主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
真国
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ハクが勢いに任せてヨナに告白した翌朝、私とジェハは並んで食事の用意をしていた。
そこにヨナが肩にアオを乗せて天幕から出てくる。
「ヨナちゃん、おはよう。」
『おはようございます、姫様。』
「おはよう。」
『よく眠れましたか?』
私の言葉に顔を赤くした彼女は小さく首を振る。
『ふふっ』
「だよねぇ。」
「なんか…まだびっくりしてて。」
そう呟くヨナと私達は告白した直後に口を開けて寝始めたハクを天幕の影から見たことを思い出していた。
「昨日スッキリした人はご飯ぱくぱく食べて寝ちゃったしね。」
『ハクにしては珍しくよく寝てたのよね…』
「あ、ハク。」
その時ヨナの背後で天幕が開き、欠伸をしながらハクがこちらへやってきた。
ヨナはあからさまに身体をびくっと揺らしている。
私は苦笑しつつハクに声を掛けた。
「おはよ。」
『おはよう、ハク。』
「おー」
「お…はよ…」
「…おはようございます。」
「「…」」
顔を真っ赤にして俯きつつ挨拶をするヨナと、言葉の少ないハクを見つめていた私とジェハだったが、一瞬顔を見合わせて肩を竦めた。
するとジェハはすぐ隣にいたヨナを背後からぎゅっと抱き締めてみた。
「ハク、よく眠れた?」
私も彼の行動には驚いたものの、これもハクをからかっての事だと分かり便乗する。
『ぐっすりだったんじゃない?』
「うん、久々にすげーぐっすり寝たわ。」
何事も無かったかのように私達に背中を向けてすたすた歩いて行ってしまうハクの背中を、私とジェハだけでなく抱き締められたままのヨナもただ茫然と見送ることしか出来ない。
ヨナから離れたジェハと、隣にいる私はヨナの顔を見て赤くなっているのを見て取った。
私は彼女の頭を撫でてやり、食事の用意を持ったジェハと共にその場を立ち去った。
「昨日の事からかおうとしたのに、眉一つ動かさないとは…」
『ハクはずっと片思いをこじらせてたんだもの。あれくらいどうってことないのよ、きっと。』
「片思いの手練れだよ…」
『あのくらいで反応するようでは、長年ヨナの傍にはいられないって事。』
「なるほどね。」
それから食事を終えハクが歩いていると、目を輝かせているキジャと座って枝とナイフを持ったシンアがいた。
「ハク。」
「ん?」
「これを見てくれ。シンアが作ったのだ。」
シンアがハクに見せたのは小さな矢尻。
「木製の矢尻か。」
「ヨナが矢を使い果たしたって言ってたから。」
「良く出来てる。」
「里では侵入者を警戒して武器を作ったりもした。」
「ありがとな。これで矢作ってみる。」
ハクは矢尻を受け取って立ち去り、褒められたシンアは嬉しそうに次の矢尻作りを始めたのだった。
同じ頃、ヨナは矢を作ろうと木を削っていた。
集中しているのか、ハクからの告白を思い起こしているのか、彼女は自分に近付く人物に気付かなかった。
「姫さん。」
「きゃあっ」
突然耳元から声が聞こえてヨナは飛び上がり、その場に倒れてしまった。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。」
彼女に手を差し出して立たせたのは他でもないハク。
手を握っただけで顔を赤くするヨナを見て、ハクはわざとバッと両手を上げて彼女に近付いてみた。
すると彼女がビクッとするため、ハクは内心楽しそう。
―ちょっと面白い―
そうやって遊ぶのはやめて、ハクはシンアから貰った矢尻をヨナに見せた。
「シンアが矢尻作ってくれたんですよ。」
「えっ…わぁ、すごい。」
受け取った矢尻を見ながらヨナは感心したように呟く。
「シンア、上手~」
「…で?姫さんは何作ってたんです?牛蒡?」
「矢を作ってたの。」
ガタガタになっている細い棒を見てハクが言う言葉にヨナは怒る。
「今夜の鍋に入れてもらいます?」
「牛蒡はもういい。シンアは多才ね。剣も使えるし、弓も使えるのかな。」
「困難にあってもずっと自力で何とかして来たんだ。
俺もあいつから学ぶ事は多いですよ。」
その時、ハクがふと隣にいるヨナに向けて口を開いた。
「…久々に稽古でもします?」
暫くすると夕飯の準備をしていたユン、のんびりしていたジェハやゼノ、そして矢を作っていた私のもとにカンッカンッと木刀のぶつかり合う音が聞こえてきた。
『この音…姫様とハクだわ。』
「昨日大声で告白した人が木刀もってビシバシやってるよ…?」
「愛情表現、よくわかんないよね。」
『えぇ…でも暗い顔をしてるよりずっといいわ。』
私は矢を作る手を止めて目を閉じた。
すると私の耳にハクとヨナの声が聞こえてきて、気配によって彼らの動きを探ってみた。
「どうした、姫さん!真国の戦で力を使い果たしたか!?」
―いや、昨日の事で全然集中出来ません!!―
「そんなんじゃ危なっかしくて剣は持たせられねぇな!」
「っ…ハクっ…今日いつもより力強いよ。」
「全然。姫さんが弱いんでしょ。」
するとその言葉にヨナはぐっと木刀を持つ手に力を込め、ハクの喉元に木刀を突き付けた。
彼女の鋭い眼光と喉元にある木刀の先に目を丸くしたハクだったが、すぐに愛しいものを見つめるかのように微笑んで、木刀を下した。
「…ふっ…やっぱかっこいいな、あんた。」
「ほんと!?」
「ぶっは」
鋭い眼光から幼い表情への変貌ぶりにハクは噴き出してしまう。
「なっ、何で笑うの!?」
「いや、面白ェくらい色気ねぇから…」
「稽古なんだから色気いらないでしょ。」
「いらないいらない、嫁の貰い手もない。」
―昨日の事は夢かもしれない…―
ヨナがそう疑い始めた時、ハクが笑うのをやめて真剣な表情で彼女と目線を合わせて呟いた。
「…まぁ、俺が貰ってもいいんですけど。」
顔を真っ赤にするヨナにハクは言い放つ。
「冗談ですけど。」
「~~~~~?」
「主に向かって“もらう”とかないわ~」
「…冗談…なの?」
「……昨日言った事なら本気ですよ。」
これにはますますヨナの顔が赤くなる。
その表情の変化や、彼女が彼の視線に耐えられなくなって俯いたりする様子をハクは少しだけ頬を染めて見つめた。
―ずっと見ていられる…―
落ち着いたヨナは目の前にいるハクに問いかける。
「…い…いつから…?」
「…具体的に覚えてねぇよ。自分でもいつからこんなにどうしようもなくなったのか。境目がわかんね。」
「ハク…あの…わ…わたし…」
「あ、気にしないで下さいね。
俺は別にあんたに何か期待してるわけじゃねーから。うん。
ただもう言ってもいいかなって思っただけで。つか勢いだけど。」
「え…っ」
「重荷になりたくねーし。」
「あの…」
「大丈夫。」
「わたし…」
「稽古終了―めーしー…」
「え…」
開き直ったハクは何かを言おうとするヨナをその場に残して、すたすたと私達がいる場所へと歩き出してしまった。
私はそれを聞きながら出来上がった矢の先にシンアから受け取った矢尻を刺して完成させると、ユンを手伝って夕飯の準備を整えた。
「リン、無理してない?」
『え?』
「怪我が酷かったんだから安静にしてないと…」
『もう治ってきてるわよ。頭の傷は時々痛むけど大したことないし。
ユンの手当てがいいのね。流石我らの命綱!』
「命綱なんてやめて!いくら俺がいるからって無茶しないでよ!!」
「わかってるよ、ユン君。」
『いつもありがとう、ユン。』
「…感謝しても何も出ないからね?」
「それにしてもヨナちゃんもハクもなかなか帰って来ないね。」
『そろそろ戻って来るわ。姫様もハクの言動に振り回されててなんだか可愛らしいのよね。』
「ハクは今まで振り回されてきたんだから、ヨナちゃんが自分に振り回されてるのを見て楽しんでるんじゃないかい?」
『ハクなら有り得るかも。』
そんな私達がクスクス笑うのをユンは見つつ夕食の準備が出来た事を仲間達に告げるのだった。
そして夜になり、皆が寝静まった頃、見張りとして私とジェハは共に毛布にくるまって焚火の近くに座っていた。
寄り添ったまま空に浮かび、雲に微かに隠れている月を見上げているとハクが酒を片手にやって来た。
「リン、タレ目。見張り代わるぞ。」
「ハク…優しいじゃないか。ヨナちゃんと一緒に過ごしたら?」
ハクは私達の隣に座り、近くに来たアオは私の肩に乗った。
彼は杯に酒を入れると私とジェハに手渡した。それを飲みながら静かに言葉を交わす。
「俺といると姫さん目が泳いでるし、ユンと楽しそうに喋ってたから癒されてると思う。」
「緊張してるんだよ。可愛いじゃないか。」
