主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
真国
主人公の名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その頃、高華国と真国の国境では殺気が治まっていた。
高まっていた開戦派の士気も下がり、五星やコウレンに対する不信感が高まっていた。
特にユホンとの戦を知らない若い兵の中には風の部族の民に柔和な態度を示し始める者もいるほどだ。
「ハク様、ヨナ様が心配ならこちらから探しに行きますか?」
「…いや、下手に動いたら行き違いになるかもしれねぇからな。
それに…あいつらが目と鼻の先で捕らわれてる。いざって時は誰を敵に回しても俺が助ける。」
「すみません、ヨタカやミザリがあなたの仲間を捕らえなければこんな事には…」
「お前が謝る事じゃねぇよ。お前にとって対立しててもヨタカ達は仲間なんだな。代わりに謝るってそういう事だろ。」
「…こんな事がなければヨタカやネグロとは気が合うなと思っていたんです。
ですが、ヨタカやネグロはコウレン殿下と同じくユホンに強い恨みを持っています。
五星はバラバラになってしまいました。コウレン殿下とタオ姫も…あなた方風の部族が羨ましい。
あんなふうに皆で平和に過ごすのが私の夢です。」
そんなハク達がいる地へヨナもアルギラと共に急いでいたが、空の部族が動けない現状において援軍として水の部族から兵が集められているところに出くわしてしまっていた。
「やっぱりスウォンは水の部族に援軍を求めたのね。」
「打つ手が早ぇな、高華国の王は。」
この軍が真国に到着すれば戦が始まり、私達には死と拷問が待っている。
ヨナがどうするべきか馬車の中で考えていると戦場へと歩いていた兵の一人が馬車に気付いた。
彼が投げた槍が馬車の車輪に刺さり、馬車は兵の前へと落ちて行ってしまう。
「動くな!我が軍と並走して何を探っていた!?」
そこにアルギラが抱いて負傷する事は免れたヨナが外套で髪を隠したまま馬車から出た。
「見慣れぬ服装だな。怪しい奴!」
「ヨにゃん、ちょっと待ってろ!」
「アルギラ!」
彼は蹴りで兵を次々と倒していく。
「何の騒ぎだ。」
「これはケイシュク参謀。」
「その顔…まさか…」
その瞬間、やってきたのは馬に乗ったケイシュクだった。彼とヨナの目が合い、空気が凍る。
「ケイシュク参謀、お知り合いですか?」
「……いや…」
ただケイシュクがいるということはスウォンが近くまで来ているということ。ヨナは冷静に顔を上げて兵達に凜と言った。
「アルギラに手を出さないで。斉国のタオ姫からお預かりした大切な友人です。」
「斉国だと…!?」
「あなたが私の顔を知らないはずがない、ケイシュク参謀。
私はイル王の子、ヨナ。真国についてあなた達の主スウォンに話があります。
どうかスウォンのもとへ案内して下さい。」
「え、ヨナ姫!?」
「ケイシュク参謀、これは一体…」
「殺せ。ヨナ姫はハク将軍と共に北山の崖から落ちて亡くなられた。
この様なところで真国の話など持ち込む訳がない。この者達は真国の密偵だ。」
「ならば捕らえて陛下に報告を…」
「不要だ、殺せ。」
「ヨにゃん!ここは俺に任せて逃げろ!!」
アルギラがそう言うなか、ヨナは鋭い視線をケイシュクに向けた。
「ふざけるな。戦を前に真国の使者の言葉も聞かず、なぜここで不条理に殺されなければならない?
それが私の父を葬ってまで手に入れた地位でやりたかった事か。」
―この娘…本当にあのヨナ姫か…!?―
すると騒ぎを聞いて馬に乗ったある人物がやってきて、暢気な声を響かせた。
「どうしました?ケイシュク参…」
それはスウォンだったのだが、彼が見つめる先には鋭い視線を向けるヨナがいたのだった。
驚いて動きを止めたスウォンの後ろにやってきたのは、彼と同じく馬に乗ったジュドだった。
「陛下、どうされまし…」
スウォンに声を掛けたジュドも鋭い視線を送るヨナに気付き、息を呑む。
彼らの反応とヨナが名乗った事によって、兵達はざわつくばかり。
「スウォン陛下!この方は本当にヨナ姫なのですか?」
「ではイル陛下は…」
「下がれ、隊列に戻るんだ。」
そんな兵達はケイシュクの言葉に渋々隊列へ戻る。
スウォンは動きを止めてただヨナを馬の上から見つめるだけ。
―ヨナ…まさかこんな所まで…ハクは…?リンは…?―
ヨナの隣にいるのはアルギラ。彼はいつでも彼女を守れるように待機しているようだ。
「彼はタオ姫の従者アルギラ。ハクもリンもいないわ。私だけよ。」
「!」
―仲間が真国に捕らわれていると聞いたが…ハクとリンも?
彼ら不在のまま…戦を止める為、命懸けでここに来たのか…―
「スウォン、あなたに話があります。」
「…それについては返答済みです。これ以上話す事はありません。」
その会話を聞いてケイシュクは顔を少しずつ曇らせていった。
―陛下はヨナ姫が生きていた事を知っていたばかりか前々から接触を…!?―
ざわつき始める兵を連れてスウォンがヨナを無視して、再び戦場へ向かおうとすると彼女は両手を広げて馬の前に立ちはだかった。
「待って!」
「…」
「真国を今武力で抑え付けたら憎しみの連鎖は止まらないわ!」
「…コウレン姫は戦での解決をお望みです。」
「コウレン姫は民を慈しむ心を持っている。本当は民を犠牲になんかしたくないはずよ!」
ヨナの訴えを支えるようにアルギラも口を開く。
「タオ姫は一度あんたと話したいと言ってたぞ。
民の命が保証されるのなら、条件次第で高華国の属国となる未来も甘んじて受けるって。」
「…それは願ってもない事です。」
「じゃあ…」
「しかし次期国王はコウレン姫です。彼女が指導者である以上、戦は避けられません。」
「……17年前、ユホン伯父上が真国にした仕打ちをあなたは知ってるの?」
「捕虜の首を真国の城門へ投げ入れた事ですか?…戦ではよくある事です。」
「…ユホン伯父上のやり方を肯定するの…?」
「…状況によっては。」
「……そう。でもわかった、なぜユホン伯父上が王になれなかったのか。」
このヨナの迷いの無い言葉にはスウォンが顔色を変えた。
初めて変わった彼の顔色をヨナは目を背ける事も無く真っ直ぐ見据えた。
それを見て取ったケイシュクはスウォンを呼ぶ。
「スウォン様…兵に動揺が広がっています。先を急ぎましょう。」
「待って。何をそんなに急ぐの?話をしましょうよ、スウォン。
私はあの日からずっとあなたとまともに話してなんかいなかったのだから。」
ヨナの凛とした姿と表情にスウォンだけでなくジュドやケイシュク、他の兵も身動きひとつ取る事は出来なかった。
その間に風が吹き、彼女の綺麗な赤い髪を隠していた外套がはらりと落ちた。
―なにを…黙って見ている…彼女には何の手札もない…
立ち止まっている時間はないのだ……なぜ…動けない…―
そんなスウォンの脳裏にイルが生前言った言葉を思い出した。
「あの子はね、緋龍王の化身なんだよ。」
彼は顔を顰め一瞬俯いたが、すぐに平静を装ってヨナに問う。
「…ひとつ気になっている事があります。火の部族に……何かしましたか?」
ヨナは答えない。だがその沈黙こそが答えだった。
ケイシュクは火の部族にヨナが関与し、烽火を上げさせた事に気付き叫ぶ。
「誰か!この者達を捕らえよ!!真国の密偵だ!!」
「!ケイシュク参謀!!」
アルギラが庇うように立つヨナを槍を向ける兵達が囲む。
それでも彼女は逃げる事なくスウォン達を見据えていた。
「待って下さい。」
「わかっております。人目が多いここでは殺しません。」
「2人は捕らえるだけにしておいて下さい。」
「陛下…!!」
―甘い…!!この姫は城を出た時とはまるで違う…
火の部族の烽火に関わっているのなら尚更…!!
烽火を上げた事が問題なのではない…ヨナ姫の一声で火の部族を動かせる事が問題なのだ…!
そのような危険人物をなぜ…なぜ今まで生かしておいたのか!?―
「その様子だと…あなたも知っていたようですね、ジュド将軍…」
「…」
「なぜ今まで…」
ケイシュクが隣にいるジュドを責めようとした瞬間、少女の声が響いた。
「ちょっと、隊が止まっていると思ったら何をしているの?」
その声の主はリリだった。彼女は馬に乗ってケイシュクの後ろにアユラやテトラと共に姿を現すと、ヨナを見つけて言い放った。
「その子は私の友人よ。乱暴したら絶っ対許さないから!!」
「リリ…!」
―水の部族長の娘の友人だと…!?―
「リリさん…」
「何よ。私が水の部族軍の出陣を見に来ちゃいけない?
とにかくその子から武器を引きなさい、無礼者。
それとも空の部族は城を追い出してでも尚、ヨナ姫の命を奪おうとする恥知らずなの!?」
「っ…」
スウォンや空の部族を前にリリは言い放ち、その言葉に渋々兵達は槍を下ろした。
―リリ様こそなんて命知らずな…―
テトラが困ったように涙を流したのは秘密だ。
「ヨナ姫…」
「やはりあの方はヨナ姫なのか…」
空の部族兵の中にはリリを煩わしそうに見上げる者もいた。
―この反応…空の部族兵の中にはイル王暗殺に関わってる者もいるようね…―
「水の部族兵も聞きなさい。
ここにいるヨナ姫は水の部族の民を苦しめた麻薬を取り除く為、尽力してくれた。いわば私達の命の恩人よ。
ここには麻薬で家族を亡くした者もいるでしょう。
ヨナ姫に手出しするのは亡き家族を冒涜する行為と知りなさい!」
「ナダイを…ヨナ姫が…」
「本当ですか、リリ様…!」
「我々は何という無礼を…」
「ナダイから救って下さったなんて…」
「ありがとうございます、ヨナ姫…!」
「ありがとうございます…!」
「里の皆に必ず話します…!」
ヨナを称える感謝の言葉の嵐に彼女は驚いたように目を丸くし、スウォン、ジュド、ケイシュク、空の部族は居心地悪そうに目を背けた。
リリはすぐに馬から下りるとヨナに駆け寄って彼女を抱きしめる。
「ヨナ…あんたここで何してるの?」
「リリ…ありがとう。話はあとで。」
ぎゅっと抱き合ったヨナはすぐにリリから離れてスウォンを見上げる。
「スウォン、改めて言うわ。どうか真国との平和的解決を。」
「…なぜ……それが通ると思っているのですか…」
「コウレン姫もタオ姫も民を犠牲にしたくはないはずだし、あなたも夥しい数の死を望んではいないと信じたいから。」
「…………わかりました、真国との会談を開きましょう。」
「陛下…!」
スウォンの言葉にケイシュクが反論するが、スウォンの決意は変わらない。彼はそのまま条件を突きつけた。
「但しコウレン姫とタオ姫がその席に就くこと、
国内自治権思想・信仰の自由は認めますが、外交と軍事の自由を奪うという条件をのむこと。
コウレン姫が戦いを挑むとも考えられるので、軍はこのまま真国へと向かいます。
どうですか?この条件をのむとは思えませんが。」
「………わかった。伝えるわ。馬を貸して。」
ヨナは外套を羽織ると1匹の馬を受け取り、アルギラに引き上げられると彼の後ろに跨がって風の部族領へと急ぐ。そこでハクが待っているからだ。
ヨナとアルギラが立ち去ると兵はざわつき始める。
「ヨナ姫は従者に連れ去られ失踪したと聞いていたが。」
「本当は…」
「しっ、静かにしろ。」
それを聞きながらリリは馬上のスウォンを見上げる。
「こんな事では陛下の今の地位は揺らがないでしょう?
