主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
真国
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ミザリが目指す先であるコウレンはヨナ、ハク、ヴォルド、アルギラ、タオと共に走っていた。
「伏せろ!!」
敵の気配に気付いたハクはヨナを抱き寄せ、全員で身を隠しながら屋根の上を振り返る。そこには敵が多数いるようだった。
「ちくしょー、屋根の上じゃなきゃぶん殴ってやるのに。」
―初めてタレ目の能力が羨ましいな…―
ハクがそんな事を思っているとコウレンは近くにあった矢を敵へ向けて放ち、ヴォルドは矢を剣で薙ぎ払った。
それでもまだ矢が降ってくると判断すると、ヨナは近くにあった長机を足で蹴り上げて盾にした。
「ふっ…お前はどんな教育を受けたのだ?」
「お互い様でしょ。」
「タレ目の悪い影響だな。」
「もうすぐ野営地です、そこまで急ぎましょう。」
ヴォルドに続いて全員が走り出し、その道中コウレンは思う。
―死ぬ時は戦場だと思ってた…きっとネグロも無念だっただろう…
だからここでは絶対に運命の死だとしても私は拒絶する…!
泥にまみれて見苦しくとも奇跡の光など私には届かずとも…―
『ジェハ、あそこ!!』
「っ!高く跳ぶよ…!」
『うんっ!!』
身を寄せると彼は高く跳び上がり、私の身体に片手を回すジェハと、彼の首に腕を絡めている私はそれぞれ空いている手に暗器を握った。
ヨナ達へ弓矢を向ける敵へと私とジェハは同時に暗器を投げつけた。
悲鳴を聞きながらジェハは軽やかにヨナの前へ降り立ち、私も彼の肩に手を乗せたまま地面に足を付ける。
「や、お待たせ。」
『姫様、ハク…ただいま戻りました。』
「リン!ジェハ…!どうして…」
ヨナは目に涙を浮かべながらこちらへ駆け寄って来る。
『いつまでも捕まってる訳にはいきませんか…ら…』
「捕らわれの王子さまやるのも飽きちゃってね。出てきたん…だ…」
私もジェハも体力が回復していないが為にふらついて、ジェハはその場に崩れ落ちハクの脚に凭れるように倒れ、私は倒れそうになったところをヨナに抱き留められた。
そのまま私は彼女の存在を確かめるように彼女の背中へ手を回した。
「きゃーっ、リン!?ジェハ!?」
『申し訳ありません…姫様…』
「まだ治ってないんでしょ!?無理しちゃ駄目よ!!」
『そんな事言われましても…』
「重い…」
「手厳しいね…ハク…」
『大目に見て頂戴な…』
私達の様子を見ていたコウレンは目を丸くしていた。
―この男達…どこから現れた?まさかこれが龍の…―
「キジャ達は?」
『後から来ます。』
私はジェハの隣に座らされて、ハクと言葉を交わす。
『ただいま、ハク…』
「…遅い。」
『あら…これでも急いだんだけど。』
「身体は?」
『姫様とハクを見送った時に比べれば動けるだけいいかな…』
ハクは背後から私の肩口に顔を埋めると小さく息を吐く。
「お前が居ないと困る…」
『素直なのね。』
「隣にいるのが当然になっていたからな…お前がいないのに何度も意見を求めっちまった…」
『私ってそんなに頼りにされてたんだ…』
「…当たり前だろうが。」
『ありがとう、ハク…私も実は気が気じゃなかったわ。
ハクの事は信じてるのに…やっぱり姫様の護衛は私達なんだもの。』
「あぁ…」
私は片手で彼の頭を撫でていたのだが、ふと彼の気配が混乱しているのを感じ取って小さく笑った。
そして彼にだけ聞こえるように顔をそちらへ向けた。
『…姫様と何かあった?』
「っ!!?」
『その反応は図星ね?』
「…」
『こんなに離れていたのなんて初めてだから、貴方が混乱してるのを感じて不思議に思ってたんだけど…
姫様関連なのだとしたら説明がつくわ。』
「…」
『ずっと傍で姫様への想いを抱く貴方を見て来たの。甘く見ないで?』
「…認めるからそれ以上言うな。」
『ふふっ、ハクったら可愛い。』
「うるせぇ。」
『まぁ、何があったか…ちゃんと報告してもらうわよ?』
「なっ…お前…楽しんでるだろ…」
『いいえ?私は心から2人の幸せを願ってる。
ただ貴方の事を応援するにしろ、見守るにしろ…何も知らないままでは仕方ないでしょ?』
「…」
『私だけにちゃんと教えて。そうしないと貴方の相談にも乗れないじゃない。』
「わかったよ…」
『その報告もこの状況が落ち着いてからになりそうね…』
「そうだな…」
私達は顔を突き合わせると同時に小さく笑った。
「いつまで除け者にするつもりだい?」
「私の事も忘れないでよ。」
私とハクは顔を上げてこちらを見ているヨナとジェハを見て、彼らの拗ねた顔に笑みを零す。
「姫さん、拗ねないで下さいよ。」
『こんな事話してる場合じゃなかったわね。』
そのとき私は強い気配を感じてそちらへ顔を向けた。
「リン…?」
『来たみたいよ。』
「「え?」」
悲鳴と共にこちらへ近付いて来たシンアの気配に私とジェハは気付いた。
コウレンも顔を上げ、弓矢を構える敵が頭を抱えながら次々と屋根から落ちていくのを見た。
影のようなものが敵を襲っているようだが、誰も怪我をしている様子は窺えない。
シンアの能力によって麻痺させられているだけで、攻撃を受けているわけではないからだ。
だが敵にとっては龍が襲いかかってきたように感じられただろう。
コウレンは目を見開きこちらへやってくるシンアの姿に恐れおののき、弓矢を構える。
「物の怪か…!?」
「待って。」
ヨナは彼女の前に腕を出して制すると、優しく微笑んで彼を呼んだ。
「シンア。」
「ヨ…ナ…」
するとすぐにシンアが正気に戻り、ヨナは駆け寄って行く。
彼女はシンアの肩から下りたアオを抱いて頬を寄せ、シンアも目の前の彼女を見つめる。
それを私とジェハは笑みを交わしながら見守っていた。コウレンはヨナの姿を見つめるばかり。
―これが…高華国の四龍…?まるで神の力…
あの娘はこんな力を従えているというのか…!?―
シンアは身体を支えきれなくなりヨナに抱き留められる。
「シンア!?」
『麻痺返しだわ…』
「体…重い…でも大丈夫…脚はまだ動く…アオが髪食べてても感じない…」
「シンアっ…もうどんどん先に行っちゃうんだから…」
そんな声と共にシンアを追いかけてやってきたのはユン、キジャ、ゼノ。
「ユン、キジャ、ゼノっ!!」
「ヨナあっ!!!」
「ご無事でっ…」
「私は平気。キジャ、ひどい怪我…」
「緋龍城が遠いせいか治りが遅くて…
ぷっきゅー、シンアの髪食べちゃだめ。」
ユンはアオに注意しつつ、ゼノはシンアに肩を貸した。
「今度は青龍運ぶから。」
「重い…よ…」
「だいじょーぶ…じゃない。老体にはムリ。」
「うお~ん!シンアにゃーん、ゼノにゃーん、ぷきゅきゅにゃーん!!!」
アルギラが彼らに駆け寄るのを見届けると、私とジェハは身を寄せ合いつつ言う。
私は互いに凭れ掛かっているハクの異変を感じ取った。
「あー、ハクに寄りかかってると楽…」
『ん?って、ハク!?怪我してるじゃない!!』
「うっわ!ユン君、来て!」
「てめーらも血まみれだろうがよ。」
『これ矢が刺さったの…?』
「あぁ。」
『確かユンと会う前も矢が刺さってなかったかしら?』
そこにユンがやってきてハクの上着を脱がすと傷を見て涙を流す。
「もおお、雷獣のばかあぁっ!何で何度も矢受けちゃうの!?趣味なの?変態なの!?」
「そうそう、ちょっとイタ気持ちいい…」
「いいわけねーだろ!」
『姫様を庇ったんでしょ?』
「…」
「俺はいい、他の奴を…」
「今はあんたが一番重傷!!」
『それにしても私達ボロボロ…』
「みんな…満身創痍だね。」
私とジェハは小さく笑みを零しながら言い、ハクも笑う。
『でも…また会えた。』
私はそっと目の前にいるハクの背中に額を当てた。
それを感じたらしいハクはジェハに胸元に挿したままだった羽の簪を手渡した。
「ん?」
「髪をまとめてやれ。」
「はーい♡」
ジェハは受け取った簪を片手に私の髪を撫で、さっと結い上げるとそれを挿した。
私が髪を揺らすと羽も一緒に揺れて、それを見たハクが満足気に微笑む。
そんな私達を陰から敵が数人見ていた。
「…おい、今の…見たか?」
「ああ…あの男…人間じゃない…何か…龍…みたいな…」
「…まさかあれが高華国の化け物…?」
「あの黒髪の女も…何か力を持っているのだろうか…」
「とにかくゴビ神官に報告だ。」
私はジェハと寄り添うように座っていたのだが、敵の気配に気付く事はなかった。