「まあ可愛いけど。」
「『ひーらきーなおったー』」
「開き直ったついでに長年秘めてきた想いをぶつけちゃった感想は?」
ジェハの言葉に私はチラッと隣に座ったハクを見上げた。
「……本ッ当言うつもりなかったんだけどな。」
「城にいた時も?」
『…尚更でしょ。』
私はハクの袖を引き、小さく俯いた。
するとそんな私の手を離させて、彼は私の頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫でた。
「あぁ、尚更だ。姫だぞ。何の責も負わず一方的な気持ちぶつけていい相手じゃねーよ。
ある一定の時期から俺を見て欲しいとか恋仲になりたいとか思わなくなったし。」
「気持ち殺しすぎて悟り開いちゃったよ、この子…」
『私はそれを理解して、ヨナとハクそれぞれの気持ちを知りながら見守っていたって訳。』
「君もある意味悟り開いてるのかもね…」
「でも昨日妙にスカッとしたんで気付いた。実は俺言いたかったのかもしれない。」
「『乾杯しようか、ハク。』」
何かと私とジェハは同じ言葉を口にしてしまうようだ。
それほどまでにハクの恋路を祝福しているのだろう。
私達は杯をぶつけて乾杯してから話を進めた。
「今はリンだけじゃなくてお前らもいるし、姫さんの心も安定してるみたいだから、俺が言ったくらいじゃ揺らがないだろうし。」
『…そうかなぁ?』
―今すっごい生活に支障をきしてると思うよ…―
首を傾げる私と、心の中で苦笑するジェハには気付かないまま、ハクは以前ヨナから口付けられた事を思い出していた。
それはヨナ曰く挨拶だったらしいが、同じ物をハクから彼女に返してみようかとも思ったのだろう。
「俺もしようかな、挨拶。」
「挨拶?」
『何の事…?』
「なんでもね。」
「そういえばヨナちゃんがハクが話があるって言ってたのに話してくれなかったって言ってたけど何だったの?」
これにはハクが鋭い目をしたまま口を開こうとしなかった。
彼の横顔を見て私とジェハは目を丸くした。
「…あれ?」
『恋の話ではなかったのね…』
「…あれはもういい。真国のドタバタで俺もどうかしてた。」
『どういう事?』
「…姫さんが簪を手放したんだ。」
「『…!』」
『ま、待って…簪って…あの簪を…?』
「…」
『捕まってた私達の為…?』
「…あぁ。情報屋に協力を頼む対価として支払ったんだが、それを…取り戻さなくていいのかって言おうと思ってた。」
『…ハクは取り戻したかったの?』
「……姫さんがあれを手放せて良かったと思ってる…」
『簪を手放す事が出来たという事は…あの日の傷が少し過去のものとなって前に進めている証拠…
そう考えれば良いのかもしれないけど…』
「俺にも…よくわかんねぇ感情なんだ。
あの簪は姫さんにとって“思い出”だ。俺ばかりがまだ…手放せてない…」
ハクの姿が深い闇に沈んでいってしまいそうで、私は彼から目を逸らす事も出来ないまま酒を飲み切った杯を近くに置いた。
空になった手を私はふらっとハクへと向け、彼の首に腕を絡ませると横から抱き締めた。
『ハク…』
「…どうした。」
『何だか…ハクが闇に囚われてしまいそうで…』
「…馬鹿だな。」
『うん…』
彼はそれ以上何も言わずに私の背中をポンポンと軽く叩くだけだった。
裏切りの日を乗り越える時も、部族を出る時も…どんな時でも兄妹のように共にいて、支え合ってきた私達だからこそ言葉は要らず身を寄せるのだろう。
そんな私達を見つめてジェハはどこか寂しそうな表情をしていた。
―ハクもリンも…城にいた頃にヨナちゃんに仕える覚悟を決めたように、スウォンにも一生仕える覚悟を決めてしまったんだね…
ハクはまだ裏切りの日の闇にいる…
リンだってハクと共に闇の中で彷徨ってる…
ヨナちゃん、ハクを救ってあげられるのはたぶん君だけだ…―
ハクは私の顔を上げさせると困ったように笑って私をジェハの方へ押した。
するとジェハは私を抱き留めて肩口に顔を埋める。
―ハクが闇から解放された日には、きっとリンだって迷わずにいられるようになるはず…
残念だけど、僕にはリンの傍にいる事しか出来ない…悔しいけどね…―
彼が私を抱く手に力を込めたのとほぼ同時にハクははっとしたように声を上げた。
「…あ、寝に行っていいぞ。」
「あぁ、うん…もうちょっと居るよ。」
『ありがとう、ジェハ…』
彼の優しさを感じ発した私の言葉に彼は私の髪を撫でる事で無言の内に応えたのだった。
そんな翌日、夜が更けてきた頃に焚火を囲んでいるとゼノがある事を発案した。
「えっ、空都に行く?」
「そう。」
「珍しいね、ゼノ君が行きたいところを言うなんて。」
『何か意図があっての事なんでしょ、ゼノ?』
「お前らまだ身体重いだろ。」
「まぁ、正直本調子ではないね。」
「緋龍城の近くに行けば回復するから。」
私達は納得したように頷いたが、ユンだけは根本的な点について疑問を抱いた。
「あの…根本の話で悪いんだけど、何で緋龍城に近いと龍は回復するの?」
「緋龍城は龍神の加護が強い城だから。そこには緋龍王の霊魂を祀る廟がある。な、姫さん。」
「えっ、えぇ。」
「神官弾圧の際、その廟も危なかったけど流石のユホンも緋龍王の廟には手出し出来なかったんだ。」
「その廟に我々を癒す力があるのだな。」
「そ。」
「え…ちょっと待って。緋龍城まで行くって事?」
「いや、空都の近くで療養出来れば良いから。」
『緋龍王の廟…聞いた事はありますが…』
私の言葉に隣に座るヨナがある記憶を思い出していた。
「昔父上に連れられてよく出入りしてたわ。」
「どんな所ですか?」
「霊を祀っているのに少しも怖くなくて、不思議と温かさを感じる場所よ。
小さい頃、そこで遊ぶのが好きだったの。」
―そういえば一度だけスウォンを連れて入った…―
だがその時、あの温和なイル陛下が冷たい表情でスウォンを止めたのだ。“お前が足を踏み入れていい場所じゃない”と告げて。
それを思い出してヨナは目を丸くした。
「ヨナ?」
「あ…ううん。ジェハ達、早く治って欲しいし移動は賛成よ。」
「じゃあ決まりだ。明日出発しよう。」
出発が決まり、それぞれが天幕へ移動を始めるなか、ヨナは思い出したイルの表情に想いを馳せていた。
―随分昔の記憶だ…滅多に怒らない父上のらしくない言葉…
私はスウォンだけ叱られたのがとても悲しかったけど、スウォンは不満も漏らさず廟には二度と近寄らなかった…
父上はなぜスウォンが廟に入るのを拒んだのだろう…―
翌朝、私達は出発の準備として天幕を畳み、食料や器具等を片づけたりしていた。
一番の荷物になるのは布だ。天幕や敷物、防寒用の毛布…どれも重い物ばかり。
それをヨナが抱えて歩いていると前が余り見えていなかった為、座っていた人物にぶつかってしまった。
「わっ、ごめんなさ…」
「…」
座っていた人物の頭に大量の布を置いてしまったヨナは急いで布をどける。
「ハク!?」
「あんた、よくこんな重いもん持ち運べるな。そんな細腕で。」
「手当て中にごめんね。痛かった?」
「いや。」
布を畳み抱え直すと包帯を巻いている途中だったらしいハクが上着から左肩を曝け出している様子が露わになった。
「……」
「何です?」
「わたし巻きたい!包帯!」
「…いいですけど。」
布を近くに置いたヨナがハクの腕に包帯を巻いていく。
「空都の近くに行ったら暗黒龍も回復するといいのに。」
「はははっ」
本当に心配している様子のヨナを見て、ハクは彼女の細い腕を握り自分に引き寄せた。
「……ハ、ハク。包帯巻けないよ……?」
「やっぱ自分で巻こうかな。」
「えっ、だめだった?」
「いや、あんま俺に触らない方がいいですよ。手握るだけじゃ済まなくなるんで。」
言葉の意味を理解したヨナはぼとっと包帯を落としてしまう。
私は端からそれを見ていたのだが、ヨナがそろそろ可哀想になってきて声を掛けた。
『いい雰囲気の所悪いけど、そろそろ姫様を解放してあげて。』
「…」
「リン…!」
ヨナは布を抱えると私の横を走って逃げて行った。
「…逃げなくてもいいだろ。」
『ふふっ、可愛いじゃない。布を忘れていかない辺りが姫様らしい。』
私はクスクス笑いながらハクの腕に包帯を巻いてやり、上着を着た彼と共に仲間の元へ戻った。
笑みを交わし合いながら空都の療養所を目指した旅路が始まった。
同じの頃、空都の城下町にある情報屋が集まる酒場では髪に簪を挿したオギが項垂れていた。
仲間から呼ばれても顔を上げようとはしない。
「オギ…オギ!」
「…んあ?」
「お前、最近覇気がねーな。」
「…」
「まあ原因はわかるけどよ。」
「…俺の事は放っといてくれ。」
「腐ってる場合かよ。空都に広まってる噂知ってるか?
