主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
千州
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私達が足を向けた火の部族領には軍勢が攻め入っていた。
「テジュン…どういう事だ、これは…
お前はこれを誰よりも早く予測していたというのか…!?」
「ふっ…言ったはずですよ、兄上。
我が火の部族領に…軍勢が攻めて来ると!!」
キョウガとテジュンが見つめる先には砂埃が上がっている。
「…緋龍城へ再び烽火を上げ知らせよ。そして彩火城より援軍を出せ。」
「はっ」
部下に指示を出したキョウガはスウォンへの信頼についても考える。
―完全に後手に回った…ここに来るまでに兵を率いて一日かかっている…
今ここにいる兵士で彩火城の援軍が来るまで持ち堪えられるか!?
スウォン陛下…!!あの御方の信頼をもう裏切る訳にはいかん!!―
背中越しにキョウガはテジュンに声を掛ける。
「テジュン…疑ってすまなかった。」
「分かって頂ければ良いのです、兄上。」
「私はこれより今いる兵士と共に敵の侵攻を食い止める!」
「ご武運を!!」
「お前も行くんだぞ。」
「えーっ」
「お前とお前の部下は先見の明があり、優秀という事が分かった。ならば戦においてもただでは滅びん。」
「ある程度したら滅びるんだ!?」
「参りましょう、テジュン様。」
「フクチ!?」
弱気なテジュンの後ろから進み出て来たのは、怒り狂う兵を率いたフクチだった。
「皆も折角耕した畑を侵されて怒ってますよ。」
「ああッ、見事なまでに単なる農夫と化した私の部下!!」
「誰のせいですか。」
「テジュン…思い出さないか…?父上の反乱を。
私は今でも父上の事を止めに走る夢を見る。」
そう告げたキョウガの後ろ姿が儚げで、テジュンは部下と共に兄の背中を追って戦場へ向かった。
援軍が来るまで持ち堪えなければならないのだが、戦力差は大きい。多量の血が流れ、兵士が倒れていく。
「怯むな!!突撃横隊を組め!!
神聖なる火の地を汚す不届き者に炎の鉄槌を下せ!!」
「キョウガ様、撤退しましょう。この兵力差では…」
「彩火城からの援軍が来るまで持ち堪えろ!
この地は二度と侵される訳にはいかんのだ!!」
部下に囲まれるテジュンも敵に追い込まれていた。
「テジュン様、お下がり下さい!!」
「いくらでも下がる!下がるが…!
飛んで来るものを飛んで来ないようにするにはどうすればいいのだ、フクチ。」
「知りませんよ。」
彼らに向けて敵は槍を構え投げようとしていた。
テジュンを庇うようにフクチが剣を構えるが、槍が投げられるより早く矢が飛んで来て敵の胸に突き刺さった。
「ぐあっ…」
「え…矢…」
―ヨナ姫!!―
矢が飛んで来た方向へ目を向けると、岩肌の上に立ち弓を構えたヨナがいた。
言うまでもなく彼女の近くに私達も控えている。
「姫様…!火の部族が押されています。」
「火の部族の地で闘うのは暗黒龍とゆかいな腹へり達やってた時以来だね。」
「活動再開だな。」
『さぁ…一暴れしましょうか。』
ハクは私の隣に立つと大刀を覆う布を取り、小さく呟いた。
「リン、久々に付き合え。」
『はーい。』
その声を合図にヨナが次の矢へ手を掛け、キジャは右手を構え、シンアと私は剣を握り、ジェハが暗器を持った。
テジュンがこちらを見て惚けていると、剣を振り上げて背後から近付く敵に気付かなかった。
「テジュン様っ!!」
「えっ…ギャー!!」
それを見て取った私とハクは同時に地面を蹴った。
まずはハクが敵を背後から斬り、私はテジュンの隣に降り立って周囲を囲もうとしていた敵陣を風の如く斬った。
「テジュン様、余所見してると危ないですよ。」
「雷獣…!」
『早く来世に逝きたいんなら帰るわよ?』
私とハクが歩き出そうとするとテジュンが慌てたように私達の肩を掴んだ。
「まさかまさか雷獣君!舞姫!!ずっとここに居てねっ?ねっ!」
「雷獣…?」
「舞姫…?」
そこに馬に乗った敵が攻めて来たらしく、足音が聞こえて来る。
『じゃ、鈍った身体を引き締めるとしましょうか。』
「回る大刀にご注意下さい。」
私達はニヤッと笑うと大刀や剣を構えて敵に向かっていった。
大刀を軽々と振り回すハク、そしてその大刀を避けるように身を屈めたかと思えば剣を持って舞い踊る私。
怪我をして暫く闘っていなかった私だが、ハクや仲間達がいてくれるだけで笑みを零す余裕もありつつ闘える。
守りたいものが近くにいてくれるだけで力を発揮出来る。
戦場にいて、命の危険もあるにも関わらず、仲間と共に生きる為に…大切な存在を守る為に闘える事は嬉しくもあった。
そんな私達とは反して兵達は次々に衰退していった。
2人の兵が背中合わせで敵に囲まれてしまい、言葉を交わす。
「諦めるな!スジン将軍の戦でも俺らは生き延びたんだぞ。今度も絶対生きて帰…」
言い終わるより先に彼の喉に敵の持つ剣先が突き刺さった。
彼が倒れると残された兵は泣きながら身体を震わせた。
「神様…緋龍王様…」
―だれか…!!―
その時、彼の周囲にいた敵が大きく鋭い爪で一掃された。
言うまでもなく白い鱗で覆われた大きな手を振るったのはキジャ。
彼はそのまま近くにいた敵を掴み持ち上げると他の兵に向かって放り投げた。
その様子をただただ兵達は見つめていた。
「何だ?何が起こった…!?」
「どうした!?」
「わ…わかりません、化物がっ…ぶおっ」
報告をしようとした兵の頭に衝撃が走る。
それは天を舞うジェハだった。彼は次々と敵兵の頭を足場にして跳んでいく。
「空を…飛んでる…」
「あいつを撃ち落とせ!!」
弓矢をジェハに向けて構える兵を見て取ったシンアが剣を振るう。
私も自分の近くで弓矢が構えられたのを見てハクを呼んだ。
『ハク、ここは任せた。』
「あぁ。」
地面を蹴ると私は兵の持つ弓矢を切り、立ち尽くす彼らを薙ぎ払った。
『ジェハの邪魔をするな。』
「口が悪いぞ、舞姫。」
『失礼しました、雷獣様。』
冗談を交わしながらハクの隣に降り立ち、再び剣を振るいだす。
そんな私達が暴れているとは露知らずキョウガは指示を出しつつ、戦況の悪さに絶望していた。
「陣形が乱れているぞ!!」
「将軍、退却をっ…キョウガ将軍!!」
―彩火城から援軍が来るにはまだ時間がかかる…加えてこの兵力差…
スウォン陛下の信頼を失うわけにはいかないのに…!無念…!!―
俯いたその瞬間、大きな轟音と共に戦場に砂ぼこりが立ち上った。
―なんだ…?敵が弾け飛んで…―
彼が見た先には爪を振るうキジャ、敵を蹴り飛ばしながら空を舞うジェハ、剣を振るうシンア、背中合わせになって大刀や剣を振るう私とハクがいた。
―なんだ…あいつらは…―
茫然と戦場に目をやるキョウガは空から矢が飛んできて、兵に突き刺さる様子を見て取った。
彼が目を向けた先には弓を構えるヨナと、近くに控えたゼノとユンの姿があった。
―空から矢が…女…?誰だ?何故我々に加勢する!?