……陛下も私の恩人よ。だからこそ私の大切なあの子をあなたの手で殺してほしくないの。」
その言葉にケイシュクは益々顔を顰め、スウォンは何か思うところはあったが何も言わなかった。その後、彼らは兵を静めると進軍していった。
その頃、真国との国境に展開する風の部族野営地ではテウとヘンデが他の民と共に遠くを眺めていた。近くにはハクとヴォルドが控えている。
「…空の部族兵、もう来ねぇのかな。」
「これといって伝令ないしね。」
「まあ来たら王命に叛く事になるんだけどな。」
「そっか。空の部族軍が到着したら開戦に加われと言われてるだけだから…俺らまだ王命に叛いてないのか。
なんかもうハク様いるし、逆らってる気でいたよ。」
「ハク様を守る為ならいつでも逆らうけどな。」
そのとき、真国の領地に黒い服を着た怪しげな隊を見つけた。
「おい、真国側見ろよ、あれ。」
黒い外套を被り顔を隠す彼らは怪しいが、それを見てヴォルドがはっとした。
「なんだあいつらは…」
「あの方達は…ついに来たか。」
「誰だ?」
「反戦派の方々です。」
「反戦派…お前の仲間か?」
「ああ…はい。仲間というか…主にタオ姫を支持している貴族の方々です。
コウレン殿下が軍隊と共にこの町へ入ったと聞き、穹城より反戦を訴えに来たのでしょう。」
「…」
ヴォルドが貴族達に駆け寄るのをハクは少し遅れて追いかける。
「ゴビ神官。」
「おお、ヴォルドか。」
「よく来て下さいました。」
貴族達の最前線にいた男はゴビという神官らしい。
その顔は何かを企んでいるかのように歪んでハクの目には映った。
「タオ姫がコウレン姫に捕らわれていると聞き急ぎ参った。」
「はい、タオ姫は今コウレン殿下の御座す(おわす)屋敷に。」
「…そうか。タオ姫は我ら反戦派の…平和の象徴。
何としてもコウレン姫より取り戻さねば。…ところでそちらは?」
「この方は高華国の元将軍、ハク様です。
タオ姫に協力し、両国の和平の為に尽力して下さってます。」
「ほう…それは有難い…」
反戦派がやってきた事によって兵達にざわつきと緊張が広がっていく。
「よし…!これで開戦派の暴走を止められる。
それでなくても士気が下がっている今ならばタオ姫の願いも叶えられるかもしれない…!」
ヴォルドは意気込んでいたが、ハクは反戦派を信用する事は出来ないでいた。
―なんか…胡散臭い奴らだな…―
「リン、どう思う。」
自然と問い掛けてから自分の横を見て私がいない事に気付いたハクは溜め息を吐いて、胸元に挿した私の簪を撫でた。
「いない奴に問い掛けても意味ねぇよな…」
―お前がいねぇと駄目そうだ、リン…―
彼が天を仰いでいる頃、反戦派が町へやってきていると知らされた真国の五星…ヨタカとネグロはコウレンの元へと急いでいた。
「なに!?反戦派が潸潸(サンサン)へぞくぞくと入って来ているだと!?」
「はい。コウレン殿下の御座す(おわす)屋敷へタオ姫を返せと押しかけています。」
「くっ…国内で揉めてる場合ではないというのに、こんな前線にまで。
戦を前に民を惑わすつもりか…!」
彼らが到着した屋敷では私がジェハに凭れたまま何かを感じ取り目を開いた。
『騒がしい。』
「え?」
「リン…?」
「戦か!?」
『ううん、違う。何か黒い感情の波が屋敷に集まってる…
コウレン姫の味方でもタオ姫の味方でもない気がする…』
「…それは嫌な空気だね。」
『…』
私は目を閉じると屋敷の外にいるコウレンや黒い感情の波が話す言葉へ耳を傾けた。
私が意識を集中し始めた事に気付いたジェハは一瞬だけ私の肩を揺らす。
目を開いて身を寄せているジェハに目を向ける。
『ん?』
「無理はしないで。」
『うん…でも何か情報が得られた方がいいでしょ?』
「そうだね…だから止めはしない、でも無理をしているように見えたら僕は止めるから。」
『わかってる。』
そう呟いて私は再び目を閉じ、意識を集中するとコウレン達の会話へ耳を傾けた。
ちなみにまだ私、キジャ、ジェハは貧血気味で体力は回復していない。
体力の限界によって眠っていた間にヨナとハクは高華国へ行ってしまい、今の私の体力では彼らの気配を追いかける事は出来ない。
彼らの行動を読み取れない為、私は不安になりつつも今は信じる事しか出来ないと割り切っていた。
―だから今は自分に出来る事を…ここにいるみんなと生きる為に…―
そうしているとはっきりと私の耳へある声が聞こえてきた。
「タオ姫をお返し願いたい!!」
「お返し願いたい!!」
「平和を願うタオ姫を攫い拘束するなど次期国王のなさる事とは思えぬ!!今すぐタオ姫の解放を!!」
「お待ち下さい、ゴビ神官!!」
―黒い感情の波の中心にいるのはゴビっていう神官…
コウレン姫を庇うように波の前に立つのはヨタカとネグロっていう五星かしら…―
「じきに高華国と戦が始まります。タオ姫は安全の為、ここに居て頂いてるだけのこと。乱暴は一切しておりません。」
「嘘をつけ。五星だからとつけ上がりおって。
聞いたぞ、ミザリが味方の兵を斬りつけたと。
今や兵や民がお前達やコウレン姫に怯えているそうではないか。」
―なるほど…ミザリが牢に入れられたのは味方の兵を斬ったからなのね…―
「いずれ神は横暴なお前達に罰をお与えになるぞ。
無能者には見えんようだな、コウレン姫の頭上に下る神の鉄槌が。」
これにはヨタカが怒りを露わにし、ゴビの胸倉を掴んだ。
「言葉が過ぎるぞ…」
「無礼な…っ」
「ひっ…」
「下がれ、ヨタカ、ネグロ。」
「コウレン姫…」
扉を開けてザッと進み出たコウレンの言葉にヨタカとネグロは控えるように下がる。
「ゴビ神官…ここは戦場だ。私と共に戦う気にでもなったか?」
「コウレン姫…穹城に戻られませ。国王様がご危篤です。」
これにはコウレンも目を見開いたが、すぐ冷静に返答した。
「お前が言うと嘘か真かわからんな。」
「偽りなど申す筈も無い。戦などはやめて国王様のもとへお早く…」
「敵もじきここへ来る。放り出す訳にもゆくまい。」
「コウレン姫!一年前、国王様が病に伏せられてからコウレン姫は国王に代わり、政の全てを取り仕切って来られた。
まるでもう王にでもなられたかのように!
私は真国の神官として国王様に申し上げたのです。タオ姫こそ神に選ばれた次期真国王だと…!!
タオ姫はこの国に愛と平和をもたらす…国王様と貴女様はその神の声に聞く耳を持たず、己が憎しみを晴らす為民を地獄へと道連れに…」
「わかっている、お前が私よりタオを御し易いと考え、王にさせたがっている事は。」
ゴビの説教をコウレンは冷ややかに聞き流した。
「なにを…」
「妹を見縊る(みくびる)なよ。あれは私より頑固で慎重だ。
タオがなぜ自分に擦り寄るお前達から離れ、アルギラとヴォルドら数人のみを連れて独自に動いていたか、神に教えてもらったらどうだ?」
『ふっ…』
「リン?」
「お嬢…自分を捕らえてる国の現状を聞いて笑ってるみたいだから~」
「…笑えるような状況じゃないと思うんだけど。」
「そんな僕達の言葉は今のリンに聞こえていないようだね。」
「ジェハ…リンが倒れる前に止めるのだぞ。」
「わかってるさ。」
―どこの国にもいるのね、王を操って国の実験を握ろうとする腐った輩が…―
「なっ、何を申される!タオ姫は我々にいつも感謝を…」
言い返そうとするゴビの背後を見ながらコウレンは言う。
「お、高華国軍が………」
「!」
「まだ来ておらんようだ。」
「~~~~~~っっ」
誘導され怯えたゴビにコウレンは城へ戻るよう告げる。
「穹城に帰るのはお前達ぞ。私は父への別れはとうに済ませた。
高華国の王スウォンはイルのように情け深くはない。
首を城門に投げ入れられる前にこの場から逃げた方が良いぞ、17年前の戦で離島に逃げた時のようにな。」
コウレンはそう言い残し屋敷内へ戻る。その場に残されたゴビは部下達と共に再び戦場へ戻って行った。
私はすっと目を開きニヤリと笑う。
「お嬢、楽しそうだから~」
『いろいろわかったわよ。』
「時間はあるんだから、ゆっくり教えてくれる?」
『えぇ。』
私はぽつりぽつりと聞き取った事を説明していった。
「…へぇ、そのゴビ神官って奴怪しいね。」
『コウレン姫が言った事が正しいなら…ゴビ神官が実権を握る為にタオ姫を玉座に据えようとしているなら…
下手をするとこの戦は面倒な事になるかもしれない。』
「面倒な事?」
「開戦派、反戦を訴えるタオ姫派、ゴビ神官派…」
『うん。普通にぶつかっただけならば神官派は弱い。
ただ神官の言葉には力がある…変に戦へ関与してきたら、言葉に操られた人々が神官派として参戦してくる可能性もある。』
「リンの想像は当たるからなぁ…」
「嫌な想像しないでよ。」
『そう言いつつユンも暗い顔してるよ。』
「だって…」
俯くユンへと手を伸ばし、彼の柔らかい髪を撫でてやる。
彼が私をじっと見つめた為、私はふわっと微笑んだ。
『今の私達に出来る事はない。下手に動かない方がいい。』
「リン…」
「そうだね。もう暫く休ませてもらおう。」
「ジェハ…」
「お嬢も緑龍も白龍も今のままだと戦うのもままならないから~」
「「『…』」」
ゼノの言葉に私達は肩を竦め、再び互いに凭れるように身を寄せると眠ったのだった。
その頃、ヨタカとネグロは屋敷の前でゴビ神官達について話していた。
「あの者達はどうも虫が好かん。
平和と愛を謳いながら、その中身は血も流さず責任も取らず権力者の甘い汁を吸っているだけだ。
…ってヨタカ、何をしている?」
「美容薬を塗っている。」
ヨタカはネグロの話を聞いていたのかいないのか。鼻筋に美容薬を塗りながら相槌を打つだけ。
「…高華国の薬はなかなかよく効く。」
「お前は…何でそう…自由なんだ。」
「俺のどこが?アルギラほどではない。」
「せめてヴォルドが居てくれたら…あいつが一番まともだった…」
「言うな、コウレン殿下に取り立ててもらった恩も忘れた愚か者の事は。」
「ヴォルドとアルギラは派閥が分かれる前からタオ姫を慕っていたからな。引き止める隙もなく去って行った。」
「言うなと言っている。」
「反戦派は民を道連れに滅びるつもりかとコウレン殿下を罵るが俺はそうは思わない。
コウレン殿下は対高華国の為に五星を作り、軍師達と共に戦略を練って来られた。」
ネグロは自分が高華国との戦いを終え傷だらけで帰国した時に目の当たりにした光景を思い出していた。
たった10歳の姫が斬られた民の首を抱きしめ、竦み上がる大人達の中で悪鬼の居る国を睨みながら進み、次々と民の首を拾い続け、最終的に首があり生きているネグロを見つけ彼に抱きついて安堵の声を上げて泣きじゃくったのだ。
そのときネグロは誓ったのだ、どれだけ傷を負おうともコウレンの為にこの身を捧げよう、と。
「勝つ為にこの17年間、己の幸せも求めず闘ってこられたのだ。
だが今や五星もバラバラになり、今更…後戻りも出来ない。ヨタカ、お前はどこにも行かんよな?」
「…行く所もない。たぶんミザリもな。
どのような未来になろうとも我らだけはあの御方のおそばに。」
暫く彼らは並んでいたが、ヨタカは戦場へ戻った。ネグロはコウレンの護衛として屋敷に残る。