先日の真国との和平会議…あの無血の戦には緋龍城より失踪したヨナ姫が大きく関わってるっつー話。
まあ、ここまでは俺らも知ってるけど、さらに民衆が噂してんのはちょっと前から実しやか(まことしやか)に囁かれてた伝説の四龍の話。
そいつらを従えてヨナ姫が真国に降臨したんだとよ。」
「降臨って…」
「いや、それがヨナ姫の赤い髪が伝説の緋龍王そのものだって。
火の部族の戦や、水の部族の麻薬騒動の目撃情報と一致するし。
お前また本人と接触してよ。金になる情報集められるんじゃねーの?」
「オギさんっ、待ち人が来ましたぜ!」
「!」
別の男の声に反応して身を起こしたオギだったが、そこにいたのはリリだった。
「オギ、元気してた?」
「嬢ちゃんかよぉぉ、待ってねーよぉ…」
「失礼な男ね。何?誰を待ってたの?」
「…別に。」
「ところであんた何若い娘みたいな簪してんのよ。っていうか、その簪どこかで…」
リリは俯くオギに歩み寄ると簪を見て、彼の髪を引っ張って自分に簪を引き寄せた。
「いでで…」
「あんた…!この簪どこで?」
「ど、どこって…貰ったんだよ、俺の髪に似合うやつ…」
「どこの世界にヒゲのおっさんつかまえて花の簪贈る奴がいるかッ」
「人生色々なんだよ!!」
「こんな高価な簪、その辺の庶民が持てるわけないでしょ。これは…この簪はあの子の物よ…!」
「…なんだ、嬢ちゃん。お姫様と知り合いか?」
「!」
「別に…おかしくはねぇか。嬢ちゃん、国王と知り合いなんだから。」
「あの子、ここに来たの?」
「…まぁな。俺がお姫様に協力する対価として、これを置いてったんだよ。」
「陛下は…知ってるの?あんたがあの子に協力したってこと。」
「ああ…俺が仲介したからな。その時ウォンはここに現れなかったが。
…いや、これから先もウォンは二度とここには来ないだろうよ…」
「…オギの所行こうって誘ったのよ、何度も。でも自分はいいって…」
「今までだって一年位連絡ねぇ時とかあったろ?」
仲間の言葉にオギは頭を抱える。
「あったけどぉ…なんかもう違うんだよ。
薄々わかってた。ヨナ姫に協力したらもうあいつには会えねぇって。
今まで身分を知らないフリして付き合ってきたが、こうなってしまったらもう…」
―ヨナ姫は今や王家にとって目障りな存在…
そんな姫に協力した俺は殺されてもおかしくねぇ…―
「あいつは俺を守る為に俺との関係を切ったんだ…」
「単に用済みかもよ?」
「夢見たっていいじゃない!!
俺だってもう関わんねー方が身の為だと思うよ?
だけどこーんな小せえ頃から知ってんだぜ?こまっしゃくれて、ムカつくガキでよ。
何でも知りたがるくせに自分の子とは何も話さねぇし…俺はあいつが心配だ…」
それを聞いていたリリはオギの心情を感じ取ってある事を提案した。
「…ねぇ、その簪買い手ついた?」
「いや、まだ。」
「じゃあ、私が簪買い取るわ。」
「マジか。」
「でも今手持ちがないの。暫く預かっといて。んでさ、ちょっとまけてよ。」
「なにィ!?」
「その代わり陛下が元気にしてるかどうか時々伝えに来るから。情報は有料でしょ?」
オギははっとしたように簪を外すとそれを見つめながら柔らかい声色で告げた。
「…ふ、確かに情報にはそれ相応の対価が必要だ。
じゃ…これは売らずに取っとくわ。…ありがとな、嬢ちゃん。」
店を出て緋龍城に戻るとリリは空を見上げた。
―陛下…国の為に冷酷な事もしてきた人だけど、こんなにもあなたを愛する人がいるのね…―
城内に入ると彼女は壁の仕掛けを弄って秘密部屋へ入って行くスウォンを見つけた。
―…あれ?何してるのかしら…―
後をつけると地下に入って行って、そこには霊廟があった。
「へえ、玉座の間の地下にこんな所があったのね。」
「わあっ!リリさん!?」
「あなた勘がいいくせに時々すっごい抜けてるわよね。」
スウォンは彼女がついて来ている事に気付いていなかったようだ。
「リリさんがどこでも勝手に入りすぎなんです。」
「荘厳な場所ね。ここは何?」
「緋龍王の霊魂を祀る廟です。」
「玉座の間の地下にあったのね…
緋龍王か…この国の神のようなものだけど、部族によって信仰度が違うわよね。」
「城に神官がいた頃は空の部族にも信者は多かったですよ。」
「陛下はここにお祈りに来たの?」
「…まさか。」
「じゃあ何しに?」
「…一度止められたからどんな所かなと思って。こんなものか。」
静かに言い放つ彼の横顔はとても冷たかった。
その頃、彩火城ではキョウガとテジュンの兄弟が言い合っていた。
「テジュン!!お前はッ…自分が何をしたのか分かっているのか!?
彩火城の烽火は戒帝国が侵攻してきた知らせ!
しかし国境からそんな報告は受けていない!!」
「い、いえ兄上。私は見たのですっ
戒帝国の軍勢がこちらに向かって来るのを!」
「どこにそんな軍勢がいる!?お前は城にいただろう!?」
「私の部下が見たのですッ」
「お前の部下は畑仕事しかしとらんだろーが!
緋龍城からは再三現状を報告せよと迫られている。
空の部族軍は烽火のせいで真国との戦を前に混乱に陥ったそうではないか!
ただでさえ我が火の部族は先の父上の反乱により他部族からの信頼が地に堕ち、これ以上不祥事を起こせば私はお前と共に腹を切って詫びねばならん!
見間違いや烽火上げ間違いじゃ済まんのだぞ!!」
―見間違いや烽火上げ間違いにしようと思ったんだけどなーっ
報告によると真国との戦は回避され、ヨナ姫の希望は叶った…私の役目は終わったのだ…―
「あ、兄上!私の部下は畑仕事をしていると油断させ、各地で敵国を監視しご近所の平和を守るという精鋭部隊でして、他では見落としがちな侵入経路にも目を光らせております!!」
―しかしよせばいいのにどんどん話を盛ってくのが得意な私の口―!!―
「だからどこに敵が侵入してるか言え!!」
「えー…と…」
―あー、この際ちょっとでいいから侵入してくれないかなー戒帝国…―
すると彼の願いが聞き入れられたのか、部下の声が響いた。
「キョウガ将軍!!も、申し上げます!」
「何だ!?」
「火の部族、最北の町より伝令が!!
只今戒帝国側より国境を破り、敵の軍が火の部族領に侵攻して来ました!!」
願ったり叶ったりなテジュンは緊急事態にも関わらず叫んでしまった。
「やったー」
「やったー!?やったーとはどういう事だ、テジュン!!」
「え、そそそんな事言いました?」
「吃ってるぞ、テジュン!!」
「そんな事より兄上、早く緋龍城に知らせを!
