主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
真国
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「良かった、皆が気が付いて。」
「本当だよ、一時はどうなる事かと。」
「申し訳ありません、ご心配をおかけして…」
「でもまだ身体動かないんだよね…」
『私も指先しか動きそうにないわ…』
「お嬢は無理した所為だから~」
「一体何だったの、あれは…」
「分からない、無意識で…ただヨナちゃんを守ろうと必死だったんだ。」
「…四龍はな、お前らが思ってる以上の力を秘めてんのよ。」
『思ってる以上の…?』
「青龍は力を暴走させると全身麻痺になるだろ。今回のはそれに近い。
感情のままに制御出来ない力を使ったから身体がそれに追いついていかねーの。」
「ならばこれを制御出来るようになればもっと強くなれるのか?」
「あんまオススメしねぇなぁ。ゼノはともかくお前ら寿命縮めんぞ。」
「成程。」
「お嬢は特に気をつけた方がいい。」
『え?』
「元々龍の力を持って生まれた訳ではないからなぁ…
力を抑え込んでる器である身体の方が耐えられなくなる。
龍の力に身体が耐えられなくなったとき何が起きるのかはゼノにも分からないから~」
『そう…』
「ありがとう、私を助けてくれて…でももうその力は使わないで。」
「ヨナ…」
「しばらくゆっくり寝ていてね。」
「そういえば雷獣は?」
「見かけないねぇ。」
「私探してくる。」
『ハクの気配は風の部族の野営地の方から感じます。行ってみて下さい。』
「わかったわ。」
ヨナは私の言葉に従い風の部族の野営地へ向かい、そこに灯を見つけた。
―ハクは長い間スウォンと軍隊が帰ってゆくのを見ていた…
誰も近寄れない位強く…独りで塞ぎ込んでいるのかもしれない…
とにかく早くあの傷を手当てしないと…―
「はい、ハク様。腕上げて。」
聞こえて来た声にヨナは足を止めて、木の陰からそっと様子を見た。
そこでは上着を脱いだハクがアヤメの前に腕を出して手当を受けていた。
―ハク…と一緒にいるのは…
あれは風牙の都にいた女の子…怪我の手当してもらってたんだ…―
「ハ…」
「ハク様、ちょっと待って。」
「いや、もういい。早く仲間んとこ戻んねーと。」
「ここで雑にすると治るものも治らないよ。ほら熱がある。」
アヤメはハクの額に手を当てて口を尖らせると、立ち去ろうとしていたハクを再び座らせた。
その様子にヨナはズキズキと胸を痛める。
「怪我の後無茶したんでしょ?薬草煎じるからちょっと待ってて。」
「待てねぇ、俺は帰る。」
「リン姐さんにも飲んで欲しいのに…何でそんなに急いでるの?」
「それは…」
「あーハク様だぁ」
「なになに来てたの?教えてよーっ」
「あー…面倒なのに見付かった。」
「アヤメばっかりずるい。」
「姐さんは?ハク様が背負ってたくらいだから怪我が酷いんだろうけど…」
「リンは休んでる。無理をしすぎたんだろうよ。」
「ハク様、こっちで飲もう。」
「や、仲間が待ってるから。薬だけもらっとく。」
「なんでよ。お友達も一緒でいいからさ。俺が呼んでくる。」
「よせ。」
「ハク様、姐さんと一緒にいい加減戻って来てよ。
将軍になってから3年も帰って来なかったしテヨンが泣くぞ。」
ヨナはそれを聞きながら俯いてしまう。
―それは私の護衛になったから…―
「アヤメも何か言ってやれよ、許嫁として。」
―許嫁!?―
これにはヨナも驚いたようだった。
「それはガキの頃ジジイが勝手に決めたやつだろ。」
―しかもムンドク公認!!―
「長老も早くハク様の子供見たいんだよ~」
「私はハク様が生きてるならそれでいいけどね。亭主元気で留守がいいってやつ。」
「お前も乗るな。」
ハクは容赦なくアヤメの頭を叩く。
「アヤメ肝っ玉母ちゃんになりそ~っ」
「…」
ヨナは自分に見せた事のない顔をするハクを見ていられなくてその場を立ち去った。
彼女がその場を離れてからこんな話になっているなんて知らずに。
「つってもアヤメはサキと恋仲だけどねー」
サキと呼ばれた男性はアヤメの頭を自分へ抱きよせた。
「ぎゃははは、ハク様フラれたー!」
「知ってるよ、それもジジイ喜んでただろ。
ジジイ、すぐ里の人間結婚させたがるんだよ。」
「サキは姐さんの許嫁だったのにな。」
「姐さんがハク様と一緒に緋龍城に行っちまうんだから仕方ないだろ。
それに物心ついた頃から俺はアヤメ一筋だから。」
「言うねぇ。」
彼らの笑い声を背中で聞きながら帰って来たヨナをユンが出迎えた。
「ヨナ、お帰り…あれ、顔がめっさ暗いよ。」
「そんな事ないわ…」
「雷獣は?」
「…会わなかった。」
「呼んだか?」
背後から聞こえたハクの声にヨナはわかりやすく肩を揺らす。
「雷獣、どこ行ってたの?」
「悪い、ちょっとな。」
近くに座ったまま自分の方を見ようともしないヨナを不思議に思ったハクは彼女の隣に腰を下ろして優しく問い掛ける。
「どうしました、姫さん?」
「…ハク、身体は?」
「問題ないですよ。」
―熱があるって言ってた。お薬貰ったかな…
貰ったのなら良かった、早く治って欲しいし…―
「はぁ…」
「??」
治って欲しい気持ちはあるものの、アヤメの姿が思い出されて複雑な思いのヨナ。
―綺麗で大人っぽい子だったな。
確か私と同じ歳だって前にリンが教えてくれたっけ…
そうしたらハクが私とあちこち違って色っぽいとか言って笑ってた…私をからかってあんな事を言ったんだろうけど…―
そう思い出したヨナはふて腐れつつ、ハクの事を考えた。
―…でもそんな人がいても私について来てくれた。ハクは優しい…
あれ?そういえば私…何かハクに…―
その瞬間、彼女はハクに口付けた事を思いだし、大きな悲鳴を上げた。
真っ赤な顔と唐突な悲鳴にヨナ以外の全員が驚くばかり。
「きゃーーーー」
「どうしたの!?」
『姫様…?』
「姫様、曲者ですかっ!?虫ですか!?」
「何でもないのっ」
動く事の出来ない私達の近くで騒ぐヨナを心配して、ハクが彼女の肩に手を乗せた。
「姫さん?」
「ひゃーーー!私寝るっ」
「なんなんだ。」
『ハク、姫様に何かしたの?』
「どちらかというと俺がされたというか…」
「『え…?』」
「ハク…それすっごく興味あるんだけど♡」
「タレ目には絶対教えねぇ。」
天幕に駆け込んだヨナは頭から寝具を被ってジタバタしていた。
―私、今更ながらとんでもない事を…!!―
真国のあれこれが命懸けだった為、彼女は忘れていたが恥ずかしい事をしてしまっていたのだ。
―何て恥ずかしい…!!ハク忘れてるといいな…
…あれ、そういえばハクが何か…―
ヨナはハクが戦が治まれば話があると自分に告げた事を思い出した。
―はなし…?なんだろう…
もし私達から離れて風の部族に帰るとか、許嫁も一緒に旅に…とかだったらどうしよう…
リンにはジェハがいるから帰るなんて言わないと思うけど…
改まってわざわざ話す事……有り得る…―
彼女は自問自答して嘆くと力尽きたように倒れた。
