主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
真国
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ヨナを守った龍達が消えた戦場で、キジャ、シンア、ジェハ、ゼノは意識を失ったように目を閉じた。
私も身体に龍の力が戻ったのを感じつつ、強くなった自らの甘い香りの中で薄れ行く意識を必死に保とうとしていた。
身体を自由に動かすことは出来ずともヨナの前に転がった龍の力で転がった矢の残骸を見つめていた。
―今のが…龍の…力…―
「何だ…今のは…こ、これが…高華国の神話より伝わる四体の龍か…っ」
『ジェ…ハ…』
私は身体が動かないままでも隣に倒れている愛しい彼を呼んだ。
返事は返ってこないものの、ゆっくり彼へと手を伸ばす。硬直した身体は指先しか動きそうにない。
そんな私の近くではゴビ以外の黒服の男達が騒ぎ出した。
「噂には聞いていたが、この世のものとは思えん…」
「これは…スウォン王の持ち物なのか!?」
―う、羨ましいっっ!羨ましいぞ、スウォン王!!
こんな神の力を有しているとは!!狡くない!?―
ゴビはヨナを見つめたままほくそ笑み、身体を興奮に震わせる。
―いや、しかし龍達はヨナ姫を守ったように見えた…
あの黒龍は女の持つ力か…神話では伝えられていない龍のようだな…
黒龍は他の龍達を守ったか…面白い。
高華国のヨナ姫は反戦派に協力しているらしいが、スウォン王とは現時点どの様な関係なのか………
ええい、忙しい!!タオ姫をスウォン王に輿入れさせたいし、高華国の化物の事が知りたいし欲しいし、コウレンは殺したいし。
やりたい事がいっぱいではないか!!―
ハクの背後にいたユンは倒れたままの私達を呼んだ。
「ちょっとっ…ジェハっ!キジャ!シンアっ!ゼノっ…リン!起きてよ…っ」
「「「「…」」」」
「どうしよう、雷獣っ…みんなが…っ」
『ユン…』
「リン!!!?」
『落ち着いて…みんな…生きてるから…』
ユンはどうにか伸ばした手でジェハの手を握っている私を見つけてこちらへ駆けて来る。
だがそれより早く私達を囲む兵や民が群がって来た。
「おい…動かないぞ…」
「何っ、死んだのか!?」
「気絶している…」
「み、見せてくれ…神の力…」
「人の姿をしているのに…」
「甘い香り…人間ではない…」
『やめ…っ』
「やめて!!四龍を放して!リンに触らないで!!彼らはとても弱っているの!」
ヨナの言葉に兵や民達は暗い表情を向ける。
「いやだ…この力…なぜ高華国が独占する…?」
「そうだ…だいたい…この力が高華国のものとなぜ言える…」
「高華国の建国神話だってどこまで本当か怪しいところだ。
この力は高華国のような凶暴な国が持っていては危険だ。」
兵達は私を含む龍達の首に掛かっている縄を引っ張った。
『ぐっ…』
ジェハに身を寄せるように引っ張り込まれた私は兵に囚われてしまう。
それでも動かない身体では逃れる事も、仲間達を逃がす事も出来ない。
ゴビは兵や民の言葉に口角を上げた。
―ほう…そうきたか。バカな民衆もたまには良い事を言う…
スウォン王とは争いを避け、タオ姫を人質として差し出すことで友好な関係を築こうと思っていたが、この龍の力さえあればスウォン王に媚びずとも優位に立てるのではないか!?
今この時に龍が私の前に現れた…!!流石私、持ってる!!―
「その龍達を運びなさい。そしてあの龍神をまた目覚めさせるのです。」
「だめっ!!」
私達を引き摺って行こうとする兵達を見て取ったユンは私に抱きついた。
「!?」
「いい加減にしてよ!四龍は戦の道具じゃない!!」
『ユン…』
「何だ、このガキ。引きはがせ。」
「ユン!!」
『やめろ…ユンを…傷つけるな…みんなを…放して…っ』
ユンは私達の事を思いながら涙を流す。
―ジェハもキジャも…リンも重傷だった…
さっきの力が何かはわからないけど…
どうしよう…二度と目を覚まさなかったら…―
「邪魔な小僧だ!」
『ユンっ!!』
兵がユンに向けて拳を振り上げた瞬間、彼の首根っこが背後から掴まれた。
そして後ろへ引っ張られると、彼が抱きついていた私もユンに凭れ掛かるように引っ張り倒される。
それによって私の首が縄で絞まるかと思いきや、ユンを引っ張った人物…ハクが持つ大刀が振り下ろされた。
彼が縄を切った事によって私は解放され、倒れ込んだユンに抱き留められる。
「リンっ!」
『うっ…ハク…』
彼は解放したキジャを脇へ、ジェハは肩へ担ぎ上げた。
ハクの傷口が開き血が滲むが、それでも彼は仲間達を放そうとはせず敵へ鋭い視線を向けた。
「龍が…奪われるぞ…!」
「待て…渡さん…」
「早く隠せ…」
シンアとゼノも引き摺られどこかへ連れて行かれそうになっているのが視界の端に見える。
私はユンに痛い程抱きしめられたままシンアとゼノへと手を伸ばす。
『返して…私の…大切な…家族なの…』
ハクは周囲から伸ばされる手を見て怒りに震えつつ、私やジェハ、ヨナの行動や言葉を思い出していた。
どれだけ攻撃を受けても敵意が無いと示す為、町での乱闘で攻撃に対して反撃しなかった事…
そしてヨナが絶望の繰り返しを絶つ為、戦に手を貸さないと断言した事…
―リン…タレ目…姫さん…どうしたら憎しみを捨てる事が出来る?
俺はここにいる奴らもスウォンも殺してやりたい…
俺の大切なものを傷つける奴ら全て全て…殺してやりたい…!―
『だめよ…ハクっ…!』
彼が暴走しそうになっている事に気付いた私が呟いた言葉に応えるように、ハクの周囲にいた兵が蹴り飛ばされた。
「アルギラ…」
そしてシンアとゼノの首に掛けられた縄はヴォルドが切った。
「ヴォ、ヴォルド様…何をっ…」
「何を、じゃない!!目を覚ませ、阿呆。」
「あの二人は殿下に反旗を翻したのでは…!?」
唐突なアルギラとヴォルドの登場に兵がざわつき始める。
彼らはシンアとゼノをこちらへ運ぶと、駆け寄って来たヨナに託す。
地面に座ったヨナはシンアを抱き、その隣にいるユンは私とゼノを抱いていた。
近くにはキジャとジェハを抱えたハクが立っている。
アルギラとヴォルドは私達に背中を向けると思いを言い放った。
「…ありがとう、ハクにゃん。仲間が捕らわれても戦を避ける為に今までいっぱい我慢してくれたのによ…
こいつらは俺が代わりにタコ殴りにしとく。」
「私達がやるなら単なるアホ身内の喧嘩で済みますからね。」
「アルギラ!ヴォルド!お前達は反戦派だろう!?」
「うっせタコジジイ!俺はタオ姫とにゃんこの幸せ守ってんだよ!!
そんでもってゼノにゃん達はタオ姫の命の恩人だ!」
タオはヨナの背後に控え、真っ直ぐ前を見据えていた。
「ゴビ神官…ネグロの事、私は決して許せません。」
「ネグロ?…何の話だ。知らんな。」
「…ここにヨタカがいないのはヨタカにも何かしたのですか?」
「…」
答えようとしないゴビへタオは言う。
「ゴビ神官、あなたは反戦派などではありません。
あなたは人々の心に“病”を植えつける悪鬼…」
「…お前の言葉など最初から届いておらんよ、タオ姫。
ここに集まる民は誰一人としてお前が見えていない。」
するとヨナがシンアを私とユンへ託し、すっと立ち上がった。
「タオ姫の想いは私が受け取った。必ず高華国へ繋いでみせる。」
「ヨナ姫…」
「間もなくスウォンがここにやって来る。
コウレン姫が承諾すれば戦ではなく会談が開かれるわ。」
―強くなられましたね、姫様…―
前を見据える真っ直ぐな視線を見つめて私は彼女の成長を戦場の真ん中で感じ取り、その場にそぐわない柔らかい笑みを浮かべた。
「ほう。しかしコウレン姫は承諾したのですか?