戒帝国側より敵が我が国に侵入したと!!」
「待て、敵は誰だ?リ・ハザラか?」
「まだ分かりません。」
「テジュンの部下の誤報かもしれん。私が確認する。」
「兄上ぇ!!」
彼らが敵の侵攻に対応しようとしている頃、私達は空都近くの小さな温泉地に来ていた。
男女に分かれて温泉に入り、ほっと息を吐く。
長い髪は結い上げて湯船に身を沈めているとヨナは私の傷を見て、回復してきているのを確認すると小さく笑みを零した。
壁を挟んだ向こうにいるハク、ユン、キジャ、ジェハ、ゼノは言葉を交わす。
シンアは先に入って見張りをしているようだ。
「はあ…癒される…」
「傷の痛みも和らぐ…」
「どう?治りそう?」
「うむ。力が漲ってくる気がする。これが緋龍城のお陰か、湯のお陰か最早わからぬ。」
「暗黒龍も完治だ。」
「暗黒龍完治は気のせい。」
「矢傷を湯に浸すなとのユン君のお達しだが、左腕だけめっさ冷える。」
「後で温かい布で拭くから。」
「緋龍王の廟にも一度行ってみたいものだ…」
「じゃ、ゼノはもう上がるから。娘さん達の様子見てくる。」
髪を結い上げたゼノは手拭いをさっと身体に巻くと爆弾発言を残して立ち去った。
「…ゼノ君は得な性分だね。」
私はそんな彼らの会話を聞いて笑みを零し、自分の腕を撫でる。
身体が楽になってくるのを感じていると、こちらにある気配が近付いて来るのを感じて目を見開いた。
「リン…?」
『この気配って…確か…』
「何か感じたの?」
『いえ…それよりゼノがこちらに来てますよ。』
見張りをしていたシンアも私が気付いた気配の持ち主…オギを見つけて仮面をすると立ち上がった。
「誰か来る…」
「えっ」
「どんな奴だ?」
「武器…は持ってない。服脱いでる…お風呂入るみたい。」
「なんだ、客か。」
「他の客か、しばらく上がれないね。」
「では私の後ろに隠れるがよい。」
鱗のついた自分の脚を気に入っていないジェハは他人がいる時に風呂から上がろうとはしない。
第一龍の鱗を、事情を知らない人に見せるべきではない。
お湯に浸かって身を隠すジェハの前でキジャが両手を広げた。
それによって彼の鱗がついた右手が露わになっている。
「君の手もそんな堂々と見せるもんじゃないと思うよ…」
すると腰に手拭いを巻いたオギが入って来た。
彼はハク達を見て即Uターンしていこうとする。
「…シンア、ちょっと連れて来い。」
「えっ、誰?」
シンアはすぐにオギを追いかけて捕まえると風呂に戻って来た。
「放せっ!何だ、こいつは!?」
「だっ、誰なの?」
「シンア、他に誰かいたか?」
「俺だけだよっ…何なんだ、一体っ」
オギは唯一知った顔であるハクに駆け寄った。
「オギさん、先日は世話になったな。何で逃げた?何しにここへ?」
「お前らみたいな怪しい連中に出くわしたら逃げるわ!
お前らこそなんでここに。ここで人と落ち合う予定なんだよ!」
「…スウォンか?」
「違ぇよ!情報屋仲間だ。ウォンとはずっと会ってねぇよ…
つか、もう会えねぇ。だから安心しろ、お前らの情報があっちに流れる心配はねぇから。」
「…」
「ハク、彼が協力して貰ったっていう情報屋かい?」
「あぁ。」
「…」
湯に浸かるキジャとジェハへオギは目を向ける。
―もしかしてこいつらが噂の四龍ってやつか…?鱗…?
誰かが話を盛ったんだと思っていたが…これは…―
キジャの右手を見て龍の力が本物だと感じ取ったようだった。
そこに扉が開く音が聞こえてきて、振り返ると黒い短髪の男が腰に手拭いを巻いているのを見つけた。
男は場所を間違えたかと先程オギがやったように振り返って出て行こうとする。男はオギの情報屋仲間らしい。
「あーっ、ちょっ…こっちだこっち!」
結局引き止められてオギと黒髪の男は上の湯へ移動した。ハク達とは離れた場所で情報交換をするのだろう。
「何だ、あいつら。」
「ちょっと先客の旅人と意気投合してた。」
「そうなの?まあいい、それより…火の部族の情報屋からでかい知らせだ。」
「あ?」
「戒帝国より敵が侵入して来たらしい。」
「どういう事!?」
「わあ」
この発言にはユンが反応して彼らの会話に混ざった。
私もヨナの隣で湯に浸かりつつ彼らの会話に耳を傾ける。
「何話に入って来てんだ、ボウズ。」
「まあ平気だろ、極秘情報じゃねぇし。」
ハク、キジャ、ジェハも湯船の中で会話を聞こうとしている。
警戒心を抱かせないように話の輪に入れるのはユンくらい。彼に情報収集は任せるべきだろう。
「それ本当の話?」
「それが…彩火城は前にも烽火で緋龍城に救援を求めたが、緋龍城は何故か静観…
次の烽火は上がってないし、信憑性がなぁ…」
「前の烽火の原因は知ってるがな。」
「えっ、何だよ。」
「高いぞ。」
「じゃ、いいわ。」
オギが言っている烽火はヨナがテジュンに上げさせたもの…
それを知っているハクは何も言わず、ユンはとりあえず問う。
「一体火の部族領で何が起こってるの?」
ユンが説明を受けている頃、ゼノが女湯に着いた。
戸を叩く音が聞こえてきて、私達は答える。
「娘さん、お嬢、いい?」
「ゼノ?」
『どうぞ。』
「キジャ達、元気になった?」
「おー」
私とヨナはゼノが入って来る扉の方へ背中を向けて湯船に身を沈める。
するとゼノはヨナと背中合わせになるように座った。
「痛み和らいだって。」
「良かった、緋龍城のお陰かな。」
「お嬢はどう?」
『お陰様で。』
「不思議ね。緋龍王といえば父上が小さい頃から話してくれた伝説か、毎朝お祈りしてた廟の神様っていう実態のない存在だったから。
ねぇ、ゼノ。緋龍王ってどんな人だった?」
「…どんな人だったんかなぁ…」
「え?」
「遠い記憶だから。」
『忘れてしまったの…?』
「…忘れてしまった事と、想いを巡らせる度に新たに気付く事と、わからなくなる事と…」
『ゼノ…』
「娘さんを見てると緋龍王を思い出すよ。
四龍や黒龍、民に優しくて、普段はおっとりして可愛かったし。
お嬢を見てると初代黒龍…レイラを思い出すんだ。綺麗で優しくてゼノにとって甘えられる相手だった…」
『そう…』
「でももしかしたら緋龍王にとって四龍は煩わしい存在であったかもしれないと思う事もある。」
『え…』
「…なぜ?」
「結局は四龍って龍神様の過剰なまでの緋龍愛が生み出したものだから。
黒龍だってそんな想いが形となって、唯一癒しの存在として女性…レイラに託されたに過ぎないから。
緋龍王が欲して生み出されたものではない。」
『…これは私の勝手な考えだけど。』
「リン…?」
私が口を開くとヨナがこちらを見た。
『…私は歴代黒龍の記憶を見た事があるわ。
そこでは初代緑龍を笑顔で看取っていたし、姫様によく似た赤い髪も覚えてる…
よく思い起こせばゼノも記憶の中にいるわ…他の龍達と笑ってる貴方がね。』
「お嬢…」
『緋龍王も四龍も笑ってた…戦が多い時代だったけれど、そこにも幸せはあったのよ。
だから…緋龍王も煩わしいとは思ってなかったんじゃないかな。
龍に負けないくらい愛が大きかった気がするわ。』
「ありがと、お嬢。」
『…私の勝手な考えだって言ったでしょ。
厳しい時間を生きず、貴方みたいに独りで生きてきた訳でもない私の戯れ言よ。』
チラッとゼノを振り返ると彼は穏やかに微笑んで私の頭を撫でてくれた。
そんな私達を横目にヨナがそっと問い掛ける。
「…ゼノは…緋龍王を看取ったの?」
「…うん。病気で四龍や黒龍より先に逝ってしまったからな。」
「…無念だったでしょうね、四龍を置いてゆくのは。
ねぇ、ゼノ。緋龍王の廟に四龍を癒す力があるのは…緋龍王がずっとみんなに元気でいて欲しくて、亡くなってからも緋龍城から四龍を守り続けているからではないかしら。」
「……どうかな。」
暫くして私達は風呂から上がり、着替えてから合流した。
そこで私はハク達と共にやってきたオギに気付いた。
『貴方は…どうしてここに…っ』
「リン、落ち着け。」
『ハク…だってこの人は…』
「大丈夫だ。」
『…もしかして私達が捕まってる時に情報屋に協力を頼んで簪を渡した相手って…』
「あぁ。」
「お嬢、無事だったんだな。」
『…久しぶりね、オギさん。まさか貴方とこんな形で会う事になろうとは。』
「…そんなに警戒しないでくれ。今はもうウォンと会ってねぇ。」
『でしょうね。私達に協力した時点で彼と関わりを持つ事自体難しくなったんでしょう。』
「…相変わらず頭がいいな、お嬢。」
『どうも。』
私が警戒心を解かないままハクの隣に立っていると、ユンが空気を読んだように火の部族への戒帝国による侵略を伝え始めた。
「えっ、火の部族に戒帝国の軍勢が?」
「まだ真偽の程もわからないんだって。」
「私…空の部族の進軍を遅らせる為にスウォンの気を引くようテジュンに頼みに行ったの。」
「そうだったんですか…我々と真国の為に…」