そしてあの異形の者達は何だ?あの姿はまるで…―
「キョウガ将軍、ご覧下さい…!!敵が後退しています!!」
部下の声にはっとしたキョウガは兵に指示を出した。
「よし、今だ!一気に攻め立てろ!!前進!!前進!!」
「敵が後退してるって?異形の力を持った者達が俺らを助けてくれたんだ…!」
風に揺れる赤い髪と急に変わった戦況に前向きになった兵達は敵に向かって行った。
暫くして敵が後退し始めると兵は足を止める。
「敵が戒帝国に引き返してゆく…」
「か…勝ったのか…?」
キョウガがほっと息を吐くのとほぼ同時に、戦場に目を向けていたオギは冷や汗を流した。
―うそだろ…あれが四龍の力…とてもこの世のもんじゃねぇ…
ヨナ姫を見てから噂の四龍と赤い髪の女はまさかと思っていたが…少なくとも四龍の力は本物だ…!―
彼が見つめる先でヨナ、ユン、ゼノがいた。
「戒帝国の兵士が退いてくよ。」
「私達も引き上げましょう。」
「娘さん、火の部族の次男坊が話をしたそうにこちらを見ているよ。」
そんな彼らにオギが退散を促すが、そういう訳にもいかない理由があった。
「お前ら、引き上げるんなら早く馬に…」
「ちょっと待って。ジェハ達が火の部族兵に囲まれてる!」
彼らの見つめる先で、私、ハク、キジャ、シンア、ジェハは戦闘が終わって並んだ状態で兵達に囲まれていた。
『…どうする?』
「蹴散らすわけにもいかないし。」
「よし、お前らタレ目の背に乗り込むぞ。」
「うむ。」
「“うむ”じゃなーい。」
『とりあえずこの状況をどうにかしないと…』
その時、一人の兵が疲れ果てた様子であるにも関わらず、目を輝かせて私達に問い掛けた。
「四龍…」
「え?」
「貴方達は白き刃の龍、空翔ける緑の龍、目隠しの青き龍…
甘い香りを漂わせるという癒しの黒龍…」
『…私の事まで広まってるのね。』
「えーと……そして貴方は。」
「閃く闇の刃 暗黒龍。」
「勝手に作るな。」
「やはり…!」
「やはりじゃない。」
ハクの返答にキジャがツッコんだものの、兵の興奮は抑えきれない。
「貴方達は戦場に現れるという伝説の四龍なのか!?」
そんな私達の様子にユンは困惑しているし、オギは納得しているようでもあった。
「何か様子が変だよ。」
「今戦場に伝説の四龍と赤い髪の女が出るって噂が各地で広まってんだよ。」
「ええっ」
「特に火の部族はそれをずっと探してたらしい。」
そうしているとキョウガが馬でやってきた。
「どけ。道を空けろ。
そこの者、他国の侵略から火の部族を救ってくれた事、まずは礼を言う。だが何故…」
彼はそこまで言って私とハクが並んで立っているのを見つけた。
「お前らは…風の部族の元将軍、ソン・ハク…!?
そして高華国の舞姫、リン…!?」
「ソン・ハク将軍!?」
「ハク将軍…?」
「リンって…あの高華国一の美女…!?」
「ハク将軍ってあの雷獣!?」
「舞姫までこんな所に…!?」
ざわつく兵達の中でキョウガは岩肌の上を見上げ、ヨナの靡く赤い髪を見つめた。
―なぜ…ではまさかあそこにいる赤い髪の女はヨナ姫!?
どういう事だ、この3人は死んだと聞いていたが、スウォン陛下はご存知なのか?
どちらにせよ陛下に報告しなければ…―
彼はこちらに目を向け冷たく言い放つ。
「聞きたい事がある。全員彩火城に来てもらおう。」
「!」
その言葉に最初に反応したゼノはヨナを守るように前に立った。
言葉を受け止めた私とハクはキョウガに向けて言う。
『折角ですが、遠慮させていただくわ。』
「俺らより早く戒帝国を調査した方が良いんじゃないですか?」
「無論そうする。しかしお前達も得体が知れなさ過ぎる。
彩火へ連行の後、陛下に引き渡す。拒めばあの赤い髪の女もただでは済まない。」
『あの子に何かしてみろ。』
「瞬間あんたの首はない。」
私とハクは殺気を纏いながらキョウガを睨み付けた。
この世のすべてを敵に回しても私達が守るべきものはヨナなのだから。
戦いが始まってしまいそうな空気感が漂った瞬間、テジュンが走って来た。
「お待ち下さい、兄上…!」
「テジュン!どういう事だ?
お前はヨナ姫とハク将軍、そしてリンは死んだと報告したよな?」
「…それは…奇跡的に生還されて…
ヨナ姫とこの者達には手出ししないで頂きたい!
ヨナ姫は荒廃した火の部族領の復興に手を貸して下さったのです!」
「ほう…」
「現に今も我が部族を救って下さった。ですから…」
そんなテジュンにキョウガは冷ややかに言葉を放った。
「何故姫が生きている事を報告しなかった?
お前は以前から私に無断でこの者達と繋がっていたのだな?」
「それは…そうですが、私は兄上を裏切るような事は何も…」
「父上が何をしたのか忘れたのか!?
私はこれから火の部族を守る為、一生をかけてスウォン陛下にお仕えすると決めた!!
不審な行動は一つでもあってはならない!!
私に隠し事をしていた時点でお前は私を裏切っていたのだ!!」
「…これが裏切りというのなら、それでも私は構いません…
私を正しき道へ導いて下さったのはヨナ姫です。
誰が何と言おうと、たとえ兄上でも、ヨナ姫に手出しは許さない。」
「…テジュン…今私が倒れたら次期部族長はお前なんだぞ。
ヨナ姫に肩入れし、火の部族の未来を潰す気か?」
テジュンの迷いの無い表情と言葉にキョウガは衝撃を受けたようだった。
すると黙っていられなくなったらしいヨナが岩肌を滑り降りてこちらへやってきた。
「あっ、ヨナ。」
「姫さん。」
『姫様。』
「ヨナ姫…」
「赤い髪だ…」
兵がざわつき始めるが私はヨナが通れるように一歩後ろに下がり、彼女の後ろに控えるように立った。
「前に式典で顔を合わせた事があったわね、キョウガ将軍。」
―ヨナ姫…随分と印象が違う…あのお飾りの小さな姫が…―
「スウォンは私達が生きている事は知っているわ。」
「…!」
「殺したければいつでも出来るし、貴方一人で焦る必要はない。」
「赤い髪と四龍…伝説の通りだ…!」
「赤い髪と四龍…?」
兵の言葉にキョウガは眉間に皺を寄せる。
「かの戦の後、噂になっていたんです…!今日この目で見て確信しました。」
かの戦とはスジンが起こした叛乱の事だろう。
「伝説の四龍と赤い髪の…王家の血を引くヨナ姫が我々火の部族を救って下さったんですよ…!