そのとき近くに座っていたコウレンが痛みに耐えているのを見つけた。
「うっ…」
「お姉様っ」
『ユン…コウレン姫も怪我してるみたい。』
「え!?腕を射られたの?診せて。」
「構うな、大事ない。」
「診せて。矢傷は馬鹿に出来ない。」
ユンの真っ直ぐな目に従うようにコウレンは羽織を一枚脱いだ。
それを見てユンは鞄から手当に必要な水や包帯を取り出す。
「敵国の…しかもお前達を捕らえた者の傷を何故治療する?」
「…何故って負けたくない…からかな。戦とか暴力に。治すのに敵とか味方とかはないよ。」
「お前達の…四龍の力とはまるで神の領域だ。
その力を以てすればスウォンに復讐も出来るんじゃないのか?」
「四龍は私怨の道具ではないもの。」
「では私怨はあるのか。」
「…それは…わからない。」
コウレンの言葉に答えながらヨナは自分の思いを考える。
―スウォンから貰った簪を捨てなかったのは、あの夜を忘れない為だと自分に言い聞かせていた…
でもたぶん本当は心のどこかで信じたいと思っていたからだ、スウォンを…
……もう簪は手放した…―
「わからないけど…あの日の事を簡単に許したり出来ない。
でもそれだけに囚われて生きていきたくないの。」
これにはスウォンによって城を追い出された私とハクだけでなく、ずっとユホンを怨んで来たコウレンも暗い顔で俯いた。
「…スウォンは会談を開くと言ったのか?」
「ええ。タオ姫と共に話し合いの席に着くようにと。
他にも条件はあるけれど、真国がそれに応じれば少なくとも高華国との間に血は流れない。」
「…」
「あなたには辛い決断だけど、ひとつだけ言えるのはユホン伯父のように真国民を奴隷にするつもりならスウォンは最初からこんな約束はしない。
あの人はそんな無駄な事はしないと思う。」
「成程、まだ信じているというわけか?」
「そういう部分では…そうね。」
ヨナの言葉に私は俯き、そっとハクに歩み寄り彼の手を握った。
『…ハクも姫様と同意見?』
「あぁ…あいつは無駄な事はしない。」
―姫さんがどういうつもりで簪を手放したのかはわからない…
ただわかるのは姫さんはもう目を逸らさない…怯えや憎悪でなく真っ直ぐにあいつと対峙している…
俺には出来るか?あいつを前に冷静を保つ事など出来るのだろうか…―
ヨナが簪を手渡した事を私はまだ知らない。
そんな私にハクは手を握り返しながら問い掛けた。
「…リン。」
『ん?』
「…お前はあいつと対峙しても冷静でいられるか?」
『…あいつってスウォン?』
「…」
『私は彼を信じてはいない。許してもいない。
でも姫様の事を第一に考え、必要となれば彼を観察し、協力もする。
貴方やジェハ達を守る事が出来るならば…どんな手段でも私はためらわない。』
「…」
『ハクが我を忘れて暴れてしまうなら…私は貴方に傷ついてほしくないから全力で止める。』
「リン…」
するとハクは別の問いを口にした。
「…俺はあいつを前にして冷静でいられると思うか?」
『断言は出来ない。』
「…」
『でも私や四龍、ユンが捕まった時に貴方は私達を救い出す事を第一に考えてくれた。
そんな貴方ならきっと大丈夫…』
「…何かあれば止めろよ。」
『任せて、私は貴方の相棒なんだから。』
―リンは俺と違ってスウォンを心から憎む事は出来ないでいる…
憎悪より姫さんや俺、仲間の事を優先するからこそ冷静に生き延びる術を導き出しているんだろう…
そんなリンに俺は何度救われているかわからない…
それどころか…俺は頼り過ぎていたのかもしれねぇ…―
「…お前と離れて漸く気付くなんてな。」
『ハク?』
「…何でもねぇよ。」
彼の言葉に私は首を傾げ、その近くではコウレンが別の事を考えていた。
―スウォンとの会談…あの男の息子と…―
彼女の脳裏にはネグロの言葉が蘇る。
「コウレン殿下、必ずやあの国に…高華国に報復を…
五星が集い、貴女が兵を率いれば、きっとこの国は天に選ばれる。
私は忘れません、あの絶望を…あの屈辱を…」
―ネグロ…―
そうしているとユンがコウレンの傷の手当てを終えた。
「はいっ、応急手当だけど。あとでちゃんと診てもらって。」
「敵の攻撃が止んだわ。行きましょう。」
ヨナの声に従って私達は立ち上がろうとしたが、コウレンの声に動きを止める。
―父は、私は、ネグロは、あの戦を知る民は…高華国に一矢報いよと生きてきた…だが…―
「…ひとつ、お前達に詫びる。
お前達を捕らえ人質とした事は不当であった。」
これには私達は目を丸くし、コウレンを見つめた。
彼女も出発する為に立ち上がったのだが、ふらついてしまいタオが支える。
肩を貸して歩き出しながら、誰にでも優しい彼女が悔しそうに呟いた。
「お姉様、私が支えます。」
「タオ…」
「大丈夫です。この方が彼らは手を出せません。」
タオがいる事によってゴビ達も下手に手出しは出来ないだろう。
彼女はネグロの事を思い大粒の涙を流し、アルギラとヴォルドも顔を顰めていた。
「ゴビ神官とは距離を置いていましたが、まさか…ネグロにあの様な…
人を恨んでしまいそうです…彼の暴走を止めなくては。」
そんな彼らに声を掛けたのはユンだった。
「ごめん、ちょっといいかな。ミザリ見なかった?」
「ミザリ?来てねぇ。」
「俺らより先に檻から出て走ってったんだけど、ミザリも矢を受けたから…」
コウレンもユンの言葉に目を見開く。ミザリも彼女にとって大切な仲間だからだ。
『私達、まだ現状を把握出来てないのです。
すべては私達の想像の域に過ぎません。
第一…反戦派はタオ姫の味方ではないのですか?』
「屋敷でも見張りが大勢やられていたよ。
僕らは黒服の人達を追いつつ、ヨナちゃんやハクの気配を辿ってここまで来たんだ。」
「それが色々厄介な事が…」
―ミザリが狙われた…ヨタカは恐らく野営地にいる…ミザリ、ヨタカ、死ぬな…!―
私達は嫌な胸騒ぎを感じつつ立ち上がった。
『…野営地へ急ぎましょう。』
「リン?」
『嫌な感じがします。』
「…リン、と言ったな。」
『コウレン姫…?』
「この剣を返そう。」
彼女が差し出した剣を私はふらふらと彼女に歩み寄りながら手を伸ばして受け取り、その場に崩れるように座り込んでしまった。
「リン!!?」
私は涙を浮かべながら剣を胸に抱く。
『イル陛下…』
「リン…」
「リン、ありがとう。」
『姫様…?』
「そこまで強く思ってくれて…父上も喜んでいると思うわ。」
『…私とハクが忠誠を誓うのはイル陛下のみ。
そして今は…ヨナ姫、貴女だけです。ここには私達の意志でいるのですから。』
私の言葉にハクが頷き、四龍とユンも誇らしげに微笑み、ヨナはそれを見て嬉しそうに笑みを浮かべた。
私はハクとジェハに両側から腕を掴んで引っ張り上げられ立ち上がると、腰に剣を挿して前を見据える。
その後ヨナはハクに、ゼノはシンアに肩をそれぞれ貸し、私、ジェハ、キジャは歩いていたが、ふらつけば互いを支えながら歩くようにしたのだった。
そんな私達が向かう先ではヨタカが一人で空気の変化を感じていた。
―何だ?このまとわりつくような胸騒ぎは…戦への不安だけだろうか…―
ヨタカは近くの天幕から出て来た将軍へ声を掛ける。
「ナムセク将軍、兵達の様子はどうだ?」
「今のところ特に問題はないが。」
「…」
「なんだ、その顔は。五星のくせに戦を前にびびってるのか。兵士の士気を下げるぞ。」
五星は軍隊と独立したコウレンのお気に入り精鋭である為、他の兵からやっかまれるのである。
ただそんな将軍が言う士気の低下はヨタカも感じ取っていた。ただ本当にそれだけなのだろうか。
「ヨタカ様、来て下さい。反戦派のゴビ神官が。」
兵に呼ばれてヨタカが向かった先ではゴビ達が民に教えを説いているようだった。
「あれか?」
「えぇ。民衆となにやら集会を開いているようで。」
「ゴビめ…民の弱きココロに付け込んで…」
ゴビの前にひざまずき、手を合わせている民は怯えているようだった。
「神官様、高華国軍が迫っていると聞きました。
コウレン殿下は本当に我々を道連れに死ぬおつもりなのでしょうか?」
「残念ながらそのようです…
コウレン殿下は民を盾にしてでも復讐を果たそうとなさるでしょう。」
「我々はどうすれば…っ」
「心を落ちつけて。私達の神の子タオ姫がきっと平和へと導いて下さる。」
それを聞いてヨタカは真剣な表情で呟いた。
「確かにタオ姫ならば争いはしない。
だがその後真国はどうなる!?17年前、高華国が我々に何をしたか…!