「それで本当に敵が攻めてきたってわけだね。」
「でも今回は烽火は上がってないらしいし大した事ないのかな…?」
私達が意見を出し合っているとキジャが凛々しく言った。
「行きましょう、姫様。人質となった我々や真国との戦を止める為にその者は手を尽くしてくれた。
行けば何か出来る事があるかもしれません。」
「真国で動けなかった分、お役に立つよ。」
『あのお坊ちゃんにも礼を言わないといけないしね。』
「火の部族に行くなら馬貸すぜ。」
「ありがとう。」
―こいつらが本当に伝説の四龍かどうか、情報屋として確かめねぇと…―
そこにヨナが肩にアオを乗せて天幕から出てくる。
「ヨナちゃん、おはよう。」
『おはようございます、姫様。』
「おはよう。」
『よく眠れましたか?』
私の言葉に顔を赤くした彼女は小さく首を振る。
『ふふっ』
「だよねぇ。」
「なんか…まだびっくりしてて。」
そう呟くヨナと私達は告白した直後に口を開けて寝始めたハクを天幕の影から見たことを思い出していた。
「昨日スッキリした人はご飯ぱくぱく食べて寝ちゃったしね。」
『ハクにしては珍しくよく寝てたのよね…』
「あ、ハク。」
その時ヨナの背後で天幕が開き、欠伸をしながらハクがこちらへやってきた。
ヨナはあからさまに身体をびくっと揺らしている。
私は苦笑しつつハクに声を掛けた。
「おはよ。」
『おはよう、ハク。』
「おー」
「お…はよ…」
「…おはようございます。」
「「…」」
顔を真っ赤にして俯きつつ挨拶をするヨナと、言葉の少ないハクを見つめていた私とジェハだったが、一瞬顔を見合わせて肩を竦めた。
するとジェハはすぐ隣にいたヨナを背後からぎゅっと抱き締めてみた。
「ハク、よく眠れた?」
私も彼の行動には驚いたものの、これもハクをからかっての事だと分かり便乗する。
『ぐっすりだったんじゃない?』
「うん、久々にすげーぐっすり寝たわ。」
何事も無かったかのように私達に背中を向けてすたすた歩いて行ってしまうハクの背中を、私とジェハだけでなく抱き締められたままのヨナもただ茫然と見送ることしか出来ない。
ヨナから離れたジェハと、隣にいる私はヨナの顔を見て赤くなっているのを見て取った。
私は彼女の頭を撫でてやり、食事の用意を持ったジェハと共にその場を立ち去った。
「昨日の事からかおうとしたのに、眉一つ動かさないとは…」
『ハクはずっと片思いをこじらせてたんだもの。あれくらいどうってことないのよ、きっと。』
「片思いの手練れだよ…」
『あのくらいで反応するようでは、長年ヨナの傍にはいられないって事。』
「なるほどね。」
それから食事を終えハクが歩いていると、目を輝かせているキジャと座って枝とナイフを持ったシンアがいた。
「ハク。」
「ん?」
「これを見てくれ。シンアが作ったのだ。」
シンアがハクに見せたのは小さな矢尻。
「木製の矢尻か。」
「ヨナが矢を使い果たしたって言ってたから。」
「良く出来てる。」
「里では侵入者を警戒して武器を作ったりもした。」
「ありがとな。これで矢作ってみる。」
ハクは矢尻を受け取って立ち去り、褒められたシンアは嬉しそうに次の矢尻作りを始めたのだった。
同じ頃、ヨナは矢を作ろうと木を削っていた。
集中しているのか、ハクからの告白を思い起こしているのか、彼女は自分に近付く人物に気付かなかった。
「姫さん。」
「きゃあっ」
突然耳元から声が聞こえてヨナは飛び上がり、その場に倒れてしまった。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。」
彼女に手を差し出して立たせたのは他でもないハク。
手を握っただけで顔を赤くするヨナを見て、ハクはわざとバッと両手を上げて彼女に近付いてみた。
すると彼女がビクッとするため、ハクは内心楽しそう。
―ちょっと面白い―
そうやって遊ぶのはやめて、ハクはシンアから貰った矢尻をヨナに見せた。
「シンアが矢尻作ってくれたんですよ。」
「えっ…わぁ、すごい。」
受け取った矢尻を見ながらヨナは感心したように呟く。
「シンア、上手~」
「…で?姫さんは何作ってたんです?牛蒡?」
「矢を作ってたの。」
ガタガタになっている細い棒を見てハクが言う言葉にヨナは怒る。
「今夜の鍋に入れてもらいます?」
「牛蒡はもういい。シンアは多才ね。剣も使えるし、弓も使えるのかな。」
「困難にあってもずっと自力で何とかして来たんだ。
俺もあいつから学ぶ事は多いですよ。」
その時、ハクがふと隣にいるヨナに向けて口を開いた。
「…久々に稽古でもします?」
暫くすると夕飯の準備をしていたユン、のんびりしていたジェハやゼノ、そして矢を作っていた私のもとにカンッカンッと木刀のぶつかり合う音が聞こえてきた。
『この音…姫様とハクだわ。』
「昨日大声で告白した人が木刀もってビシバシやってるよ…?」
「愛情表現、よくわかんないよね。」
『えぇ…でも暗い顔をしてるよりずっといいわ。』
私は矢を作る手を止めて目を閉じた。
すると私の耳にハクとヨナの声が聞こえてきて、気配によって彼らの動きを探ってみた。
「どうした、姫さん!真国の戦で力を使い果たしたか!?」
―いや、昨日の事で全然集中出来ません!!―
「そんなんじゃ危なっかしくて剣は持たせられねぇな!」
「っ…ハクっ…今日いつもより力強いよ。」
「全然。姫さんが弱いんでしょ。」
するとその言葉にヨナはぐっと木刀を持つ手に力を込め、ハクの喉元に木刀を突き付けた。
彼女の鋭い眼光と喉元にある木刀の先に目を丸くしたハクだったが、すぐに愛しいものを見つめるかのように微笑んで、木刀を下した。
「…ふっ…やっぱかっこいいな、あんた。」
「ほんと!?」
「ぶっは」
鋭い眼光から幼い表情への変貌ぶりにハクは噴き出してしまう。
「なっ、何で笑うの!?」
「いや、面白ェくらい色気ねぇから…」
「稽古なんだから色気いらないでしょ。」
「いらないいらない、嫁の貰い手もない。」
―昨日の事は夢かもしれない…―
ヨナがそう疑い始めた時、ハクが笑うのをやめて真剣な表情で彼女と目線を合わせて呟いた。
「…まぁ、俺が貰ってもいいんですけど。」
顔を真っ赤にするヨナにハクは言い放つ。
「冗談ですけど。」
「~~~~~?」
「主に向かって“もらう”とかないわ~」
「…冗談…なの?」
「……昨日言った事なら本気ですよ。」
これにはますますヨナの顔が赤くなる。
その表情の変化や、彼女が彼の視線に耐えられなくなって俯いたりする様子をハクは少しだけ頬を染めて見つめた。
―ずっと見ていられる…―
落ち着いたヨナは目の前にいるハクに問いかける。
「…い…いつから…?」
「…具体的に覚えてねぇよ。自分でもいつからこんなにどうしようもなくなったのか。境目がわかんね。」
「ハク…あの…わ…わたし…」
「あ、気にしないで下さいね。
俺は別にあんたに何か期待してるわけじゃねーから。うん。
ただもう言ってもいいかなって思っただけで。つか勢いだけど。」
「え…っ」
「重荷になりたくねーし。」
「あの…」
「大丈夫。」
「わたし…」
「稽古終了―めーしー…」
「え…」
開き直ったハクは何かを言おうとするヨナをその場に残して、すたすたと私達がいる場所へと歩き出してしまった。
私はそれを聞きながら出来上がった矢の先にシンアから受け取った矢尻を刺して完成させると、ユンを手伝って夕飯の準備を整えた。
「リン、無理してない?」
『え?』
「怪我が酷かったんだから安静にしてないと…」
『もう治ってきてるわよ。頭の傷は時々痛むけど大したことないし。
ユンの手当てがいいのね。流石我らの命綱!』
「命綱なんてやめて!いくら俺がいるからって無茶しないでよ!!」
「わかってるよ、ユン君。」
『いつもありがとう、ユン。』
「…感謝しても何も出ないからね?」
「それにしてもヨナちゃんもハクもなかなか帰って来ないね。」
『そろそろ戻って来るわ。姫様もハクの言動に振り回されててなんだか可愛らしいのよね。』
「ハクは今まで振り回されてきたんだから、ヨナちゃんが自分に振り回されてるのを見て楽しんでるんじゃないかい?」
『ハクなら有り得るかも。』
そんな私達がクスクス笑うのをユンは見つつ夕食の準備が出来た事を仲間達に告げるのだった。
そして夜になり、皆が寝静まった頃、見張りとして私とジェハは共に毛布にくるまって焚火の近くに座っていた。
寄り添ったまま空に浮かび、雲に微かに隠れている月を見上げているとハクが酒を片手にやって来た。
「リン、タレ目。見張り代わるぞ。」
「ハク…優しいじゃないか。ヨナちゃんと一緒に過ごしたら?」
ハクは私達の隣に座り、近くに来たアオは私の肩に乗った。
彼は杯に酒を入れると私とジェハに手渡した。それを飲みながら静かに言葉を交わす。