―一番恥ずかしい事がある…私小さい頃からハクと一番親しい女の子は自分だと勘違いしていたの。
もちろん、リンはハクと兄妹だから私より近い位置にいる女の子だと思うけど…
それでも私はハクの特別な子だって…そう思ってたの…
でも風の部族にいたハクは知らない人だった…
ハクの事は何でも知ってるなんて…私の狭い世界だけのお話…自惚れてたんだ…―
彼女はどこか寂しそうな表情のまま眠りに就いた。そんな翌朝、ゼノは回復していた。
「身体戻った~」
「良かった!戻ったのね。」
「ゼノは丈夫だから。」
「私はまだ動けん…っ」
「僕も…」
『私も…』
「無理しないで。ゆっくりでいいから。」
「それにしてもどうしてリンは龍の力を解放した直後も動けたんだい?気絶してなかったんだろう?」
『えぇ…きっと気力だけで意識を保ってたんだと思う。
スウォンと会う事になるならば、姫様とハクの傍にいたいと思ったの…』
「リン…」
『姫様の事は心配だし、ハクだってまた暴走しないとは限らない。
どんなに私が動けないとしても、彼を呼ぶ事は出来る…引き止める事くらいは出来るでしょ…』
するとヨナはこちらへやってきて私の手をぎゅっと握った。
『姫様…?』
「傍にいてくれてありがとう。」
『…私にはそれしか出来ませんから。』
「私もハクもリンが傍にいてくれるだけで強くなれるのよ。」
『そう言っていただけて光栄です。
無理して同行した為に今は指先を動かす事しか出来なくなっているので、情けないのですが…』
私の困ったような顔を見てヨナは小さく笑う。
「お嬢は頑張りすぎだから~」
『…皆の事が大切なんだから仕方ないでしょう、ゼノ。』
そう話しているとハクがこちらへやってきてキジャの腕を掴んだ。
「なんだ白蛇、起こして欲しいのか。」
「おぉ。」
『私もー』
「はいはい。」
ハクはそのままキジャを引っ張り起こしてから私の両腕をぐいっと引く。
私とキジャは並んで座ったものの、そこから身動きが取れない。
「ううう…ここから動けん…」
『座って終わりとは…なんか空しいわね…』
「ハク、僕も引っ張って。」
ジェハをハクが起こし始めるとヨナはその場から逃げるようにユンの方へ足を向ける。
ハクの傍にいる事が憚られるのだろう。
そんな彼女のどことなく健気な姿に私は苦笑するだけ。
「ユン、ご飯の支度手伝うわ。」
「ゼノ、動けるようになったんなら手伝って。」
「おおお、急に腰が…」
「あははっ」
その後もハクが声を掛けるたびにヨナは何らかの口実をつけては逃げるばかり。
「姫さん。」
「わ、私薪拾って来る。」
「姫さん。」
「あ、薪は足りてたね。鳥捕ってくる。」
「姫さ…」
「狩りしようと思ったけど矢を使い果たしてた。とりあえず水汲んで来るね!」
結局ハクの方が痺れを切らせてヨナを追いかけ始めた。
彼らが起こす砂埃を見るだけでもその速度が速い事がわかる。
「何で逃げるんですか!!」
「逃げてないもん。忙しいだけだもん。」
「忙しくないだろ。どー見てもよーやくちょっと落ちついたとこだろ!!」
「私にとっては毎日が生きるか死ぬかよ!!」
「どんだけ生き急いでんだよ!!つか足速ェよ!!」
それから暫くして2人は水辺で足を止めた。
「ゼエゼエ…何で急に避けるんです?」
「ゼェ…べ、別に…」
ただ話を聞くのが恐いだけのヨナは下手な嘘で気持ちを隠しながら水を汲み始める。
「目ェ逸らすし。」
「ハクの顔じろじろ見る必要ないもの。」
「……顔も見たくねーんなら、オギの酒場で俺にしたアレは何だったのか。」
ハクの言葉にヨナは持っていた金属製の鍋を大きな音を立てながら落としてしまう。
硬直する彼女を尻目にハクは鍋を拾うと水を汲んだ。
「あっ…あ、あれは…」
「何だ、覚えてたんですね。」
自分の都合のいい幻ではない事にハクは少しだけほっとしつつ、唐突な口付けの意味を問うた。
「あれは?」
「あれは…挨拶!!」
「……は?納得のいく説明をお願いします。」
―許して!!―
ヨナは顔を両手で覆って自分のしでかした事を嘆く。
「…も…もうしないから…ごめんなさい。」
立ち上がったハクは彼女の言葉を受け手寂しそうに俯く。
「…謝られても…気にしてませんから大丈夫ですよ。」
素直になれない彼らは水の入った鍋を手に私達のもとへ歩き出した。
―そ…そうだ、自分の事ばかりじゃなくてハクの話も聞かなくちゃ。
どんな事言われても受け入れなくちゃ…―
ヨナは前を歩くハクを追いかけつつ問い掛ける。
「ハク、あの…話って何?」
「話?」
「ほら真国で暗殺者から逃げてる時…」
「…あぁ…あれは………いや、何でもないです。忘れてください。」
「…」
「…」
歩いている彼らは騒がしい音に顔を上げた。
そこでは風の部族が野営地を片付け立ち去ろうとしていた。
「…ハク、風の部族が帰り支度をしてるわ。」
「…そーですか。」
「行かなくていいの?」
「どうして?」
「皆はハクとリンを待ってるんじゃないかな。今は空の部族もいないし…
リンはジェハがいるから帰ろうとしないだろうけど…
何なら少しハクは風牙の都に戻っても…」
「戻りませんよ。」
「私達なら大丈夫よ。キジャ達は徐々に回復してきてるし気にしないで…」
「姫さん…俺は必要ありませんか?」
振り返って問い掛けるハクの表情は寂しげで、その顔を見たヨナははっとする。
「必要とか必要じゃないとか、そんな話じゃなくてハクは風の部族を大事にしてるから……アヤメさんも。」
―何でそこでアヤメが出てくるんだ?―
「そりゃ大事ですよ。でもだからこそ帰らな…
っあー…そうじゃなくて…そうじゃなくて!
…俺、うぜぇくらい離れませんって言いましたよね?」
ハクの絞り出された想いにヨナは顔を赤く染めた。
「…わ、私…ハクにいつも助けられてばかりだから、ハクがいなくても大丈夫って時が来たらハクに自由を返そうって思ってたの。だからハクも自由に…」
「それで?今がその時ってわけですか?」
「え…」
「それはお気遣いどうもありがとうございました。」
泣きそうな笑みを浮かべたハクは静かにヨナへ背中を向けた。
彼らの少しこじれた気配を感じ取った私は困ったように笑みを浮かべる。
―これはヨナとハク…それぞれと少し話してみた方がいいかな…―
私は隣に座るジェハに身を預けてそっと口を開くと儚い旋律を紡ぎ始めた。
《ひとしずく》
笑顔で涙を隠さないで素直な気持ちをぶつけてほしい…そんな想いを歌い上げているとヨナとハクが帰って来た。
私は彼らに向けて笑みを浮かべてから歌い終えると、寂しそうな兄妹を呼んだ。
『ハク、酷い顔してるわよ。』
「…」
『私には何があったか報告する約束でしょう?』
「リンだけなのかい?僕にも…」
ジェハの言葉を遮るようにハクは私を抱き上げ歩き出す。
「…リン、借りて行く。」
『私は物ではないんだけど?』
去って行く私達の背中をヨナは寂しげに見送った。
森に入るとハクは私を地面に下ろし、隣に座った。
『…それでヨナと何かあったの?』
「…」
『だんまり?私達が捕まってる間に何があったのか…教えてくれるって言ってたわよね?