そんな屋敷の牢から月夜へ静かだが強い歌声が響いていった。
《零》
「リン…?」
「この歌声は…リンさん…」
監獄内だけでなく屋敷内にも響いた歌声を聞いてタオも顔を上げる。
私の歌う曲の歌詞は受け取る者によって意味合いが変わってくるだろう。それぞれ大切に想う相手は異なるのだから。
「身体に応えるよ、リン…」
『あら、嫌いだった?』
「ううん。」
「ジェハはただリンに無理をさせたくないだけだ。」
「余計な事は言わないでくれるかな、キジャ君。」
『言われなくてもわかってるわ。だからキジャを責めないで。』
「っ…」
その曲を聞いていたのはコウレンも同じ。彼女の近くには私の剣があった。
「不思議な女だな…」
同じ頃、ハクは風の部族の民に囲まれたまま座って真国を見つめていた。
「ねぇ、ハク様。」
「ん?」
「もう風牙の都には帰って来るんだよな?」
「…」
「そこなんで黙るかな。もういいだろ?帰っても王に見付からないように俺らが守るし。」
「……それは…」
「馬の蹄の音が聞こえる。空の部族軍か!?」
民は皆、ハクを庇うように蹄の音の方へ対峙した。
だがやってきたのは馬に乗ったアルギラと、彼の腰にしがみついて後ろに乗ったヨナだった。ハクとヴォルドはすぐに彼らに駆け寄って行く。
「アルギラ戻ったか。」
「おう、色々あったぜ。聞いてくれよ、ヨにゃんがすげーんだ。」
そのとき疲れてふらついていたヨナが倒れていって、咄嗟にハクが抱き留める。
「姫さん…大丈夫ですか?」
「…ハク…」
ヨナが顔を上げるとあまりに近い距離にいたハクに驚いて、顔を真っ赤にすると馬上から彼の頭を抑え付けた。
「だ、大丈夫!」
「…」
「ハク様、何か拒否られてない?」
「ってか、姐さんがお姫様と一緒にいたわけじゃないのか…?」
「リンなら…今真国に捕まってるわ。」
「「っ!!!」」
ヨナの言葉にテウとヘンデは息を呑みつつハクを睨み付ける。ハクはきちんと私の現状を説明していなかったのだ。
「…だから姐さんの髪留めがハク様の服に挿してあるわけね。」
「…」
「はっ!コウレン姫はどこ!?」
「コウレンなら今屋敷に。」
「すぐに行かなきゃ。スウォンに会ってきたの。」
「!」
「そ、それで?」
「条件付きだけどコウレン姫とタオ姫が一緒ならば会談を開くと約束してくれたわ。」
「おぉ…それはすごい成果ですよ。」
「でもコウレン姫がそれを受け入れないとここはすぐにでも戦場になる。」
「わかりました、コウレン殿下のもとへ。」
ヴォルドの言葉を合図にハクは馬から下りたヨナ、アルギラ、ヴォルドと共に真国の屋敷へ向かおうとする。そんなハクにテウが声を掛けた。
「ハク様っ」
「テウ、空の部族軍が到着したら…」
「わかってる。戦には参加しないんだよな。」
「いや、風の部族を守る事を考えろ。」
「えっ、でも…」
「真国軍の戦意を喪失させただけでもう充分だ。」
「じゃあハク様は…」
「俺は…俺とリンは風の部族を出た。」
そして彼はテウの肩に手を乗せた。
「風の部族を頼む、テウ将軍。」
ヨナ、ハク、アルギラ、ヴォルドが駆け出そうとしたところにゴビ達がやってきた。
「そこの御方、どうかお待ちを。」
「どなた?」
「反戦派の神官ゴビ様です。」
「反戦派…じゃあタオ姫の味方?」
「こちらは高華国のヨナ姫です。今急ぎコウレン殿下にお伝えすべき事が…」
「おお…ヨナ姫…そうですか。お話はヴォルドから聞きました。
あなたがタオ姫を助けて下さった…」
「ごめんなさい、神官様。今はすぐにコウレン姫に会わなければ。お話は後程…」
「いや、コウレン姫は戦を前に休息を取ると仰っていた。明朝にするのがよろしかろう。」
「それでは間に合いません。高華国軍がこちらに向かっているのです!」
「なに…!?それは詳しくお話を…」
そのときハクが核心を突くように言った。
「…神官とやら。何かコウレンの所へ行ったらマズい事でもあるのか?」
「は…?私がなぜそのような…私はただ…」
ヨナはゴビの顔色を見て、その小さな変化を読み取ると言葉を無視し、ゴビを振り切って走りだした。
「あっ、お待ちを!」
そんなヨナの背中をハク達も即座に追いかけたのだった。
彼らが向かっていた屋敷ではコウレンがタオを屋敷前に呼んでいた。近くにはネグロも控えている。
「父上が危篤だそうだ。…お前はヨナ姫が戻ると思うか?」
「…はい。」
「お前はスウォンを悪鬼だとは思っていないのだな。
私はイルを殺したのがスウォンだと知り、やはりユホンの息子よと憎しみが深くなった…」
―しかしあの姫から感じたのは憎しみより仲間を救いたいという想い…どうしたらあのように生きられるのか…―
コウレンは寂しげに微笑み、先程聞いたばかりの私の歌を思い出した。
―救いたい想いを抱く姫と、それを信じいつまでも待つと誓う者達…あのように生きられたなら、どんなに良かっただろうか…―
彼女の脳裏に蘇ったのはミザリが言った言葉だった。
「何人いてもあっという間に死にます。これから始まる戦はそういう戦ですよね?」
―私の生きてきた道は決してそんな戦にする為に歩いてきたわけではなかった…だがもう戻れない…―
「タオよ、お前を解放する。父上のもとへ帰れ。」
「お姉様…!?」
「あの姫が出て行って十日過ぎようとしている。これ以上は待てない。ヨナ姫は死んだのだ。」
「もう少し待って下さい、ヨナ姫はきっと…」
「間もなく国境は高華国の軍勢で埋め尽くされる。
私は中央であの男…スウォンを迎えうつ。この戦を始めた責任を必ず果たす。」
「お姉様、待って!では四龍様を…あの方達も解放して下さい!」
「あの者達はまだ利用価値がある。」
「お姉様っ」
「連れて行け、ネグロ。」
「お姉様…」
そのときタオの目にコウレンと、彼女を背後から狙い光った矢尻が見えた。
コウレンはタオとネグロの方を向いている為、自分を狙う敵に気付いていないようだ。
「お姉様…!!」
『っ!!』
私は自分に流れ込んで来る気配の波にはっとして身を起こした。
身体中の傷が痛むがそれより頭が痛む程の気配に身体を震わせていた。
『はっ…はっ…』
「「「リン!!?」」」
『何…これ…』
「リン、しっかり!!」
「お嬢、気配を追うのをやめて!!」
『止めようと…してる…でも押し寄せて…来るの…!!』
「…リン、ごめんね。」
ジェハはそう呟くと私の頬を叩いた。すると乾いた音と共に私の顔は勢いよく右下へ向く。
『かはっ…』
「ごめん。もう押し寄せて来てない?」
『はぁ…うん…ありがと…落ち着いた…』
ドス黒い気配が多く、また体調が優れない為に龍の力を制御出来なかった私はジェハが頬を叩いた衝撃で正気に戻った。
「…お嬢、もう気配は追わなくていい。でも何を感じ取ったのかは教えて。」
『この屋敷で何かよくない事が起きてる…
気配だけじゃない…悲鳴と刀のぶつかり合う音が聞こえた…』
「…」
『シンア、何か見えた?』
「…みんな…死んでる…」
「「「「『っ!』」」」」
「それに…弓を構えている人達が…」
「『っ!!!』」
そのとき私とシンアは同時に反応した。
『ヨナ…?』
「うん…」
「姫様が…いるのか…?」
『いる…気がする…』
彼女が近付いてくるのを感じたのは恐らく龍の血が流れているからだろう。
「だったら早く…!!」
「ユン君、落ち着いて。」
「でもっ!!」
『焦ったら駄目よ。外の様子がわからない今、下手な真似は出来ない。』
「ヨナちゃんにはハクがいる。大丈夫。信じよう。」
その頃、屋敷に到着したヨナ、ハク、アルギラ、ヴォルドは見張りの兵達が血を流して倒れているのを見つけた。
屋敷を囲む塀に人影を見つけたヨナは声を上げた。
「扉を開けて。」
アルギラとハクが扉を蹴り開けるとそこにはコウレンとタオ、そしてコウレンの前で胸に矢を受けて立つネグロがいたのだった。
「ネグロのおっさん!!」
「これは…っ」
「ヨナ姫!?」
「タオ姫、一体…っ」
「来てはだめっ!何者かがこの屋敷に…」
塀の上からこちらを狙う人影に向けてヨナは弓矢を構えるが、予想以上に多くの矢の雨にハクが咄嗟に彼女を抱き寄せる。
「姫さん!!」
タオはアルギラに抱かれ、ヴォルドは矢を剣で薙ぎ払う。
矢が治まるとヨナはぎゅっと閉じていた目を開き、自分に覆い被さっているハクを呼ぶ。
「ハク…ハク!?」
「う…」
彼の左肩や腕には数本の矢が刺さっていた。
ヨナはそれを見つけて涙を浮かべながら焦ったように彼を何度も呼ぶ。
「ハク!!!」
「掠り傷です…」
ハクは彼女を安心させる為に無理矢理笑みを浮かべて彼女の肩に手を乗せた。
そのときタオの声を聞いて、彼らは顔を上げる。
「ネグロ!!」
そこにはコウレンを庇って身体中に矢を受けても意識を保ち、その場に立っているネグロがいた。
彼は血を吐きつつもコウレンを思っていた。
「…ご無事ですか…殿下…」
「…問題ない。」
「どうか…私の傍から…離れないで…下さい。敵は複数…殿下を狙っています…」
「スウォンの刺客か…?」
「それは違うわ!スウォンとは戦ではなく、まず会談を開くと約束して来たもの。」
「本当ですか、ヨナ姫!?」
コウレンはヨナの言葉に自分の鼓動が大きく鳴ったのを感じた。
―この娘スウォンを説き伏せたのか!?来る…!!あの男の息子が…!!―
彼女の脳裏にはユホンの顔と城内に投げ入れられた民の首の数々を思い出していた。
今ここで死ぬ訳にはいかない…そんな想いが彼女の中を駆け巡る。
彼女は敵を見据えたままヨナへ手を向けた。
「ヨナ!!お前の弓をこちらに!!」
「えっ…」
「お前は撃てぬだろう!?私によこせ!!早く!!」
ヨナはすぐに自分の持つ弓矢を投げ渡し、コウレンが弓を構える。
そんな彼女の盾となるようにネグロが立つ。
「ネグ…」
「殿下、この身は貴女の盾。存分に!!」
そう言い放ったネグロはニヤリと笑う。
「私はもはや只の木偶(でく)…どうか…お使い下さい。」
「ネグロ…」
不撓(ふとう)の身に誇りを持ち、コウレンの前で敵に膝を折らないネグロの覚悟を感じ取ったコウレンは涙を浮かべながらも敵を見据えた。
「来世で逢おう。」
矢の雨が降り注ぐなか、コウレンはネグロを盾にして次々と矢を射っていく。
それはネグロを信じているからこそ出来る事だが、あまりに多くの矢を受けるネグロの姿にヨナやタオだけでなくその場にいたコウレンとネグロ以外の全員が息を呑んだ。
「な…なんだ、あの男…あれだけ矢を受けて倒れない…」
怯えていたのは敵も然り。
矢の雨が治まるとコウレンは自分の前に立つネグロの背中に額を当てて悲しそうに俯いたのだった。
そんな彼女をまだ背後に残っていた敵が狙う。
「コウレン姫!!」
「御免!!」
そんな彼女を助けたのはヴォルドだった。
「ヴォルド…!」
「姿勢を低くして下さい!」
別の位置からコウレンを狙う敵にはアルギラが煉瓦を投げつけた。
「大丈夫か、コウレン姫!!?」
「お姉様っ」
「アルギラ…」
「殿下!私が援護します、ここから脱出を。」
「お前はタオを守れ。反戦派の手は借りん。」
「反戦派である前に私は真国の民です!貴女に何かあっては真国は立ち行きません!!