「俺といると姫さん目が泳いでるし、ユンと楽しそうに喋ってたから癒されてると思う。」
「緊張してるんだよ。可愛いじゃないか。」
「まあ可愛いけど。」
「『ひーらきーなおったー』」
「開き直ったついでに長年秘めてきた想いをぶつけちゃった感想は?」
ジェハの言葉に私はチラッと隣に座ったハクを見上げた。
「……本ッ当言うつもりなかったんだけどな。」
「城にいた時も?」
『…尚更でしょ。』
私はハクの袖を引き、小さく俯いた。
するとそんな私の手を離させて、彼は私の頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫でた。
「あぁ、尚更だ。姫だぞ。何の責も負わず一方的な気持ちぶつけていい相手じゃねーよ。
ある一定の時期から俺を見て欲しいとか恋仲になりたいとか思わなくなったし。」
「気持ち殺しすぎて悟り開いちゃったよ、この子…」
『私はそれを理解して、ヨナとハクそれぞれの気持ちを知りながら見守っていたって訳。』
「君もある意味悟り開いてるのかもね…」
「でも昨日妙にスカッとしたんで気付いた。実は俺言いたかったのかもしれない。」
「『乾杯しようか、ハク。』」
何かと私とジェハは同じ言葉を口にしてしまうようだ。
それほどまでにハクの恋路を祝福しているのだろう。
私達は杯をぶつけて乾杯してから話を進めた。
「今はリンだけじゃなくてお前らもいるし、姫さんの心も安定してるみたいだから、俺が言ったくらいじゃ揺らがないだろうし。」
『…そうかなぁ?』
―今すっごい生活に支障をきしてると思うよ…―
首を傾げる私と、心の中で苦笑するジェハには気付かないまま、ハクは以前ヨナから口付けられた事を思い出していた。
それはヨナ曰く挨拶だったらしいが、同じ物をハクから彼女に返してみようかとも思ったのだろう。
「俺もしようかな、挨拶。」
「挨拶?」
『何の事…?』
「なんでもね。」
「そういえばヨナちゃんがハクが話があるって言ってたのに話してくれなかったって言ってたけど何だったの?」
これにはハクが鋭い目をしたまま口を開こうとしなかった。
彼の横顔を見て私とジェハは目を丸くした。
「…あれ?」
『恋の話ではなかったのね…』
「…あれはもういい。真国のドタバタで俺もどうかしてた。」
『どういう事?』
「…姫さんが簪を手放したんだ。」
「『…!』」
『ま、待って…簪って…あの簪を…?』
「…」
『捕まってた私達の為…?』
「…あぁ。情報屋に協力を頼む対価として支払ったんだが、それを…取り戻さなくていいのかって言おうと思ってた。」
『…ハクは取り戻したかったの?』
「……姫さんがあれを手放せて良かったと思ってる…」
『簪を手放す事が出来たという事は…あの日の傷が少し過去のものとなって前に進めている証拠…
そう考えれば良いのかもしれないけど…』
「俺にも…よくわかんねぇ感情なんだ。
あの簪は姫さんにとって“思い出”だ。俺ばかりがまだ…手放せてない…」
ハクの姿が深い闇に沈んでいってしまいそうで、私は彼から目を逸らす事も出来ないまま酒を飲み切った杯を近くに置いた。
空になった手を私はふらっとハクへと向け、彼の首に腕を絡ませると横から抱き締めた。
『ハク…』
「…どうした。」
『何だか…ハクが闇に囚われてしまいそうで…』
「…馬鹿だな。」
『うん…』
彼はそれ以上何も言わずに私の背中をポンポンと軽く叩くだけだった。
裏切りの日を乗り越える時も、部族を出る時も…どんな時でも兄妹のように共にいて、支え合ってきた私達だからこそ言葉は要らず身を寄せるのだろう。
そんな私達を見つめてジェハはどこか寂しそうな表情をしていた。
―ハクもリンも…城にいた頃にヨナちゃんに仕える覚悟を決めたように、スウォンにも一生仕える覚悟を決めてしまったんだね…
ハクはまだ裏切りの日の闇にいる…
リンだってハクと共に闇の中で彷徨ってる…
ヨナちゃん、ハクを救ってあげられるのはたぶん君だけだ…―
ハクは私の顔を上げさせると困ったように笑って私をジェハの方へ押した。
するとジェハは私を抱き留めて肩口に顔を埋める。
―ハクが闇から解放された日には、きっとリンだって迷わずにいられるようになるはず…
残念だけど、僕にはリンの傍にいる事しか出来ない…悔しいけどね…―
彼が私を抱く手に力を込めたのとほぼ同時にハクははっとしたように声を上げた。
「…あ、寝に行っていいぞ。」
「あぁ、うん…もうちょっと居るよ。」
『ありがとう、ジェハ…』
彼の優しさを感じ発した私の言葉に彼は私の髪を撫でる事で無言の内に応えたのだった。
そんな翌日、夜が更けてきた頃に焚火を囲んでいるとゼノがある事を発案した。
「えっ、空都に行く?」
「そう。」
「珍しいね、ゼノ君が行きたいところを言うなんて。」
『何か意図があっての事なんでしょ、ゼノ?』
「お前らまだ身体重いだろ。」
「まぁ、正直本調子ではないね。」
「緋龍城の近くに行けば回復するから。」
私達は納得したように頷いたが、ユンだけは根本的な点について疑問を抱いた。
「あの…根本の話で悪いんだけど、何で緋龍城に近いと龍は回復するの?」
「緋龍城は龍神の加護が強い城だから。そこには緋龍王の霊魂を祀る廟がある。な、姫さん。」
「えっ、えぇ。」
「神官弾圧の際、その廟も危なかったけど流石のユホンも緋龍王の廟には手出し出来なかったんだ。」
「その廟に我々を癒す力があるのだな。」
「そ。」
「え…ちょっと待って。緋龍城まで行くって事?」
「いや、空都の近くで療養出来れば良いから。」
『緋龍王の廟…聞いた事はありますが…』
私の言葉に隣に座るヨナがある記憶を思い出していた。
「昔父上に連れられてよく出入りしてたわ。」
「どんな所ですか?」
「霊を祀っているのに少しも怖くなくて、不思議と温かさを感じる場所よ。
小さい頃、そこで遊ぶのが好きだったの。」
―そういえば一度だけスウォンを連れて入った…―
だがその時、あの温和なイル陛下が冷たい表情でスウォンを止めたのだ。“お前が足を踏み入れていい場所じゃない”と告げて。
それを思い出してヨナは目を丸くした。
「ヨナ?」
「あ…ううん。ジェハ達、早く治って欲しいし移動は賛成よ。」
「じゃあ決まりだ。明日出発しよう。」
出発が決まり、それぞれが天幕へ移動を始めるなか、ヨナは思い出したイルの表情に想いを馳せていた。
―随分昔の記憶だ…滅多に怒らない父上のらしくない言葉…
私はスウォンだけ叱られたのがとても悲しかったけど、スウォンは不満も漏らさず廟には二度と近寄らなかった…
父上はなぜスウォンが廟に入るのを拒んだのだろう…―
翌朝、私達は出発の準備として天幕を畳み、食料や器具等を片づけたりしていた。
一番の荷物になるのは布だ。天幕や敷物、防寒用の毛布…どれも重い物ばかり。
それをヨナが抱えて歩いていると前が余り見えていなかった為、座っていた人物にぶつかってしまった。
「わっ、ごめんなさ…」
「…」
座っていた人物の頭に大量の布を置いてしまったヨナは急いで布をどける。
「ハク!?」
「あんた、よくこんな重いもん持ち運べるな。そんな細腕で。」
「手当て中にごめんね。痛かった?」
「いや。」
布を畳み抱え直すと包帯を巻いている途中だったらしいハクが上着から左肩を曝け出している様子が露わになった。
「……」
「何です?」
「わたし巻きたい!包帯!」
「…いいですけど。」
布を近くに置いたヨナがハクの腕に包帯を巻いていく。
「空都の近くに行ったら暗黒龍も回復するといいのに。」
「はははっ」
本当に心配している様子のヨナを見て、ハクは彼女の細い腕を握り自分に引き寄せた。
「……ハ、ハク。包帯巻けないよ……?」
「やっぱ自分で巻こうかな。」
「えっ、だめだった?」
「いや、あんま俺に触らない方がいいですよ。手握るだけじゃ済まなくなるんで。」
言葉の意味を理解したヨナはぼとっと包帯を落としてしまう。
私は端からそれを見ていたのだが、ヨナがそろそろ可哀想になってきて声を掛けた。
『いい雰囲気の所悪いけど、そろそろ姫様を解放してあげて。』
「…」
「リン…!」
ヨナは布を抱えると私の横を走って逃げて行った。
「…逃げなくてもいいだろ。」
『ふふっ、可愛いじゃない。布を忘れていかない辺りが姫様らしい。』
私はクスクス笑いながらハクの腕に包帯を巻いてやり、上着を着た彼と共に仲間の元へ戻った。
笑みを交わし合いながら空都の療養所を目指した旅路が始まった。
同じの頃、空都の城下町にある情報屋が集まる酒場では髪に簪を挿したオギが項垂れていた。
仲間から呼ばれても顔を上げようとはしない。
「オギ…オギ!」
「…んあ?」
「お前、最近覇気がねーな。」
「…」
「まあ原因はわかるけどよ。」
「…俺の事は放っといてくれ。」
「腐ってる場合かよ。空都に広まってる噂知ってるか?