コウレン姫でなく私が会談に出席した方が、余程平和的解決が成されるというもの。
だからコウレン姫にはこの国の平和の為に死んでもらわねばならんのです!!」
「コウレン姫!」
「…頭上に気をつけよ。」
「は?」
「奴は生まれつき慈悲など持ち合わせていないからな。」
コウレンの言葉に私は小さく笑みを零す。
「リン…?」
『殺気とコウレン姫への忠誠心…これを感じ取れないとはゴビって神官もまだまだね…』
ユンが不思議そうに首を傾げると気配を感じ取っていた私やコウレンに応えるように黒服の男達の頭上へミザリが跳び上がった。
彼はそのままの勢いで男達を斬って行く。その動きにも目にも迷いはなかった。
「ミザリ…」
「コウレン様ぁ…どうして僕が来たってわかったです?」
「お前の忍び足と殺気は独特なんだ。」
「遅くなってすみません。探してました。」
「ミザリ、生きておったか。」
彼の右胸の傷は酷いもので、流れ出る血が服を赤く染め上げていた。
「…ミザリ、もうよい。下がれ。」
「コウレン様…コウレン様の敵はみんなやっつけるって僕ネグロ先輩に誓ったです。」
彼は無邪気な笑みをコウレンへ向けた。
「御守りする為に来たです。」
「おのれ、小僧が…!」
ミザリは笑みを浮かべたまま剣を構え、地面を蹴った。
同じ頃、もう一人の五星であるヨタカは風の部族の野営地で目を覚ましていた。
「あ、起きた。」
「ここは…」
「風の部族の野営地。あ、おい。」
無理矢理身を起こしたヨタカは傷の影響もあって再び倒れる。
「まだ動くなって…」
「っ…俺は捕虜になったのか…」
「手当が済んだら帰してやるよ。」
「手当?帰す?首を刎ねてか?」
「そんな悪趣味な事しねーよ。」
するとヨタカは近くにいたテウの隙を見て外へ飛び出した。それでもすぐ倒れてしまう。
「めんどくせーな、兄ちゃん。」
「あれっ、起きた?」
「あ、アヤメ。この人?」
「そうそう。」
アヤメに続いて風の部族の女性が集まってくると、倒れたままのヨタカは眉間に皺を寄せる。
「ちょっと髪触っていい?」
「ふわっふわ♡首巻きにしたい~」
―なんだ、こいつら…俺をハゲにして辱める気か…?―
「でもちょっと荒れてるわね。髪にいい油塗ってあげようか。」
「なにっ…」
「あ、反応した。」
髪や肌の美しさを誇りに思っているヨタカは女性達の言葉に反応して身を起こしていた。
「テ…若長っ」
そこに男性がやってきてある事を告げた。
「空の部族軍が…陛下が到着されたぞ…!」
―スウォン王が…!あのユホンの息子が来る…!―
その伝達にヨタカはコウレンのもとへ急ごうとする。
「くっ…」
「おい、大丈夫か?」
「まだ動けるわけないでしょ。背中刺されたのよ!?」
「寝てろよ、俺は陛下んとこ行って来るから。」
走り去るテウの後ろ姿を見てヨタカは思う。
―こんな身体では闘えない…動くことすら出来ない…
ネグロも…ミザリもコウレン様も…もうこの世にいないのかもしれない…
俺の存在はなんて無意味なんだ…―
テウが向かった先ではスウォン一行が待っていた。
ケイシュクはヨナの姿がない事を確認しているようだ。
―ヨナ姫の姿がない…真国に行っているのか…―
「テウ将軍、ご苦労様です。真国に何か動きはありましたか?」
「…」
―ヨナ姫は王に会ったと行ってたけど、どこまで話していいものか…―
「…テウ将軍?」
「…いえ、真国では内乱が起きているみたいです。」
「…開戦派と反戦派の紛争がここに来て激化しましたか。」
―当然情勢は把握済か…―
「スウォン陛下!」
「どうしました?」
「怪しい奴を捕らえました。」
スウォンのもとへやってきた兵はヨタカの両脇を抱え連行してきた。
「その人は?」
「真国へ向かおうとしていました。
風の部族ではなさそうですし、真国の間者でしょうか。」
「貴方は…真国の民ですか?」
ヨタカはふと顔を上げて馬上にいるスウォンを見た。
「お前が…スウォンか…
憎らしいな…悪鬼の息子はもっと醜い顔をしているのだと思っていた…」
「こいつ、やはり真国の…!」
「そうだ…ユホンを恨み、ユホンが死んだ今は息子のお前の首を取る事だけを夢見ていた。
今武器があればお前の頭を叩き割っていただろう…」
「無礼な…!」
「待て!」
兵がヨタカに剣を振り下ろそうとするとテウが鋭い声で止めた。
「そいつは怪我人でうちで保護したんだ。間者じゃない。」
「敵国の…しかも陛下の御命を狙うような者を保護?」
「…何が言いてぇんだよ。」
「軽率な行動は控えて頂きたい。それともあえて危険人物を招き入れ陛下の到着を待ったのですか?」
「違っ…」
反論しようとするアヤメをテウは片手で制止する。
その表情はまるでハクのように強く、迷いは一切なかった。
「軽率だったのはお詫びする。
ただ助けた以上この場で斬って捨てるのは風の部族の仁義に外れる。」
「…こちらも今迂闊に真国の民を殺す訳にはいきませんから斬ったりしませんよ。」
「え…」
「真国とは戦ではなくまず会談を開く事になっていますからね。」
「!?」
「聞いていませんか?少なくともコウレン姫には伝わっていると思っていましたが。」
スウォンの言葉にヨタカが息を呑む。
―高華国のヨナ姫が“スウォンと交渉をするから開戦を待て”とコウレン殿下に願い出たとは聞いた…
歯牙にもかけていなかったが、交渉が上手くいったということか…―
「殿下はお受けになったのか…?」
「それはまだ…条件もあるので拒否される可能性もありますね。」
―コウレン殿下…こんな時にお傍を離れ、身体も動かず、憎き敵に為す術もなく…俺は…!!―
「あなた名は?」
「……ヨタカ…」
「ではヨタカさん。真国に戻り、我々が到着した事を誰か偉い人に伝えて来て下さい。」
「えっ…俺を解放するのか?首を斬るのでなく…?」
「あなたをここに留めたり、首を斬る利点が見付かりませんし、無駄な事はしたくないんで。
内乱にこちらは関与しません。結果会談の席に着くのがコウレン姫でなくても構いませんからよろしくお願いします。」
兵に開放されたヨタカはその場に倒れてしまったが、そんな彼にテウが肩を貸し立ち上がらせる。
「この人、俺が真国まで送り届けます。」
スウォン達のもとを離れ、国境へ近付くとヨタカが口を開いた。
「なぜ…ここまでする…?」
「言ったろ、助けたんなら中途半端は嫌なんだ。単なる性分だよ。」
そして国境に向かうとナムセクを初めとする将軍と兵達がいた。
「ナムセク将軍…」
「ヨタカ様、お怪我を…」
「今までどこにいた!?もしやと思うが反戦派にやられたのか!?
五星とは役に立たん奴らばかりだな!」
「ナムセク将軍こそここで何をしている。コウレン殿下は!?」
「今もお探ししている!反戦派とそれに同調する者達の反乱で手がつけられんのだ。」
「だったらとっととそいつらをぶちのめして来い!」
「ならばぐずぐずするな。共に行くぞ!」
「言われずとも!」
―ちょっと元気になったか…?―
テウはそれを見届けて戻ろうと踵を返す。
「おい…風の部族の将軍。」
振り返ると優しい表情をしたヨタカがいた。
「ありがとう。」
これにはテウも驚いたようだったが、嬉しそうに笑った。
「ヴォルドによろしくな。」
「そんな奴は知らん。」
テウの背中を見送ったヨタカは空を見上げる。
―高華国には鬼が住んでいると思っていた…
ネグロよ…俺達はもっと早くに、もっとたくさんの事を知るべきだったのかもしれない…―
その後、顔色も悪く、血を流しているヨタカはナムセクや兵と共に戦場へと足を進めた。
―全てがボロボロだ…17年積み上げて来たものがたった数日で崩壊した…
そもそも小さなたくさんの綻びを繕えなかったせいか…
どのような未来になろうとも、我らだけはあの御方のおそばに…
だがネグロよ、その守るべき人も今は何処か…―
「ヨタカ様、顔色が…」
「くたばっている場合か、へっぽこ五星。あれを見よ!」
顔を上げたヨタカの前に広がっていたのは広い荒野…
そこではコウレンを守り戦うアルギラ、ヴォルド、そしてミザリがいた。
「コウレン殿下は生きておられたのか…」
「当たり前だ、無礼者!」
「確かに…くたばっている場合ではない。」
錘のような武器を手にしたヨタカはふらつきながらも身体にぐっと力を込める。
―ミザリが…殿下を御守りしている…
動け…動け…今この時だけでいい…!―
「我ら五星はあの御方のおそばに…」
彼は駆け出すと戦いの中でふらついて倒れそうになったミザリの背後に立ち、背中で彼を支えた。
「ヨタカ先輩…?」
「ミザリ、よくやった。」
「褒められるの初めてです…」
「ヨタカ…」
「ヨタカだと!?」
「ヨタカ、無事で…」
「どちら様?」
「ええっ!?」
コウレンやゴビが驚くなか、ヴォルドにだけ冷たく当たる様子はいつものヨタカらしくもある。
「コウレン殿下、スウォン王が国境にてお待ちです。」
「!」
「なにっ…」
ヨタカの言葉にヨナ、ハク、私にも緊張が走る。
「どのような決断が下されても私はそれに従います。」
「殺せ!コウレンとスウォン王を会わせてはならん!!」
神官の兵達とコウレン・タオ派の交戦が激化し、ヨナはシンア、ユンは私とゼノをぎゅっとその胸に抱く。
それを見たコウレンは近くに転がっていた剣を手にして、自分が持っていた弓矢をヨナに差し出した。
「ヨナ、弓を返そう。これで身を守れ。これまで我が国の為にご苦労だった。」
「迷っているの…?」
「憎しみがまだ燻っている…だがゴビや貴族共にこの国は渡さない。」
歩き出したコウレンを見て私とヨナは視線を交わした。
コウレンの目は憎しみに囚われているだけの頃とは違い、国と民を思う王としての威厳があった。
「ヴォルド!アルギラ!」
「はいっ」
「おう?」
「タオを守れ!決して奪われるな。
ミザリ!ヨタカ!高華国王のもとへ行く。私に続け!!」
「「はいっ」」
国境へと駆け出すコウレンへと矢が放たれるとミザリとヨタカが薙ぎ払い道を開く。
その様子に怯えたゴビは逃げ出したが、コウレンは追い詰めていく。
「ちょい待て。待て待て。」
「じっとしていろ、ゴビ…!!」
「ひいっ」
ゴビは近くにいた民の女性を自分の盾とした。
「きゃ…」
女性を傷つけないよう振り上げた剣を止めたコウレンは背後から兵に背中を斬られた。
「殿下っ!ええい、どけっ」
「コウレン殿下が…」
「斬られた…」
「見たか?ゴビ神官が…あの娘を盾にしたぞ。」
「で、殿下…コウレン殿下…」
盾にされた女性は自分に倒れ込むコウレンを抱き留める。
それでもゴビはまだ部下にコウレンを殺すよう告げた。
「早く殺れっ」
「ま、待って下さい!開戦を強行するコウレン殿下をお止めし、高華国の化物を捕らえるのが目的のはず。殿下を殺すなど…」
「これも真国の平和の為なのです。
コウレン姫を生かしておけばあなた方も戦場に駆り出されますよ。」
「殿下は私を見て剣をお止めになりました!」
「気のせいです!ほら、危ないからそこをどきなさい。」
「嫌です!殿下の手当をしないと…」
ゴビは女性をコウレンから引きはがそうとするが、彼女はコウレンを抱きしめるばかり。
「ええい、なんと聞き分けのない!