それにさっきすごい速度で走って行ったかと思ったら、暗い顔して帰って来るなんて…何もなかったとは言わせないわよ?』
「…わかった。」
その後、彼はゆっくりと私が四龍やユンと共に捕らえられている間に起きた事を話した。
ミンスが生きていた事は嬉しかったが、やはりヨナが彼に口付けた事には驚いて言葉を失った。
『え…?姫様の方から…ハクに…?』
「あぁ。」
『…逆じゃなくて?』
「…あぁ。」
『ハクにとって都合のいい幻でもなく?』
「違うって言ってるだろ。つか、俺に対する印象が酷いな。」
『だってヨナの事になったらハクって冷静ではいられないから。』
「…笑うな。それにお前もだろ、タレ目や姫さんに何かあったら暴走する癖に。」
『ハク程じゃないわよ。ハクが暴れちゃうから私は冷静でいなきゃって思えるの。』
ふて腐れる彼の横顔を私は笑いながら見つめる。
その後も彼の報告は続き、最後はヨナがついさっき告げた自由を返す、という発言で報告は幕を閉じた。
『自由、ね…いつまで姫様は私達がイル陛下の命令で自分の傍にいるって思い込んでいるのかしら。』
「全くだ。」
久しぶりの兄妹だけでの話に花を咲かせた私達は、夜が更けてくると立ち上がった。
ハクに抱かれて私が向かった先は風の部族の野営地跡。彼らはちょうど帰路につこうとしていたようだ。
「ハク様!姐さん!!」
『みんな元気そうね。』
「姐さんは動けないのか…?」
「ハク様に抱かれてるなんて羨ましい!」
「重てぇ…」
『失礼な。』
やはり私にとっても風の部族は家族のようで、大切な場所なのだと再認識させられた。
だが帰るべき場所…ずっと共にありたいと願う場所はここではない。
「…じゃあ、そろそろ戻るわ。」
『また会いましょうね。』
「やっぱり戻って来ないのか?」
『ごめんね、テウ。貴方にいろいろ押しつけてしまっているのはわかっているわ。
でも私達は姫様の…ヨナや仲間達の傍にいたいの。』
「風の部族はお前達に任せる。ジジイによろしく伝えておいてくれ。」
「…わかった。」
『我が儘な私達を許してね。』
「姐さん…!!」
『みんな…大好きよ。』
「…その言葉だけで充分だよ。」
私が手を動かそうとするとハクがそっと腕を持ち上げてテウの頭に乗せてくれた。
腕が上がらない私のしたがっている事をハクが読み取ってくれたのだろう。
私がそのまま撫でたテウの髪は指の間を擦り抜ける。
不安そうな顔は将軍というより弟という言葉が似合いそう。
そんな彼に微笑みかけ頷くと私とハクはヨナ達のもとへと帰り始めたのだった。
「みんな起き上がれるようになって良かったよ。」
「まさかこの歳で介護が必要になるとは…」
ユンが私とジェハ、ヨナがキジャ、ハクがシンアに夕飯を食べさせる。
「…ハク、元気ない…?」
「…何が?」
誤魔化すハクをヨナはチラッと見るだけ。じれったくて私は溜息を吐いた。
ハクは何か考えがあるらしくシンアに食事をさせつつ言う。
「ユン、明日ちょっと用があるんだが出ても平気か?」
「何しに?」
「…まぁ、人に会いに。」
「いいけど。でも待って。ヨナ、明日は水浴びしたいよね?」
「えっ…」
「リン達まだ十分に身体動かないし、ヨナが水浴びしてる間は居てよ。」
「あっ、いいの!私は大丈夫だからハクは行きたい所に行ってきて!」
ヨナの言い方は少々誤解を招きそう。
ヨナとハクは視線を交わしたが、彼はそっと顔を背けた。
「…水浴びが終わるまでは居ますよ。」
どこか思いが擦れ違っている様子の彼らはそのまま食事を終えて、眠りに就き、翌朝を迎えた。
川の横でヨナは服を脱ぎ、勢いよく水に飛び込んだ。
―急がなきゃ、ハク出掛けるんだから。待たせちゃいけない…―
ヨナに背中を向けて周囲の見張りをしていたハクとゼノに水が散る。
「娘さんの水浴びは激しいな。」
「毎日が生きるか死ぬからしいからな。」
―ハク、とても悲しそうな顔してた。どうしてかわからないけど、そうさせてしまった…
とにかくもう迷惑にならないようにしなきゃ…―
水から上がったヨナは髪が濡れたまま服を纏ってハクとゼノのもとへ帰って来る。
「お待たせ!」
「娘さん、早すぎ。まだ濡れてるから。」
「水が冷たかったから早く上がったの。」
「風邪引きますよ。」
ハクは彼女の頭に手拭いを乗せると大きな手でその髪の水気を取る。
だがその手拭いを奪うように手を添えつつ、後ろに立つハクを振り返った。
「だ、大丈夫。自分で拭くから。ハク、用事あるんでしょ。もう行っていいよ。」
「…そうですね。」
悲しそうな表情のハクはヨナとゼノに背中を向けると歩いて行ってしまった。
それを見送りながらヨナは自分の中に複雑な思いが芽生えるのを感じた。
―あれ…なんか私と話す度、ハクの表情が硬くなる…
ねぇ、ハク…どこに行くの?誰と会うの?私もついて行っていい?
怖いな、聞くの…ハクに優しくしたい…ハクに笑ってほしい…―
大刀を持ったハクは焚火を囲む私達に一言残して歩き出す。
「じゃ、何かあったら花火飛ばして。」
「うん。」
『いってらっしゃい。』
「おぅ。」
小さくなっていく背中を見ながらユンが問う。
「人と会うって誰だろ?」
「風の部族ではないのか?」
「リンは誰に会うか知ってる?」
『うーん…根拠はないけど、予想はついてるよ。』
―紛らわしい言い方しなけりゃいいのに…―
私はハクが向かった先に薄々見当がついている為、苦笑した。
それを見てジェハも問題がないと思ったらしく優しくヨナを呼んだ。
「ヨナちゃん、おいで。こっち暖かいよ。」
彼は少し動けるようになったらしく焚火の近くへ手招きした。
私は彼の隣に座りながらヨナとの話は彼に任せようと決める。
彼女にユンが湯気のたつ湯飲みを手渡した。
「はい、ゆず茶。」
「ありがとう……おいしい。」
ヨナが落ちついたのを見てジェハが自分に寄り添っている私を見た為、私は微かに頷いた。
すると彼が柔らかい口調で問い掛けた。
「ハクと何かあった?」
「えっ…何にもないよ、別にっ」
『嘘が下手ですね、姫様。』
「ハクも暗い顔してるし。」
「…私、どうすれば良かったのかわからなくて…」
「ゆっくりでいいから話して。」
「………ハクにね、許嫁がいたの。」
ヨナの話を聞こうとキジャ、シンア、ゼノ、ユンも私やジェハの周りに集まって来て腰を下ろした。
だが彼女の爆弾発言にキジャ、ジェハ、ユンはきょとんとする。
「うん……ん?」
「それでね…」
「ちょちょちょ、ゆっくりでいいって言ったのに、いきなり爆弾落ちてきたよ?」
「それは確かな話なのですか!?」
「うん。昨日ハクが風の部族と話してたの聞いて、ムンドクが決めたらしいんだけど。」
「ムンドクってハクとリンの育ての親だよね。」
「ちょっ、ゼノ君。シンア君。寝てる場合じゃないよ!?今いいところだよ!」
キジャの背後でシンアとゼノは身を寄せて眠っていた為、ジェハは焦ったように起こす。そのときユンははっとして私を見た。
「あれ?リンなら許嫁の事も知ってるよね?」
『知ってるわよ?アヤメの事でしょ?