まるで…天が緋龍王を我々に遣わされたみたいに…!」
「馬鹿を言え、緋龍王などいない!!」
―緋龍王!?父上が言った事は全て幻想だったのだ…!!―
「キョウガ将軍もご覧になられたはずです。彼らの力こそ本物の神の力。
彼らに手出しする事は神への冒涜にも等しい行為なのではないですか!?」
その盛り上がりを私は表情を曇らせながら見つめ、ヨナは目を丸くしていた。
ユンは不思議そうに隣に立つゼノに問い掛ける。
「…なんかすごい事になってきちゃったね。
でも今までは怪物扱いだったのに。どうして…」
「火の部族は特に緋龍王信仰が強いから。
神は自分達の味方であったという高揚が抑えられないんだろうなぁ。」
私はその言葉を聞き取って俯いた。
―でも…これはそれだけに留まる問題ではないわ…
ヨナが緋龍王かどうかは問題ではなくて、彼女が従えている私達の力が問題なの…
緋龍王は建国の祖にして神の化身…四龍と黒龍は天の御使い…スウォンは持たない神の力…
この騒ぎが広まったら、ヨナは王家にとって今以上に目障りな存在になってしまう…―
私と同じ事を思っていたオギは再び撤収を促す。
「おい、どうするんだお前ら。あんたらの仲間、あのままじゃ動けねぇぞ。」
ユンはその言葉を受けて周囲を見回し、血だらけで倒れている多数の兵を見て私達の元へと足を向けた。
「あっ…ボウズが降りてどうすんだ…えぇ!?」
ユンにゼノも続く。彼らは急いでこちらへやってくる。
テジュンの部下の中にはユンと顔見知りの兵もいるようだ。
『ユン!』
「ねぇっ、話し合いは後にしなよ。周りは死にかけた兵士だらけだよ!」
「えっ、あれユン君?」
「あんた達の仲間でしょ。手当てすればまだ助かる人もいるよ!」
「お…おう。行くぞ!」
「はいっ」
ユンの言葉にテジュンが自分の部下へ次々と指示を出して仲間達の手当を始めた。
「こら、待てテジュン!」
駆け出した彼らに続いてヨナと私達も倒れた兵達のもとへと散らばっていく。
キョウガはそんな私達を止めようとするが、ヨナの一言に遮られてしまう。
「ま、待てっ、ヨナひ…」
「後で!」
「後でって…」
私とユンの指示でそれぞれ病人を担架等を使って1ヶ所に集め、テジュンと部下が持って来た医療道具で手当をした。
私は近くに倒れていた兵に声を掛けていた。
『向こうに即席診療所を作ってあるわ。立てる?』
「…いや、無理だ。」
『ユン!そっちに1人運び入れてもいい?』
「まだまだいけるよ。立てない人は誰かに運んでもらって、リンは誰かに肩貸して。」
『わかった。』
「では私が運ぼう。」
『うん。』
近くにいたキジャに近くにいた兵を任せて、私はふらふらと歩いていた兵に肩を貸した。
ただキジャが兵に龍の右手を向けた為、悲鳴が上がる。
「うわああっ、白き龍の爪―!!!」
「ん?どうした?」
「お前の爪がびびらせてんだよ。」
ハクの言葉にキジャは首を傾げる。
「いや、闘う気はない。私はそなたを運ぼうと…」
「ひゃあぁあ本物だぁぁ」
「えーい、落ち着けい!!」
「ぎゃあああ」
キジャが兵の腕を掴んで引っ張り上げると、爪が兵の腕に刺さった。
私は歩いていた兵に肩を貸して歩き出したのだが、悲鳴の方を見た。ユンも同じくこちらを見ていた。
「キジャ、怪我人を増やさない!」
「こ、この甘い香りは…まさか貴女様ですか!!?」
『貴女様って…』
「伝説に微かに登場している黒龍なのですか!?」
『そうだけど…』
「光栄です!!!」
『はいはい…肩を貸さなくても良いくらい元気ね…』
診療所へ向かっていると兵を背負ったジェハとシンアがいた。
傷を負っているはずなのに兵はジェハの背中の上で興奮気味。
「重傷の人から運ぶから手上げて。」
「ひゃああ、しっしっ四龍ですか?本当に伝説の四龍なんですか?」
「はいはい、握手は後でね。」
「おい、こちらは黒龍様だぞ!?あの癒しの美しき龍様だ!!」
『はいはい、手当が先ね…』
「お互い大変だね…」
私とジェハは顔を見合わせて苦笑してから診療所に次々と負傷した兵を運び入れた。
「リン、手当の方を手伝ってくれる?」
『わかったわ。』
「運ぶのは僕らに任せて。」
ジェハは私の頭を撫でると次の兵のもとへシンアと共に向かった。
ハクは道具をこちらへ運んで来る途中に兵から声を掛けられた。
「四龍に暗黒龍なんていたんですね。黒龍の事は存じ上げていたんですが…すみません、無知で…」
「気にすんな、最近加入したんだ。」
「入れてないぞ。」
ヨナも兵に肩を貸して歩き出そうとしていた。
「大丈夫?」
「えっ…」
「肩を貸すわ。」
「えええ、そんな…」
「いやいやいやいや姫!ここはこのカン・テジュンにお任せあれ!!」
「おうふっ」
ヨナから兵を奪うようにテジュンがやってきて次々と負傷した兵が運ばれていった。
手当を済ませて座っている兵達は励ますような笑みを浮かべながら、自分達の為に動く私達を見つめた。
赤い髪を揺らすヨナを中心にして、何度も往復をして疲れてきたジェハと彼をからかうハク、楽々と兵を運ぶキジャ、アオと共に兵を励ますシンア、手当をしながら笑い合う私やゼノ、指示を出すユンが集う。
テジュンも私達を見つめ顔を顰めていた。彼の目にも兵が私達に伝説を重ねているのがわかったのだろう。
―皆があの者達に伝説を重ねている…―
思い出されるのは父、スジンの言葉。
「キョウガ、よく覚えておけ。緋龍王は炎の龍。我が火の部族は神の血を引く誇り高き民なのだ。」
―父上の言葉は嘘だった…
それでも我が民は心の奥底で緋い髪と龍の戦士に憧れる気持ちが消えないのか…
我々の君主はあの御方だというのに…―
手当を受ける兵がいる一方で、捕らえた敵兵の調査を進めていたらしく、報告が来た。
「キョウガ将軍、捕らえた敵兵の調べがつきました。」
「っ!敵は誰だ?千州か?」
「いえ、千州よりさらに北方の豪族です。」
「!?リ・ハザラはどうした…!?
奴が千州に座しているから今までこちらも簡単に攻められなかったものを…
私が直接話を聞く。捕虜の所へ案内しろ。」
「はっ」
キョウガは部下に指示を出しながらこちらを見た。
そこではテジュンと笑いながら話すヨナ、ハク、そして私がいた。
―スウォン陛下に報告しなければ、全てを…―
同じ頃、緋龍城では屋外でスウォンとリリが話していた。
「ねぇ、陛下。素朴な質問が2つあるんだけど。」
「はい?」
「1つ目、最近私に帰れって言わなくなったわよね?」
「…それは大事な水の部族長のご息女ですから。」
「胡散臭いなー。2つ目、陛下って護衛とかいないの?」
「いますよ。ほら、あそこに。」
「あれは城の衛兵でしょ。そうじゃなくて専属護衛の人。ジュド将軍は?」
「ジュド将軍は空の部族軍の司令官ですからね。今は色々と忙しいんですよ。」
「まさかと思うけど陛下は城中を一人でうろうろしてるの?
不用心ね、私が暗殺者だったらどうするの?」
「あはは、リリさんみたいな思考がバレバレの暗殺者いませんよ。」
「言ったわね。」
リリが冗談でスウォンの首を両手で絞めるような仕草をすると、彼女は殺気を感じた。
スウォンは急いでリリを抱き締めて笑みを浮かべながら言う。
「大丈夫です、じゃれてるだけですから。」
スウォンに抱かれたままリリがふと殺気を感じた方を見るといくつかの影が物陰に隠れた。彼らはふぅと息を吐くと身を離す。
「ここは緋龍城ですよ。気をつけて下さい。」
「…殺気を感じたわ。あれは…」
「さっきリリさんが言ってた護衛の人ですよ。
いつも一定の距離を取って周囲を見張ってくれてるんです。」
「ちゃんといるんじゃない。よく今まで私は放っとかれてたわね。」
「それは私とリリさんが恋仲だと思われてるからでしょうね。」
「はあ?」
「城の人達はリリさんをとっても歓迎してるんです、后候補だって。」
「いやいや、父様の言う事ならともかくなんで私が歓迎されるの?城にも女はいっぱいいるでしょ?