どかないと神の裁きを受けますよ!死にたいのですか!?」
「お、おやめ下さい…っ」
「…くくっ、随分と元気だなゴビよ。」
コウレンは女性から離れると持っていた剣で自分を攻撃した男を斬った。
「おお…コウレン殿下万歳…!!」
「どうしたゴビ…貴族共も…つまらない顔をするな。」
ふらりと立ち上がったコウレンは笑みさえ浮かべてゴビを見た。
「お前が生き生きしていると朦朧とした頭は冴え、霞む目は開き、遠のく音さえ耳に吸い付く。
私はまだ死ねないと思い知る。いいぞ、好きなだけそこで笑ってろ。」
「コウレン殿下…」
「生きておられた…」
―皆…恐怖と不安でコウレン殿下に全ての席を押しつけていたが、真国の民は…あの方の死を心底望んではいないのだ…―
その間も周囲の兵はずっとゼノやシンアの腕を掴んで引っ張ろうとする。
私はユンに身を委ねたまま剣へとゆっくり手を伸ばし、自分を抱くユンを小声で呼んだ。
『ユン…』
「え、リン…?」
『…支えてて。』
彼は私が持つ剣に気付き右手に手を添えてくれる。
私はそれを感じてぐっと剣を握ると無理矢理身体を動かし、剣を振るった。
するとこちらへ手を伸ばそうとしていた兵が一定の距離を取る。
『…来るな。お前達の慕うコウレン姫があれほど血を流しても国と民の為に戦っているんだ。
それでもお前達は馬鹿げた神官の言葉を信じるというのか。』
「っ…」
私の言葉に兵達は数歩下がり、コウレンへと目を向けたのだった。
彼らと同じように彼女を見ていたタオは涙を流していた。
「私はこれが嫌だったのです…
姉様が、私の大切な人達が…血にまみれて傷ついてゆく事が…」
それを聞いていたヨナはシンアを私の腿に頭を預けるように横たわらせるとタオに歩み寄りその小さな手を握った。
「ヨナ姫…?」
「コウレン姫のもとに行こう。
会談はコウレン姫とタオ姫が二人揃うのが条件なの。
今の二人ならきっと手を取り合える。」
「そう…でしょうか。」
「ここに来るまでにコウレン姫はずっとタオ姫を守っていたでしょう?」
「っ…」
「ユン、ハク。キジャ達をお願い。」
「…わかった。」
「…!」
ハクはヨナについて行きたくとも命令に背いたり、仲間を置いて行く事が出来ず悔しそうな顔をする。
その時、私の隣から声が聞こえてきた。
「兄ちゃんも娘さんと行け。」
「ゼノ!!」
「だっ、大丈夫!?身体は…」
「大丈夫。身体は麻痺状態だけど。」
『ゼノ…』
「お嬢はどうにか意識を保ってたか。頑張ったな。」
『うんっ…』
「兄ちゃん、四龍の事は気にすんな。ただお嬢の事は連れて行ってやれ。」
『え…』
ゼノは私の心を見透かしたように言う。
『…姫様、同行させて下さい。足手纏いにはなりませんから。』
「リン…足手纏いなんて事ない!!」
『ありがとうございます…ハク、連れて行って。お願い…』
「…わかった。」
「兄ちゃん、娘さんの手離すんじゃねぇぞ。」
ハクはユンやゼノの周りにキジャとジェハを寝かせ、シンアを私の腿から下ろす。
私は一度だけジェハの髪を撫で、ハクはすぐに私を背中に負ぶった。
「…行くぞ。」
『うん。ユン、ゼノ…みんなを任せるわ。』
「わかった。」
「…お前ら、死ぬんじゃねぇぞ。」
「ゼノは死なないから。あ、俺の話じゃねぇのか。」
そして私はハクに背負われたままヨナやタオと共にコウレン、ミザリ、ヨタカの背中を追った。
タオを守るアルギラとヴォルドが先導してくれている。
向かう先ではコウレンが剣を振るって戦っていた。
「…あの剣術、並大抵の努力じゃねぇな。」
『コウレン姫は自ら前線に立つ覚悟をずっとしてたんだわ…』
すると彼女と対峙しているゴビ達に民が声を掛けた。
「ゴビ神官!今すぐコウレン殿下に剣を向けている者達を止めて下さい!あまりに度を超している!
だいたいあいつらは何者だ?本当に真国の人間か!?どこから連れて来た!?」
「お…落ち着きなさい…」
「簡単に人を殺せだなんてあんた神官だろ!?」
「待ちなさいっ…押すなっ…押すなぁあ」
ゴビが民達に襲われるとコウレンは再び国境へと敵を薙ぎ払いながら走りだした。
その背中を追うミザリは笑っていたが、暫くしてその場に倒れてしまう。
―すごい…すごいすごい…やっぱりコウレン様はかっこいいです…
コウレン様の後ろで闘える日をずっと夢見てたです…まだまだ…まだまだこのままずっとずっと……
ゼノさん、やっぱり僕はもっと時間が欲しいです。
もっとあの人の背中を見てたいです。今度こそお役に立ちたいです。
コウレン様…コウレン様…僕の神様…振り返らなくていいです。
でもたまには僕を思い出して下さいね…―
『あそこ…ミザリ!!』
私がハクの背から叫ぶとアルギラが倒れたミザリに駆け寄る。
だがもう彼は涙を流しながら永遠の眠りに就いた後だった。
同じように戦っている途中に倒れそうになったヨタカはヴォルドが抱き留め、最後の敵を倒したコウレンはヨナとタオが支えた。
「姉様…!」
「…ヨタカとミザリは…?」
「ヨタカは重傷です。ミザリは…先ほど…息を引き取りました…」
「……そうか。」
―私もこの身体で出来る事はもうさほど多くはない。
だがネグロとヨタカとミザリが道を作ってくれた…私は己の足で高華国王の前に立つ…―
「構うな。大事ない。」
コウレンは傷を押さえながらヨナとタオから離れるとスウォンのもとへとゆっくり歩き出した。
コウレンと並ぶようにタオも歩き出し、ヨナ、ハク、私、アルギラ、ヴォルドも続く。
ゆっくりとした足取りで私達は進み、ついにスウォン達の前に立った。
「陛下!真国陣営より誰か来ます。」
その場にいた空・風・水の部族の兵達がこちらへ顔を向け、ヨナとハク、私の姿に息を呑んだ。
「…おい、あれはハク将軍じゃないか…?」
「その背中にいるのって…舞姫っ…」
「ヨナ姫…と…なぜ真国側に…」
兵の声が聞こえて来ても私達は怯える事なくスウォンを見つめていた。
「…コウレン姫とタオ姫ですか?」
「…如何にも。この様な身形で失礼する。
私は真国王ブシンの第一王女コウレン。そして代に王女タオ。
真国と高華国の未来の為にここに来た。」
「…私は高華国王スウォンと申します。」
「お…お待ち下さいっ…!!」
「ゴビ神官…!」
そこにゼエゼエと息を乱したゴビが乱入してきた。
「スウォン王よ、コウレン姫は会談の席に座る資格はございません。
コウレン姫は貴方様の四龍を捕らえ、人質にしようとしていたのです…!」
「四龍…?建国神話の…?」
「俺…見た事あるぞ…斉国の砦の戦で…」
「四龍は今や虫の息…コウレン姫は高華国の神を冒涜したのです。」
「違います、スウォン王…!」
そこに先ほどゴビが盾にした女性が進み出た。
「龍達に乱暴したのは神官様の命令です。」
「嘘をつくな!私は高華国の神を乱暴に扱ってはいけないと止めたはずですよ。」
「…確かにその方々が捕らえられたとは聞いています。」
「おおお、流石はスウォン王!既にご存知でしたか!」
「しかし四龍さん達と私は何の関係もありませんので、それを言われましても。」
まさかの言葉にゴビは目を見開いて硬直する。
「はっ…いや、しかし四龍とは高華国の伝説によると緋龍王を守る戦士達。
緋龍王…即ち緋龍城に住まう高華国王。貴方様の事でしょう!?
あの神の力を欲しがらない王などいないでしょう!?」
そう告げられたスウォンは以前イルに言われた言葉を思い出していた。
「スウォン…あの子はね、緋龍王の化身なんだよ。お前は違う。」
スウォンは知っているのだ、イルの言う緋龍王の化身がヨナの事だと。
だが今の彼にそのような事はどうでも良かった。
「神の力が何だというんです?」
「な…何って私は見たんです!
四体の龍が舞い上がりヨナ姫を守るのを!