先日の真国との和平会議…あの無血の戦には緋龍城より失踪したヨナ姫が大きく関わってるっつー話。
まあ、ここまでは俺らも知ってるけど、さらに民衆が噂してんのはちょっと前から実しやか(まことしやか)に囁かれてた伝説の四龍の話。
そいつらを従えてヨナ姫が真国に降臨したんだとよ。」
「降臨って…」
「いや、それがヨナ姫の赤い髪が伝説の緋龍王そのものだって。
火の部族の戦や、水の部族の麻薬騒動の目撃情報と一致するし。
お前また本人と接触してよ。金になる情報集められるんじゃねーの?」
「オギさんっ、待ち人が来ましたぜ!」
「!」
別の男の声に反応して身を起こしたオギだったが、そこにいたのはリリだった。
「オギ、元気してた?」
「嬢ちゃんかよぉぉ、待ってねーよぉ…」
「失礼な男ね。何?誰を待ってたの?」
「…別に。」
「ところであんた何若い娘みたいな簪してんのよ。っていうか、その簪どこかで…」
リリは俯くオギに歩み寄ると簪を見て、彼の髪を引っ張って自分に簪を引き寄せた。
「いでで…」
「あんた…!この簪どこで?」
「ど、どこって…貰ったんだよ、俺の髪に似合うやつ…」
「どこの世界にヒゲのおっさんつかまえて花の簪贈る奴がいるかッ」
「人生色々なんだよ!!」
「こんな高価な簪、その辺の庶民が持てるわけないでしょ。これは…この簪はあの子の物よ…!」
「…なんだ、嬢ちゃん。お姫様と知り合いか?」
「!」
「別に…おかしくはねぇか。嬢ちゃん、国王と知り合いなんだから。」
「あの子、ここに来たの?」
「…まぁな。俺がお姫様に協力する対価として、これを置いてったんだよ。」
「陛下は…知ってるの?あんたがあの子に協力したってこと。」
「ああ…俺が仲介したからな。その時ウォンはここに現れなかったが。
…いや、これから先もウォンは二度とここには来ないだろうよ…」
「…オギの所行こうって誘ったのよ、何度も。でも自分はいいって…」
「今までだって一年位連絡ねぇ時とかあったろ?」
仲間の言葉にオギは頭を抱える。
「あったけどぉ…なんかもう違うんだよ。
薄々わかってた。ヨナ姫に協力したらもうあいつには会えねぇって。
今まで身分を知らないフリして付き合ってきたが、こうなってしまったらもう…」
―ヨナ姫は今や王家にとって目障りな存在…
そんな姫に協力した俺は殺されてもおかしくねぇ…―
「あいつは俺を守る為に俺との関係を切ったんだ…」
「単に用済みかもよ?」
「夢見たっていいじゃない!!
俺だってもう関わんねー方が身の為だと思うよ?
だけどこーんな小せえ頃から知ってんだぜ?こまっしゃくれて、ムカつくガキでよ。
何でも知りたがるくせに自分の子とは何も話さねぇし…俺はあいつが心配だ…」
それを聞いていたリリはオギの心情を感じ取ってある事を提案した。
「…ねぇ、その簪買い手ついた?」
「いや、まだ。」
「じゃあ、私が簪買い取るわ。」
「マジか。」
「でも今手持ちがないの。暫く預かっといて。んでさ、ちょっとまけてよ。」
「なにィ!?」
「その代わり陛下が元気にしてるかどうか時々伝えに来るから。情報は有料でしょ?」
オギははっとしたように簪を外すとそれを見つめながら柔らかい声色で告げた。
「…ふ、確かに情報にはそれ相応の対価が必要だ。
じゃ…これは売らずに取っとくわ。…ありがとな、嬢ちゃん。」
店を出て緋龍城に戻るとリリは空を見上げた。
―陛下…国の為に冷酷な事もしてきた人だけど、こんなにもあなたを愛する人がいるのね…―
城内に入ると彼女は壁の仕掛けを弄って秘密部屋へ入って行くスウォンを見つけた。
―…あれ?何してるのかしら…―
後をつけると地下に入って行って、そこには霊廟があった。
「へえ、玉座の間の地下にこんな所があったのね。」
「わあっ!リリさん!?」
「あなた勘がいいくせに時々すっごい抜けてるわよね。」
スウォンは彼女がついて来ている事に気付いていなかったようだ。
「リリさんがどこでも勝手に入りすぎなんです。」
「荘厳な場所ね。ここは何?」
「緋龍王の霊魂を祀る廟です。」
「玉座の間の地下にあったのね…
緋龍王か…この国の神のようなものだけど、部族によって信仰度が違うわよね。」
「城に神官がいた頃は空の部族にも信者は多かったですよ。」
「陛下はここにお祈りに来たの?」
「…まさか。」
「じゃあ何しに?」
「…一度止められたからどんな所かなと思って。こんなものか。」
静かに言い放つ彼の横顔はとても冷たかった。
その頃、彩火城ではキョウガとテジュンの兄弟が言い合っていた。
「テジュン!!お前はッ…自分が何をしたのか分かっているのか!?
彩火城の烽火は戒帝国が侵攻してきた知らせ!
しかし国境からそんな報告は受けていない!!」
「い、いえ兄上。私は見たのですっ
戒帝国の軍勢がこちらに向かって来るのを!」
「どこにそんな軍勢がいる!?お前は城にいただろう!?」
「私の部下が見たのですッ」
「お前の部下は畑仕事しかしとらんだろーが!
緋龍城からは再三現状を報告せよと迫られている。
空の部族軍は烽火のせいで真国との戦を前に混乱に陥ったそうではないか!
ただでさえ我が火の部族は先の父上の反乱により他部族からの信頼が地に堕ち、これ以上不祥事を起こせば私はお前と共に腹を切って詫びねばならん!
見間違いや烽火上げ間違いじゃ済まんのだぞ!!」
―見間違いや烽火上げ間違いにしようと思ったんだけどなーっ
報告によると真国との戦は回避され、ヨナ姫の希望は叶った…私の役目は終わったのだ…―
「あ、兄上!私の部下は畑仕事をしていると油断させ、各地で敵国を監視しご近所の平和を守るという精鋭部隊でして、他では見落としがちな侵入経路にも目を光らせております!!」
―しかしよせばいいのにどんどん話を盛ってくのが得意な私の口―!!―
「だからどこに敵が侵入してるか言え!!」
「えー…と…」
―あー、この際ちょっとでいいから侵入してくれないかなー戒帝国…―
すると彼の願いが聞き入れられたのか、部下の声が響いた。
「キョウガ将軍!!も、申し上げます!」
「何だ!?」
「火の部族、最北の町より伝令が!!
只今戒帝国側より国境を破り、敵の軍が火の部族領に侵攻して来ました!!」
願ったり叶ったりなテジュンは緊急事態にも関わらず叫んでしまった。
「やったー」
「やったー!?やったーとはどういう事だ、テジュン!!」
「え、そそそんな事言いました?」
「吃ってるぞ、テジュン!!」
「そんな事より兄上、早く緋龍城に知らせを!