私も五星の一人です!ネグロの代わりに今度は私が貴女の盾となります。
タオ姫と共にどうかこの国を導いて下さい。」
「タオと…この国を…か。今私に刃を向けているのは私の民だというのに。」
「え…」
「スウォンでないとすれば恐らく反戦派のゴビ神官…」
「まさか…!」
この発言にヨナとハクが驚く事はなかった。
「ゴビ神官は平和を重んじる御方…こんな卑怯な…」
「お前のような純粋な者には理解出来んだろう。現にタオは狙われていない。」
「では私が出て行って説得を…」
「それでは奴らの思うつぼだ、遠慮なく他の者を攻撃出来るのだから。
…いや、既に勝敗は決しているのかもしれない。
開戦どころかこの場で私には打つ手がないからな。」
少し離れた位置でその会話を聞いていたヨナがコウレンに声を掛ける。
「私も貴女を死なせる訳にはいかない。
とにかく今は生き延びる事を考えましょう。ゴビ神官は野営地にいるわ。」
「ゴビ…」
そしてハクは痛みに耐えながら矢を引き抜き、傷口を押さえながら立ち上がった。
「ちょっといいか…ここを出る前に聞きたい事がある。」
ヨナはふらつくハクに付き添うように立ち、歩き出そうとする。
「四龍とリン、それからユンはどこだ?」
「あの者達は…」
コウレンが答える寸前、また矢が降ってくる。
「危ない!!」
「ちくしょ、まだいやがった。」
「ここは危険です。四龍様方は後程助けに参りましょう。」
「…っ」
「ハク、だめ。動かないで。」
矢から逃れたハクの頬を汗が伝い、それを見たヨナは彼を引き止めようとする。
「顔色が悪いわ、どこかに隠れて…」
「冗談。休んでる場合でも、死んでる場合でもないんでね。」
「っ…」
「リンにも姫さんの事を頼まれてるんで、こんな所で立ち尽くしてる訳にはいかないんですよ。
それよりもう離れないで下さいよ。いい加減しんどいんで。」
そのしんどさは体調の事なのか。それともヨナが彼を拒否した事についてなのか…
それをはっきりさせる事は出来ないまま、アルギラが敵を倒し、矢の雨が降らない瞬間に彼らは屋敷の外へと駆け出した。
彼らが戦っている頃、シンアが身を起こして監獄の外を見た。
私も何かを聞き取ってジェハとキジャの間に座ったまま、そっと顔を上げる。
「どうしたの、シンア?」
「リン…?」
「誰かが…ここに近付いて来てる…」
『足音が聞こえる…』
それは刀と弓矢を持った黒い装いの人々がこちらへやってきた足音だった。
彼らはミザリが倒れている牢の前で足を止める。
「…ん?なんです…?」
「五星の…ミザリか?」
「…はい。」
それを聞いた途端、ミザリの右胸に矢が刺さった。これには私達も目を丸くした。
「『えっ…』」
「ミザリ!?」
ユンが檻を掴んで言うと黒装束の男達の視線がこちらへ向けられる。
「あれは?」
「あっちは只の囚人だ。構うな。」
「リン…」
『この人達が…黒い気配の波の根源…』
「…やっぱりね。」
「うむ。」
私、ジェハ、キジャが小声で話しているのに気付かない敵達は話し続ける。
「殺すのはネグロ、ヨタカ、ミザリの3人だ。
ネグロ、ヨタカはコウレン姫の傍に居る可能性が高いぞ。」
「だとすれば先に入った連中がコウレン姫諸共殺ったはずだ。」
「ゴビ神官のご命令だ。タオ姫を連れ出すぞ。」
それを聞いていたユンが声を上げる。
「ちょっと待って!コウレン姫を殺したって…タオ姫を連れ出すってどういう事!?」
「喜べ、囚人。間もなくこの国には平和が訪れる。
横暴なコウレン姫は死に、タオ姫が玉座に座るだろう。我々反戦派の功績によりな。」
そのときミザリはコウレンが危険だと聞いて居ても立ってもいられず、檻をガンガン叩き始めた。
矢の傷を受けているなんて感じられない程に暴れる彼の姿に敵の方が怯えている。
「コウレン様が反戦派なんかにやられるわけないです!!
ネグロ先輩もヨタカ先輩もお前らなんかに負けないです!!
だいたい高華国が迫ってきてるのに王位争いなんて意味ないです!!」
「こいつピンピンしてやがる。」
「みんな死ぬのにバカじゃないです!?
そんな元気あるなら一人でも多く戦場で自爆しろってんですよ!!」
「殺せ。」
「待て!」
見ていられなくなったキジャが声を上げる。
「その者は既に手負いだ。尚も檻の外から矢を射るのか!?」
「やれ。」
自分の言葉を無視してミザリに矢を向けた敵に対して怒りを覚えたらしいキジャは、右手を大きくして檻を破壊した。
「よせ!!」
「「「「な!!??」」」」
驚く敵とは対照的に私とジェハは困ったように苦笑しつつ顔を見合わせる。
「はぁ…」
『やっちゃった…』
「なんだあの手…!!」
「あの手…もしや…」
「高華国の化け物か!?」
キジャはミザリを捕らえている檻を掴むと引き千切って言った。
「行け!主のもとへ。」
その声に応えるようにミザリは駆け出し、敵も彼を追いかける。ただ数人の敵は私達の前に立ちはだかる。
「ミザリを追え!!化け物は捕らえろ!!」
ふらついたキジャはこちらへ倒れ込んで来て、私の肩に頭を預けるように凭れて座り込む。
「やれやれ、回復もままならないってのに…」
『キジャ…大丈夫?』
「うっ…」
『無茶するから。』
「すまぬ…」
「キジャ君らしいとは思うけどね。」
『まぁ、文句も言っていられないわ。』
すると私達に背中を向けたシンアが外套にアオを乗せたまま立ち上がった。
『シンア…』
彼が目を覆う包帯をずらすと黄色くて美しい目を見開いた。
すると次々と敵が悲鳴を上げて倒れていった。
「青龍、麻痺返しは?」
「腕が…少し…でも足は動く。」
私とジェハはキジャを両側から支えて立ち上がり、ユンはシンアの力を目の当たりにして硬直していた。
私はユンの肩に手を乗せて頷き、再びシンアへ目を向ける。
「嫌な感じがする。もう動いてもいいよね?」
歩き出そうとするシンアを私は柔らかい声で呼び止めた。
『ちょっと待って、シンア。』
「リン…」
『シンア、ヨナがどこにいるかわかる?』
「うん…」
『それならヨナの所まで真っ直ぐ行ってくれればいいわ。彼女に呼ばれたら力を治めて?』
「やって…みる…」
『うん。ゼノはキジャをお願い。』
「お任せだから~」
『ユン…シンアを見守っててあげて?それにキジャが無理をしないように。』
「うん!!リンは…?」
『ジェハが跳びたがってるから私も一緒に行く。』
「僕だけの所為にしないでほしいな。
リンも早くヨナちゃんやハクの所に行きたいんでしょ?」
『…まぁね。』
「って事だから全員ヨナちゃんの所で合流しようね。」
「リン…剣はいいの?」
『それよりもここから逃げる方が先でしょ?』
「リンの剣…コウレンって人が…持ってた…」
『それならすぐに取り返せるかな…』
「ヨナちゃんの事だからコウレン姫と一緒にいるかもしれないね。」
『うん。……シンア…』
私は彼の頬へ手を添えるとその目を見つめて微笑んだ。
『また後でね。』
「うん…気をつけて…」
『ありがとう。シンアも…』
彼から離れてその背中をそっと押すと彼は前を見据えて敵をその目に宿る龍の力で薙ぎ払いながら進み始めた。
そんなシンアをユンが追いかけ、キジャに肩を貸すゼノも後に続く。
私とジェハもゆっくり後を追い、外に出ると屋根に跳び乗った。
「背中に乗って。」
『…大丈夫?』
「それが無理ならもっと早くに言ってるさ、シンア君達について行きなさいってね。」
彼の笑みに微笑み返し、私は彼に抱きついた。
「こっちの方が安定するかもね。」
『お互いに手負いだもの…ジェハに手を離されて背中から落ちるなんて御免よ。』
私が彼の首に腕を絡めると彼はすぐに屋根を蹴って跳び上がった。
私はヨナとハクの気配を追いながらジェハに指示を出し、且つ黒服の敵はジェハと共に彼の暗器を投げて倒して道を切り開く。
『…剣がないと不便ね。』
「リンって暗器も上手いね…」
『あまり得意ではないけどハクとじいやに鍛えられたから…一通りどんな武器でも使えるわ。』
その頃、私達より先に監獄を出たミザリは矢を受けて立ち尽くすネグロの前に立っていた。
コウレンが名残惜しくとも放置するしかなかったネグロはまるで死んでいるかのように立ったまま動かない。
「ネグロ…先輩…?ネグロ先輩、こんな所で何してるんです?