黒き龍が四龍を見守り、共に消えていくのを!!」
「ヨナ姫を…?」
ケイシュクは不思議そうに呟いたが私達は何も言わずにいた。
「私は人と人との対話をしにここに来ました。神など何の役にも立たない。」
「私は真国の権威ある神官です。神のもとに人は集う!政にも神の力は不可欠のはず!」
「申し訳ありません。私と貴方では言葉が通じないようです、お帰り下さい。」
冷ややかな言葉と反して穏やかな笑みを浮かべるスウォンにゴビは呆然として言葉を失い、その代わりにコウレンは声を上げて笑った。
「ふっ…あっはっはっはっ…まさか…ユホンの息子を前に腹から笑う事になるとは…」
「コウレン姫、会談の前にまず手当をしましょう。」
「無用。己の不始末だ。口はまだ充分動くのでな。」
彼女の強い眼差しと笑みにスウォンは微笑むと会談場所へと案内し始めた。
「では始めましょうか、高華国と真国の未来の話を。」
風の部族の野営地の陛下専用軍幕で会談が始まると、テウとヘンデは話し始めた。その話題は数刻前の事…
「なんか物々しいな。」
「大人しくしてろよ。陛下と真国の姫がここで会談してんだから。」
「上手くいくかなぁ。」
「さぁな。でも真国はもうボロボロだ。どんな不平等な条約でも受け入れざるを得ないだろうよ。」
「それにしてもタオ姫…だっけ。さっきのはハラハラしたね。」
それは会談前のタオの言葉を指していた。
「スウォン王!会談にあたり一つお願いがあります。」
「何でしょう?」
「ここにいるヨナ姫様とハク様、リン様が会談に立ち会う事をお許し頂けないでしょうか?」
この言葉には言われたスウォン側だけでなく、ヨナ、ハク、私も目を丸くした。
「タオ姫…」
「この度、会談へと至ったのはヨナ姫の働きかけがあったからこそ。
ヨナ姫は会談を見届ける権利があります。」
「お控え下さい、タオ姫。これは両国のこれからを左右する重要な会談ですよ。」
「城から追い出したヨナ姫はもう王家の人間ではないという事か?」
「…っ」
コウレンの言葉にケイシュクも言い返す事が出来ない。
「タオ姫、いいの。私は会談に出るつもりはないから。」
「…わかりました。ですが皆様、これだけは聞いて下さい。
私達が長年の憎しみを心に仕舞い、ここに来たのは、ヨナ姫への信頼があるからです。
ヨナ姫は真国にとって救世主の如き御方。これからも友人としてこの関係を大切にしてゆこうと思っています。」
その後会談が始まったが、コウレン・タオ姉妹の何者も恐れない言葉はヨナを守ってくれているようだった。
「…あれってつまりヨナ姫やハク様、姐さんに手ェ出すなって事だよな?」
「…だな。ケイシュク参謀がすげー警戒してたもんな。その空気をタオ姫が察したんだろ。
真国との間に和平が成立すれば陛下側は余計ハク様達に手を出しにくくなる。」
「本ッ当上手くいくといいねー
…ところでハク様のとこ行ってもいいかな。」
「お前も空気察しろよ。王の軍が来てんだぞ。ハク様と姐さんも他人のふりしてっし。」
私はヨナの隣に立つハクの胸に背中を預けるように立っていた。
足に力が入らない為、ほとんどハクが背後から私を抱き留めているようなものだ。
私達は会談の終わりをただ待っていたが、そんな時に明るい声がヨナを呼んだ。
「ヨナっ」
「リリ!来てたの!?」
「当然よ。心配だもの。」
水の部族軍の後ろからリリはアユラとテトラと共に来ていたようだ。
「こんな所にハクやリンと顔出して大丈夫?」
「うん…真国のタオ姫が守ってくれて。」
「水の部族軍にもよく言って聞かせたし、空の部族軍だって今は動けないはず。
私もヨナを守るから!頼りなさいよ。」
「ありがとう。でもリリも気をつけて。」
「私は平気よ。もう何も恐くないわ。」
そうしていると天蓋が擦れる音がしてコウレン、タオ、アルギラ、ヴォルドが出てきた。
「会談は?」
「終わりました。今後真国の外交と軍事は高華国の監視下に置かれます。
不平等ではありますが、スウォン王はこれで真国民の命を脅かす事は無いと約束しました。」
「…ゴビ達を御せなかった私の責だ。他に選択肢はない。」
コウレン達が私達と合流すると遅れてスウォン、ジュド、ケイシュクが軍幕から出てきた。
ハクと私はスウォンを睨み付けるが彼は怯える様子もなかった。
「…真国の神官が言っていた四龍とは何の事です?」
「…さぁ、興味がないので。
用は済みました。緋龍城に戻りましょう。
火の部族の烽火の件も有耶無耶になったままですしね。」
「…」
スウォンに誤魔化されたケイシュクは部下をひとり呼んで指示を出した。
「ヨナ姫と四龍を調べろ。」
彼の視線の先にいるヨナはコウレンに呼ばれていた。
「ヨナ、お前の仲間はまだ真国に残っているのだろう?」
「えっ、えぇ…」
「ヴォルド、ナムセク将軍とその部隊に伝えよ、ヨナの仲間をこちらへ運べと。」
「はっ」
「私の屋敷にある四龍の武器も返せ。」
ヴォルドはナムセクが苦手な為、少し困惑しつつも走って行く。
「ありがとう。」
ヨナの言葉を受け取ったコウレンはアルギラに向き直る。
「ゴビはどこだ?」
「あいつ、あれからどっか消えやがったんだよ!
ネグロのおっさんとミザリのこと…許さねぇ。
俺…あいつらと仲良しって訳じゃねーけど…もっと…ちゃんと話したかったよ…」
「ゴビと反戦派の貴族共の罪は必ず償わせよう。必ずな。」
そのときコウレンの背後からリリが声を掛けた。
「…ねぇ、ちょっと真国の…コウレン姫?あなた酷い怪我よ?」
「…返り血だ。」
「嘘よ。ほら!背中明らかに重傷じゃない!?手当しないと。」
「高華国の世話にはならん。これから私は穹城へ戻って…」
「アユラ!テトラ!」
聞く耳を持たないリリは2人を呼び、彼女らはコウレンを両脇から捕らえた。
腕を掴まれたコウレンは逃げる事が出来ない。
「はぁーい。」
「!?何をする!放せ…!!」
「まぁ~身体鍛えてらっしゃるのね~」
「誰か風の部族の…天幕と薬、貸して頂戴。」
「お、おう…」
「私に構うなっ」
「はいはい、動くと傷が開きますわよ。」
―う、動けんっ…何だこの力…―
「放せ…っ」
「治療代請求なんかしないから来なさいよ。」
「いや、それ俺らの薬な?」
「リリには敵わないわ…」
連行されていくコウレンを見送って私とヨナは苦笑し、薬と場所を要求されたテウも呆れているようだった。
それから暫くしてコウレンは手当を受けるとテトラの服を借りた。
彼女の近くにはヨタカも手当を受けた状態で横になっている。
「ヨタカ…ヨタカ…」
「っ…殿下…!?」
「私だ、ヨタカ。服がぼろぼろになったので借りた。」
「まぁ、差し上げますわコウレン姫。」
ヨタカは目を覚ましてすぐに色っぽいコウレンを目の前にして困惑しているようだった。
「上着を返せ、ヨタカが現状を把握出来ない。」
「あら、残念。」
「趣味悪いのよ、その服…」
アユラの言葉を無視しつつテトラはコウレンの肩に上着を掛け、そのままコウレンはヨタカへ現状を報告した。
「…そうですか。ミザリは死にましたか…ネグロも…五星は俺だけになってしまった…」
「俺もヴォルタコもいるぞ。」
「お前らは五星を名乗るな。」
「おっ、生きてた!なんだ、良かった。」
「風の部族の…」
「テウだよ。」
柵の上からひょこっと顔を覗かせたテウはヨタカの無事を見るとほっとしたようだった。
「ゴビの企てで深手を負った俺をこの者が助けてくれたのです。」
「…そうか。私の部下が世話になった。」
「大した事してねーよ。でも助けた奴が死んでなくて安心した。
薬膳持って来たから後で食えよ。」
テウは薬膳をその場に置くと立ち去り、コウレンとヨタカはその後ろ姿を見送る。
「…コウレン殿下、高華国に住んでいるのは悪鬼だけではなかったのですね。ネグロにも伝えたかった。」
「…ヨタカ、ネグロとミザリを穹城へ連れ帰り埋葬しようと思う。
お前は怪我が治るまでここで養生させようと思ったが…」
「…いえ、俺も…見届けます…お供させて下さい、殿下…」
ヨタカは仲間達の死に静かに涙を流した。
彼らは動けるようになるとヨナとハクのもとへと挨拶をしに来た。
私は無理に動いた事が祟り、体力が限界に至り、運んで来てもらったキジャ、シンア、ジェハと並んで横になると眠っていた。
指先以外動かす事は出来そうにない。
「コウレン姫、タオ姫、もう…行ってしまうの?」
「はい、軍を潸潸から引き上げ姉様と共に穹城へ帰ります。
間に合わないかもしれませんが、父上にも…お伝えしたい事がありますし。」
「そう…」
「ヨナ姫…!」
タオはヨナに抱きつくと涙を流した。
「本当に…たくさんお世話になりました。」
「タオ姫、会えて良かった。コウレン姫も。」
「スウォンとは話をつけたが、民の中には反発する者もおろう。
しばらくは過去を振り返る余暇もない。だから前に進んでみせよう、お前のようにな。」
「私もまた高華国を訪れますので、いつかお会いしましょう。
ってアホギラァ!!貴様も挨拶せんかっっ」
ヴォルドが呼ぶアルギラは私達の前にしゃがんでいた。
私はジェハに寄り添うように横になったままアルギラを見上げ、彼らと話す。
「だってよぉ、シンアにゃん達がよぉ…まだ起きねーんだもんよー…
俺シンアにゃん達にもお礼言いてぇのに。」
『大丈夫よ、アルギラ。またすぐに会えるわ。』
「青龍達は疲れて眠ってるだけだから。伝えとくから。」
「うぅぅゼノにゃん!リンにゃん!ありがとうありがとうありがとう!!」
アルギラは私とゼノを抱きしめてから、名残惜しそうに離れ歩き出す。
「…じゃあな。」
その瞬間、私の隣に眠っていたジェハ、キジャ、シンアがそっと目を開いた。
私はジェハの柔らかい瞳の光を見て涙を浮かべながら微笑み、彼らと共にアルギラへと目を向けた。
「…アルギラ…またね。」
シンアの声に反応して呼ばれたアルギラだけでなくヨナ、ユン、タオ、コウレンもこちらへ駆けて来る。
「シンアにゃん、キジャにゃん、ジェハにゃーん!!」
「…ジェハにゃん…?」
『ふふっ…おかえりなさい、ジェハ。』
「ただいま。」
挨拶を終えて去って行く真国の者達を見送った数日後…
ブシン王が崩御し、コウレンが正式に真国王として即位することとなる。
私達が横になっている場所の近くでユンは野宿の準備を始める。
そこからは風の部族の野営地も見る事が出来た。
私達が気楽に話している頃、スウォン達と共に緋龍城へ帰り始めていたケイシュクはヨナの事を思いだしていた。
―此の度、高華国軍は一滴たりとも血を流す事無く真国との間に優位な条件を結んだ。それは大きな収穫と言えよう…
しかし…あの姫は危険だ…―
ケイシュクが今後どのように私達に関与してくるのか…それはまだわからない。
私も身体に龍の力が戻ったのを感じつつ、強くなった自らの甘い香りの中で薄れ行く意識を必死に保とうとしていた。
身体を自由に動かすことは出来ずともヨナの前に転がった龍の力で転がった矢の残骸を見つめていた。
―今のが…龍の…力…―
「何だ…今のは…こ、これが…高華国の神話より伝わる四体の龍か…っ」
『ジェ…ハ…』
私は身体が動かないままでも隣に倒れている愛しい彼を呼んだ。
返事は返ってこないものの、ゆっくり彼へと手を伸ばす。硬直した身体は指先しか動きそうにない。
そんな私の近くではゴビ以外の黒服の男達が騒ぎ出した。
「噂には聞いていたが、この世のものとは思えん…」
「これは…スウォン王の持ち物なのか!?」
―う、羨ましいっっ!羨ましいぞ、スウォン王!!