風の部族ではじいやがすぐに結婚させようとするから…』
「…もしかしてリンにも…?」
『私にも許嫁がいたけど、もう昔の話よ。あんなの元々形式だけの事なんだから。』
「…僕はそんな事聞いてないよ?」
『話すのを忘れるくらいどうでもいい事だったのよ、私にとってもハクにとっても。』
「はぁ…今のリンが僕のものなら許嫁の有無なんて気にしないけどね。」
『それで姫様はハクに何か伝えたのですか?』
「風の部族の人達はハクやリンの帰りを3年も待ってたし、許嫁もいるなら、ハクは風牙の都に少し戻ったらって言ったの…
そしたらハクが、俺は必要ありませんか?って。」
「「『あー…』」」
「そうじゃなくて私はいつもハクに助けられてばかりだから…
ハクがいなくても大丈夫って時が来たらハクに自由を返そうと思ってたって話を…あれ?」
彼女の話を聞きながら呆れたキジャ、私、ジェハ、ユンは互いに凭れるように倒れていた。
それを不思議そうに見るヨナは言葉を切り、ユンは身を起こすと身体がまだ不自由な私達を引っ張り起こした。
「ヨナ…それは雷獣は必要ないって言ってるように聞こえるよ…?」
「えっ…いや、私そんなつもりは…」
『姫様…いや、ヨナ。そんなつもりがないのは私達にはわかるわ。
ただその流れでそれを言うとハクの立場がないと言うか…』
「ただでさえあの人こじらせてるし…」
「そういう事になります…?」
「『なりますねぇ。』」
私とユンの声がそっと重なり、ヨナは顔を青くした。
『私もヨナに自由を返すとか少し戻れって言われたら傷つくわ。』
「え…?」
『もう必要ないからお前は帰れ…そう言われてるように感じるもの。』
「そんな事…」
『私にはジェハがいる…だから風の部族へ戻らないって事はヨナにもわかるでしょ?』
「うん…」
『同じ事がハクにも言えるって事には気付いてないのね…』
「それってどういう…」
「それは本人から聞いた方がいいと思うよ、ヨナ。」
「…私、あの時いっぱいいっぱいで…どうして…もっと上手く言えなかったのかしら…」
―ハクを傷つけた…―
すると今まで静かに聞いていたキジャが私の隣で口を開いた。
「…上手く言う必要はないと思います。
姫様の本当のお心を真っ直ぐにお伝えすれば。」
「本当の…?」
「ハクは分かってくれます。」
「許嫁も何かの間違いかもしれないよ?
リンみたいに過去の話に過ぎないかもしれない。ハクに聞いてみたら?」
「うっ…それは怖くて。」
「怖い?どうして?ハクに許嫁がいたら嫌?」
顔を真っ赤にしたヨナは強がりつつも素直に答える。
「…嫌か嫌じゃないかで言うとすごく嫌。」
「『はははっ』」
私とジェハは腹を抱えて笑い、キジャも優しく笑みを浮かべる。
「だと思った。」
「じゃあそれも伝えるんだよ。」
「それは無理…っ」
「無理?」
「だって今、もしかしてアヤメさんと会ってるのかもしれないし。
話があるって言ってたのに話してくれなかったし、怒ってるんだと思う…」
「話ねぇ…」
『怒ってるって訳ではないと思うけど…ハクは寂しいだけよ、きっと。』
「寂しい…?」
『ヨナ…難しく考えないで?ハクの為にも素直になってあげて。』
「ヨナちゃんが素直に伝えないとハクは話どころか誤解したまま、どこかへ行ってしまうかもしれないよ?」
「!」
「それでもいいの?」
ジェハの問い掛けに私達は柔らかく微笑み、ヨナは必死に首を横に振った。
―さっき出掛けて行ったばかりなのにハクに会いたい…!―
「あ…ハク…」
シンアが遠くにいるハクを見つけ、私達が振り返ると彼が大きな荷物を持ってこちらへ帰って来ていた。
ヨナはほっとしたように息を吐き、ユンとゼノはハクのもとへ走って行った。
「兄ちゃん、その荷物食いもん?」
「おー」
『おかえり。』
「あぁ。商団から貰った、食いもんとか武器とか。」
『商団のみんな、元気だった?』
「お前に会いたがってたぞ。」
『そう。』
「リンは知ってたの?」
『この時期にこの辺りを通る知り合いの商団がいるから、もしかしてとは思ってたの。』
私の言葉にジェハは肩を竦めた。
「君はハクの行き先も知ったうえでヨナちゃんの話を聞いてたんだね?」
『ふふっ、そうよ?ついでにハクの心境も昨日のうちに聞いたわ。
だから素直になって、ってヨナに心から伝える事が出来たの。』
「君には敵わないな…」
その時私達の前でヨナが立ち上がった為、私とジェハはユンとゼノを手招きして自分達の傍へ呼んだ。
ヨナとハクの邪魔をしてはいけないと思ったからだ。
ユンとゼノがハクから離れるのと同時にヨナが叫ぶように言葉を紡いだ。
「ハク、昨日はごめんなさい…!!」
ハクは驚きつつもヨナに歩み寄って静かに問う。
「…なんで謝るんです?」
「私の言い方が悪くて、ハクを傷つけて…ごめんなさい。
私、昨日風の部族の人達とハクの会話聞いてて、私がずっと風の部族からハクとリンを奪っていたんだって思って…
それにハクには…ハクには許嫁もいて…だか…っ」
―ああ、上手く言えない…―
「許嫁…?」
『アヤメの事よ。』
「あー…成程。だから俺に帰るのを促したり、自由を返すとか言ってたんですか。」
「そう…でも!ハクが必要ないとか、そんな事思ってない。
ハクは大切な人だから…だから…一緒にいて…」
懇願するような彼女の様子にハクは目を丸くし、私は穏やかな表情で彼らを見守っていた。
「…なんですか、それは…」
「え…」
「俺、言いましたよね?何度も…離れねぇって!当たり前だろ!!
俺が…俺もリンもそれを義務でやってる訳じゃねぇって、いい加減分かれよ!!
俺は!風の部族が大事で、あいつらに何かあったら必ず助けるって思ってるけど!!帰る場所はここなんです!!」
これには私、キジャ、シンア、ジェハ、ユンは息を呑み、ゼノが優しく笑う。
キジャとジェハに至ってはあまりに素直で真っ直ぐな言葉に口元を手で覆って泣きそうになっていた。
「私達は大丈夫だから風牙に戻ってなんて…
余所者みたいに言わんで下さい。」
「ごめ…」
「謝らなくていい。知って欲しいだけです、ガキみてえだけど。
自由を返すって言ってたけど、俺やリンはイル陛下の命であんたに従ってるわけじゃないですから。」
「え…」
「イル陛下は絶対服従を誓った主だ。
あんたは自分にそれと同じ価値はないと思ってるかもしれないけど、
あんたについて行って、その強さに熱に圧倒されて、あんたの為に生きようと思った。
誰かに仕える誇りを俺に教えてくれたのはあんたなんだよ!!」
ハクの思いの強さにヨナは涙を流し、私の頬も涙が伝った。
それでも私は彼らを見守りたくて涙を拭う事もせずにいた。
ヨナが両手で涙を拭い始めると私はふと隣を見て驚いてしまう。
キジャ、ジェハ、ユンが泣いていたからだ。ゼノは手拭いを持って来て彼らに配っている。
「ありがと、ゼノ君。キジャ君もいる?」
「うむ…」
「リンも静かに泣いてるんだね…」
『みんなが泣いてる事に驚いて涙も止まっちゃったわ。』
ジェハは少し湿った指で私の頬を流れる涙の痕を撫でた。
そうしていると落ちついたらしいヨナがハクを呼んだ。
「ハク…私、色々と言っておいて呆れるかもしれないんだけどね…一ついい?」
「はい?」
「アヤメさんはどうするの…?」
「……あのさ…誤解されるのも嫌なんで言っときますけど、許嫁はジジイが勝手に決めただけだから。」
ハクは片手で頭を抱えつつ、手の影から私を睨む。
『…どうして私を睨むの。』
「ちゃんと説明しとけよ…」
『ハクの事情なんだからハクが伝えなきゃ。』
「お前にも許嫁がいただろ…」
『サキでしょ?』
「え、でもムンドクが決めたって事は厳命なんじゃ…」
「アヤメには恋人いるから!」
『ちなみにそれがサキなんだけどね。』
「ま、待って…ハクふられ…」
「俺が好きなのあんただから!!!」
まさか今ハクが想いを告げるとは思っていなかった私達は驚きのあまり涙も止まり、硬直した。
言うまでもなくヨナも驚いて目を見開いて立ち尽くすばかり。
「……え?」
「え?じゃねーよ!!
アヤメにはサキって相手がいて、俺はあんたが好きなんで許嫁なんてあってないよーなもんなわけ!!
今日はもう疲れた!!お分かり頂けただろうか!?」
「……はい。」
ヨナは顔を真っ赤にし、腰を抜かしてその場に座り込んでしまうが、想いを口にしたハクは清々しいまでの表情で立っていた。
「よーし。あースッキリした。」
※"ひとしずく"
歌手:SHOWTA.