そういえばあまり見ないわね、陛下の周りに女性…
女官はいるけど必要以上に近寄らせない感じ。
どっちかというとジュド将軍とケイシュク参謀がべったりだし…
え?なに陛下、そっちの人?」
「どっちの人ですか。…まぁ、それを疑われる事が多いから貴女が歓迎されてる訳です。」
「きゃはははははは。男の恋人じゃなくて皆ホッとしたのねーっ」
「…1つ目の質問の答えですが、貴女は側にいると周囲も私に婚姻話を持ちかけたりしなくなりましたから。
ここに居てもらった方が私にも都合が良いんです。」
「私は風除けってわけ?」
「城中の人間は色々と複雑なので…その点リリさんは裏表がないから気楽です。」
「裏表がないって所は前向きに受け取っておくわ。
でもまさか本当に私と陛下の結婚話が進んでるわけじゃないでしょ?」
「一時期は女性であれば誰でもいいって投げ遣りな意見もありましたけど。」
「どんだけ疑われてんのよ。」
「水の部族との関係は良好ですし、今リリさんを后にしても何の利もありません。」
「清々しいくらいキッパリ言うわね。
じゃあ他国の姫…あっ、真国のコウレン姫とタオ姫とかは?美人だし、可愛かったわよ。」
「コウレン姫は先日王に即位されましたよ。
真国との結びつきの為にそれも1つの手かもしれませんね。拒否されそうですけど。」
―…と言ってるけど、あまりその気はなさそう。より良い相手を探ってるのかな…
王なんだから当然だけど、結婚は全て利があるかないかなのね…
でもそれとは別にこの人本当に女に興味がなさそうなのよね。疑われるのもわかるわ…
宗教にも女にも傾倒せず、今のところ外交でもきっちりおいしい所押さえてるんだから王としては理想よね。
ヨナの事を考えると…複雑だけど…―
そこにケイシュクが駆け足でやってきた。
「陛下…!火の部族より火急の知らせが…
…まだいらしたのですか、リリ様。」
「陛下と楽しくお話してただけよ。すぐ退散するわ。」
「出来れば水呼城まで退散して頂けたら幸いなんですが。」
「…」
「私が居て下さいとお願いしたんですよ。ケイシュクさん、執務室に行きましょう。」
「…お早く。」
そうしてその場に残されたリリは彼らを見送って椅子に座った。
―…あの人だけは全く私を歓迎してないみたいね。
まあ私がヨナと親友で、陛下達がヨナを城から追い出したって兵に喋ったから当然だけど。
スウォンが政権を奪ったこと、私多分納得してる。でも私はヨナの味方、これって矛盾して見えるわよね…―
立ち去ったスウォンにケイシュクは睨み付けるような視線を向けた。
「…いつまでリリ様をここに留め置かれるのですか?あの方は害でしかありません。
次に何か喋ったら排除されるべきでは?」
「知らない所で何か喋るよりここに置いて監視した方が良いでしょう?
大丈夫です、彼女の行動範囲は把握していますし、泳がせても大きな影響はありません。」
「…」
部屋に戻るとそこではジュドも待っていた。
「火の部族領に戒帝国の軍勢が?」
「はい、キョウガ将軍直筆の報告書が届きました。」
「戒帝国の侵略は今度こそ間違いございません。」
「キョウガ将軍が出陣し敵を退けたそうですが、その戒帝国の軍を指揮していたのは千州のリ・ハザラではなく北の豪族イン・クエルボという者です。」
「…クエルボ。近頃勢いをつけてきたという元・遊牧民族ですね。
リ・ハザラの千州の都は落とされた…?いや、手を組んだのか。」
「陛下が懸念されていたように北戒は今や混沌とした戦国の時代に突入しています。」
「皇帝の力が弱まっているのは良いですが、今回のように勢いに乗った豪族が高華国にも手を伸ばしてきたとなると…
その為に斉国や真国を属国とする必要があったのです。
早急に国境周辺の警備を強化します。」
「はっ」
「陛下あと1つ。此の度の戦場にヨナ姫とハク元将軍、そして舞姫ことリンらが現れ火の部族軍に加勢したそうです。
そこには四龍と呼ばれる異形の力を持つ怪人が現れてイン・クエルボの軍を次々と薙ぎ倒したとか。
今回火の部族軍が勝利を収めたのも彼らの働きが大きかったとの報告がありました。
これを…どうお考えになりますか?」
「…加勢したのなら問題ないのでは?」
「四龍というのは建国神話の天の御使い。部下に調べさせていたのですが…
ヨナ姫と共に行動している四龍…各地で噂になっているようですね。
そして甘い香りを漂わせる舞姫も黒龍と呼ばれているらしく。
阿波の闇取引き、火の部族の反乱、水の部族の麻薬騒動、斉国2つの砦の戦、真国の内乱、そして此の度の戦…
戦場に現れては派手に暴れて民の心を惑わせている赤い髪の少女と四龍…まるで伝説の神だ…と。」
「…迷信でしょう。」
「私は彼らの力を実際に見た訳ではありませんが、問題はそれを噂している民の心です、スウォン陛下。
この国の神を王以外の者が騙っているようなものなのですよ。」
これにはあのスウォンでも返す言葉がなかったようだった。
兵の手当を次々に済ませていた私達だったが、予定より長引いてしまっていた。
―早く立ち去るつもりだったけど、そうもいかなくなっちゃったな…少し疲れた…―
「ふぅ…」
『姫様。』
「リン…」
『少し休まれてはいかがでしょう。』
「ヨナ、ちょっとは休みなよ。」
「うん、ありがとう。」
「リンも休んだら?」
『ううん、まだ大丈夫よ。』
私とユンが再び診療所に戻るのを見届けてヨナは少し離れた場所へと歩き出す。
というのも、彼女の赤い髪に兵が反応してしまい、外套を被って髪を隠さなければいけないからだ。
暫くするとハクが辺りを見回しながら歩いているのを見つけた。
私はジェハと並んで目の前の兵の腕や脚に包帯を巻きながらハクを呼んだ。
『ハク、どうかした?』
「姫さん、どこに行ったか知ってるか?」
『ヨナならあの木の裏側にいるわ。』
「わかった。」
『あ、ハク。静かにね。』
「は?」
私が微笑むと彼は不思議そうな顔をしたまま木の方へ向かった。
そこではゼノが口に指を当てて待っていた。
覗き込むとヨナが座って眠っていた為、ハクは溜息を吐くと彼女の横に座り優しい笑みを零したのだった。
「ふぅ…そろそろ手当が必要な兵もいないかな。」
「そうだね。」
『お疲れ様、ジェハ。』
「君もね、リン。それにしてもハクはヨナちゃんを探しに何処まで行ったんだい?」
「そういえば雷獣戻って来ないね。」
『戻って来るはずないわ。』
「「え?」」
『だって…』
私は笑みを零しながら立ち上がり、ユンとジェハも首を傾げつつ私に続く。
そうしてやってきた木の陰で、ヨナとハクは身を寄せて眠っていた。
「成程ね。」
私はそんな彼らの眠った横顔を見てから夜空を見上げた。
そこには満天の星空が広がっていて、私の様子に気付いたジェハが手を差し出してくれた。
その手を取り、隣にいたユンの腰に手を回すとジェハに抱き上げられて木に登った。
ユンは突然の事に驚きながらも、私にしがみついて動きに対応する。
それからヨナやハクから少し離れた太い枝にジェハ、私、ユンの順に並んで座った。
そして私は両手を祈るように組むと眠る2人の為に歌い始めた。
《Distance》
心のある悲しみを全て癒やせたら…
いつまでも見守るから好きな人と幸せになれますように…
そんな願いを星に託す曲にユンとジェハは笑みを交わした。
私の歌声に途中からヨナとハクが目を覚まして笑みを零していた事を知るのは、これから数刻後の事なのだった…
※"Distance"
歌手:蒼井翔太
作詞:唐沢美帆
作曲:山下洋介
「テジュン…どういう事だ、これは…
お前はこれを誰よりも早く予測していたというのか…!?」
「ふっ…言ったはずですよ、兄上。
我が火の部族領に…軍勢が攻めて来ると!!」
キョウガとテジュンが見つめる先には砂埃が上がっている。
「…緋龍城へ再び烽火を上げ知らせよ。そして彩火城より援軍を出せ。」
「はっ」
部下に指示を出したキョウガはスウォンへの信頼についても考える。
―完全に後手に回った…ここに来るまでに兵を率いて一日かかっている…
今ここにいる兵士で彩火城の援軍が来るまで持ち堪えられるか!?