コウレン様はどこです…?ねぇ…」
ミザリがネグロの手に触れるとその瞬間、彼の手はネグロに掴まれ後ろへ放り投げられる。
するとネグロの首を矢が貫き、力尽きた彼の身体が倒れた。
最後の力を振り絞ってネグロはミザリを守ったのだ。
ミザリはそんな彼に駆け寄るがもう動かない彼の様子に怒りを露わにし、殺気を纏った。
そんな彼の左頬を矢が掠め、顔を上げると監獄でミザリに矢を向けていた男が弓矢を構えて立っていた。
「逃げ足の速い奴だ…もう無駄な抵抗はよせ。」
「ネグロ先輩、あいつらやっつけます…
いいですよね。僕、ネグロ先輩に怒られてばかりだったけど今はお役に立てますよね?」
彼は近くに落ちた矢を握ると地面を蹴った。
「五星の末っ子の姿、見てて下さい。」
ミザリは自分を襲う矢を全て躱し、敵の頭を地面に押しつけた。
そして馬乗りになると怯えて目を見開いている敵の目に矢を突き立てて息の根を止めた。
「ぎゃあああああ」
それを聞くとミザリは身を起こすが、監獄で射抜かれた傷口から血が広がる。
「コウレンさま…いま行きます。」
傷だらけのまま彼も主…コウレンの元へと歩き出した。
※“零”
歌手:蒼井翔太
作詞:長谷川澪奈
作曲:KoTa
高まっていた開戦派の士気も下がり、五星やコウレンに対する不信感が高まっていた。
特にユホンとの戦を知らない若い兵の中には風の部族の民に柔和な態度を示し始める者もいるほどだ。
「ハク様、ヨナ様が心配ならこちらから探しに行きますか?」
「…いや、下手に動いたら行き違いになるかもしれねぇからな。
それに…あいつらが目と鼻の先で捕らわれてる。いざって時は誰を敵に回しても俺が助ける。」
「すみません、ヨタカやミザリがあなたの仲間を捕らえなければこんな事には…」
「お前が謝る事じゃねぇよ。お前にとって対立しててもヨタカ達は仲間なんだな。代わりに謝るってそういう事だろ。」
「…こんな事がなければヨタカやネグロとは気が合うなと思っていたんです。
ですが、ヨタカやネグロはコウレン殿下と同じくユホンに強い恨みを持っています。
五星はバラバラになってしまいました。コウレン殿下とタオ姫も…あなた方風の部族が羨ましい。
あんなふうに皆で平和に過ごすのが私の夢です。」
そんなハク達がいる地へヨナもアルギラと共に急いでいたが、空の部族が動けない現状において援軍として水の部族から兵が集められているところに出くわしてしまっていた。
「やっぱりスウォンは水の部族に援軍を求めたのね。」
「打つ手が早ぇな、高華国の王は。」
この軍が真国に到着すれば戦が始まり、私達には死と拷問が待っている。
ヨナがどうするべきか馬車の中で考えていると戦場へと歩いていた兵の一人が馬車に気付いた。
彼が投げた槍が馬車の車輪に刺さり、馬車は兵の前へと落ちて行ってしまう。
「動くな!我が軍と並走して何を探っていた!?」
そこにアルギラが抱いて負傷する事は免れたヨナが外套で髪を隠したまま馬車から出た。
「見慣れぬ服装だな。怪しい奴!」
「ヨにゃん、ちょっと待ってろ!」
「アルギラ!」
彼は蹴りで兵を次々と倒していく。
「何の騒ぎだ。」
「これはケイシュク参謀。」
「その顔…まさか…」
その瞬間、やってきたのは馬に乗ったケイシュクだった。彼とヨナの目が合い、空気が凍る。
「ケイシュク参謀、お知り合いですか?」
「……いや…」
ただケイシュクがいるということはスウォンが近くまで来ているということ。ヨナは冷静に顔を上げて兵達に凜と言った。
「アルギラに手を出さないで。斉国のタオ姫からお預かりした大切な友人です。」
「斉国だと…!?」
「あなたが私の顔を知らないはずがない、ケイシュク参謀。
私はイル王の子、ヨナ。真国についてあなた達の主スウォンに話があります。
どうかスウォンのもとへ案内して下さい。」
「え、ヨナ姫!?」
「ケイシュク参謀、これは一体…」
「殺せ。ヨナ姫はハク将軍と共に北山の崖から落ちて亡くなられた。
この様なところで真国の話など持ち込む訳がない。この者達は真国の密偵だ。」
「ならば捕らえて陛下に報告を…」
「不要だ、殺せ。」
「ヨにゃん!ここは俺に任せて逃げろ!!」
アルギラがそう言うなか、ヨナは鋭い視線をケイシュクに向けた。
「ふざけるな。戦を前に真国の使者の言葉も聞かず、なぜここで不条理に殺されなければならない?
それが私の父を葬ってまで手に入れた地位でやりたかった事か。」
―この娘…本当にあのヨナ姫か…!?―
すると騒ぎを聞いて馬に乗ったある人物がやってきて、暢気な声を響かせた。
「どうしました?ケイシュク参…」
それはスウォンだったのだが、彼が見つめる先には鋭い視線を向けるヨナがいたのだった。
驚いて動きを止めたスウォンの後ろにやってきたのは、彼と同じく馬に乗ったジュドだった。
「陛下、どうされまし…」
スウォンに声を掛けたジュドも鋭い視線を送るヨナに気付き、息を呑む。
彼らの反応とヨナが名乗った事によって、兵達はざわつくばかり。
「スウォン陛下!この方は本当にヨナ姫なのですか?」
「ではイル陛下は…」
「下がれ、隊列に戻るんだ。」
そんな兵達はケイシュクの言葉に渋々隊列へ戻る。
スウォンは動きを止めてただヨナを馬の上から見つめるだけ。
―ヨナ…まさかこんな所まで…ハクは…?リンは…?―
ヨナの隣にいるのはアルギラ。彼はいつでも彼女を守れるように待機しているようだ。
「彼はタオ姫の従者アルギラ。ハクもリンもいないわ。私だけよ。」
「!」
―仲間が真国に捕らわれていると聞いたが…ハクとリンも?
彼ら不在のまま…戦を止める為、命懸けでここに来たのか…―
「スウォン、あなたに話があります。」
「…それについては返答済みです。これ以上話す事はありません。」
その会話を聞いてケイシュクは顔を少しずつ曇らせていった。
―陛下はヨナ姫が生きていた事を知っていたばかりか前々から接触を…!?―
ざわつき始める兵を連れてスウォンがヨナを無視して、再び戦場へ向かおうとすると彼女は両手を広げて馬の前に立ちはだかった。
「待って!」
「…」
「真国を今武力で抑え付けたら憎しみの連鎖は止まらないわ!」
「…コウレン姫は戦での解決をお望みです。」
「コウレン姫は民を慈しむ心を持っている。本当は民を犠牲になんかしたくないはずよ!」
ヨナの訴えを支えるようにアルギラも口を開く。
「タオ姫は一度あんたと話したいと言ってたぞ。
民の命が保証されるのなら、条件次第で高華国の属国となる未来も甘んじて受けるって。」
「…それは願ってもない事です。」
「じゃあ…」
「しかし次期国王はコウレン姫です。彼女が指導者である以上、戦は避けられません。」
「……17年前、ユホン伯父上が真国にした仕打ちをあなたは知ってるの?」
「捕虜の首を真国の城門へ投げ入れた事ですか?…戦ではよくある事です。」
「…ユホン伯父上のやり方を肯定するの…?」
「…状況によっては。」
「……そう。でもわかった、なぜユホン伯父上が王になれなかったのか。」
このヨナの迷いの無い言葉にはスウォンが顔色を変えた。
初めて変わった彼の顔色をヨナは目を背ける事も無く真っ直ぐ見据えた。
それを見て取ったケイシュクはスウォンを呼ぶ。
「スウォン様…兵に動揺が広がっています。先を急ぎましょう。」
「待って。何をそんなに急ぐの?話をしましょうよ、スウォン。
私はあの日からずっとあなたとまともに話してなんかいなかったのだから。」
ヨナの凛とした姿と表情にスウォンだけでなくジュドやケイシュク、他の兵も身動きひとつ取る事は出来なかった。
その間に風が吹き、彼女の綺麗な赤い髪を隠していた外套がはらりと落ちた。
―なにを…黙って見ている…彼女には何の手札もない…
立ち止まっている時間はないのだ……なぜ…動けない…―
そんなスウォンの脳裏にイルが生前言った言葉を思い出した。
「あの子はね、緋龍王の化身なんだよ。」
彼は顔を顰め一瞬俯いたが、すぐに平静を装ってヨナに問う。
「…ひとつ気になっている事があります。火の部族に……何かしましたか?」
ヨナは答えない。だがその沈黙こそが答えだった。
ケイシュクは火の部族にヨナが関与し、烽火を上げさせた事に気付き叫ぶ。
「誰か!この者達を捕らえよ!!真国の密偵だ!!」
「!ケイシュク参謀!!」
アルギラが庇うように立つヨナを槍を向ける兵達が囲む。
それでも彼女は逃げる事なくスウォン達を見据えていた。
「待って下さい。」
「わかっております。人目が多いここでは殺しません。」
「2人は捕らえるだけにしておいて下さい。」
「陛下…!!」
―甘い…!!この姫は城を出た時とはまるで違う…
火の部族の烽火に関わっているのなら尚更…!!
烽火を上げた事が問題なのではない…ヨナ姫の一声で火の部族を動かせる事が問題なのだ…!
そのような危険人物をなぜ…なぜ今まで生かしておいたのか!?―
「その様子だと…あなたも知っていたようですね、ジュド将軍…」
「…」
「なぜ今まで…」
ケイシュクが隣にいるジュドを責めようとした瞬間、少女の声が響いた。
「ちょっと、隊が止まっていると思ったら何をしているの?」
その声の主はリリだった。彼女は馬に乗ってケイシュクの後ろにアユラやテトラと共に姿を現すと、ヨナを見つけて言い放った。
「その子は私の友人よ。乱暴したら絶っ対許さないから!!」
「リリ…!」
―水の部族長の娘の友人だと…!?―
「リリさん…」
「何よ。私が水の部族軍の出陣を見に来ちゃいけない?
とにかくその子から武器を引きなさい、無礼者。
それとも空の部族は城を追い出してでも尚、ヨナ姫の命を奪おうとする恥知らずなの!?」
「っ…」
スウォンや空の部族を前にリリは言い放ち、その言葉に渋々兵達は槍を下ろした。
―リリ様こそなんて命知らずな…―
テトラが困ったように涙を流したのは秘密だ。
「ヨナ姫…」
「やはりあの方はヨナ姫なのか…」
空の部族兵の中にはリリを煩わしそうに見上げる者もいた。
―この反応…空の部族兵の中にはイル王暗殺に関わってる者もいるようね…―
「水の部族兵も聞きなさい。
ここにいるヨナ姫は水の部族の民を苦しめた麻薬を取り除く為、尽力してくれた。いわば私達の命の恩人よ。
ここには麻薬で家族を亡くした者もいるでしょう。
ヨナ姫に手出しするのは亡き家族を冒涜する行為と知りなさい!」
「ナダイを…ヨナ姫が…」
「本当ですか、リリ様…!」
「我々は何という無礼を…」
「ナダイから救って下さったなんて…」
「ありがとうございます、ヨナ姫…!」
「ありがとうございます…!」
「里の皆に必ず話します…!」
ヨナを称える感謝の言葉の嵐に彼女は驚いたように目を丸くし、スウォン、ジュド、ケイシュク、空の部族は居心地悪そうに目を背けた。
リリはすぐに馬から下りるとヨナに駆け寄って彼女を抱きしめる。
「ヨナ…あんたここで何してるの?」
「リリ…ありがとう。話はあとで。」
ぎゅっと抱き合ったヨナはすぐにリリから離れてスウォンを見上げる。
「スウォン、改めて言うわ。どうか真国との平和的解決を。」
「…なぜ……それが通ると思っているのですか…」
「コウレン姫もタオ姫も民を犠牲にしたくはないはずだし、あなたも夥しい数の死を望んではいないと信じたいから。」
「…………わかりました、真国との会談を開きましょう。」
「陛下…!」
スウォンの言葉にケイシュクが反論するが、スウォンの決意は変わらない。彼はそのまま条件を突きつけた。
「但しコウレン姫とタオ姫がその席に就くこと、
国内自治権思想・信仰の自由は認めますが、外交と軍事の自由を奪うという条件をのむこと。
コウレン姫が戦いを挑むとも考えられるので、軍はこのまま真国へと向かいます。
どうですか?この条件をのむとは思えませんが。」
「………わかった。伝えるわ。馬を貸して。」
ヨナは外套を羽織ると1匹の馬を受け取り、アルギラに引き上げられると彼の後ろに跨がって風の部族領へと急ぐ。そこでハクが待っているからだ。
ヨナとアルギラが立ち去ると兵はざわつき始める。
「ヨナ姫は従者に連れ去られ失踪したと聞いていたが。」
「本当は…」
「しっ、静かにしろ。」
それを聞きながらリリは馬上のスウォンを見上げる。
「こんな事では陛下の今の地位は揺らがないでしょう?