作詞:森戸太陽、荘野ジュリ
作曲:中崎英也
「本当だよ、一時はどうなる事かと。」
「申し訳ありません、ご心配をおかけして…」
「でもまだ身体動かないんだよね…」
『私も指先しか動きそうにないわ…』
「お嬢は無理した所為だから~」
「一体何だったの、あれは…」
「分からない、無意識で…ただヨナちゃんを守ろうと必死だったんだ。」
「…四龍はな、お前らが思ってる以上の力を秘めてんのよ。」
『思ってる以上の…?』
「青龍は力を暴走させると全身麻痺になるだろ。今回のはそれに近い。
感情のままに制御出来ない力を使ったから身体がそれに追いついていかねーの。」
「ならばこれを制御出来るようになればもっと強くなれるのか?」
「あんまオススメしねぇなぁ。ゼノはともかくお前ら寿命縮めんぞ。」
「成程。」
「お嬢は特に気をつけた方がいい。」
『え?』
「元々龍の力を持って生まれた訳ではないからなぁ…
力を抑え込んでる器である身体の方が耐えられなくなる。
龍の力に身体が耐えられなくなったとき何が起きるのかはゼノにも分からないから~」
『そう…』
「ありがとう、私を助けてくれて…でももうその力は使わないで。」
「ヨナ…」
「しばらくゆっくり寝ていてね。」
「そういえば雷獣は?」
「見かけないねぇ。」
「私探してくる。」
『ハクの気配は風の部族の野営地の方から感じます。行ってみて下さい。』
「わかったわ。」
ヨナは私の言葉に従い風の部族の野営地へ向かい、そこに灯を見つけた。
―ハクは長い間スウォンと軍隊が帰ってゆくのを見ていた…
誰も近寄れない位強く…独りで塞ぎ込んでいるのかもしれない…
とにかく早くあの傷を手当てしないと…―
「はい、ハク様。腕上げて。」
聞こえて来た声にヨナは足を止めて、木の陰からそっと様子を見た。
そこでは上着を脱いだハクがアヤメの前に腕を出して手当を受けていた。
―ハク…と一緒にいるのは…
あれは風牙の都にいた女の子…怪我の手当してもらってたんだ…―
「ハ…」
「ハク様、ちょっと待って。」
「いや、もういい。早く仲間んとこ戻んねーと。」
「ここで雑にすると治るものも治らないよ。ほら熱がある。」
アヤメはハクの額に手を当てて口を尖らせると、立ち去ろうとしていたハクを再び座らせた。
その様子にヨナはズキズキと胸を痛める。
「怪我の後無茶したんでしょ?薬草煎じるからちょっと待ってて。」
「待てねぇ、俺は帰る。」
「リン姐さんにも飲んで欲しいのに…何でそんなに急いでるの?」
「それは…」
「あーハク様だぁ」
「なになに来てたの?教えてよーっ」
「あー…面倒なのに見付かった。」
「アヤメばっかりずるい。」
「姐さんは?ハク様が背負ってたくらいだから怪我が酷いんだろうけど…」
「リンは休んでる。無理をしすぎたんだろうよ。」
「ハク様、こっちで飲もう。」
「や、仲間が待ってるから。薬だけもらっとく。」
「なんでよ。お友達も一緒でいいからさ。俺が呼んでくる。」
「よせ。」
「ハク様、姐さんと一緒にいい加減戻って来てよ。
将軍になってから3年も帰って来なかったしテヨンが泣くぞ。」
ヨナはそれを聞きながら俯いてしまう。
―それは私の護衛になったから…―
「アヤメも何か言ってやれよ、許嫁として。」
―許嫁!?―
これにはヨナも驚いたようだった。
「それはガキの頃ジジイが勝手に決めたやつだろ。」
―しかもムンドク公認!!―
「長老も早くハク様の子供見たいんだよ~」
「私はハク様が生きてるならそれでいいけどね。亭主元気で留守がいいってやつ。」
「お前も乗るな。」
ハクは容赦なくアヤメの頭を叩く。
「アヤメ肝っ玉母ちゃんになりそ~っ」
「…」
ヨナは自分に見せた事のない顔をするハクを見ていられなくてその場を立ち去った。
彼女がその場を離れてからこんな話になっているなんて知らずに。
「つってもアヤメはサキと恋仲だけどねー」
サキと呼ばれた男性はアヤメの頭を自分へ抱きよせた。
「ぎゃははは、ハク様フラれたー!」
「知ってるよ、それもジジイ喜んでただろ。
ジジイ、すぐ里の人間結婚させたがるんだよ。」
「サキは姐さんの許嫁だったのにな。」
「姐さんがハク様と一緒に緋龍城に行っちまうんだから仕方ないだろ。
それに物心ついた頃から俺はアヤメ一筋だから。」
「言うねぇ。」
彼らの笑い声を背中で聞きながら帰って来たヨナをユンが出迎えた。
「ヨナ、お帰り…あれ、顔がめっさ暗いよ。」
「そんな事ないわ…」
「雷獣は?」
「…会わなかった。」
「呼んだか?」
背後から聞こえたハクの声にヨナはわかりやすく肩を揺らす。
「雷獣、どこ行ってたの?」
「悪い、ちょっとな。」
近くに座ったまま自分の方を見ようともしないヨナを不思議に思ったハクは彼女の隣に腰を下ろして優しく問い掛ける。
「どうしました、姫さん?」
「…ハク、身体は?」
「問題ないですよ。」
―熱があるって言ってた。お薬貰ったかな…
貰ったのなら良かった、早く治って欲しいし…―
「はぁ…」
「??」
治って欲しい気持ちはあるものの、アヤメの姿が思い出されて複雑な思いのヨナ。
―綺麗で大人っぽい子だったな。
確か私と同じ歳だって前にリンが教えてくれたっけ…
そうしたらハクが私とあちこち違って色っぽいとか言って笑ってた…私をからかってあんな事を言ったんだろうけど…―
そう思い出したヨナはふて腐れつつ、ハクの事を考えた。
―…でもそんな人がいても私について来てくれた。ハクは優しい…
あれ?そういえば私…何かハクに…―
その瞬間、彼女はハクに口付けた事を思いだし、大きな悲鳴を上げた。
真っ赤な顔と唐突な悲鳴にヨナ以外の全員が驚くばかり。
「きゃーーーー」
「どうしたの!?」
『姫様…?』
「姫様、曲者ですかっ!?虫ですか!?」
「何でもないのっ」
動く事の出来ない私達の近くで騒ぐヨナを心配して、ハクが彼女の肩に手を乗せた。
「姫さん?」
「ひゃーーー!私寝るっ」
「なんなんだ。」
『ハク、姫様に何かしたの?』
「どちらかというと俺がされたというか…」
「『え…?』」
「ハク…それすっごく興味あるんだけど♡」
「タレ目には絶対教えねぇ。」
天幕に駆け込んだヨナは頭から寝具を被ってジタバタしていた。
―私、今更ながらとんでもない事を…!!―
真国のあれこれが命懸けだった為、彼女は忘れていたが恥ずかしい事をしてしまっていたのだ。
―何て恥ずかしい…!!ハク忘れてるといいな…
…あれ、そういえばハクが何か…―
ヨナはハクが戦が治まれば話があると自分に告げた事を思い出した。
―はなし…?なんだろう…
もし私達から離れて風の部族に帰るとか、許嫁も一緒に旅に…とかだったらどうしよう…
リンにはジェハがいるから帰るなんて言わないと思うけど…
改まってわざわざ話す事……有り得る…―
彼女は自問自答して嘆くと力尽きたように倒れた。
―一番恥ずかしい事がある…私小さい頃からハクと一番親しい女の子は自分だと勘違いしていたの。