スウォン陛下…!!あの御方の信頼をもう裏切る訳にはいかん!!―
背中越しにキョウガはテジュンに声を掛ける。
「テジュン…疑ってすまなかった。」
「分かって頂ければ良いのです、兄上。」
「私はこれより今いる兵士と共に敵の侵攻を食い止める!」
「ご武運を!!」
「お前も行くんだぞ。」
「えーっ」
「お前とお前の部下は先見の明があり、優秀という事が分かった。ならば戦においてもただでは滅びん。」
「ある程度したら滅びるんだ!?」
「参りましょう、テジュン様。」
「フクチ!?」
弱気なテジュンの後ろから進み出て来たのは、怒り狂う兵を率いたフクチだった。
「皆も折角耕した畑を侵されて怒ってますよ。」
「ああッ、見事なまでに単なる農夫と化した私の部下!!」
「誰のせいですか。」
「テジュン…思い出さないか…?父上の反乱を。
私は今でも父上の事を止めに走る夢を見る。」
そう告げたキョウガの後ろ姿が儚げで、テジュンは部下と共に兄の背中を追って戦場へ向かった。
援軍が来るまで持ち堪えなければならないのだが、戦力差は大きい。多量の血が流れ、兵士が倒れていく。
「怯むな!!突撃横隊を組め!!
神聖なる火の地を汚す不届き者に炎の鉄槌を下せ!!」
「キョウガ様、撤退しましょう。この兵力差では…」
「彩火城からの援軍が来るまで持ち堪えろ!
この地は二度と侵される訳にはいかんのだ!!」
部下に囲まれるテジュンも敵に追い込まれていた。
「テジュン様、お下がり下さい!!」
「いくらでも下がる!下がるが…!
飛んで来るものを飛んで来ないようにするにはどうすればいいのだ、フクチ。」
「知りませんよ。」
彼らに向けて敵は槍を構え投げようとしていた。
テジュンを庇うようにフクチが剣を構えるが、槍が投げられるより早く矢が飛んで来て敵の胸に突き刺さった。
「ぐあっ…」
「え…矢…」
―ヨナ姫!!―
矢が飛んで来た方向へ目を向けると、岩肌の上に立ち弓を構えたヨナがいた。
言うまでもなく彼女の近くに私達も控えている。
「姫様…!火の部族が押されています。」
「火の部族の地で闘うのは暗黒龍とゆかいな腹へり達やってた時以来だね。」
「活動再開だな。」
『さぁ…一暴れしましょうか。』
ハクは私の隣に立つと大刀を覆う布を取り、小さく呟いた。
「リン、久々に付き合え。」
『はーい。』
その声を合図にヨナが次の矢へ手を掛け、キジャは右手を構え、シンアと私は剣を握り、ジェハが暗器を持った。
テジュンがこちらを見て惚けていると、剣を振り上げて背後から近付く敵に気付かなかった。
「テジュン様っ!!」
「えっ…ギャー!!」
それを見て取った私とハクは同時に地面を蹴った。
まずはハクが敵を背後から斬り、私はテジュンの隣に降り立って周囲を囲もうとしていた敵陣を風の如く斬った。
「テジュン様、余所見してると危ないですよ。」
「雷獣…!」
『早く来世に逝きたいんなら帰るわよ?』
私とハクが歩き出そうとするとテジュンが慌てたように私達の肩を掴んだ。
「まさかまさか雷獣君!舞姫!!ずっとここに居てねっ?ねっ!」
「雷獣…?」
「舞姫…?」
そこに馬に乗った敵が攻めて来たらしく、足音が聞こえて来る。
『じゃ、鈍った身体を引き締めるとしましょうか。』
「回る大刀にご注意下さい。」
私達はニヤッと笑うと大刀や剣を構えて敵に向かっていった。
大刀を軽々と振り回すハク、そしてその大刀を避けるように身を屈めたかと思えば剣を持って舞い踊る私。
怪我をして暫く闘っていなかった私だが、ハクや仲間達がいてくれるだけで笑みを零す余裕もありつつ闘える。
守りたいものが近くにいてくれるだけで力を発揮出来る。
戦場にいて、命の危険もあるにも関わらず、仲間と共に生きる為に…大切な存在を守る為に闘える事は嬉しくもあった。
そんな私達とは反して兵達は次々に衰退していった。
2人の兵が背中合わせで敵に囲まれてしまい、言葉を交わす。
「諦めるな!スジン将軍の戦でも俺らは生き延びたんだぞ。今度も絶対生きて帰…」
言い終わるより先に彼の喉に敵の持つ剣先が突き刺さった。
彼が倒れると残された兵は泣きながら身体を震わせた。
「神様…緋龍王様…」
―だれか…!!―
その時、彼の周囲にいた敵が大きく鋭い爪で一掃された。
言うまでもなく白い鱗で覆われた大きな手を振るったのはキジャ。
彼はそのまま近くにいた敵を掴み持ち上げると他の兵に向かって放り投げた。
その様子をただただ兵達は見つめていた。
「何だ?何が起こった…!?」
「どうした!?」
「わ…わかりません、化物がっ…ぶおっ」
報告をしようとした兵の頭に衝撃が走る。
それは天を舞うジェハだった。彼は次々と敵兵の頭を足場にして跳んでいく。
「空を…飛んでる…」
「あいつを撃ち落とせ!!」
弓矢をジェハに向けて構える兵を見て取ったシンアが剣を振るう。
私も自分の近くで弓矢が構えられたのを見てハクを呼んだ。
『ハク、ここは任せた。』
「あぁ。」
地面を蹴ると私は兵の持つ弓矢を切り、立ち尽くす彼らを薙ぎ払った。
『ジェハの邪魔をするな。』
「口が悪いぞ、舞姫。」
『失礼しました、雷獣様。』
冗談を交わしながらハクの隣に降り立ち、再び剣を振るいだす。
そんな私達が暴れているとは露知らずキョウガは指示を出しつつ、戦況の悪さに絶望していた。
「陣形が乱れているぞ!!」
「将軍、退却をっ…キョウガ将軍!!」
―彩火城から援軍が来るにはまだ時間がかかる…加えてこの兵力差…
スウォン陛下の信頼を失うわけにはいかないのに…!無念…!!―
俯いたその瞬間、大きな轟音と共に戦場に砂ぼこりが立ち上った。
―なんだ…?敵が弾け飛んで…―
彼が見た先には爪を振るうキジャ、敵を蹴り飛ばしながら空を舞うジェハ、剣を振るうシンア、背中合わせになって大刀や剣を振るう私とハクがいた。
―なんだ…あいつらは…―
茫然と戦場に目をやるキョウガは空から矢が飛んできて、兵に突き刺さる様子を見て取った。
彼が目を向けた先には弓を構えるヨナと、近くに控えたゼノとユンの姿があった。
―空から矢が…女…?誰だ?何故我々に加勢する!?