……陛下も私の恩人よ。だからこそ私の大切なあの子をあなたの手で殺してほしくないの。」
その言葉にケイシュクは益々顔を顰め、スウォンは何か思うところはあったが何も言わなかった。その後、彼らは兵を静めると進軍していった。
その頃、真国との国境に展開する風の部族野営地ではテウとヘンデが他の民と共に遠くを眺めていた。近くにはハクとヴォルドが控えている。
「…空の部族兵、もう来ねぇのかな。」
「これといって伝令ないしね。」
「まあ来たら王命に叛く事になるんだけどな。」
「そっか。空の部族軍が到着したら開戦に加われと言われてるだけだから…俺らまだ王命に叛いてないのか。
なんかもうハク様いるし、逆らってる気でいたよ。」
「ハク様を守る為ならいつでも逆らうけどな。」
そのとき、真国の領地に黒い服を着た怪しげな隊を見つけた。
「おい、真国側見ろよ、あれ。」
黒い外套を被り顔を隠す彼らは怪しいが、それを見てヴォルドがはっとした。
「なんだあいつらは…」
「あの方達は…ついに来たか。」
「誰だ?」
「反戦派の方々です。」
「反戦派…お前の仲間か?」
「ああ…はい。仲間というか…主にタオ姫を支持している貴族の方々です。
コウレン殿下が軍隊と共にこの町へ入ったと聞き、穹城より反戦を訴えに来たのでしょう。」
「…」
ヴォルドが貴族達に駆け寄るのをハクは少し遅れて追いかける。
「ゴビ神官。」
「おお、ヴォルドか。」
「よく来て下さいました。」
貴族達の最前線にいた男はゴビという神官らしい。
その顔は何かを企んでいるかのように歪んでハクの目には映った。
「タオ姫がコウレン姫に捕らわれていると聞き急ぎ参った。」
「はい、タオ姫は今コウレン殿下の御座す(おわす)屋敷に。」
「…そうか。タオ姫は我ら反戦派の…平和の象徴。
何としてもコウレン姫より取り戻さねば。…ところでそちらは?」
「この方は高華国の元将軍、ハク様です。
タオ姫に協力し、両国の和平の為に尽力して下さってます。」
「ほう…それは有難い…」
反戦派がやってきた事によって兵達にざわつきと緊張が広がっていく。
「よし…!これで開戦派の暴走を止められる。
それでなくても士気が下がっている今ならばタオ姫の願いも叶えられるかもしれない…!」
ヴォルドは意気込んでいたが、ハクは反戦派を信用する事は出来ないでいた。
―なんか…胡散臭い奴らだな…―
「リン、どう思う。」
自然と問い掛けてから自分の横を見て私がいない事に気付いたハクは溜め息を吐いて、胸元に挿した私の簪を撫でた。
「いない奴に問い掛けても意味ねぇよな…」
―お前がいねぇと駄目そうだ、リン…―
彼が天を仰いでいる頃、反戦派が町へやってきていると知らされた真国の五星…ヨタカとネグロはコウレンの元へと急いでいた。
「なに!?反戦派が潸潸(サンサン)へぞくぞくと入って来ているだと!?」
「はい。コウレン殿下の御座す(おわす)屋敷へタオ姫を返せと押しかけています。」
「くっ…国内で揉めてる場合ではないというのに、こんな前線にまで。
戦を前に民を惑わすつもりか…!」
彼らが到着した屋敷では私がジェハに凭れたまま何かを感じ取り目を開いた。
『騒がしい。』
「え?」
「リン…?」
「戦か!?」
『ううん、違う。何か黒い感情の波が屋敷に集まってる…
コウレン姫の味方でもタオ姫の味方でもない気がする…』
「…それは嫌な空気だね。」
『…』
私は目を閉じると屋敷の外にいるコウレンや黒い感情の波が話す言葉へ耳を傾けた。
私が意識を集中し始めた事に気付いたジェハは一瞬だけ私の肩を揺らす。
目を開いて身を寄せているジェハに目を向ける。
『ん?』
「無理はしないで。」
『うん…でも何か情報が得られた方がいいでしょ?』
「そうだね…だから止めはしない、でも無理をしているように見えたら僕は止めるから。」
『わかってる。』
そう呟いて私は再び目を閉じ、意識を集中するとコウレン達の会話へ耳を傾けた。
ちなみにまだ私、キジャ、ジェハは貧血気味で体力は回復していない。
体力の限界によって眠っていた間にヨナとハクは高華国へ行ってしまい、今の私の体力では彼らの気配を追いかける事は出来ない。
彼らの行動を読み取れない為、私は不安になりつつも今は信じる事しか出来ないと割り切っていた。
―だから今は自分に出来る事を…ここにいるみんなと生きる為に…―
そうしているとはっきりと私の耳へある声が聞こえてきた。
「タオ姫をお返し願いたい!!」
「お返し願いたい!!」
「平和を願うタオ姫を攫い拘束するなど次期国王のなさる事とは思えぬ!!今すぐタオ姫の解放を!!」
「お待ち下さい、ゴビ神官!!」
―黒い感情の波の中心にいるのはゴビっていう神官…
コウレン姫を庇うように波の前に立つのはヨタカとネグロっていう五星かしら…―
「じきに高華国と戦が始まります。タオ姫は安全の為、ここに居て頂いてるだけのこと。乱暴は一切しておりません。」
「嘘をつけ。五星だからとつけ上がりおって。
聞いたぞ、ミザリが味方の兵を斬りつけたと。
今や兵や民がお前達やコウレン姫に怯えているそうではないか。」
―なるほど…ミザリが牢に入れられたのは味方の兵を斬ったからなのね…―
「いずれ神は横暴なお前達に罰をお与えになるぞ。
無能者には見えんようだな、コウレン姫の頭上に下る神の鉄槌が。」
これにはヨタカが怒りを露わにし、ゴビの胸倉を掴んだ。
「言葉が過ぎるぞ…」
「無礼な…っ」
「ひっ…」
「下がれ、ヨタカ、ネグロ。」
「コウレン姫…」
扉を開けてザッと進み出たコウレンの言葉にヨタカとネグロは控えるように下がる。
「ゴビ神官…ここは戦場だ。私と共に戦う気にでもなったか?」
「コウレン姫…穹城に戻られませ。国王様がご危篤です。」
これにはコウレンも目を見開いたが、すぐ冷静に返答した。
「お前が言うと嘘か真かわからんな。」
「偽りなど申す筈も無い。戦などはやめて国王様のもとへお早く…」
「敵もじきここへ来る。放り出す訳にもゆくまい。」
「コウレン姫!一年前、国王様が病に伏せられてからコウレン姫は国王に代わり、政の全てを取り仕切って来られた。
まるでもう王にでもなられたかのように!
私は真国の神官として国王様に申し上げたのです。タオ姫こそ神に選ばれた次期真国王だと…!!
タオ姫はこの国に愛と平和をもたらす…国王様と貴女様はその神の声に聞く耳を持たず、己が憎しみを晴らす為民を地獄へと道連れに…」
「わかっている、お前が私よりタオを御し易いと考え、王にさせたがっている事は。」
ゴビの説教をコウレンは冷ややかに聞き流した。
「なにを…」
「妹を見縊る(みくびる)なよ。あれは私より頑固で慎重だ。
タオがなぜ自分に擦り寄るお前達から離れ、アルギラとヴォルドら数人のみを連れて独自に動いていたか、神に教えてもらったらどうだ?」
『ふっ…』
「リン?」
「お嬢…自分を捕らえてる国の現状を聞いて笑ってるみたいだから~」
「…笑えるような状況じゃないと思うんだけど。」
「そんな僕達の言葉は今のリンに聞こえていないようだね。」
「ジェハ…リンが倒れる前に止めるのだぞ。」
「わかってるさ。」
―どこの国にもいるのね、王を操って国の実験を握ろうとする腐った輩が…―
「なっ、何を申される!タオ姫は我々にいつも感謝を…」
言い返そうとするゴビの背後を見ながらコウレンは言う。
「お、高華国軍が………」
「!」
「まだ来ておらんようだ。」
「~~~~~~っっ」
誘導され怯えたゴビにコウレンは城へ戻るよう告げる。
「穹城に帰るのはお前達ぞ。私は父への別れはとうに済ませた。
高華国の王スウォンはイルのように情け深くはない。
首を城門に投げ入れられる前にこの場から逃げた方が良いぞ、17年前の戦で離島に逃げた時のようにな。」
コウレンはそう言い残し屋敷内へ戻る。その場に残されたゴビは部下達と共に再び戦場へ戻って行った。
私はすっと目を開きニヤリと笑う。
「お嬢、楽しそうだから~」
『いろいろわかったわよ。』
「時間はあるんだから、ゆっくり教えてくれる?」
『えぇ。』
私はぽつりぽつりと聞き取った事を説明していった。
「…へぇ、そのゴビ神官って奴怪しいね。」
『コウレン姫が言った事が正しいなら…ゴビ神官が実権を握る為にタオ姫を玉座に据えようとしているなら…
下手をするとこの戦は面倒な事になるかもしれない。』
「面倒な事?」
「開戦派、反戦を訴えるタオ姫派、ゴビ神官派…」
『うん。普通にぶつかっただけならば神官派は弱い。
ただ神官の言葉には力がある…変に戦へ関与してきたら、言葉に操られた人々が神官派として参戦してくる可能性もある。』
「リンの想像は当たるからなぁ…」
「嫌な想像しないでよ。」
『そう言いつつユンも暗い顔してるよ。』
「だって…」
俯くユンへと手を伸ばし、彼の柔らかい髪を撫でてやる。
彼が私をじっと見つめた為、私はふわっと微笑んだ。
『今の私達に出来る事はない。下手に動かない方がいい。』
「リン…」
「そうだね。もう暫く休ませてもらおう。」
「ジェハ…」
「お嬢も緑龍も白龍も今のままだと戦うのもままならないから~」
「「『…』」」
ゼノの言葉に私達は肩を竦め、再び互いに凭れるように身を寄せると眠ったのだった。
その頃、ヨタカとネグロは屋敷の前でゴビ神官達について話していた。
「あの者達はどうも虫が好かん。
平和と愛を謳いながら、その中身は血も流さず責任も取らず権力者の甘い汁を吸っているだけだ。
…ってヨタカ、何をしている?」
「美容薬を塗っている。」
ヨタカはネグロの話を聞いていたのかいないのか。鼻筋に美容薬を塗りながら相槌を打つだけ。
「…高華国の薬はなかなかよく効く。」
「お前は…何でそう…自由なんだ。」
「俺のどこが?アルギラほどではない。」
「せめてヴォルドが居てくれたら…あいつが一番まともだった…」
「言うな、コウレン殿下に取り立ててもらった恩も忘れた愚か者の事は。」
「ヴォルドとアルギラは派閥が分かれる前からタオ姫を慕っていたからな。引き止める隙もなく去って行った。」
「言うなと言っている。」
「反戦派は民を道連れに滅びるつもりかとコウレン殿下を罵るが俺はそうは思わない。
コウレン殿下は対高華国の為に五星を作り、軍師達と共に戦略を練って来られた。」
ネグロは自分が高華国との戦いを終え傷だらけで帰国した時に目の当たりにした光景を思い出していた。
たった10歳の姫が斬られた民の首を抱きしめ、竦み上がる大人達の中で悪鬼の居る国を睨みながら進み、次々と民の首を拾い続け、最終的に首があり生きているネグロを見つけ彼に抱きついて安堵の声を上げて泣きじゃくったのだ。
そのときネグロは誓ったのだ、どれだけ傷を負おうともコウレンの為にこの身を捧げよう、と。
「勝つ為にこの17年間、己の幸せも求めず闘ってこられたのだ。
だが今や五星もバラバラになり、今更…後戻りも出来ない。ヨタカ、お前はどこにも行かんよな?」
「…行く所もない。たぶんミザリもな。
どのような未来になろうとも我らだけはあの御方のおそばに。」
暫く彼らは並んでいたが、ヨタカは戦場へ戻った。ネグロはコウレンの護衛として屋敷に残る。