コウレン殿下を陥れたいが為、国を売るとは…!」
「神のお告げがあったらしいのです、スウォン王とタオ姫の婚姻で両国が幸福になると。」
「…成程。それで自らは宰相にでもなる気か。」
そんなヨタカの先で民はゴビに問う。
「神官様…でもまだこの国には五星がいます。」
「五星?そんな者共は守ってなどくれない!
血を求めた罪深い者はいずれ天から罰を受ける、戦を引き起こした咎人として。」
「言わせておけば…」
そのときヨタカは自分を呼んだ兵によって背後から剣で腹を貫かれた。
「な…」
「天罰ですよ、ヨタカ様。」
「お前…誰…」
「ただの…いち兵士ですよ。反戦派のね。」
腹の傷を押さえながら対峙するヨタカは自分を見つめる兵の暗く淀んだ目に息を呑んだ。
「こんな事をして…」
「私の友人はミザリ様に斬られました。
今はもう人としてまともに歩く事も出来ません。縋るものは神の声だけ。
俺は…俺達は無意味に死んでいくのは嫌だ。絶対に嫌だ。
ゴビ神官はあんた達の首を差し出せば高華国王は戦を止めてくれると言ったんだ。」
「…ミザリのことは…止められなかった俺の…責任だ…幾重にも詫びよう。」
ヨタカは痛みに耐えつつ汗を滲ませながらも言う。彼の下には血だまりが出来ている。
「だが…コウレン殿下に仇なす者ならば五星として誰であろうと俺は躊躇わない。」
「その身体で武器もなしにどうするつもりだ。」
ふらつきそうなヨタカに冷たい顔で詰め寄って来たのはゴビとその部下達だった。黒服で弓矢を持つ者もいる。
「ゴビ…罠か。」
「抵抗はしない方がいいぞ。開戦派にもう勝機はない。」
「どういう事だ。」
「開戦派の五星は今お前一人だ。」
「ネグロに…ミザリに何をした!?」
「ネグロは首座の五星として相応しい最期だったらしいぞ。」
「きさま…!!!!」
笑みさえ浮かべるゴビにヨタカは怒りを露わにする。
その近くではテウがハクに言われた事について考えていた。
空を見上げながらぼーっと考え込んでいるテウをヘンデが何度も呼ぶ。
「ねー、テウ様。テウ将軍―若長―ちび若―ちびちび若―」
そんなヘンデをテウの拳が襲う。
顎を殴られてヘンデは怒って言い返した。
「無口かよ!何か喋れよ。ハク様から何か言われたん?
そしてハク様どこ行ったん?」
「知らね。」
「あっ、テウ!」
立ち上がったテウは槍を片手にヘンデを無視して歩き出す。
「ハク様…もう俺らのとこには戻らねーつもりかよ…」
―風の部族を守る事を考えろ…?―
「だからあんたも守るっつってるだろ!」
彼は苛々しながら塀を槍で叩く。
―空の部族軍が到着してもし戦が始まれば、俺は風の部族を率いて戦に出なければならない…?
真国の奴らを相手に…?もしかしてハク様や姐さんも敵になる事がある?部族長としてどうするのが正しい?―
「ちくしょ、わかんねーよ…」
そう言って膝を抱えていると目の前の塀の向こうでヨタカがゴビ達と対峙していた。
―なんだ、あれは…?
あいつは以前ハク様の友達(ヴォルド)とやりあってた奴だ…―
ヨタカの腹部に傷があるのを見て取ったテウは顔を曇らせ、自分のやるべき事を考える。
その間にもヨタカはゴビ達に向けて言葉をぶつけていた。
「殿下は…コウレン殿下はどこにいる!?」
「そろそろ夜が明ける…幸福な朝の為に五星と殿下は消えるのだ。」
「貴様、殿下を…!」
「殺れ。」
ゴビの声に応えるように黒服達が剣を抜く。
しかし彼らがヨタカに飛びかかる前に、ゴビ達とヨタカの間に槍が投げ入れられ、地面に突き刺さった。
彼らが動けずにいると塀の上からのんびりとした声が聞こえてきた。
「真国のお偉いさん方、集まって戦を前にヤバイ話?」
「誰だ!?」
「高華国風の部族のテウってんだけど、俺にも話聞かせてくれる?」
彼は塀を乗り越えると槍へと歩いていく。
「よっと…はい、ちょっとごめんよ。」
思わずぽかんとしていた黒服の男達は正気に戻り武器を構え直す。
「貴様、動くなっ!」
「よせ!」
「…」
ゴビの言葉に黒服達は動きを止める。
―高華国の民と事を荒立てるな。スウォン王とは上手くつきあってゆかねばならぬ…―
「高華国の少年よ、武器を投げて我が国に侵入とは良くないな。
ここは遊び場ではないのだよ。まだ子供とはいえ誤解を招きかねない。」
「そいつは悪かったな。」
―俺ハク様や姐さんとひとつしか違わねーんだけどな…
ハク様達が老けてんだけどよ…って姐さんに老けてるって言ったら怒られる…!
大人びて見えるって言わねぇと…―
そんな事を思いつつもテウはゴビ達に向けて言う。
「…暗殺かなって思ったら咄嗟に槍投げちまった。
この人ヴォルドって人と知り合いみたいだったし。」
「う…」
「おい、あんた大丈夫か?」
ヨタカがその場に膝をつくとテウは彼に駆け寄っていく。
その間にゴビと黒服達はテウに聞こえないように話していた。
「殺るしかないのでは?
こんな雑魚一匹今なら誰も見ていない…」
「むう…」
「ヴォルド…とは…他人だ…」
「重傷で言いたい事それ?あの兄ちゃん嫌われてんな…」
殺しの計画をされている横でテウとヨタカはどこかその場にそぐわない会話をしていた。
だがテウはゴビ達の様子がおかしいとすぐに気付き、その場で立ち上がるとヨタカを庇うように立ち、ゴビ達と対峙する。
「…おっさん達、反戦派なんだろ?ヴォルドって人と随分違うな。
そっちの事情はハク様から少し聞いてっけど、反戦派ってそんな簡単に武器持って人を刺すもんなの?
開戦派の兵士の方がまだ迷いがあったけどな。殺意とか。」
「騒がれては困る、一撃でやれ。」
黒服達が武器を構えた瞬間、偶然近くにいたヘンデとノブ(風の部族のひとり)が塀の上からテウを呼んだ。
「おーい、テウ将軍。そこで何してんのー?」
「将軍!?こいつが!?」
「なんだよ…」
ゴビの驚いたような言葉にテウは苛立ちを感じていたが、槍を構えたまま動こうとはしない。
それより先に戦闘態勢に入ったのは黒服が持つ武器に目をやったヘンデとノブだった。
「…おい、ちょっと待て。」
「何だてめーら…」
「ウチの部族長に何か用ですかぁー?」
「ふざけたマネしてっと大根の隣に仲良く埋めんぞコラ。」
塀を乗り越えて今にもゴビ達に飛びかかりそうな2人をテウが止める。
「あー、待て待て。ヘンデ!アヤメを呼んで来い。
ノブ、この兄ちゃん運ぶから手伝ってくれ。」
「怪我人か?」
ヘンデはすぐにアヤメを呼びに戻り、ノブはテウの方へ乗り越えて来て手を貸す。
それを黒服は妨害しようとするが、ゴビが引き止めた。
「勝手な事を…!」
「待てっ…将軍なら話は別だ。殺したら面倒な事になる…」
「しかしこのままヨタカを…」
「重傷は負わせた。それよりコウレンはどうした?」
すると話していたのとは別の黒服がゴビにある報告をした。
「ゴビ神官、申し上げます。」
「なに…!!高華国の化け物が出た…!?」
それを聞いてゴビも黒服も、ヨタカを刺した兵もその場を立ち去った。
「待てっ…」
「動くなよ、死ぬぞ!」
ゴビ達を止めようとするヨタカをテウが説得し始める。
「放せ…!殿下がっ…」
「無理だって。ハク様とヨナ姫がコウレン姫の所にいる。
高華の雷獣の側は千の兵に守られるより安全なんだって。
あんたはヴォルドって人の知り合いみたいだから助けといた。死ぬなよ!」
「……ヴォルドなんてやつは…知らん…」
そう呟いてヨタカは意識を手放した。
―気絶間際までヴォルドを否定したな…―
「今のうちに運ぶぞ。」
ノブと共にヨタカを抱えたテウは塀を越える前に一度真国を振り返った。
「真国…なんかやべぇ事になってるな…」
ゴビ達が戻った先では将軍や兵達がヨタカが姿を消したというゴビによる報告に動揺を隠せずにいた。
「ヨタカ様がいなくなった?」
「なぜだ!?高華国軍も迫っているというのに。」
「ネグロ殿もコウレン殿下もお屋敷にいらっしゃらないと聞きましたぞ。」
「えぇっ!?まさか戦を前に…」
「彼らは逃げたのです。」
「神官様…!」
「強気のコウレン殿下も高華国の軍事力に敵わぬと見るやいなやどこかに雲隠れなさった。」
「そんな…」
「ミザリ様の件から…コウレン殿下には王としての資質に疑問を持っていました…」
兵の言葉にナムセク将軍は言い返す。
「貴様!その言葉無礼が過ぎるぞ!!」
「いや、しかしあのような者を五星とするコウレン殿下は…」
「それ以上殿下を侮辱するのは許さん!!」
「ナムセク将軍、落ちついて下さい!」
剣を抜いて黒服のひとりへ突きつけた。それがますます周囲の兵や民の恐怖を煽ってしまったようだ。
「これだからコウレン殿下を支持する者はすぐに暴力に訴える…!