こんな神の力を有しているとは!!狡くない!?―
ゴビはヨナを見つめたままほくそ笑み、身体を興奮に震わせる。
―いや、しかし龍達はヨナ姫を守ったように見えた…
あの黒龍は女の持つ力か…神話では伝えられていない龍のようだな…
黒龍は他の龍達を守ったか…面白い。
高華国のヨナ姫は反戦派に協力しているらしいが、スウォン王とは現時点どの様な関係なのか………
ええい、忙しい!!タオ姫をスウォン王に輿入れさせたいし、高華国の化物の事が知りたいし欲しいし、コウレンは殺したいし。
やりたい事がいっぱいではないか!!―
ハクの背後にいたユンは倒れたままの私達を呼んだ。
「ちょっとっ…ジェハっ!キジャ!シンアっ!ゼノっ…リン!起きてよ…っ」
「「「「…」」」」
「どうしよう、雷獣っ…みんなが…っ」
『ユン…』
「リン!!!?」
『落ち着いて…みんな…生きてるから…』
ユンはどうにか伸ばした手でジェハの手を握っている私を見つけてこちらへ駆けて来る。
だがそれより早く私達を囲む兵や民が群がって来た。
「おい…動かないぞ…」
「何っ、死んだのか!?」
「気絶している…」
「み、見せてくれ…神の力…」
「人の姿をしているのに…」
「甘い香り…人間ではない…」
『やめ…っ』
「やめて!!四龍を放して!リンに触らないで!!彼らはとても弱っているの!」
ヨナの言葉に兵や民達は暗い表情を向ける。
「いやだ…この力…なぜ高華国が独占する…?」
「そうだ…だいたい…この力が高華国のものとなぜ言える…」
「高華国の建国神話だってどこまで本当か怪しいところだ。
この力は高華国のような凶暴な国が持っていては危険だ。」
兵達は私を含む龍達の首に掛かっている縄を引っ張った。
『ぐっ…』
ジェハに身を寄せるように引っ張り込まれた私は兵に囚われてしまう。
それでも動かない身体では逃れる事も、仲間達を逃がす事も出来ない。
ゴビは兵や民の言葉に口角を上げた。
―ほう…そうきたか。バカな民衆もたまには良い事を言う…
スウォン王とは争いを避け、タオ姫を人質として差し出すことで友好な関係を築こうと思っていたが、この龍の力さえあればスウォン王に媚びずとも優位に立てるのではないか!?
今この時に龍が私の前に現れた…!!流石私、持ってる!!―
「その龍達を運びなさい。そしてあの龍神をまた目覚めさせるのです。」
「だめっ!!」
私達を引き摺って行こうとする兵達を見て取ったユンは私に抱きついた。
「!?」
「いい加減にしてよ!四龍は戦の道具じゃない!!」
『ユン…』
「何だ、このガキ。引きはがせ。」
「ユン!!」
『やめろ…ユンを…傷つけるな…みんなを…放して…っ』
ユンは私達の事を思いながら涙を流す。
―ジェハもキジャも…リンも重傷だった…
さっきの力が何かはわからないけど…
どうしよう…二度と目を覚まさなかったら…―
「邪魔な小僧だ!」
『ユンっ!!』
兵がユンに向けて拳を振り上げた瞬間、彼の首根っこが背後から掴まれた。
そして後ろへ引っ張られると、彼が抱きついていた私もユンに凭れ掛かるように引っ張り倒される。
それによって私の首が縄で絞まるかと思いきや、ユンを引っ張った人物…ハクが持つ大刀が振り下ろされた。
彼が縄を切った事によって私は解放され、倒れ込んだユンに抱き留められる。
「リンっ!」
『うっ…ハク…』
彼は解放したキジャを脇へ、ジェハは肩へ担ぎ上げた。
ハクの傷口が開き血が滲むが、それでも彼は仲間達を放そうとはせず敵へ鋭い視線を向けた。
「龍が…奪われるぞ…!」
「待て…渡さん…」
「早く隠せ…」
シンアとゼノも引き摺られどこかへ連れて行かれそうになっているのが視界の端に見える。
私はユンに痛い程抱きしめられたままシンアとゼノへと手を伸ばす。
『返して…私の…大切な…家族なの…』
ハクは周囲から伸ばされる手を見て怒りに震えつつ、私やジェハ、ヨナの行動や言葉を思い出していた。
どれだけ攻撃を受けても敵意が無いと示す為、町での乱闘で攻撃に対して反撃しなかった事…
そしてヨナが絶望の繰り返しを絶つ為、戦に手を貸さないと断言した事…
―リン…タレ目…姫さん…どうしたら憎しみを捨てる事が出来る?
俺はここにいる奴らもスウォンも殺してやりたい…
俺の大切なものを傷つける奴ら全て全て…殺してやりたい…!―
『だめよ…ハクっ…!』
彼が暴走しそうになっている事に気付いた私が呟いた言葉に応えるように、ハクの周囲にいた兵が蹴り飛ばされた。
「アルギラ…」
そしてシンアとゼノの首に掛けられた縄はヴォルドが切った。
「ヴォ、ヴォルド様…何をっ…」
「何を、じゃない!!目を覚ませ、阿呆。」
「あの二人は殿下に反旗を翻したのでは…!?」
唐突なアルギラとヴォルドの登場に兵がざわつき始める。
彼らはシンアとゼノをこちらへ運ぶと、駆け寄って来たヨナに託す。
地面に座ったヨナはシンアを抱き、その隣にいるユンは私とゼノを抱いていた。
近くにはキジャとジェハを抱えたハクが立っている。
アルギラとヴォルドは私達に背中を向けると思いを言い放った。
「…ありがとう、ハクにゃん。仲間が捕らわれても戦を避ける為に今までいっぱい我慢してくれたのによ…
こいつらは俺が代わりにタコ殴りにしとく。」
「私達がやるなら単なるアホ身内の喧嘩で済みますからね。」
「アルギラ!ヴォルド!お前達は反戦派だろう!?」
「うっせタコジジイ!俺はタオ姫とにゃんこの幸せ守ってんだよ!!
そんでもってゼノにゃん達はタオ姫の命の恩人だ!」
タオはヨナの背後に控え、真っ直ぐ前を見据えていた。
「ゴビ神官…ネグロの事、私は決して許せません。」
「ネグロ?…何の話だ。知らんな。」
「…ここにヨタカがいないのはヨタカにも何かしたのですか?」
「…」
答えようとしないゴビへタオは言う。
「ゴビ神官、あなたは反戦派などではありません。
あなたは人々の心に“病”を植えつける悪鬼…」
「…お前の言葉など最初から届いておらんよ、タオ姫。
ここに集まる民は誰一人としてお前が見えていない。」
するとヨナがシンアを私とユンへ託し、すっと立ち上がった。
「タオ姫の想いは私が受け取った。必ず高華国へ繋いでみせる。」
「ヨナ姫…」
「間もなくスウォンがここにやって来る。
コウレン姫が承諾すれば戦ではなく会談が開かれるわ。」
―強くなられましたね、姫様…―
前を見据える真っ直ぐな視線を見つめて私は彼女の成長を戦場の真ん中で感じ取り、その場にそぐわない柔らかい笑みを浮かべた。
「ほう。しかしコウレン姫は承諾したのですか?