そんな屋敷の牢から月夜へ静かだが強い歌声が響いていった。
《零》
「リン…?」
「この歌声は…リンさん…」
監獄内だけでなく屋敷内にも響いた歌声を聞いてタオも顔を上げる。
私の歌う曲の歌詞は受け取る者によって意味合いが変わってくるだろう。それぞれ大切に想う相手は異なるのだから。
「身体に応えるよ、リン…」
『あら、嫌いだった?』
「ううん。」
「ジェハはただリンに無理をさせたくないだけだ。」
「余計な事は言わないでくれるかな、キジャ君。」
『言われなくてもわかってるわ。だからキジャを責めないで。』
「っ…」
その曲を聞いていたのはコウレンも同じ。彼女の近くには私の剣があった。
「不思議な女だな…」
同じ頃、ハクは風の部族の民に囲まれたまま座って真国を見つめていた。
「ねぇ、ハク様。」
「ん?」
「もう風牙の都には帰って来るんだよな?」
「…」
「そこなんで黙るかな。もういいだろ?帰っても王に見付からないように俺らが守るし。」
「……それは…」
「馬の蹄の音が聞こえる。空の部族軍か!?」
民は皆、ハクを庇うように蹄の音の方へ対峙した。
だがやってきたのは馬に乗ったアルギラと、彼の腰にしがみついて後ろに乗ったヨナだった。ハクとヴォルドはすぐに彼らに駆け寄って行く。
「アルギラ戻ったか。」
「おう、色々あったぜ。聞いてくれよ、ヨにゃんがすげーんだ。」
そのとき疲れてふらついていたヨナが倒れていって、咄嗟にハクが抱き留める。
「姫さん…大丈夫ですか?」
「…ハク…」
ヨナが顔を上げるとあまりに近い距離にいたハクに驚いて、顔を真っ赤にすると馬上から彼の頭を抑え付けた。
「だ、大丈夫!」
「…」
「ハク様、何か拒否られてない?」
「ってか、姐さんがお姫様と一緒にいたわけじゃないのか…?」
「リンなら…今真国に捕まってるわ。」
「「っ!!!」」
ヨナの言葉にテウとヘンデは息を呑みつつハクを睨み付ける。ハクはきちんと私の現状を説明していなかったのだ。
「…だから姐さんの髪留めがハク様の服に挿してあるわけね。」
「…」
「はっ!コウレン姫はどこ!?」
「コウレンなら今屋敷に。」
「すぐに行かなきゃ。スウォンに会ってきたの。」
「!」
「そ、それで?」
「条件付きだけどコウレン姫とタオ姫が一緒ならば会談を開くと約束してくれたわ。」
「おぉ…それはすごい成果ですよ。」
「でもコウレン姫がそれを受け入れないとここはすぐにでも戦場になる。」
「わかりました、コウレン殿下のもとへ。」
ヴォルドの言葉を合図にハクは馬から下りたヨナ、アルギラ、ヴォルドと共に真国の屋敷へ向かおうとする。そんなハクにテウが声を掛けた。
「ハク様っ」
「テウ、空の部族軍が到着したら…」
「わかってる。戦には参加しないんだよな。」
「いや、風の部族を守る事を考えろ。」
「えっ、でも…」
「真国軍の戦意を喪失させただけでもう充分だ。」
「じゃあハク様は…」
「俺は…俺とリンは風の部族を出た。」
そして彼はテウの肩に手を乗せた。
「風の部族を頼む、テウ将軍。」
ヨナ、ハク、アルギラ、ヴォルドが駆け出そうとしたところにゴビ達がやってきた。
「そこの御方、どうかお待ちを。」
「どなた?」
「反戦派の神官ゴビ様です。」
「反戦派…じゃあタオ姫の味方?」
「こちらは高華国のヨナ姫です。今急ぎコウレン殿下にお伝えすべき事が…」
「おお…ヨナ姫…そうですか。お話はヴォルドから聞きました。
あなたがタオ姫を助けて下さった…」
「ごめんなさい、神官様。今はすぐにコウレン姫に会わなければ。お話は後程…」
「いや、コウレン姫は戦を前に休息を取ると仰っていた。明朝にするのがよろしかろう。」
「それでは間に合いません。高華国軍がこちらに向かっているのです!」
「なに…!?それは詳しくお話を…」
そのときハクが核心を突くように言った。
「…神官とやら。何かコウレンの所へ行ったらマズい事でもあるのか?」
「は…?私がなぜそのような…私はただ…」
ヨナはゴビの顔色を見て、その小さな変化を読み取ると言葉を無視し、ゴビを振り切って走りだした。
「あっ、お待ちを!」
そんなヨナの背中をハク達も即座に追いかけたのだった。
彼らが向かっていた屋敷ではコウレンがタオを屋敷前に呼んでいた。近くにはネグロも控えている。
「父上が危篤だそうだ。…お前はヨナ姫が戻ると思うか?」
「…はい。」
「お前はスウォンを悪鬼だとは思っていないのだな。
私はイルを殺したのがスウォンだと知り、やはりユホンの息子よと憎しみが深くなった…」
―しかしあの姫から感じたのは憎しみより仲間を救いたいという想い…どうしたらあのように生きられるのか…―
コウレンは寂しげに微笑み、先程聞いたばかりの私の歌を思い出した。
―救いたい想いを抱く姫と、それを信じいつまでも待つと誓う者達…あのように生きられたなら、どんなに良かっただろうか…―
彼女の脳裏に蘇ったのはミザリが言った言葉だった。
「何人いてもあっという間に死にます。これから始まる戦はそういう戦ですよね?」
―私の生きてきた道は決してそんな戦にする為に歩いてきたわけではなかった…だがもう戻れない…―
「タオよ、お前を解放する。父上のもとへ帰れ。」
「お姉様…!?」
「あの姫が出て行って十日過ぎようとしている。これ以上は待てない。ヨナ姫は死んだのだ。」
「もう少し待って下さい、ヨナ姫はきっと…」
「間もなく国境は高華国の軍勢で埋め尽くされる。
私は中央であの男…スウォンを迎えうつ。この戦を始めた責任を必ず果たす。」
「お姉様、待って!では四龍様を…あの方達も解放して下さい!」
「あの者達はまだ利用価値がある。」
「お姉様っ」
「連れて行け、ネグロ。」
「お姉様…」
そのときタオの目にコウレンと、彼女を背後から狙い光った矢尻が見えた。
コウレンはタオとネグロの方を向いている為、自分を狙う敵に気付いていないようだ。
「お姉様…!!」
『っ!!』
私は自分に流れ込んで来る気配の波にはっとして身を起こした。
身体中の傷が痛むがそれより頭が痛む程の気配に身体を震わせていた。
『はっ…はっ…』
「「「リン!!?」」」
『何…これ…』
「リン、しっかり!!」
「お嬢、気配を追うのをやめて!!」
『止めようと…してる…でも押し寄せて…来るの…!!』
「…リン、ごめんね。」
ジェハはそう呟くと私の頬を叩いた。すると乾いた音と共に私の顔は勢いよく右下へ向く。
『かはっ…』
「ごめん。もう押し寄せて来てない?」
『はぁ…うん…ありがと…落ち着いた…』
ドス黒い気配が多く、また体調が優れない為に龍の力を制御出来なかった私はジェハが頬を叩いた衝撃で正気に戻った。
「…お嬢、もう気配は追わなくていい。でも何を感じ取ったのかは教えて。」
『この屋敷で何かよくない事が起きてる…
気配だけじゃない…悲鳴と刀のぶつかり合う音が聞こえた…』
「…」
『シンア、何か見えた?』
「…みんな…死んでる…」
「「「「『っ!』」」」」
「それに…弓を構えている人達が…」
「『っ!!!』」
そのとき私とシンアは同時に反応した。
『ヨナ…?』
「うん…」
「姫様が…いるのか…?」
『いる…気がする…』
彼女が近付いてくるのを感じたのは恐らく龍の血が流れているからだろう。
「だったら早く…!!」
「ユン君、落ち着いて。」
「でもっ!!」
『焦ったら駄目よ。外の様子がわからない今、下手な真似は出来ない。』
「ヨナちゃんにはハクがいる。大丈夫。信じよう。」
その頃、屋敷に到着したヨナ、ハク、アルギラ、ヴォルドは見張りの兵達が血を流して倒れているのを見つけた。
屋敷を囲む塀に人影を見つけたヨナは声を上げた。
「扉を開けて。」
アルギラとハクが扉を蹴り開けるとそこにはコウレンとタオ、そしてコウレンの前で胸に矢を受けて立つネグロがいたのだった。
「ネグロのおっさん!!」
「これは…っ」
「ヨナ姫!?」
「タオ姫、一体…っ」
「来てはだめっ!何者かがこの屋敷に…」
塀の上からこちらを狙う人影に向けてヨナは弓矢を構えるが、予想以上に多くの矢の雨にハクが咄嗟に彼女を抱き寄せる。
「姫さん!!」
タオはアルギラに抱かれ、ヴォルドは矢を剣で薙ぎ払う。
矢が治まるとヨナはぎゅっと閉じていた目を開き、自分に覆い被さっているハクを呼ぶ。
「ハク…ハク!?」
「う…」
彼の左肩や腕には数本の矢が刺さっていた。
ヨナはそれを見つけて涙を浮かべながら焦ったように彼を何度も呼ぶ。
「ハク!!!」
「掠り傷です…」
ハクは彼女を安心させる為に無理矢理笑みを浮かべて彼女の肩に手を乗せた。
そのときタオの声を聞いて、彼らは顔を上げる。
「ネグロ!!」
そこにはコウレンを庇って身体中に矢を受けても意識を保ち、その場に立っているネグロがいた。
彼は血を吐きつつもコウレンを思っていた。
「…ご無事ですか…殿下…」
「…問題ない。」
「どうか…私の傍から…離れないで…下さい。敵は複数…殿下を狙っています…」
「スウォンの刺客か…?」
「それは違うわ!スウォンとは戦ではなく、まず会談を開くと約束して来たもの。」
「本当ですか、ヨナ姫!?」
コウレンはヨナの言葉に自分の鼓動が大きく鳴ったのを感じた。
―この娘スウォンを説き伏せたのか!?来る…!!あの男の息子が…!!―
彼女の脳裏にはユホンの顔と城内に投げ入れられた民の首の数々を思い出していた。
今ここで死ぬ訳にはいかない…そんな想いが彼女の中を駆け巡る。
彼女は敵を見据えたままヨナへ手を向けた。
「ヨナ!!お前の弓をこちらに!!」
「えっ…」
「お前は撃てぬだろう!?私によこせ!!早く!!」
ヨナはすぐに自分の持つ弓矢を投げ渡し、コウレンが弓を構える。
そんな彼女の盾となるようにネグロが立つ。
「ネグ…」
「殿下、この身は貴女の盾。存分に!!」
そう言い放ったネグロはニヤリと笑う。
「私はもはや只の木偶(でく)…どうか…お使い下さい。」
「ネグロ…」
不撓(ふとう)の身に誇りを持ち、コウレンの前で敵に膝を折らないネグロの覚悟を感じ取ったコウレンは涙を浮かべながらも敵を見据えた。
「来世で逢おう。」
矢の雨が降り注ぐなか、コウレンはネグロを盾にして次々と矢を射っていく。
それはネグロを信じているからこそ出来る事だが、あまりに多くの矢を受けるネグロの姿にヨナやタオだけでなくその場にいたコウレンとネグロ以外の全員が息を呑んだ。
「な…なんだ、あの男…あれだけ矢を受けて倒れない…」
怯えていたのは敵も然り。
矢の雨が治まるとコウレンは自分の前に立つネグロの背中に額を当てて悲しそうに俯いたのだった。
そんな彼女をまだ背後に残っていた敵が狙う。
「コウレン姫!!」
「御免!!」
そんな彼女を助けたのはヴォルドだった。
「ヴォルド…!」
「姿勢を低くして下さい!」
別の位置からコウレンを狙う敵にはアルギラが煉瓦を投げつけた。
「大丈夫か、コウレン姫!!?」
「お姉様っ」
「アルギラ…」
「殿下!私が援護します、ここから脱出を。」
「お前はタオを守れ。反戦派の手は借りん。」
「反戦派である前に私は真国の民です!貴女に何かあっては真国は立ち行きません!!