結局は血が見たいだけなのではないか?」
「貴様ァァア!!」
「将軍を止めろおっ」
「将軍加勢致します。」
「おおお、なんと野蛮な…」
将軍や兵達がそれぞれの信じるものの為に剣を振るい始め、誰が味方かわからないような状況になってしまった。
それを見ながらゴビは笑う。
「皆さん…卑怯なコウレン殿下を捜しに行きましょう。
いたいけなタオ姫を捕らえどこかに隠れているかもしれませんよ…」
ナムセク他戦いに発展してしまいそうな面々を必死に止めていたが、ミザリに怪我を負わされた者やその友は呆然と憎悪だけを目に浮かべて立っていた。
「ほら、ミザリに恨みを持つ者も共に…奴もまた姿を消した。」
「ううう…ミザリ…」
「そしてあの…高華国の化け物もコウレン殿下の手中にあるそうですよ…
高華国の怒りを鎮めるために行きましょう…
心を入れ替えればきっと神はあなた達を救ってくれる…」
神の名を語ってゴビは民や兵の心を操り、暗い空気を少しずつ確実に広めていくのだった。
そこへと向かっていた私達はゆっくり足を進めていた。
「ハク…ハクっ」
「…」
ヨナに肩を借りていたハクは薄らと目を開けた。
「大丈夫?」
「ん…ちょっと寝てた。」
「私に負ぶさって。運ぶから。」
「ツブすぞ。」
「大丈夫よ、これでも私強くなったから。」
「じゃあ、ほい。」
「ぎゃんっ」
ハクが少し体重を掛けただけでヨナはその場にべしょっと潰れてしまった。
『ひ、姫様!!』
「バカやってないで行くよ。」
「仲良しですね。」
「タレ目でも重いっつーんだから無理だろ。」
ハクは身を起こしてからヨナを引き起こして歩き出す。
そのときふと見たヨナの横顔がどこか照れくさそうで、頬が赤くなっているのを見てハクは小さく呟いた。
「姫さん。これが終わったら…話があります。」
「…え?うん。」
ハクの何かを決意したような顔に、ヨナはきょとんとした顔で頷いた。
近くにいた私はゼノと同時に顔を上げて空を見た。
「…ゼノ?」
「リン…?」
「どうしたのだ。」
私とゼノの近くにいたシンア、ジェハ、キジャが呼ぶ。
「何か嫌な空気…」
『少し前に感じた事があるものに似てる…
戒帝国金州で敗残兵が押し寄せて来た時に感じた黒い空気…』
「たくさんの人間の不安と憎悪が入り交じったどす黒い感じ…」
「野営地が見えてきました。ヨタカを捜しましょう。」
ヴォルドの声に私達が顔を上げると、そこには黒服の男達と、暗い表情でこちらを見据える兵や民がいた。
「…何だ…?」
「ぷきゅ」
ハクが兵を見て呟くと同時にシンアの外套から顔を出したアオが鳴いた。
その瞬間に私は何かがこちらへ向けて飛んで来るのを感じて振り返った。
だが気付くのが少し遅かった。
『シンア!!』
「っ!?」
後ろから跳んで来た荒縄がシンアの首に掛けられて、輪になった縄で彼は首が絞められるようにして後ろへ引っ張られていった。
「青龍!?」
―身体がまだ麻痺してっ…―
「やった、捕まえたぞ!高華国の化け物…!」
「シンア!」
「青龍っ…ぐっ!」
「シンア、ゼノ…つっ…」
「なっ…」
『くっ…』
次々と縄を掛けられ、ゼノ、キジャ、ジェハ、私も地面へ引き倒された。
そのまま引っ張られて真国の兵の前まで連れて来られる。
シンアの身体の上には周囲を威嚇するようにアオが乗っている。
危険な場所にいるがシンアから離れる気はなさそうだ。
「キジャ!ジェハ!!リン!!」
「ぐっ…」
『うぅっ…』
「リン…」
怪我の所為で力の出ない私達は爪で縄を引き千切る事も出来ない。
ジェハは私を呼びながら片手をこちらへ伸ばすが、それさえも届かなかった。
私は首に食い込む縄を両手で引っ張りながらもがくばかり。
「これが高華国の化け物…成程、鱗のある白い手……」
「くっ…」
「化け物は4匹と聞いたが、何故この女も捕らえたのだ?」
「甘い香りをさせる体質…恐らく化け物の一種かと。」
「興味深い…」
『っ…』
「何をするの!?」
「これは一体っ…」
ユンやヴォルドが言い放つと笑みさえ浮かべたゴビが歩み出て来た。
「こらこら、あまり乱暴に扱ってはいけない。
化け物とはいえ高華国のものなのだから。」
「ゴビ…」
「コウレン殿下、まさかあなたから出て来られるとは。
あなたがタオ姫を捕らえ、ミザリを使って民を恐怖で押さえつけたので真国はボロボロですよ…
民の目を見て下さい。これがあなたが暴虐の限りを尽くした結果だ。」
憎悪と怯えだけを称えた民の目を見てコウレンは寂しそうな顔をしたが、すぐに口を開く。
「…四龍とその女は…彼らは関わりない。放せ。」
「関わりない!?ではなぜ捕らえた!?
この化け物の力を利用し!人質にして!高華国に対抗しようとしたのでは!?」
するとゴビの近くにいた民が小さな声で呟いた。
「わ…私は見ました。ヨタカ様がこの化け物達を捕らえたのを。」
「ほら…暴力で押さえつけ従えようとしたのでしょう。実にあなたらしい…」
「ゴビ神官、あなたこそ暴力を…」
「タオ姫、ご無事で…全てはあなたをお守りする為…」
タオの姿に安堵したかのような顔をするゴビだが、それさえも演技じみて見える。
「ヨタカはどこだ?」
「ヨタカ?さあ…我々もずっと捜しているのですよ。
なにせネグロもミザリも姿を消したという…これは戦を前に怖気づいたのではと。」
「黙れ。」
コウレンはゴビに向けて弓矢を構えた。
「命を賭して戦った私の部下をこれ以上その口で汚すのならば、今すぐにその首で贖ってもらう。」
そんな彼女に黒服達は弓矢を構え、ヨナを庇うようにハクも大刀を構える。
「ふっ…張り切って傭兵を雇ったものだ。」
「待って!双方武器を収めて!」
そんなコウレンとゴビ達の前へヨナは進み出た。
迷いのない彼女の行動は彼女らしいとは言え、無謀そのもの。
彼女に向けて黒服達の放った矢が降り注ぐ。
「姫さん!!」
その瞬間、地面に倒れていた私達から漲るような力が放たれ、5匹の龍が身体からそれぞれの色を称え、私達の化身のように姿を現した。
白龍、青龍、緑龍、黄龍はヨナを守るように包み込み、矢の雨を薙ぎ払い、黒龍は地面に倒れている私達をその身体で覆い甘い香りを漂わせた。
『黒…龍…』
そっと手を伸ばして龍に触れると初めて龍の力を手にしたときと同じ初代黒龍が微笑んでくれたような気がした。
こちらを見て龍が頷いてくれて、他の龍が戻ってくると彼らを迎えた黒龍も他の龍達と共に姿を消した。
これには私達だけでなくヨナもハクもタオもコウレンも…兵達も目を見開いた。
ヨナは呆然と自分の前に転がった矢の残骸を見つめるだけ。
「こ……これ…これが…高華国の龍…」
だがゴビだけは恐怖を感じながらも笑っていたのだ。
「伏せろ!!」
敵の気配に気付いたハクはヨナを抱き寄せ、全員で身を隠しながら屋根の上を振り返る。そこには敵が多数いるようだった。
「ちくしょー、屋根の上じゃなきゃぶん殴ってやるのに。」
―初めてタレ目の能力が羨ましいな…―
ハクがそんな事を思っているとコウレンは近くにあった矢を敵へ向けて放ち、ヴォルドは矢を剣で薙ぎ払った。
それでもまだ矢が降ってくると判断すると、ヨナは近くにあった長机を足で蹴り上げて盾にした。
「ふっ…お前はどんな教育を受けたのだ?」
「お互い様でしょ。」
「タレ目の悪い影響だな。」
「もうすぐ野営地です、そこまで急ぎましょう。」
ヴォルドに続いて全員が走り出し、その道中コウレンは思う。
―死ぬ時は戦場だと思ってた…きっとネグロも無念だっただろう…
だからここでは絶対に運命の死だとしても私は拒絶する…!