コウレン姫でなく私が会談に出席した方が、余程平和的解決が成されるというもの。
だからコウレン姫にはこの国の平和の為に死んでもらわねばならんのです!!」
「コウレン姫!」
「…頭上に気をつけよ。」
「は?」
「奴は生まれつき慈悲など持ち合わせていないからな。」
コウレンの言葉に私は小さく笑みを零す。
「リン…?」
『殺気とコウレン姫への忠誠心…これを感じ取れないとはゴビって神官もまだまだね…』
ユンが不思議そうに首を傾げると気配を感じ取っていた私やコウレンに応えるように黒服の男達の頭上へミザリが跳び上がった。
彼はそのままの勢いで男達を斬って行く。その動きにも目にも迷いはなかった。
「ミザリ…」
「コウレン様ぁ…どうして僕が来たってわかったです?」
「お前の忍び足と殺気は独特なんだ。」
「遅くなってすみません。探してました。」
「ミザリ、生きておったか。」
彼の右胸の傷は酷いもので、流れ出る血が服を赤く染め上げていた。
「…ミザリ、もうよい。下がれ。」
「コウレン様…コウレン様の敵はみんなやっつけるって僕ネグロ先輩に誓ったです。」
彼は無邪気な笑みをコウレンへ向けた。
「御守りする為に来たです。」
「おのれ、小僧が…!」
ミザリは笑みを浮かべたまま剣を構え、地面を蹴った。
同じ頃、もう一人の五星であるヨタカは風の部族の野営地で目を覚ましていた。
「あ、起きた。」
「ここは…」
「風の部族の野営地。あ、おい。」
無理矢理身を起こしたヨタカは傷の影響もあって再び倒れる。
「まだ動くなって…」
「っ…俺は捕虜になったのか…」
「手当が済んだら帰してやるよ。」
「手当?帰す?首を刎ねてか?」
「そんな悪趣味な事しねーよ。」
するとヨタカは近くにいたテウの隙を見て外へ飛び出した。それでもすぐ倒れてしまう。
「めんどくせーな、兄ちゃん。」
「あれっ、起きた?」
「あ、アヤメ。この人?」
「そうそう。」
アヤメに続いて風の部族の女性が集まってくると、倒れたままのヨタカは眉間に皺を寄せる。
「ちょっと髪触っていい?」
「ふわっふわ♡首巻きにしたい~」
―なんだ、こいつら…俺をハゲにして辱める気か…?―
「でもちょっと荒れてるわね。髪にいい油塗ってあげようか。」
「なにっ…」
「あ、反応した。」
髪や肌の美しさを誇りに思っているヨタカは女性達の言葉に反応して身を起こしていた。
「テ…若長っ」
そこに男性がやってきてある事を告げた。
「空の部族軍が…陛下が到着されたぞ…!」
―スウォン王が…!あのユホンの息子が来る…!―
その伝達にヨタカはコウレンのもとへ急ごうとする。
「くっ…」
「おい、大丈夫か?」
「まだ動けるわけないでしょ。背中刺されたのよ!?」
「寝てろよ、俺は陛下んとこ行って来るから。」
走り去るテウの後ろ姿を見てヨタカは思う。
―こんな身体では闘えない…動くことすら出来ない…
ネグロも…ミザリもコウレン様も…もうこの世にいないのかもしれない…
俺の存在はなんて無意味なんだ…―
テウが向かった先ではスウォン一行が待っていた。
ケイシュクはヨナの姿がない事を確認しているようだ。
―ヨナ姫の姿がない…真国に行っているのか…―
「テウ将軍、ご苦労様です。真国に何か動きはありましたか?」
「…」
―ヨナ姫は王に会ったと行ってたけど、どこまで話していいものか…―
「…テウ将軍?」
「…いえ、真国では内乱が起きているみたいです。」
「…開戦派と反戦派の紛争がここに来て激化しましたか。」
―当然情勢は把握済か…―
「スウォン陛下!」
「どうしました?」
「怪しい奴を捕らえました。」
スウォンのもとへやってきた兵はヨタカの両脇を抱え連行してきた。
「その人は?」
「真国へ向かおうとしていました。
風の部族ではなさそうですし、真国の間者でしょうか。」
「貴方は…真国の民ですか?」
ヨタカはふと顔を上げて馬上にいるスウォンを見た。
「お前が…スウォンか…
憎らしいな…悪鬼の息子はもっと醜い顔をしているのだと思っていた…」
「こいつ、やはり真国の…!」
「そうだ…ユホンを恨み、ユホンが死んだ今は息子のお前の首を取る事だけを夢見ていた。
今武器があればお前の頭を叩き割っていただろう…」
「無礼な…!」
「待て!」
兵がヨタカに剣を振り下ろそうとするとテウが鋭い声で止めた。
「そいつは怪我人でうちで保護したんだ。間者じゃない。」
「敵国の…しかも陛下の御命を狙うような者を保護?」
「…何が言いてぇんだよ。」
「軽率な行動は控えて頂きたい。それともあえて危険人物を招き入れ陛下の到着を待ったのですか?」
「違っ…」
反論しようとするアヤメをテウは片手で制止する。
その表情はまるでハクのように強く、迷いは一切なかった。
「軽率だったのはお詫びする。
ただ助けた以上この場で斬って捨てるのは風の部族の仁義に外れる。」
「…こちらも今迂闊に真国の民を殺す訳にはいきませんから斬ったりしませんよ。」
「え…」
「真国とは戦ではなくまず会談を開く事になっていますからね。」
「!?」
「聞いていませんか?少なくともコウレン姫には伝わっていると思っていましたが。」
スウォンの言葉にヨタカが息を呑む。
―高華国のヨナ姫が“スウォンと交渉をするから開戦を待て”とコウレン殿下に願い出たとは聞いた…
歯牙にもかけていなかったが、交渉が上手くいったということか…―
「殿下はお受けになったのか…?」
「それはまだ…条件もあるので拒否される可能性もありますね。」
―コウレン殿下…こんな時にお傍を離れ、身体も動かず、憎き敵に為す術もなく…俺は…!!―
「あなた名は?」
「……ヨタカ…」
「ではヨタカさん。真国に戻り、我々が到着した事を誰か偉い人に伝えて来て下さい。」
「えっ…俺を解放するのか?首を斬るのでなく…?」
「あなたをここに留めたり、首を斬る利点が見付かりませんし、無駄な事はしたくないんで。
内乱にこちらは関与しません。結果会談の席に着くのがコウレン姫でなくても構いませんからよろしくお願いします。」
兵に開放されたヨタカはその場に倒れてしまったが、そんな彼にテウが肩を貸し立ち上がらせる。
「この人、俺が真国まで送り届けます。」
スウォン達のもとを離れ、国境へ近付くとヨタカが口を開いた。
「なぜ…ここまでする…?」
「言ったろ、助けたんなら中途半端は嫌なんだ。単なる性分だよ。」
そして国境に向かうとナムセクを初めとする将軍と兵達がいた。
「ナムセク将軍…」
「ヨタカ様、お怪我を…」
「今までどこにいた!?もしやと思うが反戦派にやられたのか!?
五星とは役に立たん奴らばかりだな!」
「ナムセク将軍こそここで何をしている。コウレン殿下は!?」
「今もお探ししている!反戦派とそれに同調する者達の反乱で手がつけられんのだ。」
「だったらとっととそいつらをぶちのめして来い!」
「ならばぐずぐずするな。共に行くぞ!」
「言われずとも!」
―ちょっと元気になったか…?―
テウはそれを見届けて戻ろうと踵を返す。
「おい…風の部族の将軍。」
振り返ると優しい表情をしたヨタカがいた。
「ありがとう。」
これにはテウも驚いたようだったが、嬉しそうに笑った。
「ヴォルドによろしくな。」
「そんな奴は知らん。」
テウの背中を見送ったヨタカは空を見上げる。
―高華国には鬼が住んでいると思っていた…
ネグロよ…俺達はもっと早くに、もっとたくさんの事を知るべきだったのかもしれない…―
その後、顔色も悪く、血を流しているヨタカはナムセクや兵と共に戦場へと足を進めた。
―全てがボロボロだ…17年積み上げて来たものがたった数日で崩壊した…
そもそも小さなたくさんの綻びを繕えなかったせいか…
どのような未来になろうとも、我らだけはあの御方のおそばに…
だがネグロよ、その守るべき人も今は何処か…―
「ヨタカ様、顔色が…」
「くたばっている場合か、へっぽこ五星。あれを見よ!」
顔を上げたヨタカの前に広がっていたのは広い荒野…
そこではコウレンを守り戦うアルギラ、ヴォルド、そしてミザリがいた。
「コウレン殿下は生きておられたのか…」
「当たり前だ、無礼者!」
「確かに…くたばっている場合ではない。」
錘のような武器を手にしたヨタカはふらつきながらも身体にぐっと力を込める。
―ミザリが…殿下を御守りしている…
動け…動け…今この時だけでいい…!―
「我ら五星はあの御方のおそばに…」
彼は駆け出すと戦いの中でふらついて倒れそうになったミザリの背後に立ち、背中で彼を支えた。
「ヨタカ先輩…?」
「ミザリ、よくやった。」
「褒められるの初めてです…」
「ヨタカ…」
「ヨタカだと!?」
「ヨタカ、無事で…」
「どちら様?」
「ええっ!?」
コウレンやゴビが驚くなか、ヴォルドにだけ冷たく当たる様子はいつものヨタカらしくもある。
「コウレン殿下、スウォン王が国境にてお待ちです。」
「!」
「なにっ…」
ヨタカの言葉にヨナ、ハク、私にも緊張が走る。
「どのような決断が下されても私はそれに従います。」
「殺せ!コウレンとスウォン王を会わせてはならん!!」
神官の兵達とコウレン・タオ派の交戦が激化し、ヨナはシンア、ユンは私とゼノをぎゅっとその胸に抱く。
それを見たコウレンは近くに転がっていた剣を手にして、自分が持っていた弓矢をヨナに差し出した。
「ヨナ、弓を返そう。これで身を守れ。これまで我が国の為にご苦労だった。」
「迷っているの…?」
「憎しみがまだ燻っている…だがゴビや貴族共にこの国は渡さない。」
歩き出したコウレンを見て私とヨナは視線を交わした。
コウレンの目は憎しみに囚われているだけの頃とは違い、国と民を思う王としての威厳があった。
「ヴォルド!アルギラ!」
「はいっ」
「おう?」
「タオを守れ!決して奪われるな。
ミザリ!ヨタカ!高華国王のもとへ行く。私に続け!!」
「「はいっ」」
国境へと駆け出すコウレンへと矢が放たれるとミザリとヨタカが薙ぎ払い道を開く。
その様子に怯えたゴビは逃げ出したが、コウレンは追い詰めていく。
「ちょい待て。待て待て。」
「じっとしていろ、ゴビ…!!」
「ひいっ」
ゴビは近くにいた民の女性を自分の盾とした。
「きゃ…」
女性を傷つけないよう振り上げた剣を止めたコウレンは背後から兵に背中を斬られた。
「殿下っ!ええい、どけっ」
「コウレン殿下が…」
「斬られた…」
「見たか?ゴビ神官が…あの娘を盾にしたぞ。」
「で、殿下…コウレン殿下…」
盾にされた女性は自分に倒れ込むコウレンを抱き留める。
それでもゴビはまだ部下にコウレンを殺すよう告げた。
「早く殺れっ」
「ま、待って下さい!開戦を強行するコウレン殿下をお止めし、高華国の化物を捕らえるのが目的のはず。殿下を殺すなど…」
「これも真国の平和の為なのです。
コウレン姫を生かしておけばあなた方も戦場に駆り出されますよ。」
「殿下は私を見て剣をお止めになりました!」
「気のせいです!ほら、危ないからそこをどきなさい。」
「嫌です!殿下の手当をしないと…」
ゴビは女性をコウレンから引きはがそうとするが、彼女はコウレンを抱きしめるばかり。
「ええい、なんと聞き分けのない!
