」
「?」
ゼノが言い終えるより先にハクが彼の胸倉を掴んで投げ飛ばしてしまった。
私はゼノの言葉の意味がわからず首を傾げているヨナから離れて、彼女を庇うように前に立った。
隣にはジェハとユンがいる。少し離れた場所にはキジャとシンアも見えている。
『ゼノー!!』
「も~ゼノ君!!ちゃんと最後まで言ってから飛んでって!!」
「ジェハは雷獣の恥ずかしい話聞きたいだけでしょ。
でもこれで止める手段が断たれたね。ヨナに“ハク嫌い”って言ってもらうのはどうかな。」
『確かにショックが大きくて止まるかも。』
「いや…こじらせてるハクの事だ。“知ってましたけど何か?”ってスルーされるよ。
ヨナちゃん、ここは思いきって“ハク大好き♡”って言ってみたら?」
「なんで!?」
「ジェハってほんと冷やかし半分自虐半分でややこしい性格だよね。」
『うんうん。』
「リン、僕がそんな事あるわけないだろう?」
『本当かしら。姫様の事、好きな癖に。』
「君に向けてる好きとは違うけどね。」
「本当に面倒くさい性格…」
「何か言った、ユン君?」
「本当にめんd…」
「ほら、ヨナちゃん。」
ユンの言葉を遮ってジェハはヨナを笑顔で呼ぶ。
「だからなんで!?」
「ハクがびっくりして止まるかもしれないだろ。」
「こんなよくわかんないどさくさまぎれでそんな事言いたくない。」
「ヨナちゃん…」
『本当に可愛らしい…』
「え?」
ヨナに笑みを向けていると私とジェハの胸倉が掴まれ、同時にハクによって投げ飛ばされた。
「っ…」
『ハク!?』
「つべこべうるせーっ」
「『あぁあああ~~~っ』」
「ジェハ!リン!!」
キジャとシンアもその巻き添えでハクによって投げられる。
「な、何をするんだ、ハク!私とシンアは何も…!!」
「「あぁああああ~!!」」
「『…って吹っ飛ばされて今ここ!!』」
「大変だ!!ハクはまだ暴れているかもしれない。」
「娘さんとボウズが暴走した兄ちゃんの餌食に?」
「こうしてはいられぬ。姫様―!」
「ヨナちゃーん!!」
「娘さーん!!」
「どんぐりがないなら、ご飯粒を詰めるとよいのだぞ。」
『それは後でね?…って、だからハクは暴走してないって!!』
ヨナを心配して走りだした仲間達の背中を私は苦笑しつつも追いかけるのだった。
私は気配を追って指示を出しつつヨナのもとへと仲間達を案内し、暫くすると拓けた場所に赤い髪が揺れているのが見えた。
「あ、あそこに!」
『姫様!!』
「あっ、みんな!無事だった!?」
「姫様こそご無事で?」
「うん。今みんなを探しに行こうと思っていたの。」
「うわっ、珍獣達ボロボロ!
って、プッキュー!?すごいげっそりしてるよ、プッキュー!?ごはん食べる?」
「ぷっきゅー…」
「ほっそりしているアオもだんだんいいなと思いはじめてる自分がいるのだぞ。」
『それよりハクは…?』
私は周囲を見回していたが、ジェハに肩を叩かれ彼が指さす方を見た。
そこには大人しくハクが立っていた。
「ヨナちゃん、ハク大人しくしてるけど何か言った…?」
「うん、それが…」
こちらを振り返ったハクは爽やかな笑みを浮かべていた。
「やあ、お前ら。どうした、怪我しているじゃないか。喧嘩か?ははっ、やんちゃだな。」
「「「「『っ…』」」」」
これにはあのシンアでさえ目を見開いて絶句。私達も息を呑み目の前に広がる光景を理解出来ずにいた。
『えっと…』
「誰…?」
「“暴れるならもう口きかない”って言ったら暴走止まって爽やかになった。」
「キジャ、手当してやろうか。」
「初めて名で呼んだ!?」
「来いよ!」
「ちなみにこの人、まだ熱で朦朧としてるから。」
「なんだよ、ユン。熱なんかねえよ。」
「ハク…」
「どうした、シンア。アオがしょんぼりしてるじゃないか。可哀想に。
どんぐり一緒に探しに行くか。」
「…うん。でもハクは寝た方がいい…」
「ぷっきゅー…」
「あ…」
『シンアの口調戻った。』
ハクの熱が下がり、いつも通りの彼に戻るのは翌朝の事である。
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