私も五星の一人です!ネグロの代わりに今度は私が貴女の盾となります。
タオ姫と共にどうかこの国を導いて下さい。」
「タオと…この国を…か。今私に刃を向けているのは私の民だというのに。」
「え…」
「スウォンでないとすれば恐らく反戦派のゴビ神官…」
「まさか…!」
この発言にヨナとハクが驚く事はなかった。
「ゴビ神官は平和を重んじる御方…こんな卑怯な…」
「お前のような純粋な者には理解出来んだろう。現にタオは狙われていない。」
「では私が出て行って説得を…」
「それでは奴らの思うつぼだ、遠慮なく他の者を攻撃出来るのだから。
…いや、既に勝敗は決しているのかもしれない。
開戦どころかこの場で私には打つ手がないからな。」
少し離れた位置でその会話を聞いていたヨナがコウレンに声を掛ける。
「私も貴女を死なせる訳にはいかない。
とにかく今は生き延びる事を考えましょう。ゴビ神官は野営地にいるわ。」
「ゴビ…」
そしてハクは痛みに耐えながら矢を引き抜き、傷口を押さえながら立ち上がった。
「ちょっといいか…ここを出る前に聞きたい事がある。」
ヨナはふらつくハクに付き添うように立ち、歩き出そうとする。
「四龍とリン、それからユンはどこだ?」
「あの者達は…」
コウレンが答える寸前、また矢が降ってくる。
「危ない!!」
「ちくしょ、まだいやがった。」
「ここは危険です。四龍様方は後程助けに参りましょう。」
「…っ」
「ハク、だめ。動かないで。」
矢から逃れたハクの頬を汗が伝い、それを見たヨナは彼を引き止めようとする。
「顔色が悪いわ、どこかに隠れて…」
「冗談。休んでる場合でも、死んでる場合でもないんでね。」
「っ…」
「リンにも姫さんの事を頼まれてるんで、こんな所で立ち尽くしてる訳にはいかないんですよ。
それよりもう離れないで下さいよ。いい加減しんどいんで。」
そのしんどさは体調の事なのか。それともヨナが彼を拒否した事についてなのか…
それをはっきりさせる事は出来ないまま、アルギラが敵を倒し、矢の雨が降らない瞬間に彼らは屋敷の外へと駆け出した。
彼らが戦っている頃、シンアが身を起こして監獄の外を見た。
私も何かを聞き取ってジェハとキジャの間に座ったまま、そっと顔を上げる。
「どうしたの、シンア?」
「リン…?」
「誰かが…ここに近付いて来てる…」
『足音が聞こえる…』
それは刀と弓矢を持った黒い装いの人々がこちらへやってきた足音だった。
彼らはミザリが倒れている牢の前で足を止める。
「…ん?なんです…?」
「五星の…ミザリか?」
「…はい。」
それを聞いた途端、ミザリの右胸に矢が刺さった。これには私達も目を丸くした。
「『えっ…』」
「ミザリ!?」
ユンが檻を掴んで言うと黒装束の男達の視線がこちらへ向けられる。
「あれは?」
「あっちは只の囚人だ。構うな。」
「リン…」
『この人達が…黒い気配の波の根源…』
「…やっぱりね。」
「うむ。」
私、ジェハ、キジャが小声で話しているのに気付かない敵達は話し続ける。
「殺すのはネグロ、ヨタカ、ミザリの3人だ。
ネグロ、ヨタカはコウレン姫の傍に居る可能性が高いぞ。」
「だとすれば先に入った連中がコウレン姫諸共殺ったはずだ。」
「ゴビ神官のご命令だ。タオ姫を連れ出すぞ。」
それを聞いていたユンが声を上げる。
「ちょっと待って!コウレン姫を殺したって…タオ姫を連れ出すってどういう事!?」
「喜べ、囚人。間もなくこの国には平和が訪れる。
横暴なコウレン姫は死に、タオ姫が玉座に座るだろう。我々反戦派の功績によりな。」
そのときミザリはコウレンが危険だと聞いて居ても立ってもいられず、檻をガンガン叩き始めた。
矢の傷を受けているなんて感じられない程に暴れる彼の姿に敵の方が怯えている。
「コウレン様が反戦派なんかにやられるわけないです!!
ネグロ先輩もヨタカ先輩もお前らなんかに負けないです!!
だいたい高華国が迫ってきてるのに王位争いなんて意味ないです!!」
「こいつピンピンしてやがる。」
「みんな死ぬのにバカじゃないです!?
そんな元気あるなら一人でも多く戦場で自爆しろってんですよ!!」
「殺せ。」
「待て!」
見ていられなくなったキジャが声を上げる。
「その者は既に手負いだ。尚も檻の外から矢を射るのか!?」
「やれ。」
自分の言葉を無視してミザリに矢を向けた敵に対して怒りを覚えたらしいキジャは、右手を大きくして檻を破壊した。
「よせ!!」
「「「「な!!??」」」」
驚く敵とは対照的に私とジェハは困ったように苦笑しつつ顔を見合わせる。
「はぁ…」
『やっちゃった…』
「なんだあの手…!!」
「あの手…もしや…」
「高華国の化け物か!?」
キジャはミザリを捕らえている檻を掴むと引き千切って言った。
「行け!主のもとへ。」
その声に応えるようにミザリは駆け出し、敵も彼を追いかける。ただ数人の敵は私達の前に立ちはだかる。
「ミザリを追え!!化け物は捕らえろ!!」
ふらついたキジャはこちらへ倒れ込んで来て、私の肩に頭を預けるように凭れて座り込む。
「やれやれ、回復もままならないってのに…」
『キジャ…大丈夫?』
「うっ…」
『無茶するから。』
「すまぬ…」
「キジャ君らしいとは思うけどね。」
『まぁ、文句も言っていられないわ。』
すると私達に背中を向けたシンアが外套にアオを乗せたまま立ち上がった。
『シンア…』
彼が目を覆う包帯をずらすと黄色くて美しい目を見開いた。
すると次々と敵が悲鳴を上げて倒れていった。
「青龍、麻痺返しは?」
「腕が…少し…でも足は動く。」
私とジェハはキジャを両側から支えて立ち上がり、ユンはシンアの力を目の当たりにして硬直していた。
私はユンの肩に手を乗せて頷き、再びシンアへ目を向ける。
「嫌な感じがする。もう動いてもいいよね?」
歩き出そうとするシンアを私は柔らかい声で呼び止めた。
『ちょっと待って、シンア。』
「リン…」
『シンア、ヨナがどこにいるかわかる?』
「うん…」
『それならヨナの所まで真っ直ぐ行ってくれればいいわ。彼女に呼ばれたら力を治めて?』
「やって…みる…」
『うん。ゼノはキジャをお願い。』
「お任せだから~」
『ユン…シンアを見守っててあげて?それにキジャが無理をしないように。』
「うん!!リンは…?」
『ジェハが跳びたがってるから私も一緒に行く。』
「僕だけの所為にしないでほしいな。
リンも早くヨナちゃんやハクの所に行きたいんでしょ?」
『…まぁね。』
「って事だから全員ヨナちゃんの所で合流しようね。」
「リン…剣はいいの?」
『それよりもここから逃げる方が先でしょ?』
「リンの剣…コウレンって人が…持ってた…」
『それならすぐに取り返せるかな…』
「ヨナちゃんの事だからコウレン姫と一緒にいるかもしれないね。」
『うん。……シンア…』
私は彼の頬へ手を添えるとその目を見つめて微笑んだ。
『また後でね。』
「うん…気をつけて…」
『ありがとう。シンアも…』
彼から離れてその背中をそっと押すと彼は前を見据えて敵をその目に宿る龍の力で薙ぎ払いながら進み始めた。
そんなシンアをユンが追いかけ、キジャに肩を貸すゼノも後に続く。
私とジェハもゆっくり後を追い、外に出ると屋根に跳び乗った。
「背中に乗って。」
『…大丈夫?』
「それが無理ならもっと早くに言ってるさ、シンア君達について行きなさいってね。」
彼の笑みに微笑み返し、私は彼に抱きついた。
「こっちの方が安定するかもね。」
『お互いに手負いだもの…ジェハに手を離されて背中から落ちるなんて御免よ。』
私が彼の首に腕を絡めると彼はすぐに屋根を蹴って跳び上がった。
私はヨナとハクの気配を追いながらジェハに指示を出し、且つ黒服の敵はジェハと共に彼の暗器を投げて倒して道を切り開く。
『…剣がないと不便ね。』
「リンって暗器も上手いね…」
『あまり得意ではないけどハクとじいやに鍛えられたから…一通りどんな武器でも使えるわ。』
その頃、私達より先に監獄を出たミザリは矢を受けて立ち尽くすネグロの前に立っていた。
コウレンが名残惜しくとも放置するしかなかったネグロはまるで死んでいるかのように立ったまま動かない。
「ネグロ…先輩…?ネグロ先輩、こんな所で何してるんです?
コウレン様はどこです…?ねぇ…」
ミザリがネグロの手に触れるとその瞬間、彼の手はネグロに掴まれ後ろへ放り投げられる。
するとネグロの首を矢が貫き、力尽きた彼の身体が倒れた。
最後の力を振り絞ってネグロはミザリを守ったのだ。
ミザリはそんな彼に駆け寄るがもう動かない彼の様子に怒りを露わにし、殺気を纏った。
そんな彼の左頬を矢が掠め、顔を上げると監獄でミザリに矢を向けていた男が弓矢を構えて立っていた。
「逃げ足の速い奴だ…もう無駄な抵抗はよせ。」
「ネグロ先輩、あいつらやっつけます…
いいですよね。僕、ネグロ先輩に怒られてばかりだったけど今はお役に立てますよね?」
彼は近くに落ちた矢を握ると地面を蹴った。
「五星の末っ子の姿、見てて下さい。」
ミザリは自分を襲う矢を全て躱し、敵の頭を地面に押しつけた。
そして馬乗りになると怯えて目を見開いている敵の目に矢を突き立てて息の根を止めた。
「ぎゃあああああ」
それを聞くとミザリは身を起こすが、監獄で射抜かれた傷口から血が広がる。
「コウレンさま…いま行きます。」
傷だらけのまま彼も主…コウレンの元へと歩き出した。
※“零”
歌手:蒼井翔太
作詞:長谷川澪奈
作曲:KoTa