どかないと神の裁きを受けますよ!死にたいのですか!?」
「お、おやめ下さい…っ」
「…くくっ、随分と元気だなゴビよ。」
コウレンは女性から離れると持っていた剣で自分を攻撃した男を斬った。
「おお…コウレン殿下万歳…!!」
「どうしたゴビ…貴族共も…つまらない顔をするな。」
ふらりと立ち上がったコウレンは笑みさえ浮かべてゴビを見た。
「お前が生き生きしていると朦朧とした頭は冴え、霞む目は開き、遠のく音さえ耳に吸い付く。
私はまだ死ねないと思い知る。いいぞ、好きなだけそこで笑ってろ。」
「コウレン殿下…」
「生きておられた…」
―皆…恐怖と不安でコウレン殿下に全ての席を押しつけていたが、真国の民は…あの方の死を心底望んではいないのだ…―
その間も周囲の兵はずっとゼノやシンアの腕を掴んで引っ張ろうとする。
私はユンに身を委ねたまま剣へとゆっくり手を伸ばし、自分を抱くユンを小声で呼んだ。
『ユン…』
「え、リン…?」
『…支えてて。』
彼は私が持つ剣に気付き右手に手を添えてくれる。
私はそれを感じてぐっと剣を握ると無理矢理身体を動かし、剣を振るった。
するとこちらへ手を伸ばそうとしていた兵が一定の距離を取る。
『…来るな。お前達の慕うコウレン姫があれほど血を流しても国と民の為に戦っているんだ。
それでもお前達は馬鹿げた神官の言葉を信じるというのか。』
「っ…」
私の言葉に兵達は数歩下がり、コウレンへと目を向けたのだった。
彼らと同じように彼女を見ていたタオは涙を流していた。
「私はこれが嫌だったのです…
姉様が、私の大切な人達が…血にまみれて傷ついてゆく事が…」
それを聞いていたヨナはシンアを私の腿に頭を預けるように横たわらせるとタオに歩み寄りその小さな手を握った。
「ヨナ姫…?」
「コウレン姫のもとに行こう。
会談はコウレン姫とタオ姫が二人揃うのが条件なの。
今の二人ならきっと手を取り合える。」
「そう…でしょうか。」
「ここに来るまでにコウレン姫はずっとタオ姫を守っていたでしょう?」
「っ…」
「ユン、ハク。キジャ達をお願い。」
「…わかった。」
「…!」
ハクはヨナについて行きたくとも命令に背いたり、仲間を置いて行く事が出来ず悔しそうな顔をする。
その時、私の隣から声が聞こえてきた。
「兄ちゃんも娘さんと行け。」
「ゼノ!!」
「だっ、大丈夫!?身体は…」
「大丈夫。身体は麻痺状態だけど。」
『ゼノ…』
「お嬢はどうにか意識を保ってたか。頑張ったな。」
『うんっ…』
「兄ちゃん、四龍の事は気にすんな。ただお嬢の事は連れて行ってやれ。」
『え…』
ゼノは私の心を見透かしたように言う。
『…姫様、同行させて下さい。足手纏いにはなりませんから。』
「リン…足手纏いなんて事ない!!」
『ありがとうございます…ハク、連れて行って。お願い…』
「…わかった。」
「兄ちゃん、娘さんの手離すんじゃねぇぞ。」
ハクはユンやゼノの周りにキジャとジェハを寝かせ、シンアを私の腿から下ろす。
私は一度だけジェハの髪を撫で、ハクはすぐに私を背中に負ぶった。
「…行くぞ。」
『うん。ユン、ゼノ…みんなを任せるわ。』
「わかった。」
「…お前ら、死ぬんじゃねぇぞ。」
「ゼノは死なないから。あ、俺の話じゃねぇのか。」
そして私はハクに背負われたままヨナやタオと共にコウレン、ミザリ、ヨタカの背中を追った。
タオを守るアルギラとヴォルドが先導してくれている。
向かう先ではコウレンが剣を振るって戦っていた。
「…あの剣術、並大抵の努力じゃねぇな。」
『コウレン姫は自ら前線に立つ覚悟をずっとしてたんだわ…』
すると彼女と対峙しているゴビ達に民が声を掛けた。
「ゴビ神官!今すぐコウレン殿下に剣を向けている者達を止めて下さい!あまりに度を超している!
だいたいあいつらは何者だ?本当に真国の人間か!?どこから連れて来た!?」
「お…落ち着きなさい…」
「簡単に人を殺せだなんてあんた神官だろ!?」
「待ちなさいっ…押すなっ…押すなぁあ」
ゴビが民達に襲われるとコウレンは再び国境へと敵を薙ぎ払いながら走りだした。
その背中を追うミザリは笑っていたが、暫くしてその場に倒れてしまう。
―すごい…すごいすごい…やっぱりコウレン様はかっこいいです…
コウレン様の後ろで闘える日をずっと夢見てたです…まだまだ…まだまだこのままずっとずっと……
ゼノさん、やっぱり僕はもっと時間が欲しいです。
もっとあの人の背中を見てたいです。今度こそお役に立ちたいです。
コウレン様…コウレン様…僕の神様…振り返らなくていいです。
でもたまには僕を思い出して下さいね…―
『あそこ…ミザリ!!』
私がハクの背から叫ぶとアルギラが倒れたミザリに駆け寄る。
だがもう彼は涙を流しながら永遠の眠りに就いた後だった。
同じように戦っている途中に倒れそうになったヨタカはヴォルドが抱き留め、最後の敵を倒したコウレンはヨナとタオが支えた。
「姉様…!」
「…ヨタカとミザリは…?」
「ヨタカは重傷です。ミザリは…先ほど…息を引き取りました…」
「……そうか。」
―私もこの身体で出来る事はもうさほど多くはない。
だがネグロとヨタカとミザリが道を作ってくれた…私は己の足で高華国王の前に立つ…―
「構うな。大事ない。」
コウレンは傷を押さえながらヨナとタオから離れるとスウォンのもとへとゆっくり歩き出した。
コウレンと並ぶようにタオも歩き出し、ヨナ、ハク、私、アルギラ、ヴォルドも続く。
ゆっくりとした足取りで私達は進み、ついにスウォン達の前に立った。
「陛下!真国陣営より誰か来ます。」
その場にいた空・風・水の部族の兵達がこちらへ顔を向け、ヨナとハク、私の姿に息を呑んだ。
「…おい、あれはハク将軍じゃないか…?」
「その背中にいるのって…舞姫っ…」
「ヨナ姫…と…なぜ真国側に…」
兵の声が聞こえて来ても私達は怯える事なくスウォンを見つめていた。
「…コウレン姫とタオ姫ですか?」
「…如何にも。この様な身形で失礼する。
私は真国王ブシンの第一王女コウレン。そして代に王女タオ。
真国と高華国の未来の為にここに来た。」
「…私は高華国王スウォンと申します。」
「お…お待ち下さいっ…!!」
「ゴビ神官…!」
そこにゼエゼエと息を乱したゴビが乱入してきた。
「スウォン王よ、コウレン姫は会談の席に座る資格はございません。
コウレン姫は貴方様の四龍を捕らえ、人質にしようとしていたのです…!」
「四龍…?建国神話の…?」
「俺…見た事あるぞ…斉国の砦の戦で…」
「四龍は今や虫の息…コウレン姫は高華国の神を冒涜したのです。」
「違います、スウォン王…!」
そこに先ほどゴビが盾にした女性が進み出た。
「龍達に乱暴したのは神官様の命令です。」
「嘘をつくな!私は高華国の神を乱暴に扱ってはいけないと止めたはずですよ。」
「…確かにその方々が捕らえられたとは聞いています。」
「おおお、流石はスウォン王!既にご存知でしたか!」
「しかし四龍さん達と私は何の関係もありませんので、それを言われましても。」
まさかの言葉にゴビは目を見開いて硬直する。
「はっ…いや、しかし四龍とは高華国の伝説によると緋龍王を守る戦士達。
緋龍王…即ち緋龍城に住まう高華国王。貴方様の事でしょう!?
あの神の力を欲しがらない王などいないでしょう!?」
そう告げられたスウォンは以前イルに言われた言葉を思い出していた。
「スウォン…あの子はね、緋龍王の化身なんだよ。お前は違う。」
スウォンは知っているのだ、イルの言う緋龍王の化身がヨナの事だと。
だが今の彼にそのような事はどうでも良かった。
「神の力が何だというんです?」
「な…何って私は見たんです!
四体の龍が舞い上がりヨナ姫を守るのを!