そしてあの異形の者達は何だ?あの姿はまるで…―
「キョウガ将軍、ご覧下さい…!!敵が後退しています!!」
部下の声にはっとしたキョウガは兵に指示を出した。
「よし、今だ!一気に攻め立てろ!!前進!!前進!!」
「敵が後退してるって?異形の力を持った者達が俺らを助けてくれたんだ…!」
風に揺れる赤い髪と急に変わった戦況に前向きになった兵達は敵に向かって行った。
暫くして敵が後退し始めると兵は足を止める。
「敵が戒帝国に引き返してゆく…」
「か…勝ったのか…?」
キョウガがほっと息を吐くのとほぼ同時に、戦場に目を向けていたオギは冷や汗を流した。
―うそだろ…あれが四龍の力…とてもこの世のもんじゃねぇ…
ヨナ姫を見てから噂の四龍と赤い髪の女はまさかと思っていたが…少なくとも四龍の力は本物だ…!―
彼が見つめる先でヨナ、ユン、ゼノがいた。
「戒帝国の兵士が退いてくよ。」
「私達も引き上げましょう。」
「娘さん、火の部族の次男坊が話をしたそうにこちらを見ているよ。」
そんな彼らにオギが退散を促すが、そういう訳にもいかない理由があった。
「お前ら、引き上げるんなら早く馬に…」
「ちょっと待って。ジェハ達が火の部族兵に囲まれてる!」
彼らの見つめる先で、私、ハク、キジャ、シンア、ジェハは戦闘が終わって並んだ状態で兵達に囲まれていた。
『…どうする?』
「蹴散らすわけにもいかないし。」
「よし、お前らタレ目の背に乗り込むぞ。」
「うむ。」
「“うむ”じゃなーい。」
『とりあえずこの状況をどうにかしないと…』
その時、一人の兵が疲れ果てた様子であるにも関わらず、目を輝かせて私達に問い掛けた。
「四龍…」
「え?」
「貴方達は白き刃の龍、空翔ける緑の龍、目隠しの青き龍…
甘い香りを漂わせるという癒しの黒龍…」
『…私の事まで広まってるのね。』
「えーと……そして貴方は。」
「閃く闇の刃 暗黒龍。」
「勝手に作るな。」
「やはり…!」
「やはりじゃない。」
ハクの返答にキジャがツッコんだものの、兵の興奮は抑えきれない。
「貴方達は戦場に現れるという伝説の四龍なのか!?」
そんな私達の様子にユンは困惑しているし、オギは納得しているようでもあった。
「何か様子が変だよ。」
「今戦場に伝説の四龍と赤い髪の女が出るって噂が各地で広まってんだよ。」
「ええっ」
「特に火の部族はそれをずっと探してたらしい。」
そうしているとキョウガが馬でやってきた。
「どけ。道を空けろ。
そこの者、他国の侵略から火の部族を救ってくれた事、まずは礼を言う。だが何故…」
彼はそこまで言って私とハクが並んで立っているのを見つけた。
「お前らは…風の部族の元将軍、ソン・ハク…!?
そして高華国の舞姫、リン…!?」
「ソン・ハク将軍!?」
「ハク将軍…?」
「リンって…あの高華国一の美女…!?」
「ハク将軍ってあの雷獣!?」
「舞姫までこんな所に…!?」
ざわつく兵達の中でキョウガは岩肌の上を見上げ、ヨナの靡く赤い髪を見つめた。
―なぜ…ではまさかあそこにいる赤い髪の女はヨナ姫!?
どういう事だ、この3人は死んだと聞いていたが、スウォン陛下はご存知なのか?
どちらにせよ陛下に報告しなければ…―
彼はこちらに目を向け冷たく言い放つ。
「聞きたい事がある。全員彩火城に来てもらおう。」
「!」
その言葉に最初に反応したゼノはヨナを守るように前に立った。
言葉を受け止めた私とハクはキョウガに向けて言う。
『折角ですが、遠慮させていただくわ。』
「俺らより早く戒帝国を調査した方が良いんじゃないですか?」
「無論そうする。しかしお前達も得体が知れなさ過ぎる。
彩火へ連行の後、陛下に引き渡す。拒めばあの赤い髪の女もただでは済まない。」
『あの子に何かしてみろ。』
「瞬間あんたの首はない。」
私とハクは殺気を纏いながらキョウガを睨み付けた。
この世のすべてを敵に回しても私達が守るべきものはヨナなのだから。
戦いが始まってしまいそうな空気感が漂った瞬間、テジュンが走って来た。
「お待ち下さい、兄上…!」
「テジュン!どういう事だ?
お前はヨナ姫とハク将軍、そしてリンは死んだと報告したよな?」
「…それは…奇跡的に生還されて…
ヨナ姫とこの者達には手出ししないで頂きたい!
ヨナ姫は荒廃した火の部族領の復興に手を貸して下さったのです!」
「ほう…」
「現に今も我が部族を救って下さった。ですから…」
そんなテジュンにキョウガは冷ややかに言葉を放った。
「何故姫が生きている事を報告しなかった?
お前は以前から私に無断でこの者達と繋がっていたのだな?」
「それは…そうですが、私は兄上を裏切るような事は何も…」
「父上が何をしたのか忘れたのか!?
私はこれから火の部族を守る為、一生をかけてスウォン陛下にお仕えすると決めた!!
不審な行動は一つでもあってはならない!!
私に隠し事をしていた時点でお前は私を裏切っていたのだ!!」
「…これが裏切りというのなら、それでも私は構いません…
私を正しき道へ導いて下さったのはヨナ姫です。
誰が何と言おうと、たとえ兄上でも、ヨナ姫に手出しは許さない。」
「…テジュン…今私が倒れたら次期部族長はお前なんだぞ。
ヨナ姫に肩入れし、火の部族の未来を潰す気か?」
テジュンの迷いの無い表情と言葉にキョウガは衝撃を受けたようだった。
すると黙っていられなくなったらしいヨナが岩肌を滑り降りてこちらへやってきた。
「あっ、ヨナ。」
「姫さん。」
『姫様。』
「ヨナ姫…」
「赤い髪だ…」
兵がざわつき始めるが私はヨナが通れるように一歩後ろに下がり、彼女の後ろに控えるように立った。
「前に式典で顔を合わせた事があったわね、キョウガ将軍。」
―ヨナ姫…随分と印象が違う…あのお飾りの小さな姫が…―
「スウォンは私達が生きている事は知っているわ。」
「…!」
「殺したければいつでも出来るし、貴方一人で焦る必要はない。」
「赤い髪と四龍…伝説の通りだ…!」
「赤い髪と四龍…?」
兵の言葉にキョウガは眉間に皺を寄せる。
「かの戦の後、噂になっていたんです…!今日この目で見て確信しました。」
かの戦とはスジンが起こした叛乱の事だろう。
「伝説の四龍と赤い髪の…王家の血を引くヨナ姫が我々火の部族を救って下さったんですよ…!