戒帝国側より敵が我が国に侵入したと!!」
「待て、敵は誰だ?リ・ハザラか?」
「まだ分かりません。」
「テジュンの部下の誤報かもしれん。私が確認する。」
「兄上ぇ!!」
彼らが敵の侵攻に対応しようとしている頃、私達は空都近くの小さな温泉地に来ていた。
男女に分かれて温泉に入り、ほっと息を吐く。
長い髪は結い上げて湯船に身を沈めているとヨナは私の傷を見て、回復してきているのを確認すると小さく笑みを零した。
壁を挟んだ向こうにいるハク、ユン、キジャ、ジェハ、ゼノは言葉を交わす。
シンアは先に入って見張りをしているようだ。
「はあ…癒される…」
「傷の痛みも和らぐ…」
「どう?治りそう?」
「うむ。力が漲ってくる気がする。これが緋龍城のお陰か、湯のお陰か最早わからぬ。」
「暗黒龍も完治だ。」
「暗黒龍完治は気のせい。」
「矢傷を湯に浸すなとのユン君のお達しだが、左腕だけめっさ冷える。」
「後で温かい布で拭くから。」
「緋龍王の廟にも一度行ってみたいものだ…」
「じゃ、ゼノはもう上がるから。娘さん達の様子見てくる。」
髪を結い上げたゼノは手拭いをさっと身体に巻くと爆弾発言を残して立ち去った。
「…ゼノ君は得な性分だね。」
私はそんな彼らの会話を聞いて笑みを零し、自分の腕を撫でる。
身体が楽になってくるのを感じていると、こちらにある気配が近付いて来るのを感じて目を見開いた。
「リン…?」
『この気配って…確か…』
「何か感じたの?」
『いえ…それよりゼノがこちらに来てますよ。』
見張りをしていたシンアも私が気付いた気配の持ち主…オギを見つけて仮面をすると立ち上がった。
「誰か来る…」
「えっ」
「どんな奴だ?」
「武器…は持ってない。服脱いでる…お風呂入るみたい。」
「なんだ、客か。」
「他の客か、しばらく上がれないね。」
「では私の後ろに隠れるがよい。」
鱗のついた自分の脚を気に入っていないジェハは他人がいる時に風呂から上がろうとはしない。
第一龍の鱗を、事情を知らない人に見せるべきではない。
お湯に浸かって身を隠すジェハの前でキジャが両手を広げた。
それによって彼の鱗がついた右手が露わになっている。
「君の手もそんな堂々と見せるもんじゃないと思うよ…」
すると腰に手拭いを巻いたオギが入って来た。
彼はハク達を見て即Uターンしていこうとする。
「…シンア、ちょっと連れて来い。」
「えっ、誰?」
シンアはすぐにオギを追いかけて捕まえると風呂に戻って来た。
「放せっ!何だ、こいつは!?」
「だっ、誰なの?」
「シンア、他に誰かいたか?」
「俺だけだよっ…何なんだ、一体っ」
オギは唯一知った顔であるハクに駆け寄った。
「オギさん、先日は世話になったな。何で逃げた?何しにここへ?」
「お前らみたいな怪しい連中に出くわしたら逃げるわ!
お前らこそなんでここに。ここで人と落ち合う予定なんだよ!」
「…スウォンか?」
「違ぇよ!情報屋仲間だ。ウォンとはずっと会ってねぇよ…
つか、もう会えねぇ。だから安心しろ、お前らの情報があっちに流れる心配はねぇから。」
「…」
「ハク、彼が協力して貰ったっていう情報屋かい?」
「あぁ。」
「…」
湯に浸かるキジャとジェハへオギは目を向ける。
―もしかしてこいつらが噂の四龍ってやつか…?鱗…?
誰かが話を盛ったんだと思っていたが…これは…―
キジャの右手を見て龍の力が本物だと感じ取ったようだった。
そこに扉が開く音が聞こえてきて、振り返ると黒い短髪の男が腰に手拭いを巻いているのを見つけた。
男は場所を間違えたかと先程オギがやったように振り返って出て行こうとする。男はオギの情報屋仲間らしい。
「あーっ、ちょっ…こっちだこっち!」
結局引き止められてオギと黒髪の男は上の湯へ移動した。ハク達とは離れた場所で情報交換をするのだろう。
「何だ、あいつら。」
「ちょっと先客の旅人と意気投合してた。」
「そうなの?まあいい、それより…火の部族の情報屋からでかい知らせだ。」
「あ?」
「戒帝国より敵が侵入して来たらしい。」
「どういう事!?」
「わあ」
この発言にはユンが反応して彼らの会話に混ざった。
私もヨナの隣で湯に浸かりつつ彼らの会話に耳を傾ける。
「何話に入って来てんだ、ボウズ。」
「まあ平気だろ、極秘情報じゃねぇし。」
ハク、キジャ、ジェハも湯船の中で会話を聞こうとしている。
警戒心を抱かせないように話の輪に入れるのはユンくらい。彼に情報収集は任せるべきだろう。
「それ本当の話?」
「それが…彩火城は前にも烽火で緋龍城に救援を求めたが、緋龍城は何故か静観…
次の烽火は上がってないし、信憑性がなぁ…」
「前の烽火の原因は知ってるがな。」
「えっ、何だよ。」
「高いぞ。」
「じゃ、いいわ。」
オギが言っている烽火はヨナがテジュンに上げさせたもの…
それを知っているハクは何も言わず、ユンはとりあえず問う。
「一体火の部族領で何が起こってるの?」
ユンが説明を受けている頃、ゼノが女湯に着いた。
戸を叩く音が聞こえてきて、私達は答える。
「娘さん、お嬢、いい?」
「ゼノ?」
『どうぞ。』
「キジャ達、元気になった?」
「おー」
私とヨナはゼノが入って来る扉の方へ背中を向けて湯船に身を沈める。
するとゼノはヨナと背中合わせになるように座った。
「痛み和らいだって。」
「良かった、緋龍城のお陰かな。」
「お嬢はどう?」
『お陰様で。』
「不思議ね。緋龍王といえば父上が小さい頃から話してくれた伝説か、毎朝お祈りしてた廟の神様っていう実態のない存在だったから。
ねぇ、ゼノ。緋龍王ってどんな人だった?」
「…どんな人だったんかなぁ…」
「え?」
「遠い記憶だから。」
『忘れてしまったの…?』
「…忘れてしまった事と、想いを巡らせる度に新たに気付く事と、わからなくなる事と…」
『ゼノ…』
「娘さんを見てると緋龍王を思い出すよ。
四龍や黒龍、民に優しくて、普段はおっとりして可愛かったし。
お嬢を見てると初代黒龍…レイラを思い出すんだ。綺麗で優しくてゼノにとって甘えられる相手だった…」
『そう…』
「でももしかしたら緋龍王にとって四龍は煩わしい存在であったかもしれないと思う事もある。」
『え…』
「…なぜ?」
「結局は四龍って龍神様の過剰なまでの緋龍愛が生み出したものだから。
黒龍だってそんな想いが形となって、唯一癒しの存在として女性…レイラに託されたに過ぎないから。
緋龍王が欲して生み出されたものではない。」
『…これは私の勝手な考えだけど。』
「リン…?」
私が口を開くとヨナがこちらを見た。
『…私は歴代黒龍の記憶を見た事があるわ。
そこでは初代緑龍を笑顔で看取っていたし、姫様によく似た赤い髪も覚えてる…
よく思い起こせばゼノも記憶の中にいるわ…他の龍達と笑ってる貴方がね。』
「お嬢…」
『緋龍王も四龍も笑ってた…戦が多い時代だったけれど、そこにも幸せはあったのよ。
だから…緋龍王も煩わしいとは思ってなかったんじゃないかな。
龍に負けないくらい愛が大きかった気がするわ。』
「ありがと、お嬢。」
『…私の勝手な考えだって言ったでしょ。
厳しい時間を生きず、貴方みたいに独りで生きてきた訳でもない私の戯れ言よ。』
チラッとゼノを振り返ると彼は穏やかに微笑んで私の頭を撫でてくれた。
そんな私達を横目にヨナがそっと問い掛ける。
「…ゼノは…緋龍王を看取ったの?」
「…うん。病気で四龍や黒龍より先に逝ってしまったからな。」
「…無念だったでしょうね、四龍を置いてゆくのは。
ねぇ、ゼノ。緋龍王の廟に四龍を癒す力があるのは…緋龍王がずっとみんなに元気でいて欲しくて、亡くなってからも緋龍城から四龍を守り続けているからではないかしら。」
「……どうかな。」
暫くして私達は風呂から上がり、着替えてから合流した。
そこで私はハク達と共にやってきたオギに気付いた。
『貴方は…どうしてここに…っ』
「リン、落ち着け。」
『ハク…だってこの人は…』
「大丈夫だ。」
『…もしかして私達が捕まってる時に情報屋に協力を頼んで簪を渡した相手って…』
「あぁ。」
「お嬢、無事だったんだな。」
『…久しぶりね、オギさん。まさか貴方とこんな形で会う事になろうとは。』
「…そんなに警戒しないでくれ。今はもうウォンと会ってねぇ。」
『でしょうね。私達に協力した時点で彼と関わりを持つ事自体難しくなったんでしょう。』
「…相変わらず頭がいいな、お嬢。」
『どうも。』
私が警戒心を解かないままハクの隣に立っていると、ユンが空気を読んだように火の部族への戒帝国による侵略を伝え始めた。
「えっ、火の部族に戒帝国の軍勢が?」
「まだ真偽の程もわからないんだって。」
「私…空の部族の進軍を遅らせる為にスウォンの気を引くようテジュンに頼みに行ったの。」
「そうだったんですか…我々と真国の為に…」
「それで本当に敵が攻めてきたってわけだね。」
「でも今回は烽火は上がってないらしいし大した事ないのかな…?」
私達が意見を出し合っているとキジャが凛々しく言った。
「行きましょう、姫様。人質となった我々や真国との戦を止める為にその者は手を尽くしてくれた。
行けば何か出来る事があるかもしれません。」
「真国で動けなかった分、お役に立つよ。」
『あのお坊ちゃんにも礼を言わないといけないしね。』
「火の部族に行くなら馬貸すぜ。」
「ありがとう。」
―こいつらが本当に伝説の四龍かどうか、情報屋として確かめねぇと…―