もちろん、リンはハクと兄妹だから私より近い位置にいる女の子だと思うけど…
それでも私はハクの特別な子だって…そう思ってたの…
でも風の部族にいたハクは知らない人だった…
ハクの事は何でも知ってるなんて…私の狭い世界だけのお話…自惚れてたんだ…―
彼女はどこか寂しそうな表情のまま眠りに就いた。そんな翌朝、ゼノは回復していた。
「身体戻った~」
「良かった!戻ったのね。」
「ゼノは丈夫だから。」
「私はまだ動けん…っ」
「僕も…」
『私も…』
「無理しないで。ゆっくりでいいから。」
「それにしてもどうしてリンは龍の力を解放した直後も動けたんだい?気絶してなかったんだろう?」
『えぇ…きっと気力だけで意識を保ってたんだと思う。
スウォンと会う事になるならば、姫様とハクの傍にいたいと思ったの…』
「リン…」
『姫様の事は心配だし、ハクだってまた暴走しないとは限らない。
どんなに私が動けないとしても、彼を呼ぶ事は出来る…引き止める事くらいは出来るでしょ…』
するとヨナはこちらへやってきて私の手をぎゅっと握った。
『姫様…?』
「傍にいてくれてありがとう。」
『…私にはそれしか出来ませんから。』
「私もハクもリンが傍にいてくれるだけで強くなれるのよ。」
『そう言っていただけて光栄です。
無理して同行した為に今は指先を動かす事しか出来なくなっているので、情けないのですが…』
私の困ったような顔を見てヨナは小さく笑う。
「お嬢は頑張りすぎだから~」
『…皆の事が大切なんだから仕方ないでしょう、ゼノ。』
そう話しているとハクがこちらへやってきてキジャの腕を掴んだ。
「なんだ白蛇、起こして欲しいのか。」
「おぉ。」
『私もー』
「はいはい。」
ハクはそのままキジャを引っ張り起こしてから私の両腕をぐいっと引く。
私とキジャは並んで座ったものの、そこから身動きが取れない。
「ううう…ここから動けん…」
『座って終わりとは…なんか空しいわね…』
「ハク、僕も引っ張って。」
ジェハをハクが起こし始めるとヨナはその場から逃げるようにユンの方へ足を向ける。
ハクの傍にいる事が憚られるのだろう。
そんな彼女のどことなく健気な姿に私は苦笑するだけ。
「ユン、ご飯の支度手伝うわ。」
「ゼノ、動けるようになったんなら手伝って。」
「おおお、急に腰が…」
「あははっ」
その後もハクが声を掛けるたびにヨナは何らかの口実をつけては逃げるばかり。
「姫さん。」
「わ、私薪拾って来る。」
「姫さん。」
「あ、薪は足りてたね。鳥捕ってくる。」
「姫さ…」
「狩りしようと思ったけど矢を使い果たしてた。とりあえず水汲んで来るね!」
結局ハクの方が痺れを切らせてヨナを追いかけ始めた。
彼らが起こす砂埃を見るだけでもその速度が速い事がわかる。
「何で逃げるんですか!!」
「逃げてないもん。忙しいだけだもん。」
「忙しくないだろ。どー見てもよーやくちょっと落ちついたとこだろ!!」
「私にとっては毎日が生きるか死ぬかよ!!」
「どんだけ生き急いでんだよ!!つか足速ェよ!!」
それから暫くして2人は水辺で足を止めた。
「ゼエゼエ…何で急に避けるんです?」
「ゼェ…べ、別に…」
ただ話を聞くのが恐いだけのヨナは下手な嘘で気持ちを隠しながら水を汲み始める。
「目ェ逸らすし。」
「ハクの顔じろじろ見る必要ないもの。」
「……顔も見たくねーんなら、オギの酒場で俺にしたアレは何だったのか。」
ハクの言葉にヨナは持っていた金属製の鍋を大きな音を立てながら落としてしまう。
硬直する彼女を尻目にハクは鍋を拾うと水を汲んだ。
「あっ…あ、あれは…」
「何だ、覚えてたんですね。」
自分の都合のいい幻ではない事にハクは少しだけほっとしつつ、唐突な口付けの意味を問うた。
「あれは?」
「あれは…挨拶!!」
「……は?納得のいく説明をお願いします。」
―許して!!―
ヨナは顔を両手で覆って自分のしでかした事を嘆く。
「…も…もうしないから…ごめんなさい。」
立ち上がったハクは彼女の言葉を受け手寂しそうに俯く。
「…謝られても…気にしてませんから大丈夫ですよ。」
素直になれない彼らは水の入った鍋を手に私達のもとへ歩き出した。
―そ…そうだ、自分の事ばかりじゃなくてハクの話も聞かなくちゃ。
どんな事言われても受け入れなくちゃ…―
ヨナは前を歩くハクを追いかけつつ問い掛ける。
「ハク、あの…話って何?」
「話?」
「ほら真国で暗殺者から逃げてる時…」
「…あぁ…あれは………いや、何でもないです。忘れてください。」
「…」
「…」
歩いている彼らは騒がしい音に顔を上げた。
そこでは風の部族が野営地を片付け立ち去ろうとしていた。
「…ハク、風の部族が帰り支度をしてるわ。」
「…そーですか。」
「行かなくていいの?」
「どうして?」
「皆はハクとリンを待ってるんじゃないかな。今は空の部族もいないし…
リンはジェハがいるから帰ろうとしないだろうけど…
何なら少しハクは風牙の都に戻っても…」
「戻りませんよ。」
「私達なら大丈夫よ。キジャ達は徐々に回復してきてるし気にしないで…」
「姫さん…俺は必要ありませんか?」
振り返って問い掛けるハクの表情は寂しげで、その顔を見たヨナははっとする。
「必要とか必要じゃないとか、そんな話じゃなくてハクは風の部族を大事にしてるから……アヤメさんも。」
―何でそこでアヤメが出てくるんだ?―
「そりゃ大事ですよ。でもだからこそ帰らな…
っあー…そうじゃなくて…そうじゃなくて!
…俺、うぜぇくらい離れませんって言いましたよね?」
ハクの絞り出された想いにヨナは顔を赤く染めた。
「…わ、私…ハクにいつも助けられてばかりだから、ハクがいなくても大丈夫って時が来たらハクに自由を返そうって思ってたの。だからハクも自由に…」
「それで?今がその時ってわけですか?」
「え…」
「それはお気遣いどうもありがとうございました。」
泣きそうな笑みを浮かべたハクは静かにヨナへ背中を向けた。
彼らの少しこじれた気配を感じ取った私は困ったように笑みを浮かべる。
―これはヨナとハク…それぞれと少し話してみた方がいいかな…―
私は隣に座るジェハに身を預けてそっと口を開くと儚い旋律を紡ぎ始めた。
《ひとしずく》
笑顔で涙を隠さないで素直な気持ちをぶつけてほしい…そんな想いを歌い上げているとヨナとハクが帰って来た。
私は彼らに向けて笑みを浮かべてから歌い終えると、寂しそうな兄妹を呼んだ。
『ハク、酷い顔してるわよ。』
「…」
『私には何があったか報告する約束でしょう?』
「リンだけなのかい?僕にも…」
ジェハの言葉を遮るようにハクは私を抱き上げ歩き出す。
「…リン、借りて行く。」
『私は物ではないんだけど?』
去って行く私達の背中をヨナは寂しげに見送った。
森に入るとハクは私を地面に下ろし、隣に座った。
『…それでヨナと何かあったの?』
「…」
『だんまり?私達が捕まってる間に何があったのか…教えてくれるって言ってたわよね?