黒き龍が四龍を見守り、共に消えていくのを!!」
「ヨナ姫を…?」
ケイシュクは不思議そうに呟いたが私達は何も言わずにいた。
「私は人と人との対話をしにここに来ました。神など何の役にも立たない。」
「私は真国の権威ある神官です。神のもとに人は集う!政にも神の力は不可欠のはず!」
「申し訳ありません。私と貴方では言葉が通じないようです、お帰り下さい。」
冷ややかな言葉と反して穏やかな笑みを浮かべるスウォンにゴビは呆然として言葉を失い、その代わりにコウレンは声を上げて笑った。
「ふっ…あっはっはっはっ…まさか…ユホンの息子を前に腹から笑う事になるとは…」
「コウレン姫、会談の前にまず手当をしましょう。」
「無用。己の不始末だ。口はまだ充分動くのでな。」
彼女の強い眼差しと笑みにスウォンは微笑むと会談場所へと案内し始めた。
「では始めましょうか、高華国と真国の未来の話を。」
風の部族の野営地の陛下専用軍幕で会談が始まると、テウとヘンデは話し始めた。その話題は数刻前の事…
「なんか物々しいな。」
「大人しくしてろよ。陛下と真国の姫がここで会談してんだから。」
「上手くいくかなぁ。」
「さぁな。でも真国はもうボロボロだ。どんな不平等な条約でも受け入れざるを得ないだろうよ。」
「それにしてもタオ姫…だっけ。さっきのはハラハラしたね。」
それは会談前のタオの言葉を指していた。
「スウォン王!会談にあたり一つお願いがあります。」
「何でしょう?」
「ここにいるヨナ姫様とハク様、リン様が会談に立ち会う事をお許し頂けないでしょうか?」
この言葉には言われたスウォン側だけでなく、ヨナ、ハク、私も目を丸くした。
「タオ姫…」
「この度、会談へと至ったのはヨナ姫の働きかけがあったからこそ。
ヨナ姫は会談を見届ける権利があります。」
「お控え下さい、タオ姫。これは両国のこれからを左右する重要な会談ですよ。」
「城から追い出したヨナ姫はもう王家の人間ではないという事か?」
「…っ」
コウレンの言葉にケイシュクも言い返す事が出来ない。
「タオ姫、いいの。私は会談に出るつもりはないから。」
「…わかりました。ですが皆様、これだけは聞いて下さい。
私達が長年の憎しみを心に仕舞い、ここに来たのは、ヨナ姫への信頼があるからです。
ヨナ姫は真国にとって救世主の如き御方。これからも友人としてこの関係を大切にしてゆこうと思っています。」
その後会談が始まったが、コウレン・タオ姉妹の何者も恐れない言葉はヨナを守ってくれているようだった。
「…あれってつまりヨナ姫やハク様、姐さんに手ェ出すなって事だよな?」
「…だな。ケイシュク参謀がすげー警戒してたもんな。その空気をタオ姫が察したんだろ。
真国との間に和平が成立すれば陛下側は余計ハク様達に手を出しにくくなる。」
「本ッ当上手くいくといいねー
…ところでハク様のとこ行ってもいいかな。」
「お前も空気察しろよ。王の軍が来てんだぞ。ハク様と姐さんも他人のふりしてっし。」
私はヨナの隣に立つハクの胸に背中を預けるように立っていた。
足に力が入らない為、ほとんどハクが背後から私を抱き留めているようなものだ。
私達は会談の終わりをただ待っていたが、そんな時に明るい声がヨナを呼んだ。
「ヨナっ」
「リリ!来てたの!?」
「当然よ。心配だもの。」
水の部族軍の後ろからリリはアユラとテトラと共に来ていたようだ。
「こんな所にハクやリンと顔出して大丈夫?」
「うん…真国のタオ姫が守ってくれて。」
「水の部族軍にもよく言って聞かせたし、空の部族軍だって今は動けないはず。
私もヨナを守るから!頼りなさいよ。」
「ありがとう。でもリリも気をつけて。」
「私は平気よ。もう何も恐くないわ。」
そうしていると天蓋が擦れる音がしてコウレン、タオ、アルギラ、ヴォルドが出てきた。
「会談は?」
「終わりました。今後真国の外交と軍事は高華国の監視下に置かれます。
不平等ではありますが、スウォン王はこれで真国民の命を脅かす事は無いと約束しました。」
「…ゴビ達を御せなかった私の責だ。他に選択肢はない。」
コウレン達が私達と合流すると遅れてスウォン、ジュド、ケイシュクが軍幕から出てきた。
ハクと私はスウォンを睨み付けるが彼は怯える様子もなかった。
「…真国の神官が言っていた四龍とは何の事です?」
「…さぁ、興味がないので。
用は済みました。緋龍城に戻りましょう。
火の部族の烽火の件も有耶無耶になったままですしね。」
「…」
スウォンに誤魔化されたケイシュクは部下をひとり呼んで指示を出した。
「ヨナ姫と四龍を調べろ。」
彼の視線の先にいるヨナはコウレンに呼ばれていた。
「ヨナ、お前の仲間はまだ真国に残っているのだろう?」
「えっ、えぇ…」
「ヴォルド、ナムセク将軍とその部隊に伝えよ、ヨナの仲間をこちらへ運べと。」
「はっ」
「私の屋敷にある四龍の武器も返せ。」
ヴォルドはナムセクが苦手な為、少し困惑しつつも走って行く。
「ありがとう。」
ヨナの言葉を受け取ったコウレンはアルギラに向き直る。
「ゴビはどこだ?」
「あいつ、あれからどっか消えやがったんだよ!
ネグロのおっさんとミザリのこと…許さねぇ。
俺…あいつらと仲良しって訳じゃねーけど…もっと…ちゃんと話したかったよ…」
「ゴビと反戦派の貴族共の罪は必ず償わせよう。必ずな。」
そのときコウレンの背後からリリが声を掛けた。
「…ねぇ、ちょっと真国の…コウレン姫?あなた酷い怪我よ?」
「…返り血だ。」
「嘘よ。ほら!背中明らかに重傷じゃない!?手当しないと。」
「高華国の世話にはならん。これから私は穹城へ戻って…」
「アユラ!テトラ!」
聞く耳を持たないリリは2人を呼び、彼女らはコウレンを両脇から捕らえた。
腕を掴まれたコウレンは逃げる事が出来ない。
「はぁーい。」
「!?何をする!放せ…!!」
「まぁ~身体鍛えてらっしゃるのね~」
「誰か風の部族の…天幕と薬、貸して頂戴。」
「お、おう…」
「私に構うなっ」
「はいはい、動くと傷が開きますわよ。」
―う、動けんっ…何だこの力…―
「放せ…っ」
「治療代請求なんかしないから来なさいよ。」
「いや、それ俺らの薬な?」
「リリには敵わないわ…」
連行されていくコウレンを見送って私とヨナは苦笑し、薬と場所を要求されたテウも呆れているようだった。
それから暫くしてコウレンは手当を受けるとテトラの服を借りた。
彼女の近くにはヨタカも手当を受けた状態で横になっている。
「ヨタカ…ヨタカ…」
「っ…殿下…!?」
「私だ、ヨタカ。服がぼろぼろになったので借りた。」
「まぁ、差し上げますわコウレン姫。」
ヨタカは目を覚ましてすぐに色っぽいコウレンを目の前にして困惑しているようだった。
「上着を返せ、ヨタカが現状を把握出来ない。」
「あら、残念。」
「趣味悪いのよ、その服…」
アユラの言葉を無視しつつテトラはコウレンの肩に上着を掛け、そのままコウレンはヨタカへ現状を報告した。
「…そうですか。ミザリは死にましたか…ネグロも…五星は俺だけになってしまった…」
「俺もヴォルタコもいるぞ。」
「お前らは五星を名乗るな。」
「おっ、生きてた!なんだ、良かった。」
「風の部族の…」
「テウだよ。」
柵の上からひょこっと顔を覗かせたテウはヨタカの無事を見るとほっとしたようだった。
「ゴビの企てで深手を負った俺をこの者が助けてくれたのです。」
「…そうか。私の部下が世話になった。」
「大した事してねーよ。でも助けた奴が死んでなくて安心した。
薬膳持って来たから後で食えよ。」
テウは薬膳をその場に置くと立ち去り、コウレンとヨタカはその後ろ姿を見送る。
「…コウレン殿下、高華国に住んでいるのは悪鬼だけではなかったのですね。ネグロにも伝えたかった。」
「…ヨタカ、ネグロとミザリを穹城へ連れ帰り埋葬しようと思う。
お前は怪我が治るまでここで養生させようと思ったが…」
「…いえ、俺も…見届けます…お供させて下さい、殿下…」
ヨタカは仲間達の死に静かに涙を流した。
彼らは動けるようになるとヨナとハクのもとへと挨拶をしに来た。
私は無理に動いた事が祟り、体力が限界に至り、運んで来てもらったキジャ、シンア、ジェハと並んで横になると眠っていた。
指先以外動かす事は出来そうにない。
「コウレン姫、タオ姫、もう…行ってしまうの?」
「はい、軍を潸潸から引き上げ姉様と共に穹城へ帰ります。
間に合わないかもしれませんが、父上にも…お伝えしたい事がありますし。」
「そう…」
「ヨナ姫…!」
タオはヨナに抱きつくと涙を流した。
「本当に…たくさんお世話になりました。」
「タオ姫、会えて良かった。コウレン姫も。」
「スウォンとは話をつけたが、民の中には反発する者もおろう。
しばらくは過去を振り返る余暇もない。だから前に進んでみせよう、お前のようにな。」
「私もまた高華国を訪れますので、いつかお会いしましょう。
ってアホギラァ!!貴様も挨拶せんかっっ」
ヴォルドが呼ぶアルギラは私達の前にしゃがんでいた。
私はジェハに寄り添うように横になったままアルギラを見上げ、彼らと話す。
「だってよぉ、シンアにゃん達がよぉ…まだ起きねーんだもんよー…
俺シンアにゃん達にもお礼言いてぇのに。」
『大丈夫よ、アルギラ。またすぐに会えるわ。』
「青龍達は疲れて眠ってるだけだから。伝えとくから。」
「うぅぅゼノにゃん!リンにゃん!ありがとうありがとうありがとう!!」
アルギラは私とゼノを抱きしめてから、名残惜しそうに離れ歩き出す。
「…じゃあな。」
その瞬間、私の隣に眠っていたジェハ、キジャ、シンアがそっと目を開いた。
私はジェハの柔らかい瞳の光を見て涙を浮かべながら微笑み、彼らと共にアルギラへと目を向けた。
「…アルギラ…またね。」
シンアの声に反応して呼ばれたアルギラだけでなくヨナ、ユン、タオ、コウレンもこちらへ駆けて来る。
「シンアにゃん、キジャにゃん、ジェハにゃーん!!」
「…ジェハにゃん…?」
『ふふっ…おかえりなさい、ジェハ。』
「ただいま。」
挨拶を終えて去って行く真国の者達を見送った数日後…
ブシン王が崩御し、コウレンが正式に真国王として即位することとなる。
私達が横になっている場所の近くでユンは野宿の準備を始める。
そこからは風の部族の野営地も見る事が出来た。
私達が気楽に話している頃、スウォン達と共に緋龍城へ帰り始めていたケイシュクはヨナの事を思いだしていた。
―此の度、高華国軍は一滴たりとも血を流す事無く真国との間に優位な条件を結んだ。それは大きな収穫と言えよう…
しかし…あの姫は危険だ…―
ケイシュクが今後どのように私達に関与してくるのか…それはまだわからない。