まるで…天が緋龍王を我々に遣わされたみたいに…!」
「馬鹿を言え、緋龍王などいない!!」
―緋龍王!?父上が言った事は全て幻想だったのだ…!!―
「キョウガ将軍もご覧になられたはずです。彼らの力こそ本物の神の力。
彼らに手出しする事は神への冒涜にも等しい行為なのではないですか!?」
その盛り上がりを私は表情を曇らせながら見つめ、ヨナは目を丸くしていた。
ユンは不思議そうに隣に立つゼノに問い掛ける。
「…なんかすごい事になってきちゃったね。
でも今までは怪物扱いだったのに。どうして…」
「火の部族は特に緋龍王信仰が強いから。
神は自分達の味方であったという高揚が抑えられないんだろうなぁ。」
私はその言葉を聞き取って俯いた。
―でも…これはそれだけに留まる問題ではないわ…
ヨナが緋龍王かどうかは問題ではなくて、彼女が従えている私達の力が問題なの…
緋龍王は建国の祖にして神の化身…四龍と黒龍は天の御使い…スウォンは持たない神の力…
この騒ぎが広まったら、ヨナは王家にとって今以上に目障りな存在になってしまう…―
私と同じ事を思っていたオギは再び撤収を促す。
「おい、どうするんだお前ら。あんたらの仲間、あのままじゃ動けねぇぞ。」
ユンはその言葉を受けて周囲を見回し、血だらけで倒れている多数の兵を見て私達の元へと足を向けた。
「あっ…ボウズが降りてどうすんだ…えぇ!?」
ユンにゼノも続く。彼らは急いでこちらへやってくる。
テジュンの部下の中にはユンと顔見知りの兵もいるようだ。
『ユン!』
「ねぇっ、話し合いは後にしなよ。周りは死にかけた兵士だらけだよ!」
「えっ、あれユン君?」
「あんた達の仲間でしょ。手当てすればまだ助かる人もいるよ!」
「お…おう。行くぞ!」
「はいっ」
ユンの言葉にテジュンが自分の部下へ次々と指示を出して仲間達の手当を始めた。
「こら、待てテジュン!」
駆け出した彼らに続いてヨナと私達も倒れた兵達のもとへと散らばっていく。
キョウガはそんな私達を止めようとするが、ヨナの一言に遮られてしまう。
「ま、待てっ、ヨナひ…」
「後で!」
「後でって…」
私とユンの指示でそれぞれ病人を担架等を使って1ヶ所に集め、テジュンと部下が持って来た医療道具で手当をした。
私は近くに倒れていた兵に声を掛けていた。
『向こうに即席診療所を作ってあるわ。立てる?』
「…いや、無理だ。」
『ユン!そっちに1人運び入れてもいい?』
「まだまだいけるよ。立てない人は誰かに運んでもらって、リンは誰かに肩貸して。」
『わかった。』
「では私が運ぼう。」
『うん。』
近くにいたキジャに近くにいた兵を任せて、私はふらふらと歩いていた兵に肩を貸した。
ただキジャが兵に龍の右手を向けた為、悲鳴が上がる。
「うわああっ、白き龍の爪―!!!」
「ん?どうした?」
「お前の爪がびびらせてんだよ。」
ハクの言葉にキジャは首を傾げる。
「いや、闘う気はない。私はそなたを運ぼうと…」
「ひゃあぁあ本物だぁぁ」
「えーい、落ち着けい!!」
「ぎゃあああ」
キジャが兵の腕を掴んで引っ張り上げると、爪が兵の腕に刺さった。
私は歩いていた兵に肩を貸して歩き出したのだが、悲鳴の方を見た。ユンも同じくこちらを見ていた。
「キジャ、怪我人を増やさない!」
「こ、この甘い香りは…まさか貴女様ですか!!?」
『貴女様って…』
「伝説に微かに登場している黒龍なのですか!?」
『そうだけど…』
「光栄です!!!」
『はいはい…肩を貸さなくても良いくらい元気ね…』
診療所へ向かっていると兵を背負ったジェハとシンアがいた。
傷を負っているはずなのに兵はジェハの背中の上で興奮気味。
「重傷の人から運ぶから手上げて。」
「ひゃああ、しっしっ四龍ですか?本当に伝説の四龍なんですか?」
「はいはい、握手は後でね。」
「おい、こちらは黒龍様だぞ!?あの癒しの美しき龍様だ!!」
『はいはい、手当が先ね…』
「お互い大変だね…」
私とジェハは顔を見合わせて苦笑してから診療所に次々と負傷した兵を運び入れた。
「リン、手当の方を手伝ってくれる?」
『わかったわ。』
「運ぶのは僕らに任せて。」
ジェハは私の頭を撫でると次の兵のもとへシンアと共に向かった。
ハクは道具をこちらへ運んで来る途中に兵から声を掛けられた。
「四龍に暗黒龍なんていたんですね。黒龍の事は存じ上げていたんですが…すみません、無知で…」
「気にすんな、最近加入したんだ。」
「入れてないぞ。」
ヨナも兵に肩を貸して歩き出そうとしていた。
「大丈夫?」
「えっ…」
「肩を貸すわ。」
「えええ、そんな…」
「いやいやいやいや姫!ここはこのカン・テジュンにお任せあれ!!」
「おうふっ」
ヨナから兵を奪うようにテジュンがやってきて次々と負傷した兵が運ばれていった。
手当を済ませて座っている兵達は励ますような笑みを浮かべながら、自分達の為に動く私達を見つめた。
赤い髪を揺らすヨナを中心にして、何度も往復をして疲れてきたジェハと彼をからかうハク、楽々と兵を運ぶキジャ、アオと共に兵を励ますシンア、手当をしながら笑い合う私やゼノ、指示を出すユンが集う。
テジュンも私達を見つめ顔を顰めていた。彼の目にも兵が私達に伝説を重ねているのがわかったのだろう。
―皆があの者達に伝説を重ねている…―
思い出されるのは父、スジンの言葉。
「キョウガ、よく覚えておけ。緋龍王は炎の龍。我が火の部族は神の血を引く誇り高き民なのだ。」
―父上の言葉は嘘だった…
それでも我が民は心の奥底で緋い髪と龍の戦士に憧れる気持ちが消えないのか…
我々の君主はあの御方だというのに…―
手当を受ける兵がいる一方で、捕らえた敵兵の調査を進めていたらしく、報告が来た。
「キョウガ将軍、捕らえた敵兵の調べがつきました。」
「っ!敵は誰だ?千州か?」
「いえ、千州よりさらに北方の豪族です。」
「!?リ・ハザラはどうした…!?
奴が千州に座しているから今までこちらも簡単に攻められなかったものを…
私が直接話を聞く。捕虜の所へ案内しろ。」
「はっ」
キョウガは部下に指示を出しながらこちらを見た。
そこではテジュンと笑いながら話すヨナ、ハク、そして私がいた。
―スウォン陛下に報告しなければ、全てを…―
同じ頃、緋龍城では屋外でスウォンとリリが話していた。
「ねぇ、陛下。素朴な質問が2つあるんだけど。」
「はい?」
「1つ目、最近私に帰れって言わなくなったわよね?」
「…それは大事な水の部族長のご息女ですから。」
「胡散臭いなー。2つ目、陛下って護衛とかいないの?」
「いますよ。ほら、あそこに。」
「あれは城の衛兵でしょ。そうじゃなくて専属護衛の人。ジュド将軍は?」
「ジュド将軍は空の部族軍の司令官ですからね。今は色々と忙しいんですよ。」
「まさかと思うけど陛下は城中を一人でうろうろしてるの?
不用心ね、私が暗殺者だったらどうするの?」
「あはは、リリさんみたいな思考がバレバレの暗殺者いませんよ。」
「言ったわね。」
リリが冗談でスウォンの首を両手で絞めるような仕草をすると、彼女は殺気を感じた。
スウォンは急いでリリを抱き締めて笑みを浮かべながら言う。
「大丈夫です、じゃれてるだけですから。」
スウォンに抱かれたままリリがふと殺気を感じた方を見るといくつかの影が物陰に隠れた。彼らはふぅと息を吐くと身を離す。
「ここは緋龍城ですよ。気をつけて下さい。」
「…殺気を感じたわ。あれは…」
「さっきリリさんが言ってた護衛の人ですよ。
いつも一定の距離を取って周囲を見張ってくれてるんです。」
「ちゃんといるんじゃない。よく今まで私は放っとかれてたわね。」
「それは私とリリさんが恋仲だと思われてるからでしょうね。」
「はあ?」
「城の人達はリリさんをとっても歓迎してるんです、后候補だって。」
「いやいや、父様の言う事ならともかくなんで私が歓迎されるの?城にも女はいっぱいいるでしょ?