それにさっきすごい速度で走って行ったかと思ったら、暗い顔して帰って来るなんて…何もなかったとは言わせないわよ?』
「…わかった。」
その後、彼はゆっくりと私が四龍やユンと共に捕らえられている間に起きた事を話した。
ミンスが生きていた事は嬉しかったが、やはりヨナが彼に口付けた事には驚いて言葉を失った。
『え…?姫様の方から…ハクに…?』
「あぁ。」
『…逆じゃなくて?』
「…あぁ。」
『ハクにとって都合のいい幻でもなく?』
「違うって言ってるだろ。つか、俺に対する印象が酷いな。」
『だってヨナの事になったらハクって冷静ではいられないから。』
「…笑うな。それにお前もだろ、タレ目や姫さんに何かあったら暴走する癖に。」
『ハク程じゃないわよ。ハクが暴れちゃうから私は冷静でいなきゃって思えるの。』
ふて腐れる彼の横顔を私は笑いながら見つめる。
その後も彼の報告は続き、最後はヨナがついさっき告げた自由を返す、という発言で報告は幕を閉じた。
『自由、ね…いつまで姫様は私達がイル陛下の命令で自分の傍にいるって思い込んでいるのかしら。』
「全くだ。」
久しぶりの兄妹だけでの話に花を咲かせた私達は、夜が更けてくると立ち上がった。
ハクに抱かれて私が向かった先は風の部族の野営地跡。彼らはちょうど帰路につこうとしていたようだ。
「ハク様!姐さん!!」
『みんな元気そうね。』
「姐さんは動けないのか…?」
「ハク様に抱かれてるなんて羨ましい!」
「重てぇ…」
『失礼な。』
やはり私にとっても風の部族は家族のようで、大切な場所なのだと再認識させられた。
だが帰るべき場所…ずっと共にありたいと願う場所はここではない。
「…じゃあ、そろそろ戻るわ。」
『また会いましょうね。』
「やっぱり戻って来ないのか?」
『ごめんね、テウ。貴方にいろいろ押しつけてしまっているのはわかっているわ。
でも私達は姫様の…ヨナや仲間達の傍にいたいの。』
「風の部族はお前達に任せる。ジジイによろしく伝えておいてくれ。」
「…わかった。」
『我が儘な私達を許してね。』
「姐さん…!!」
『みんな…大好きよ。』
「…その言葉だけで充分だよ。」
私が手を動かそうとするとハクがそっと腕を持ち上げてテウの頭に乗せてくれた。
腕が上がらない私のしたがっている事をハクが読み取ってくれたのだろう。
私がそのまま撫でたテウの髪は指の間を擦り抜ける。
不安そうな顔は将軍というより弟という言葉が似合いそう。
そんな彼に微笑みかけ頷くと私とハクはヨナ達のもとへと帰り始めたのだった。
「みんな起き上がれるようになって良かったよ。」
「まさかこの歳で介護が必要になるとは…」
ユンが私とジェハ、ヨナがキジャ、ハクがシンアに夕飯を食べさせる。
「…ハク、元気ない…?」
「…何が?」
誤魔化すハクをヨナはチラッと見るだけ。じれったくて私は溜息を吐いた。
ハクは何か考えがあるらしくシンアに食事をさせつつ言う。
「ユン、明日ちょっと用があるんだが出ても平気か?」
「何しに?」
「…まぁ、人に会いに。」
「いいけど。でも待って。ヨナ、明日は水浴びしたいよね?」
「えっ…」
「リン達まだ十分に身体動かないし、ヨナが水浴びしてる間は居てよ。」
「あっ、いいの!私は大丈夫だからハクは行きたい所に行ってきて!」
ヨナの言い方は少々誤解を招きそう。
ヨナとハクは視線を交わしたが、彼はそっと顔を背けた。
「…水浴びが終わるまでは居ますよ。」
どこか思いが擦れ違っている様子の彼らはそのまま食事を終えて、眠りに就き、翌朝を迎えた。
川の横でヨナは服を脱ぎ、勢いよく水に飛び込んだ。
―急がなきゃ、ハク出掛けるんだから。待たせちゃいけない…―
ヨナに背中を向けて周囲の見張りをしていたハクとゼノに水が散る。
「娘さんの水浴びは激しいな。」
「毎日が生きるか死ぬからしいからな。」
―ハク、とても悲しそうな顔してた。どうしてかわからないけど、そうさせてしまった…
とにかくもう迷惑にならないようにしなきゃ…―
水から上がったヨナは髪が濡れたまま服を纏ってハクとゼノのもとへ帰って来る。
「お待たせ!」
「娘さん、早すぎ。まだ濡れてるから。」
「水が冷たかったから早く上がったの。」
「風邪引きますよ。」
ハクは彼女の頭に手拭いを乗せると大きな手でその髪の水気を取る。
だがその手拭いを奪うように手を添えつつ、後ろに立つハクを振り返った。
「だ、大丈夫。自分で拭くから。ハク、用事あるんでしょ。もう行っていいよ。」
「…そうですね。」
悲しそうな表情のハクはヨナとゼノに背中を向けると歩いて行ってしまった。
それを見送りながらヨナは自分の中に複雑な思いが芽生えるのを感じた。
―あれ…なんか私と話す度、ハクの表情が硬くなる…
ねぇ、ハク…どこに行くの?誰と会うの?私もついて行っていい?
怖いな、聞くの…ハクに優しくしたい…ハクに笑ってほしい…―
大刀を持ったハクは焚火を囲む私達に一言残して歩き出す。
「じゃ、何かあったら花火飛ばして。」
「うん。」
『いってらっしゃい。』
「おぅ。」
小さくなっていく背中を見ながらユンが問う。
「人と会うって誰だろ?」
「風の部族ではないのか?」
「リンは誰に会うか知ってる?」
『うーん…根拠はないけど、予想はついてるよ。』
―紛らわしい言い方しなけりゃいいのに…―
私はハクが向かった先に薄々見当がついている為、苦笑した。
それを見てジェハも問題がないと思ったらしく優しくヨナを呼んだ。
「ヨナちゃん、おいで。こっち暖かいよ。」
彼は少し動けるようになったらしく焚火の近くへ手招きした。
私は彼の隣に座りながらヨナとの話は彼に任せようと決める。
彼女にユンが湯気のたつ湯飲みを手渡した。
「はい、ゆず茶。」
「ありがとう……おいしい。」
ヨナが落ちついたのを見てジェハが自分に寄り添っている私を見た為、私は微かに頷いた。
すると彼が柔らかい口調で問い掛けた。
「ハクと何かあった?」
「えっ…何にもないよ、別にっ」
『嘘が下手ですね、姫様。』
「ハクも暗い顔してるし。」
「…私、どうすれば良かったのかわからなくて…」
「ゆっくりでいいから話して。」
「………ハクにね、許嫁がいたの。」
ヨナの話を聞こうとキジャ、シンア、ゼノ、ユンも私やジェハの周りに集まって来て腰を下ろした。
だが彼女の爆弾発言にキジャ、ジェハ、ユンはきょとんとする。
「うん……ん?」
「それでね…」
「ちょちょちょ、ゆっくりでいいって言ったのに、いきなり爆弾落ちてきたよ?」
「それは確かな話なのですか!?」
「うん。昨日ハクが風の部族と話してたの聞いて、ムンドクが決めたらしいんだけど。」
「ムンドクってハクとリンの育ての親だよね。」
「ちょっ、ゼノ君。シンア君。寝てる場合じゃないよ!?今いいところだよ!」
キジャの背後でシンアとゼノは身を寄せて眠っていた為、ジェハは焦ったように起こす。そのときユンははっとして私を見た。
「あれ?リンなら許嫁の事も知ってるよね?」
『知ってるわよ?アヤメの事でしょ?