泥にまみれて見苦しくとも奇跡の光など私には届かずとも…―
『ジェハ、あそこ!!』
「っ!高く跳ぶよ…!」
『うんっ!!』
身を寄せると彼は高く跳び上がり、私の身体に片手を回すジェハと、彼の首に腕を絡めている私はそれぞれ空いている手に暗器を握った。
ヨナ達へ弓矢を向ける敵へと私とジェハは同時に暗器を投げつけた。
悲鳴を聞きながらジェハは軽やかにヨナの前へ降り立ち、私も彼の肩に手を乗せたまま地面に足を付ける。
「や、お待たせ。」
『姫様、ハク…ただいま戻りました。』
「リン!ジェハ…!どうして…」
ヨナは目に涙を浮かべながらこちらへ駆け寄って来る。
『いつまでも捕まってる訳にはいきませんか…ら…』
「捕らわれの王子さまやるのも飽きちゃってね。出てきたん…だ…」
私もジェハも体力が回復していないが為にふらついて、ジェハはその場に崩れ落ちハクの脚に凭れるように倒れ、私は倒れそうになったところをヨナに抱き留められた。
そのまま私は彼女の存在を確かめるように彼女の背中へ手を回した。
「きゃーっ、リン!?ジェハ!?」
『申し訳ありません…姫様…』
「まだ治ってないんでしょ!?無理しちゃ駄目よ!!」
『そんな事言われましても…』
「重い…」
「手厳しいね…ハク…」
『大目に見て頂戴な…』
私達の様子を見ていたコウレンは目を丸くしていた。
―この男達…どこから現れた?まさかこれが龍の…―
「キジャ達は?」
『後から来ます。』
私はジェハの隣に座らされて、ハクと言葉を交わす。
『ただいま、ハク…』
「…遅い。」
『あら…これでも急いだんだけど。』
「身体は?」
『姫様とハクを見送った時に比べれば動けるだけいいかな…』
ハクは背後から私の肩口に顔を埋めると小さく息を吐く。
「お前が居ないと困る…」
『素直なのね。』
「隣にいるのが当然になっていたからな…お前がいないのに何度も意見を求めっちまった…」
『私ってそんなに頼りにされてたんだ…』
「…当たり前だろうが。」
『ありがとう、ハク…私も実は気が気じゃなかったわ。
ハクの事は信じてるのに…やっぱり姫様の護衛は私達なんだもの。』
「あぁ…」
私は片手で彼の頭を撫でていたのだが、ふと彼の気配が混乱しているのを感じ取って小さく笑った。
そして彼にだけ聞こえるように顔をそちらへ向けた。
『…姫様と何かあった?』
「っ!!?」
『その反応は図星ね?』
「…」
『こんなに離れていたのなんて初めてだから、貴方が混乱してるのを感じて不思議に思ってたんだけど…
姫様関連なのだとしたら説明がつくわ。』
「…」
『ずっと傍で姫様への想いを抱く貴方を見て来たの。甘く見ないで?』
「…認めるからそれ以上言うな。」
『ふふっ、ハクったら可愛い。』
「うるせぇ。」
『まぁ、何があったか…ちゃんと報告してもらうわよ?』
「なっ…お前…楽しんでるだろ…」
『いいえ?私は心から2人の幸せを願ってる。
ただ貴方の事を応援するにしろ、見守るにしろ…何も知らないままでは仕方ないでしょ?』
「…」
『私だけにちゃんと教えて。そうしないと貴方の相談にも乗れないじゃない。』
「わかったよ…」
『その報告もこの状況が落ち着いてからになりそうね…』
「そうだな…」
私達は顔を突き合わせると同時に小さく笑った。
「いつまで除け者にするつもりだい?」
「私の事も忘れないでよ。」
私とハクは顔を上げてこちらを見ているヨナとジェハを見て、彼らの拗ねた顔に笑みを零す。
「姫さん、拗ねないで下さいよ。」
『こんな事話してる場合じゃなかったわね。』
そのとき私は強い気配を感じてそちらへ顔を向けた。
「リン…?」
『来たみたいよ。』
「「え?」」
悲鳴と共にこちらへ近付いて来たシンアの気配に私とジェハは気付いた。
コウレンも顔を上げ、弓矢を構える敵が頭を抱えながら次々と屋根から落ちていくのを見た。
影のようなものが敵を襲っているようだが、誰も怪我をしている様子は窺えない。
シンアの能力によって麻痺させられているだけで、攻撃を受けているわけではないからだ。
だが敵にとっては龍が襲いかかってきたように感じられただろう。
コウレンは目を見開きこちらへやってくるシンアの姿に恐れおののき、弓矢を構える。
「物の怪か…!?」
「待って。」
ヨナは彼女の前に腕を出して制すると、優しく微笑んで彼を呼んだ。
「シンア。」
「ヨ…ナ…」
するとすぐにシンアが正気に戻り、ヨナは駆け寄って行く。
彼女はシンアの肩から下りたアオを抱いて頬を寄せ、シンアも目の前の彼女を見つめる。
それを私とジェハは笑みを交わしながら見守っていた。コウレンはヨナの姿を見つめるばかり。
―これが…高華国の四龍…?まるで神の力…
あの娘はこんな力を従えているというのか…!?―
シンアは身体を支えきれなくなりヨナに抱き留められる。
「シンア!?」
『麻痺返しだわ…』
「体…重い…でも大丈夫…脚はまだ動く…アオが髪食べてても感じない…」
「シンアっ…もうどんどん先に行っちゃうんだから…」
そんな声と共にシンアを追いかけてやってきたのはユン、キジャ、ゼノ。
「ユン、キジャ、ゼノっ!!」
「ヨナあっ!!!」
「ご無事でっ…」
「私は平気。キジャ、ひどい怪我…」
「緋龍城が遠いせいか治りが遅くて…
ぷっきゅー、シンアの髪食べちゃだめ。」
ユンはアオに注意しつつ、ゼノはシンアに肩を貸した。
「今度は青龍運ぶから。」
「重い…よ…」
「だいじょーぶ…じゃない。老体にはムリ。」
「うお~ん!シンアにゃーん、ゼノにゃーん、ぷきゅきゅにゃーん!!!」
アルギラが彼らに駆け寄るのを見届けると、私とジェハは身を寄せ合いつつ言う。
私は互いに凭れ掛かっているハクの異変を感じ取った。
「あー、ハクに寄りかかってると楽…」
『ん?って、ハク!?怪我してるじゃない!!』
「うっわ!ユン君、来て!」
「てめーらも血まみれだろうがよ。」
『これ矢が刺さったの…?』
「あぁ。」
『確かユンと会う前も矢が刺さってなかったかしら?』
そこにユンがやってきてハクの上着を脱がすと傷を見て涙を流す。
「もおお、雷獣のばかあぁっ!何で何度も矢受けちゃうの!?趣味なの?変態なの!?」
「そうそう、ちょっとイタ気持ちいい…」
「いいわけねーだろ!」
『姫様を庇ったんでしょ?』
「…」
「俺はいい、他の奴を…」
「今はあんたが一番重傷!!」
『それにしても私達ボロボロ…』
「みんな…満身創痍だね。」
私とジェハは小さく笑みを零しながら言い、ハクも笑う。
『でも…また会えた。』
私はそっと目の前にいるハクの背中に額を当てた。
それを感じたらしいハクはジェハに胸元に挿したままだった羽の簪を手渡した。
「ん?」
「髪をまとめてやれ。」
「はーい♡」
ジェハは受け取った簪を片手に私の髪を撫で、さっと結い上げるとそれを挿した。
私が髪を揺らすと羽も一緒に揺れて、それを見たハクが満足気に微笑む。
そんな私達を陰から敵が数人見ていた。
「…おい、今の…見たか?」
「ああ…あの男…人間じゃない…何か…龍…みたいな…」
「…まさかあれが高華国の化け物…?」
「あの黒髪の女も…何か力を持っているのだろうか…」
「とにかくゴビ神官に報告だ。」
私はジェハと寄り添うように座っていたのだが、敵の気配に気付く事はなかった。
そのとき近くに座っていたコウレンが痛みに耐えているのを見つけた。
「うっ…」
「お姉様っ」
『ユン…コウレン姫も怪我してるみたい。』
「え!?腕を射られたの?診せて。」
「構うな、大事ない。」
「診せて。矢傷は馬鹿に出来ない。」
ユンの真っ直ぐな目に従うようにコウレンは羽織を一枚脱いだ。
それを見てユンは鞄から手当に必要な水や包帯を取り出す。
「敵国の…しかもお前達を捕らえた者の傷を何故治療する?」
「…何故って負けたくない…からかな。戦とか暴力に。治すのに敵とか味方とかはないよ。」