そういえばあまり見ないわね、陛下の周りに女性…
女官はいるけど必要以上に近寄らせない感じ。
どっちかというとジュド将軍とケイシュク参謀がべったりだし…
え?なに陛下、そっちの人?」
「どっちの人ですか。…まぁ、それを疑われる事が多いから貴女が歓迎されてる訳です。」
「きゃはははははは。男の恋人じゃなくて皆ホッとしたのねーっ」
「…1つ目の質問の答えですが、貴女は側にいると周囲も私に婚姻話を持ちかけたりしなくなりましたから。
ここに居てもらった方が私にも都合が良いんです。」
「私は風除けってわけ?」
「城中の人間は色々と複雑なので…その点リリさんは裏表がないから気楽です。」
「裏表がないって所は前向きに受け取っておくわ。
でもまさか本当に私と陛下の結婚話が進んでるわけじゃないでしょ?」
「一時期は女性であれば誰でもいいって投げ遣りな意見もありましたけど。」
「どんだけ疑われてんのよ。」
「水の部族との関係は良好ですし、今リリさんを后にしても何の利もありません。」
「清々しいくらいキッパリ言うわね。
じゃあ他国の姫…あっ、真国のコウレン姫とタオ姫とかは?美人だし、可愛かったわよ。」
「コウレン姫は先日王に即位されましたよ。
真国との結びつきの為にそれも1つの手かもしれませんね。拒否されそうですけど。」
―…と言ってるけど、あまりその気はなさそう。より良い相手を探ってるのかな…
王なんだから当然だけど、結婚は全て利があるかないかなのね…
でもそれとは別にこの人本当に女に興味がなさそうなのよね。疑われるのもわかるわ…
宗教にも女にも傾倒せず、今のところ外交でもきっちりおいしい所押さえてるんだから王としては理想よね。
ヨナの事を考えると…複雑だけど…―
そこにケイシュクが駆け足でやってきた。
「陛下…!火の部族より火急の知らせが…
…まだいらしたのですか、リリ様。」
「陛下と楽しくお話してただけよ。すぐ退散するわ。」
「出来れば水呼城まで退散して頂けたら幸いなんですが。」
「…」
「私が居て下さいとお願いしたんですよ。ケイシュクさん、執務室に行きましょう。」
「…お早く。」
そうしてその場に残されたリリは彼らを見送って椅子に座った。
―…あの人だけは全く私を歓迎してないみたいね。
まあ私がヨナと親友で、陛下達がヨナを城から追い出したって兵に喋ったから当然だけど。
スウォンが政権を奪ったこと、私多分納得してる。でも私はヨナの味方、これって矛盾して見えるわよね…―
立ち去ったスウォンにケイシュクは睨み付けるような視線を向けた。
「…いつまでリリ様をここに留め置かれるのですか?あの方は害でしかありません。
次に何か喋ったら排除されるべきでは?」
「知らない所で何か喋るよりここに置いて監視した方が良いでしょう?
大丈夫です、彼女の行動範囲は把握していますし、泳がせても大きな影響はありません。」
「…」
部屋に戻るとそこではジュドも待っていた。
「火の部族領に戒帝国の軍勢が?」
「はい、キョウガ将軍直筆の報告書が届きました。」
「戒帝国の侵略は今度こそ間違いございません。」
「キョウガ将軍が出陣し敵を退けたそうですが、その戒帝国の軍を指揮していたのは千州のリ・ハザラではなく北の豪族イン・クエルボという者です。」
「…クエルボ。近頃勢いをつけてきたという元・遊牧民族ですね。
リ・ハザラの千州の都は落とされた…?いや、手を組んだのか。」
「陛下が懸念されていたように北戒は今や混沌とした戦国の時代に突入しています。」
「皇帝の力が弱まっているのは良いですが、今回のように勢いに乗った豪族が高華国にも手を伸ばしてきたとなると…
その為に斉国や真国を属国とする必要があったのです。
早急に国境周辺の警備を強化します。」
「はっ」
「陛下あと1つ。此の度の戦場にヨナ姫とハク元将軍、そして舞姫ことリンらが現れ火の部族軍に加勢したそうです。
そこには四龍と呼ばれる異形の力を持つ怪人が現れてイン・クエルボの軍を次々と薙ぎ倒したとか。
今回火の部族軍が勝利を収めたのも彼らの働きが大きかったとの報告がありました。
これを…どうお考えになりますか?」
「…加勢したのなら問題ないのでは?」
「四龍というのは建国神話の天の御使い。部下に調べさせていたのですが…
ヨナ姫と共に行動している四龍…各地で噂になっているようですね。
そして甘い香りを漂わせる舞姫も黒龍と呼ばれているらしく。
阿波の闇取引き、火の部族の反乱、水の部族の麻薬騒動、斉国2つの砦の戦、真国の内乱、そして此の度の戦…
戦場に現れては派手に暴れて民の心を惑わせている赤い髪の少女と四龍…まるで伝説の神だ…と。」
「…迷信でしょう。」
「私は彼らの力を実際に見た訳ではありませんが、問題はそれを噂している民の心です、スウォン陛下。
この国の神を王以外の者が騙っているようなものなのですよ。」
これにはあのスウォンでも返す言葉がなかったようだった。
兵の手当を次々に済ませていた私達だったが、予定より長引いてしまっていた。
―早く立ち去るつもりだったけど、そうもいかなくなっちゃったな…少し疲れた…―
「ふぅ…」
『姫様。』
「リン…」
『少し休まれてはいかがでしょう。』
「ヨナ、ちょっとは休みなよ。」
「うん、ありがとう。」
「リンも休んだら?」
『ううん、まだ大丈夫よ。』
私とユンが再び診療所に戻るのを見届けてヨナは少し離れた場所へと歩き出す。
というのも、彼女の赤い髪に兵が反応してしまい、外套を被って髪を隠さなければいけないからだ。
暫くするとハクが辺りを見回しながら歩いているのを見つけた。
私はジェハと並んで目の前の兵の腕や脚に包帯を巻きながらハクを呼んだ。
『ハク、どうかした?』
「姫さん、どこに行ったか知ってるか?」
『ヨナならあの木の裏側にいるわ。』
「わかった。」
『あ、ハク。静かにね。』
「は?」
私が微笑むと彼は不思議そうな顔をしたまま木の方へ向かった。
そこではゼノが口に指を当てて待っていた。
覗き込むとヨナが座って眠っていた為、ハクは溜息を吐くと彼女の横に座り優しい笑みを零したのだった。
「ふぅ…そろそろ手当が必要な兵もいないかな。」
「そうだね。」
『お疲れ様、ジェハ。』
「君もね、リン。それにしてもハクはヨナちゃんを探しに何処まで行ったんだい?」
「そういえば雷獣戻って来ないね。」
『戻って来るはずないわ。』
「「え?」」
『だって…』
私は笑みを零しながら立ち上がり、ユンとジェハも首を傾げつつ私に続く。
そうしてやってきた木の陰で、ヨナとハクは身を寄せて眠っていた。
「成程ね。」
私はそんな彼らの眠った横顔を見てから夜空を見上げた。
そこには満天の星空が広がっていて、私の様子に気付いたジェハが手を差し出してくれた。
その手を取り、隣にいたユンの腰に手を回すとジェハに抱き上げられて木に登った。
ユンは突然の事に驚きながらも、私にしがみついて動きに対応する。
それからヨナやハクから少し離れた太い枝にジェハ、私、ユンの順に並んで座った。
そして私は両手を祈るように組むと眠る2人の為に歌い始めた。
《Distance》
心のある悲しみを全て癒やせたら…
いつまでも見守るから好きな人と幸せになれますように…
そんな願いを星に託す曲にユンとジェハは笑みを交わした。
私の歌声に途中からヨナとハクが目を覚まして笑みを零していた事を知るのは、これから数刻後の事なのだった…
※"Distance"
歌手:蒼井翔太
作詞:唐沢美帆
作曲:山下洋介