風の部族ではじいやがすぐに結婚させようとするから…』
「…もしかしてリンにも…?」
『私にも許嫁がいたけど、もう昔の話よ。あんなの元々形式だけの事なんだから。』
「…僕はそんな事聞いてないよ?」
『話すのを忘れるくらいどうでもいい事だったのよ、私にとってもハクにとっても。』
「はぁ…今のリンが僕のものなら許嫁の有無なんて気にしないけどね。」
『それで姫様はハクに何か伝えたのですか?』
「風の部族の人達はハクやリンの帰りを3年も待ってたし、許嫁もいるなら、ハクは風牙の都に少し戻ったらって言ったの…
そしたらハクが、俺は必要ありませんか?って。」
「「『あー…』」」
「そうじゃなくて私はいつもハクに助けられてばかりだから…
ハクがいなくても大丈夫って時が来たらハクに自由を返そうと思ってたって話を…あれ?」
彼女の話を聞きながら呆れたキジャ、私、ジェハ、ユンは互いに凭れるように倒れていた。
それを不思議そうに見るヨナは言葉を切り、ユンは身を起こすと身体がまだ不自由な私達を引っ張り起こした。
「ヨナ…それは雷獣は必要ないって言ってるように聞こえるよ…?」
「えっ…いや、私そんなつもりは…」
『姫様…いや、ヨナ。そんなつもりがないのは私達にはわかるわ。
ただその流れでそれを言うとハクの立場がないと言うか…』
「ただでさえあの人こじらせてるし…」
「そういう事になります…?」
「『なりますねぇ。』」
私とユンの声がそっと重なり、ヨナは顔を青くした。
『私もヨナに自由を返すとか少し戻れって言われたら傷つくわ。』
「え…?」
『もう必要ないからお前は帰れ…そう言われてるように感じるもの。』
「そんな事…」
『私にはジェハがいる…だから風の部族へ戻らないって事はヨナにもわかるでしょ?』
「うん…」
『同じ事がハクにも言えるって事には気付いてないのね…』
「それってどういう…」
「それは本人から聞いた方がいいと思うよ、ヨナ。」
「…私、あの時いっぱいいっぱいで…どうして…もっと上手く言えなかったのかしら…」
―ハクを傷つけた…―
すると今まで静かに聞いていたキジャが私の隣で口を開いた。
「…上手く言う必要はないと思います。
姫様の本当のお心を真っ直ぐにお伝えすれば。」
「本当の…?」
「ハクは分かってくれます。」
「許嫁も何かの間違いかもしれないよ?
リンみたいに過去の話に過ぎないかもしれない。ハクに聞いてみたら?」
「うっ…それは怖くて。」
「怖い?どうして?ハクに許嫁がいたら嫌?」
顔を真っ赤にしたヨナは強がりつつも素直に答える。
「…嫌か嫌じゃないかで言うとすごく嫌。」
「『はははっ』」
私とジェハは腹を抱えて笑い、キジャも優しく笑みを浮かべる。
「だと思った。」
「じゃあそれも伝えるんだよ。」
「それは無理…っ」
「無理?」
「だって今、もしかしてアヤメさんと会ってるのかもしれないし。
話があるって言ってたのに話してくれなかったし、怒ってるんだと思う…」
「話ねぇ…」
『怒ってるって訳ではないと思うけど…ハクは寂しいだけよ、きっと。』
「寂しい…?」
『ヨナ…難しく考えないで?ハクの為にも素直になってあげて。』
「ヨナちゃんが素直に伝えないとハクは話どころか誤解したまま、どこかへ行ってしまうかもしれないよ?」
「!」
「それでもいいの?」
ジェハの問い掛けに私達は柔らかく微笑み、ヨナは必死に首を横に振った。
―さっき出掛けて行ったばかりなのにハクに会いたい…!―
「あ…ハク…」
シンアが遠くにいるハクを見つけ、私達が振り返ると彼が大きな荷物を持ってこちらへ帰って来ていた。
ヨナはほっとしたように息を吐き、ユンとゼノはハクのもとへ走って行った。
「兄ちゃん、その荷物食いもん?」
「おー」
『おかえり。』
「あぁ。商団から貰った、食いもんとか武器とか。」
『商団のみんな、元気だった?』
「お前に会いたがってたぞ。」
『そう。』
「リンは知ってたの?」
『この時期にこの辺りを通る知り合いの商団がいるから、もしかしてとは思ってたの。』
私の言葉にジェハは肩を竦めた。
「君はハクの行き先も知ったうえでヨナちゃんの話を聞いてたんだね?」
『ふふっ、そうよ?ついでにハクの心境も昨日のうちに聞いたわ。
だから素直になって、ってヨナに心から伝える事が出来たの。』
「君には敵わないな…」
その時私達の前でヨナが立ち上がった為、私とジェハはユンとゼノを手招きして自分達の傍へ呼んだ。
ヨナとハクの邪魔をしてはいけないと思ったからだ。
ユンとゼノがハクから離れるのと同時にヨナが叫ぶように言葉を紡いだ。
「ハク、昨日はごめんなさい…!!」
ハクは驚きつつもヨナに歩み寄って静かに問う。
「…なんで謝るんです?」
「私の言い方が悪くて、ハクを傷つけて…ごめんなさい。
私、昨日風の部族の人達とハクの会話聞いてて、私がずっと風の部族からハクとリンを奪っていたんだって思って…
それにハクには…ハクには許嫁もいて…だか…っ」
―ああ、上手く言えない…―
「許嫁…?」
『アヤメの事よ。』
「あー…成程。だから俺に帰るのを促したり、自由を返すとか言ってたんですか。」
「そう…でも!ハクが必要ないとか、そんな事思ってない。
ハクは大切な人だから…だから…一緒にいて…」
懇願するような彼女の様子にハクは目を丸くし、私は穏やかな表情で彼らを見守っていた。
「…なんですか、それは…」
「え…」
「俺、言いましたよね?何度も…離れねぇって!当たり前だろ!!
俺が…俺もリンもそれを義務でやってる訳じゃねぇって、いい加減分かれよ!!
俺は!風の部族が大事で、あいつらに何かあったら必ず助けるって思ってるけど!!帰る場所はここなんです!!」
これには私、キジャ、シンア、ジェハ、ユンは息を呑み、ゼノが優しく笑う。
キジャとジェハに至ってはあまりに素直で真っ直ぐな言葉に口元を手で覆って泣きそうになっていた。
「私達は大丈夫だから風牙に戻ってなんて…
余所者みたいに言わんで下さい。」
「ごめ…」
「謝らなくていい。知って欲しいだけです、ガキみてえだけど。
自由を返すって言ってたけど、俺やリンはイル陛下の命であんたに従ってるわけじゃないですから。」
「え…」
「イル陛下は絶対服従を誓った主だ。
あんたは自分にそれと同じ価値はないと思ってるかもしれないけど、
あんたについて行って、その強さに熱に圧倒されて、あんたの為に生きようと思った。
誰かに仕える誇りを俺に教えてくれたのはあんたなんだよ!!」
ハクの思いの強さにヨナは涙を流し、私の頬も涙が伝った。
それでも私は彼らを見守りたくて涙を拭う事もせずにいた。
ヨナが両手で涙を拭い始めると私はふと隣を見て驚いてしまう。
キジャ、ジェハ、ユンが泣いていたからだ。ゼノは手拭いを持って来て彼らに配っている。
「ありがと、ゼノ君。キジャ君もいる?」
「うむ…」
「リンも静かに泣いてるんだね…」
『みんなが泣いてる事に驚いて涙も止まっちゃったわ。』
ジェハは少し湿った指で私の頬を流れる涙の痕を撫でた。
そうしていると落ちついたらしいヨナがハクを呼んだ。
「ハク…私、色々と言っておいて呆れるかもしれないんだけどね…一ついい?」
「はい?」
「アヤメさんはどうするの…?」
「……あのさ…誤解されるのも嫌なんで言っときますけど、許嫁はジジイが勝手に決めただけだから。」
ハクは片手で頭を抱えつつ、手の影から私を睨む。
『…どうして私を睨むの。』
「ちゃんと説明しとけよ…」
『ハクの事情なんだからハクが伝えなきゃ。』
「お前にも許嫁がいただろ…」
『サキでしょ?』
「え、でもムンドクが決めたって事は厳命なんじゃ…」
「アヤメには恋人いるから!」
『ちなみにそれがサキなんだけどね。』
「ま、待って…ハクふられ…」
「俺が好きなのあんただから!!!」
まさか今ハクが想いを告げるとは思っていなかった私達は驚きのあまり涙も止まり、硬直した。
言うまでもなくヨナも驚いて目を見開いて立ち尽くすばかり。
「……え?」
「え?じゃねーよ!!
アヤメにはサキって相手がいて、俺はあんたが好きなんで許嫁なんてあってないよーなもんなわけ!!
今日はもう疲れた!!お分かり頂けただろうか!?」
「……はい。」
ヨナは顔を真っ赤にし、腰を抜かしてその場に座り込んでしまうが、想いを口にしたハクは清々しいまでの表情で立っていた。
「よーし。あースッキリした。」
※"ひとしずく"
歌手:SHOWTA.
作詞:森戸太陽、荘野ジュリ
作曲:中崎英也