「お前達の…四龍の力とはまるで神の領域だ。
その力を以てすればスウォンに復讐も出来るんじゃないのか?」
「四龍は私怨の道具ではないもの。」
「では私怨はあるのか。」
「…それは…わからない。」
コウレンの言葉に答えながらヨナは自分の思いを考える。
―スウォンから貰った簪を捨てなかったのは、あの夜を忘れない為だと自分に言い聞かせていた…
でもたぶん本当は心のどこかで信じたいと思っていたからだ、スウォンを…
……もう簪は手放した…―
「わからないけど…あの日の事を簡単に許したり出来ない。
でもそれだけに囚われて生きていきたくないの。」
これにはスウォンによって城を追い出された私とハクだけでなく、ずっとユホンを怨んで来たコウレンも暗い顔で俯いた。
「…スウォンは会談を開くと言ったのか?」
「ええ。タオ姫と共に話し合いの席に着くようにと。
他にも条件はあるけれど、真国がそれに応じれば少なくとも高華国との間に血は流れない。」
「…」
「あなたには辛い決断だけど、ひとつだけ言えるのはユホン伯父のように真国民を奴隷にするつもりならスウォンは最初からこんな約束はしない。
あの人はそんな無駄な事はしないと思う。」
「成程、まだ信じているというわけか?」
「そういう部分では…そうね。」
ヨナの言葉に私は俯き、そっとハクに歩み寄り彼の手を握った。
『…ハクも姫様と同意見?』
「あぁ…あいつは無駄な事はしない。」
―姫さんがどういうつもりで簪を手放したのかはわからない…
ただわかるのは姫さんはもう目を逸らさない…怯えや憎悪でなく真っ直ぐにあいつと対峙している…
俺には出来るか?あいつを前に冷静を保つ事など出来るのだろうか…―
ヨナが簪を手渡した事を私はまだ知らない。
そんな私にハクは手を握り返しながら問い掛けた。
「…リン。」
『ん?』
「…お前はあいつと対峙しても冷静でいられるか?」
『…あいつってスウォン?』
「…」
『私は彼を信じてはいない。許してもいない。
でも姫様の事を第一に考え、必要となれば彼を観察し、協力もする。
貴方やジェハ達を守る事が出来るならば…どんな手段でも私はためらわない。』
「…」
『ハクが我を忘れて暴れてしまうなら…私は貴方に傷ついてほしくないから全力で止める。』
「リン…」
するとハクは別の問いを口にした。
「…俺はあいつを前にして冷静でいられると思うか?」
『断言は出来ない。』
「…」
『でも私や四龍、ユンが捕まった時に貴方は私達を救い出す事を第一に考えてくれた。
そんな貴方ならきっと大丈夫…』
「…何かあれば止めろよ。」
『任せて、私は貴方の相棒なんだから。』
―リンは俺と違ってスウォンを心から憎む事は出来ないでいる…
憎悪より姫さんや俺、仲間の事を優先するからこそ冷静に生き延びる術を導き出しているんだろう…
そんなリンに俺は何度救われているかわからない…
それどころか…俺は頼り過ぎていたのかもしれねぇ…―
「…お前と離れて漸く気付くなんてな。」
『ハク?』
「…何でもねぇよ。」
彼の言葉に私は首を傾げ、その近くではコウレンが別の事を考えていた。
―スウォンとの会談…あの男の息子と…―
彼女の脳裏にはネグロの言葉が蘇る。
「コウレン殿下、必ずやあの国に…高華国に報復を…
五星が集い、貴女が兵を率いれば、きっとこの国は天に選ばれる。
私は忘れません、あの絶望を…あの屈辱を…」
―ネグロ…―
そうしているとユンがコウレンの傷の手当てを終えた。
「はいっ、応急手当だけど。あとでちゃんと診てもらって。」
「敵の攻撃が止んだわ。行きましょう。」
ヨナの声に従って私達は立ち上がろうとしたが、コウレンの声に動きを止める。
―父は、私は、ネグロは、あの戦を知る民は…高華国に一矢報いよと生きてきた…だが…―
「…ひとつ、お前達に詫びる。
お前達を捕らえ人質とした事は不当であった。」
これには私達は目を丸くし、コウレンを見つめた。
彼女も出発する為に立ち上がったのだが、ふらついてしまいタオが支える。
肩を貸して歩き出しながら、誰にでも優しい彼女が悔しそうに呟いた。
「お姉様、私が支えます。」
「タオ…」
「大丈夫です。この方が彼らは手を出せません。」
タオがいる事によってゴビ達も下手に手出しは出来ないだろう。
彼女はネグロの事を思い大粒の涙を流し、アルギラとヴォルドも顔を顰めていた。
「ゴビ神官とは距離を置いていましたが、まさか…ネグロにあの様な…
人を恨んでしまいそうです…彼の暴走を止めなくては。」
そんな彼らに声を掛けたのはユンだった。
「ごめん、ちょっといいかな。ミザリ見なかった?」
「ミザリ?来てねぇ。」
「俺らより先に檻から出て走ってったんだけど、ミザリも矢を受けたから…」
コウレンもユンの言葉に目を見開く。ミザリも彼女にとって大切な仲間だからだ。
『私達、まだ現状を把握出来てないのです。
すべては私達の想像の域に過ぎません。
第一…反戦派はタオ姫の味方ではないのですか?』
「屋敷でも見張りが大勢やられていたよ。
僕らは黒服の人達を追いつつ、ヨナちゃんやハクの気配を辿ってここまで来たんだ。」
「それが色々厄介な事が…」
―ミザリが狙われた…ヨタカは恐らく野営地にいる…ミザリ、ヨタカ、死ぬな…!―
私達は嫌な胸騒ぎを感じつつ立ち上がった。
『…野営地へ急ぎましょう。』
「リン?」
『嫌な感じがします。』
「…リン、と言ったな。」
『コウレン姫…?』
「この剣を返そう。」
彼女が差し出した剣を私はふらふらと彼女に歩み寄りながら手を伸ばして受け取り、その場に崩れるように座り込んでしまった。
「リン!!?」
私は涙を浮かべながら剣を胸に抱く。
『イル陛下…』
「リン…」
「リン、ありがとう。」
『姫様…?』
「そこまで強く思ってくれて…父上も喜んでいると思うわ。」
『…私とハクが忠誠を誓うのはイル陛下のみ。
そして今は…ヨナ姫、貴女だけです。ここには私達の意志でいるのですから。』
私の言葉にハクが頷き、四龍とユンも誇らしげに微笑み、ヨナはそれを見て嬉しそうに笑みを浮かべた。
私はハクとジェハに両側から腕を掴んで引っ張り上げられ立ち上がると、腰に剣を挿して前を見据える。
その後ヨナはハクに、ゼノはシンアに肩をそれぞれ貸し、私、ジェハ、キジャは歩いていたが、ふらつけば互いを支えながら歩くようにしたのだった。
そんな私達が向かう先ではヨタカが一人で空気の変化を感じていた。
―何だ?このまとわりつくような胸騒ぎは…戦への不安だけだろうか…―
ヨタカは近くの天幕から出て来た将軍へ声を掛ける。
「ナムセク将軍、兵達の様子はどうだ?」
「今のところ特に問題はないが。」
「…」
「なんだ、その顔は。五星のくせに戦を前にびびってるのか。兵士の士気を下げるぞ。」
五星は軍隊と独立したコウレンのお気に入り精鋭である為、他の兵からやっかまれるのである。
ただそんな将軍が言う士気の低下はヨタカも感じ取っていた。ただ本当にそれだけなのだろうか。
「ヨタカ様、来て下さい。反戦派のゴビ神官が。」
兵に呼ばれてヨタカが向かった先ではゴビ達が民に教えを説いているようだった。
「あれか?」
「えぇ。民衆となにやら集会を開いているようで。」
「ゴビめ…民の弱きココロに付け込んで…」
ゴビの前にひざまずき、手を合わせている民は怯えているようだった。
「神官様、高華国軍が迫っていると聞きました。
コウレン殿下は本当に我々を道連れに死ぬおつもりなのでしょうか?」
「残念ながらそのようです…
コウレン殿下は民を盾にしてでも復讐を果たそうとなさるでしょう。」
「我々はどうすれば…っ」
「心を落ちつけて。私達の神の子タオ姫がきっと平和へと導いて下さる。」
それを聞いてヨタカは真剣な表情で呟いた。
「確かにタオ姫ならば争いはしない。
だがその後真国はどうなる!?17年前、高華国が我々に何をしたか…!
コウレン殿下を陥れたいが為、国を売るとは…!」
「神のお告げがあったらしいのです、スウォン王とタオ姫の婚姻で両国が幸福になると。」
「…成程。それで自らは宰相にでもなる気か。」
そんなヨタカの先で民はゴビに問う。
「神官様…でもまだこの国には五星がいます。」
「五星?そんな者共は守ってなどくれない!
血を求めた罪深い者はいずれ天から罰を受ける、戦を引き起こした咎人として。」
「言わせておけば…」
そのときヨタカは自分を呼んだ兵によって背後から剣で腹を貫かれた。
「な…」
「天罰ですよ、ヨタカ様。」
「お前…誰…」
「ただの…いち兵士ですよ。反戦派のね。」
腹の傷を押さえながら対峙するヨタカは自分を見つめる兵の暗く淀んだ目に息を呑んだ。
「こんな事をして…」
「私の友人はミザリ様に斬られました。
今はもう人としてまともに歩く事も出来ません。縋るものは神の声だけ。
俺は…俺達は無意味に死んでいくのは嫌だ。絶対に嫌だ。
ゴビ神官はあんた達の首を差し出せば高華国王は戦を止めてくれると言ったんだ。」
「…ミザリのことは…止められなかった俺の…責任だ…幾重にも詫びよう。」
ヨタカは痛みに耐えつつ汗を滲ませながらも言う。彼の下には血だまりが出来ている。
「だが…コウレン殿下に仇なす者ならば五星として誰であろうと俺は躊躇わない。」
「その身体で武器もなしにどうするつもりだ。」
ふらつきそうなヨタカに冷たい顔で詰め寄って来たのはゴビとその部下達だった。黒服で弓矢を持つ者もいる。
「ゴビ…罠か。」
「抵抗はしない方がいいぞ。開戦派にもう勝機はない。」
「どういう事だ。」
「開戦派の五星は今お前一人だ。」
「ネグロに…ミザリに何をした!?」
「ネグロは首座の五星として相応しい最期だったらしいぞ。」
「きさま…!!!!」
笑みさえ浮かべるゴビにヨタカは怒りを露わにする。
その近くではテウがハクに言われた事について考えていた。
空を見上げながらぼーっと考え込んでいるテウをヘンデが何度も呼ぶ。
「ねー、テウ様。テウ将軍―若長―ちび若―ちびちび若―」
そんなヘンデをテウの拳が襲う。
顎を殴られてヘンデは怒って言い返した。
「無口かよ!何か喋れよ。ハク様から何か言われたん?
そしてハク様どこ行ったん?」
「知らね。」
「あっ、テウ!」
立ち上がったテウは槍を片手にヘンデを無視して歩き出す。
「ハク様…もう俺らのとこには戻らねーつもりかよ…」
―風の部族を守る事を考えろ…?―
「だからあんたも守るっつってるだろ!」
彼は苛々しながら塀を槍で叩く。
―空の部族軍が到着してもし戦が始まれば、俺は風の部族を率いて戦に出なければならない…?
真国の奴らを相手に…?もしかしてハク様や姐さんも敵になる事がある?部族長としてどうするのが正しい?―
「ちくしょ、わかんねーよ…」
そう言って膝を抱えていると目の前の塀の向こうでヨタカがゴビ達と対峙していた。
―なんだ、あれは…?
あいつは以前ハク様の友達(ヴォルド)とやりあってた奴だ…―
ヨタカの腹部に傷があるのを見て取ったテウは顔を曇らせ、自分のやるべき事を考える。
その間にもヨタカはゴビ達に向けて言葉をぶつけていた。
「殿下は…コウレン殿下はどこにいる!?」
「そろそろ夜が明ける…幸福な朝の為に五星と殿下は消えるのだ。」
「貴様、殿下を…!」
「殺れ。」
ゴビの声に応えるように黒服達が剣を抜く。
しかし彼らがヨタカに飛びかかる前に、ゴビ達とヨタカの間に槍が投げ入れられ、地面に突き刺さった。
彼らが動けずにいると塀の上からのんびりとした声が聞こえてきた。
「真国のお偉いさん方、集まって戦を前にヤバイ話?」
「誰だ!?」
「高華国風の部族のテウってんだけど、俺にも話聞かせてくれる?」
彼は塀を乗り越えると槍へと歩いていく。
「よっと…はい、ちょっとごめんよ。」
思わずぽかんとしていた黒服の男達は正気に戻り武器を構え直す。
「貴様、動くなっ!」
「よせ!」
「…」
ゴビの言葉に黒服達は動きを止める。
―高華国の民と事を荒立てるな。スウォン王とは上手くつきあってゆかねばならぬ…―
「高華国の少年よ、武器を投げて我が国に侵入とは良くないな。
ここは遊び場ではないのだよ。まだ子供とはいえ誤解を招きかねない。」
「そいつは悪かったな。」
―俺ハク様や姐さんとひとつしか違わねーんだけどな…
ハク様達が老けてんだけどよ…って姐さんに老けてるって言ったら怒られる…!
大人びて見えるって言わねぇと…―
そんな事を思いつつもテウはゴビ達に向けて言う。
「…暗殺かなって思ったら咄嗟に槍投げちまった。
この人ヴォルドって人と知り合いみたいだったし。」
「う…」
「おい、あんた大丈夫か?」
ヨタカがその場に膝をつくとテウは彼に駆け寄っていく。
その間にゴビと黒服達はテウに聞こえないように話していた。
「殺るしかないのでは?
こんな雑魚一匹今なら誰も見ていない…」
「むう…」
「ヴォルド…とは…他人だ…」
「重傷で言いたい事それ?あの兄ちゃん嫌われてんな…」
殺しの計画をされている横でテウとヨタカはどこかその場にそぐわない会話をしていた。
だがテウはゴビ達の様子がおかしいとすぐに気付き、その場で立ち上がるとヨタカを庇うように立ち、ゴビ達と対峙する。
「…おっさん達、反戦派なんだろ?ヴォルドって人と随分違うな。
そっちの事情はハク様から少し聞いてっけど、反戦派ってそんな簡単に武器持って人を刺すもんなの?
開戦派の兵士の方がまだ迷いがあったけどな。殺意とか。」
「騒がれては困る、一撃でやれ。」
黒服達が武器を構えた瞬間、偶然近くにいたヘンデとノブ(風の部族のひとり)が塀の上からテウを呼んだ。
「おーい、テウ将軍。そこで何してんのー?」
「将軍!?こいつが!?」
「なんだよ…」
ゴビの驚いたような言葉にテウは苛立ちを感じていたが、槍を構えたまま動こうとはしない。
それより先に戦闘態勢に入ったのは黒服が持つ武器に目をやったヘンデとノブだった。
「…おい、ちょっと待て。」
「何だてめーら…」
「ウチの部族長に何か用ですかぁー?」
「ふざけたマネしてっと大根の隣に仲良く埋めんぞコラ。」
塀を乗り越えて今にもゴビ達に飛びかかりそうな2人をテウが止める。
「あー、待て待て。ヘンデ!アヤメを呼んで来い。
ノブ、この兄ちゃん運ぶから手伝ってくれ。」
「怪我人か?」
ヘンデはすぐにアヤメを呼びに戻り、ノブはテウの方へ乗り越えて来て手を貸す。
それを黒服は妨害しようとするが、ゴビが引き止めた。
「勝手な事を…!」
「待てっ…将軍なら話は別だ。殺したら面倒な事になる…」
「しかしこのままヨタカを…」
「重傷は負わせた。それよりコウレンはどうした?」
すると話していたのとは別の黒服がゴビにある報告をした。
「ゴビ神官、申し上げます。」
「なに…!!高華国の化け物が出た…!?」
それを聞いてゴビも黒服も、ヨタカを刺した兵もその場を立ち去った。
「待てっ…」
「動くなよ、死ぬぞ!」
ゴビ達を止めようとするヨタカをテウが説得し始める。
「放せ…!殿下がっ…」
「無理だって。ハク様とヨナ姫がコウレン姫の所にいる。
高華の雷獣の側は千の兵に守られるより安全なんだって。
あんたはヴォルドって人の知り合いみたいだから助けといた。死ぬなよ!」
「……ヴォルドなんてやつは…知らん…」
そう呟いてヨタカは意識を手放した。
―気絶間際までヴォルドを否定したな…―
「今のうちに運ぶぞ。」
ノブと共にヨタカを抱えたテウは塀を越える前に一度真国を振り返った。
「真国…なんかやべぇ事になってるな…」
ゴビ達が戻った先では将軍や兵達がヨタカが姿を消したというゴビによる報告に動揺を隠せずにいた。
「ヨタカ様がいなくなった?」
「なぜだ!?高華国軍も迫っているというのに。」
「ネグロ殿もコウレン殿下もお屋敷にいらっしゃらないと聞きましたぞ。」
「えぇっ!?まさか戦を前に…」
「彼らは逃げたのです。」
「神官様…!」
「強気のコウレン殿下も高華国の軍事力に敵わぬと見るやいなやどこかに雲隠れなさった。」
「そんな…」
「ミザリ様の件から…コウレン殿下には王としての資質に疑問を持っていました…」
兵の言葉にナムセク将軍は言い返す。
「貴様!その言葉無礼が過ぎるぞ!!」
「いや、しかしあのような者を五星とするコウレン殿下は…」
「それ以上殿下を侮辱するのは許さん!!」
「ナムセク将軍、落ちついて下さい!」
剣を抜いて黒服のひとりへ突きつけた。それがますます周囲の兵や民の恐怖を煽ってしまったようだ。
「これだからコウレン殿下を支持する者はすぐに暴力に訴える…!
結局は血が見たいだけなのではないか?」
「貴様ァァア!!」
「将軍を止めろおっ」
「将軍加勢致します。」
「おおお、なんと野蛮な…」
将軍や兵達がそれぞれの信じるものの為に剣を振るい始め、誰が味方かわからないような状況になってしまった。
それを見ながらゴビは笑う。
「皆さん…卑怯なコウレン殿下を捜しに行きましょう。
いたいけなタオ姫を捕らえどこかに隠れているかもしれませんよ…」
ナムセク他戦いに発展してしまいそうな面々を必死に止めていたが、ミザリに怪我を負わされた者やその友は呆然と憎悪だけを目に浮かべて立っていた。
「ほら、ミザリに恨みを持つ者も共に…奴もまた姿を消した。」
「ううう…ミザリ…」
「そしてあの…高華国の化け物もコウレン殿下の手中にあるそうですよ…
高華国の怒りを鎮めるために行きましょう…
心を入れ替えればきっと神はあなた達を救ってくれる…」
神の名を語ってゴビは民や兵の心を操り、暗い空気を少しずつ確実に広めていくのだった。
そこへと向かっていた私達はゆっくり足を進めていた。
「ハク…ハクっ」
「…」
ヨナに肩を借りていたハクは薄らと目を開けた。
「大丈夫?」
「ん…ちょっと寝てた。」
「私に負ぶさって。運ぶから。」
「ツブすぞ。」
「大丈夫よ、これでも私強くなったから。」
「じゃあ、ほい。」
「ぎゃんっ」
ハクが少し体重を掛けただけでヨナはその場にべしょっと潰れてしまった。
『ひ、姫様!!』
「バカやってないで行くよ。」
「仲良しですね。」
「タレ目でも重いっつーんだから無理だろ。」
ハクは身を起こしてからヨナを引き起こして歩き出す。
そのときふと見たヨナの横顔がどこか照れくさそうで、頬が赤くなっているのを見てハクは小さく呟いた。
「姫さん。これが終わったら…話があります。」
「…え?うん。」
ハクの何かを決意したような顔に、ヨナはきょとんとした顔で頷いた。
近くにいた私はゼノと同時に顔を上げて空を見た。
「…ゼノ?」
「リン…?」
「どうしたのだ。」
私とゼノの近くにいたシンア、ジェハ、キジャが呼ぶ。
「何か嫌な空気…」
『少し前に感じた事があるものに似てる…
戒帝国金州で敗残兵が押し寄せて来た時に感じた黒い空気…』
「たくさんの人間の不安と憎悪が入り交じったどす黒い感じ…」
「野営地が見えてきました。ヨタカを捜しましょう。」
ヴォルドの声に私達が顔を上げると、そこには黒服の男達と、暗い表情でこちらを見据える兵や民がいた。
「…何だ…?」
「ぷきゅ」
ハクが兵を見て呟くと同時にシンアの外套から顔を出したアオが鳴いた。
その瞬間に私は何かがこちらへ向けて飛んで来るのを感じて振り返った。
だが気付くのが少し遅かった。
『シンア!!』
「っ!?」
後ろから跳んで来た荒縄がシンアの首に掛けられて、輪になった縄で彼は首が絞められるようにして後ろへ引っ張られていった。
「青龍!?」
―身体がまだ麻痺してっ…―
「やった、捕まえたぞ!高華国の化け物…!」
「シンア!」
「青龍っ…ぐっ!」
「シンア、ゼノ…つっ…」
「なっ…」
『くっ…』
次々と縄を掛けられ、ゼノ、キジャ、ジェハ、私も地面へ引き倒された。
そのまま引っ張られて真国の兵の前まで連れて来られる。
シンアの身体の上には周囲を威嚇するようにアオが乗っている。
危険な場所にいるがシンアから離れる気はなさそうだ。
「キジャ!ジェハ!!リン!!」
「ぐっ…」
『うぅっ…』
「リン…」
怪我の所為で力の出ない私達は爪で縄を引き千切る事も出来ない。
ジェハは私を呼びながら片手をこちらへ伸ばすが、それさえも届かなかった。
私は首に食い込む縄を両手で引っ張りながらもがくばかり。
「これが高華国の化け物…成程、鱗のある白い手……」
「くっ…」
「化け物は4匹と聞いたが、何故この女も捕らえたのだ?」
「甘い香りをさせる体質…恐らく化け物の一種かと。」
「興味深い…」
『っ…』
「何をするの!?」
「これは一体っ…」
ユンやヴォルドが言い放つと笑みさえ浮かべたゴビが歩み出て来た。
「こらこら、あまり乱暴に扱ってはいけない。
化け物とはいえ高華国のものなのだから。」
「ゴビ…」
「コウレン殿下、まさかあなたから出て来られるとは。
あなたがタオ姫を捕らえ、ミザリを使って民を恐怖で押さえつけたので真国はボロボロですよ…
民の目を見て下さい。これがあなたが暴虐の限りを尽くした結果だ。」
憎悪と怯えだけを称えた民の目を見てコウレンは寂しそうな顔をしたが、すぐに口を開く。
「…四龍とその女は…彼らは関わりない。放せ。」
「関わりない!?ではなぜ捕らえた!?
この化け物の力を利用し!人質にして!高華国に対抗しようとしたのでは!?」
するとゴビの近くにいた民が小さな声で呟いた。
「わ…私は見ました。ヨタカ様がこの化け物達を捕らえたのを。」
「ほら…暴力で押さえつけ従えようとしたのでしょう。実にあなたらしい…」
「ゴビ神官、あなたこそ暴力を…」
「タオ姫、ご無事で…全てはあなたをお守りする為…」
タオの姿に安堵したかのような顔をするゴビだが、それさえも演技じみて見える。
「ヨタカはどこだ?」
「ヨタカ?さあ…我々もずっと捜しているのですよ。
なにせネグロもミザリも姿を消したという…これは戦を前に怖気づいたのではと。」
「黙れ。」
コウレンはゴビに向けて弓矢を構えた。
「命を賭して戦った私の部下をこれ以上その口で汚すのならば、今すぐにその首で贖ってもらう。」
そんな彼女に黒服達は弓矢を構え、ヨナを庇うようにハクも大刀を構える。
「ふっ…張り切って傭兵を雇ったものだ。」
「待って!双方武器を収めて!」
そんなコウレンとゴビ達の前へヨナは進み出た。
迷いのない彼女の行動は彼女らしいとは言え、無謀そのもの。
彼女に向けて黒服達の放った矢が降り注ぐ。
「姫さん!!」
その瞬間、地面に倒れていた私達から漲るような力が放たれ、5匹の龍が身体からそれぞれの色を称え、私達の化身のように姿を現した。
白龍、青龍、緑龍、黄龍はヨナを守るように包み込み、矢の雨を薙ぎ払い、黒龍は地面に倒れている私達をその身体で覆い甘い香りを漂わせた。
『黒…龍…』
そっと手を伸ばして龍に触れると初めて龍の力を手にしたときと同じ初代黒龍が微笑んでくれたような気がした。
こちらを見て龍が頷いてくれて、他の龍が戻ってくると彼らを迎えた黒龍も他の龍達と共に姿を消した。
これには私達だけでなくヨナもハクもタオもコウレンも…兵達も目を見開いた。
ヨナは呆然と自分の前に転がった矢の残骸を見つめるだけ。
「こ……これ…これが…高華国の龍…」
だがゴビだけは恐怖を感じながらも笑っていたのだ。